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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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87 風見晴人の想い

更新遅くなってすみません。

この話のみ、地の文が風見晴人の一人称となります。

 何から話せばいいだろうか。

 最初に俺の頭に浮かんだのはそれだった。

 話をしようとは告げたものの、どこから、何を、その具体的なものは一切考えていなかった。

 何を話そうと思って言ったのかもわからず、俺は戸惑った。

 だけど、流花はそんな俺を待ってくれているようだった。おかげで、少しだけ勇気が出た。


「……流花もさ、きっと、みんなと同じなんだよな」


 最初に出たのは消え入るような弱々しい声だった。今の俺の勇気で話せる言葉なんて、所詮はこの程度だった。だけど流花は気にも留めずに首肯する。


「そうだね。ウチが言いたいことは、多分、ハルトがこれまでかけられてきた言葉と同じものだと思う」


 流花は、それを断言した。

 俺が今から何を言おうが、同情を誘おうが、別の提案をしようが、流花は受け入れてくれない。流花が望むのは、風見に言葉をかけてきた彼らと同じもの。

 矢野里美が、高月快斗が、御影奈央が、それぞれかけてきた言葉と同じもの。

 ヒーローたる、風見晴人だ。

 でも言わせてほしい。

 一言だけ、聞いてもらいたい。

 俺にだって譲れない、大切なものがあったのだと。それが君だったのだと。

 そういう話を、しよう。

 俺は視線を前へと向けると、教室の後ろまで歩いて行った。光はそこに差し込んでいて、流花のいる位置よりも明るい。

 俺自身を強調するように、あるいはスポットライトに照らされるように、明るい場所に立った。


「……俺は」


 言え。自分に言い聞かせる。

 言えば、矢野にされたように、高月にされたように、そして御影にさせてしまったように、流花にも幻滅されるだろう。あの目で、見られてしまうだろう。

 それでも、言え。言わなくちゃいけない。

 この想いを払拭しなくては、現実世界に帰ることなどできないのだから。


「俺は、さ……」


 怖かった。

 彼女に幻滅されるのが怖かった。

 あの目で見られるのが怖かった。

 わざわざ気合いを入れるために光の当たる場所に立ったというのに、怖くて言葉が出てこなかった。


「俺は……わかったんだ。君が、俺の中で、どれだけ大切な存在だったのかってことが……」


 だから怖くて少しだけ遠回りした。

 そして、助走のように言葉を挟んだおかげかはわからないが、気付いた時には次の言葉が出た。



「俺は、君を殺したあいつが憎いよ」



 それまで怖がっていたのが嘘のように、言葉はすんなりと出た。それで随分と楽になった。

 一度留めていた言葉を解き放ってしまえば、止まれない。次々と、篠崎への復讐心は溢れ出た。


「ああ、憎いんだ……あいつが。誰に言葉をかけられても俺が変われなかったのはそれが理由だ。矢野は俺を篠崎と同じだと言った。高月は俺になぜそこまで堕ちたんだと問いかけた。御影さんは人殺しはダメだって、俺の昔の言葉を掘り返して泣いていた! みんなみんな俺をヒーローみたいに扱って、今の俺の姿に幻滅した! あいつらは俺を、俺みたいなやつを自分の中で勝手にヒーローにして、自分の思い通りにならなかったからって呆れていったんだ! でも俺だって、俺だってさぁ……人間なんだよ……! 大切な人を失って、それも自分のせいで……流花が弄ばれるように殺されるのを見て、それでも黙ってろって言うのか!? 怒りを言葉にすることなく、恨みを叫ぶこともなく、憎しみを拳に乗せることもせず、ただいつも通りでいろと言うのか!?」


 いつの間にか瞳には涙が浮かんでいた。現実世界では、あれでも感情を抑えていたのだ。解き放ってしまえばこんなものだろう。

 胸を押さえ、唾を飛ばし、涙を流して、激情を言葉に変え放つ。もはや自分の望みが何なのかわからないまま、ぶつけるあてのない想いを紡いでゆく。


「憎んじゃいけないのか!? 俺だけはどんなことがあっても他者を救い続けなければならないのか!? こんなに憎いのに! こんなにも許せないのに! それをぶつけようとするのは、どうしてもいけないことなのか!? 俺の気持ちは、流花の気持ちは、何も関係ないのか!? 飾りみてえな正義感振りかざして、当事者の感情は一切無視か!? 俺がどれだけ怒ろうが、流花がどれだけ涙しようが、『人殺しは悪いことだから』だとか『復讐は何も生まない』だとか、当事者でもないのにベラベラと偽善を述べるのがそんなに気持ちいいか!? ふざけんじゃねえよ。俺の怒りはそんな言葉で止められるほど小さいものじゃない。そもそも、止めようと思うこと自体が筋違いだろ!? 復讐心ってのはそういうもんなんだ! やっとそれがわかったんだ!! あいつが憎い、ぶち殺したい、そこに下らねえ偽善が介入する余地なんて、ないだろうが!!」


