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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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84 『使徒』とは

「とある男が『使徒』と名付けた存在がいる。まぁ、俺たちなんだけどな」


 そんな風に、茶髪の男は話し始めた。

 戦闘中である事実を忘れたように、山城も気を緩める。真白は何が何だかといった風だったが、御影は自分も無関係でないような気がする話に耳を傾けた。


「『使徒』……それは、お前らにとってわかりやすく言えば『天使』と呼ばれる存在だ」


 天使。

 羽の生えた人の姿をしていて、頭上に輪っかのある神の使い。御影はそう思っている。

 御影も鈴音に『使徒』だと言われた。つまりは、御影は人間ではないということなのだろうか。そんな馬鹿なことがあるわけがない。


「天使には羽があるが、『使徒』にだってもちろんそれは存在する。飛ぶための羽じゃねーけどな。目に見えねーし」


 そう言いながら、茶髪の男は両手を広げた。

 それは物質的なものではないのだろうか。御影には想像もできない。

 ゾンビなどという空想の世界の存在が現れた今、大抵のことは信じられる気がするが、御影には、目の前の男の話が何一つ理解できなかった。


「……そーいうのさぁ、ぶっちゃけどーでも良いんだよね」


 話を続けようとした茶髪の男を遮って、山城が割り込む。何が面白いのか、ヘラヘラと笑みを浮かべていた。


「なーんか偉そうに『使徒』だの『天使』だの中二臭いこと語ってくれちゃってるけどさぁー」


 笑いを含みながら身振り手振りも加えて冗談めかしく山城は続ける。


「そもそも、オマエの目的って何なの?」


「答える義理はねーだろ」


「オマエもオレと同じ『話したがり』なら、答えてみろよ」


「テメェと一緒にすんな」


 茶髪の男は呆れて舌打ちし、一度視線を別の場所に移した。そしてしばし思案したのち、御影の瞳を見つめながら、一言で告げる。


「俺の目的は、『大天使』の様子を見に来たってところか」


 大天使。

 またわけのわからぬ単語が出てきた。

 天使の次は大天使ときた。いよいよ意味がわからない。

 それに様子を見に来たとはどういうことだ。まるで『大天使』などという存在が現実に解き放たれているかのようではないか。


(――――)


 そこで、御影の頭の中で嫌な想像が浮かんだ

 反射的に口を押さえてしまい、変な声が出る。汗が頬を伝うのがわかって、血の気が引いていくのもわかる。

 気のせいだ。深読みのしすぎだ。言い聞かせる、言い聞かせる。ひたすらに、自分の心を納得させるために、言い聞かせる。

 だけど、頭は逆に想像の根拠を記憶の中から探りだそうとした。

 最初に浮かんだ根拠は、『エニグマ』という物質の量を測定することができるゲートを御影がくぐった時だった。

 あの時はその場に現れた狩野将門が誤作動だと言ったが、果たして本当にそうだったのだろうか。今思い返してみると、そうとは思えなかった。

 次に浮かんだのは、鈴音の言葉。

 鈴音は御影のことを『使徒』だと言