 そこまで言って、一度肩で息をした。しかし言い足りない。まだ、根本的な疑問が、俺にはあった。


「……ああ、わかってるよ。どんな理由があっても人殺しは良いことなんかじゃない。それは俺も言ったし理解もしてる。けど、俺が言いたいのはそういう当たり前の善悪の話じゃなくて、もっと感情的な部分のことなんだ。……ふと、疑問に思ったんだよ――」


 自らを落ち着けるように一度深呼吸をした。流花は何も悪くないのに、気分を悪くさせてしまっては意味がない。俺の純粋な想いを伝えて、それに対する言葉を聞きたいだけなのだ。

 だから俺は続けた。独白のように。



「――復讐って、悪いことなのか?」



 それは、ここまで堕ちてきた俺がたどり着いた疑問だった。

 ここまで何も考えないように耳を塞いで走ってきたが、ふと考える。誰もが風見晴人を咎めてきたが、なぜ復讐が悪だと言える?

 俺を咎めたあらゆる人間は、昔の俺と比較して今の風見を悪だと結論づけた。でもその比べ方でなぜ、復讐を悪だと断言できるのだ。

 矢野は言った。

 ――いつから人を助けるのやめちゃったの?

 高月は言った。

 ――今でも……僕を偽善者と罵れるか?

 御影は言った。

 ――あの時の風見先輩は、どこに行ってしまったんですかぁっ!!

 では果たして、なぜ復讐は悪なのだ。

 単純な善悪で言えば、それはもちろん悪だとも。人殺しは悪。それは誰だって知っていることだ。

 けれど俺が言いたいのはそういうことじゃなく、もっと感情的な話だ。

 例えば、親を殺された子どもが犯人に復讐するのは悪だと言えるか。

 例えば、妻を殺された夫が犯人に復讐するのは悪だと言えるか。

 大切な人を奪われて、奪った人間がのうのうと生きているのを許せない人が、その感情に従って復讐するのは悪だと言えるのか。胸糞悪くて、後味が悪くて、誰も報われなくて、最低最悪だろう。

 奪われた人間は、その先永遠にそれを抱えて生きていかなければならないのか。そうあることが善か、そうであることが正義と呼べるのか。

 俺の問いかけは、そういうことだ。



「悪いことだよ」



 しかし、流花は悪だと言った。


「なんで……」


「じゃあ、ハルト。逆に訊くよ?」


 流花は一度目を伏せ、一歩だけ前へ出た。そして一直線に俺の目を見る。俺も息を飲み込んで、耳を傾けた。



「ハルトはウチを殺したあの人を殺したとして、次の日から笑って生きていける?」



「――――」


「きっとどこかで思い出して、辛い思いをするでしょ?」


「――それは、……」


「心に抱えちゃった荷物は、下ろせないんだよ」


 その言葉に胸が詰まった。

 流花に、他でもない流花自身に、もう自分は死んだんだと断言されたように感じて、だから胸が張り裂けそうになった。


「あの人を殺しても、殺さなくても、抱えた想いはずっとそこに残る。霧散するでもなく、飛散するでもなく、ずっと肩にのしかかる。ハルトをこの先、苛み続ける。じゃあ、復讐に正義はあると思う?」


「……ない、のか」


 俺は肩を落とした。

 結局は拭えないのだ。篠崎へのこの激情は、流花を奪われたというこの想いは、憎しみは、離れてくれないのだ。

 流花が復讐は悪だと断言する理由は、無意味だから。結局憎しみは拭い去れない。変わるかも、と可能性の話だったらいくらでもできるが、絶対に変われると俺には断言できなかった。

 篠崎を殺しても意味がない。

 俺は現実世界に戻ったら、この先一生、流花の死を背負い続けなければならない。

 流花を救えなかったことを後悔しながら、流花を救えなかった世界で、流花ではない人々を救い続けなければならない。

 そんな道を歩いていかなければならない。既にそう言う風にレールは敷かれている。

 だったら。

 だったら、なんで。


「なんで、自殺なんかしたんだ……」


 そんなことを訊いても無意味だというのはわかっていて。

 その問いが人としてあってはならないほどに最低なことなのも理解していて。

 それでも、訊かずにいれなかった。


「なんで、俺にそれを背負わせるとわかっていて、お前は死んだんだ!?」


 俺を守るために決まっている。悲しみを背負わせるとわかっていても、生きて欲しかったからに決まっている。

 俺がそうしてきたように、流花も俺を救ったのだ。あの時の流花は、御影を救ってきた俺と同じだったのだ。

 俺だって、俺が死んだ後も好きな人に笑っていて欲しくて庇ったことがある。それと同じだ。

 だから流花の気持ちはわかっていて、理解しているはずなのに。

 それなのに俺は、命を捨ててまで自分を救ってくれた人に対して、なぜ救ったのだと訊いている。


「俺を、信じられなかったのか? 俺じゃあいつに勝てないって勝手に決めつけてたのか? 自殺なんてしなくたって、何か他に方法はあったかもしれないのに、どうしてあんなことしたんだよ!!」


 それはあまりにも酷な問い。

 恩知らずで、下衆じみていて、卑劣で、最低で、何よりも醜い。

 そんなもの、答えるとしたら一つしかないだろう。



「……ごめん」



 息が止まった。

 俺はこうなるとわかっていて訊いたのだ。自分でやっておいて、今更後悔した。

 流花の目を見れなかった。ただ下を向いて、唇を噛むしかなかった。

 再び涙が溢れてきた。自分の最低さに吐き気がして、変な声が漏れた。

 俺は、最低だ。

 だけど俺の最低さは今に始まったことではない。俺は今まで、色々な人に最低なことをしてきた。

 復讐に囚われた俺を咎めようとした流花の言葉に聞こえないふりした。

 篠崎の情報を集めるために大量の人間を虐殺したことに憤った矢野を傷つけた。

 悪人は殺さなくてはならないと形だけの拷問を行なったことを叱責した高月を傷つけた。

 そして御影が復讐を許してくれないからと傷つけ、泣かせた。挙句、彼女が篠崎に連れ去られるような状況を作った。

 俺のために手を差し伸べたあらゆる人を傷つけ、その手を払い続けてきた。

 その上で、流花すらも。

 大切だと自身であれだけ豪語していた流花さえも、この手で傷つけた。

 笑えないレベルの最低さだ。もはや救いようがない。こんなに俺を救おうとしてくれた人がいたのに、その全てを傷つけてきておいて、今更後悔だ。

 こんな最低人間をどうやって救えというのだ。ヒーローが本当にいるのなら、どうか救ってみてほしい。

 こんな、悪人よりも最低な俺を。

 だけど流花は、俺の元まで歩いてきて、俺を抱きしめてくれた。





「それでも……ハルトに、生きて欲しかったから……」





 俺は、なんてことをしてしまったんだろう。もう発言は撤回できない。その場の感情に任せてあんなことを言うんじゃなかった。俺は、こんなに俺を心配してくれる女の子を。こんなに俺を好きでいてくれる女の子を、泣かしたのだ。


「俺は、俺は……っ!」


 嗚咽が漏れて、流花に身体を預けた。溢れる後悔の涙は止められなくて、力強く流花を抱きしめ返した。


「君が、大切で……失いたくなくて、だから守るって言って、でも失って、辛かったんだ……」


「うん」


「俺の力不足は中学の時から変わんねえんだって痛感させられて、大切な人を奪われる辛さを実感させられて、どうしたらいいのかわからなかったんだ……」


「うん」


「憎かったんだ、君を殺したあいつが! そして君を殺した俺自身が! 胸が張り裂けそうで、こんな感情をどこにぶつけたらいいのかわからなくて、ただ憎しみのままに突っ走るしかなかったんだ!!」


「うん、そうだね……」


 俺を抱きしめる流花も溢れる涙は止まらないようで、制服の肩が濡れるのを感じた。

 俺はゆっくりと流花を離し、その肩を掴んだまま、精一杯に叫ぶ。





「俺は、お前といたかったんだ!!」





 それが、風見晴人の想いだった。

 ずっと吐き出せずに溜め込んできた、想いの全てだった。

 心の中がぐちゃぐちゃになってしまっても、真っ黒に染まってしまっても、一貫してそれだけは根底にあった。

 流花は泣きながら、それを聞いて少しだけ微笑む。





「ありがとう、ハルト……」





 何がだと言おうとしたが、流花の言葉は後に続いた。


「そんな風に言ってくれる日が来るなんて、思いもしなかった……。ずっと、ホントはウチのこと鬱陶しいと思ってるんじゃないかって不安だった……」


「んなわけ、ねえだろ……」


「そう、だよね……っ。そうだよねぇ……っ! ハルトは、そういう人だった……っ」


 流花は人差し指で自身の涙を拭う。その笑顔は本当に嬉しそうで、しかしだからこそ俺は悲しかった。


「ハルト、ウチ……嬉しかった。嬉しかった、よ……っ!」


「ああ……」


 愛おしくなる。愛おしくなる。

 こうしているうちに、どんどん彼女のことが愛おしくなっていく。

 離したくない。離れたくない。ずっとそばに立っていたい。

 想いはどんどん強くなって、溢れんばかりにせり上がってきて、それは涙として溢れ出る。

 流花に触れて、流花を感じて、流花といたいと思う。

 俺は、流花が大切だ。

 今までも、これからも。



 夕焼けも赤色が徐々に失せてきて、深い青みが強くなる。それは教室の明るさを奪い、世界を黒く、黒く染めていく。

 しかしもう、世界に巻き込まれるように風見まで黒く染まることはなかった。

 既に黒くなれないほどに、色をつけられてしまっていたのだ。

 教室の中で佇む二人は、まるで虹。

 真っ黒な世界の中で異質なほどに色を持った、夜にかかる虹だった。



 風見晴人の想いはこうしてやっと、高坂流花に伝わる。

 何度も間違って、幾度も紆余曲折して、それでも一貫してきた想いは、ようやく少女に伝えられる。

 もちろん風見晴人の背負ってきた業はこんなことで帳消しにはならない。それでも、ここに一つの許しはあった。

 ついに救いの手を掴むことができたのだ。



 教室の窓から見える空には、満天の星が輝いていた。

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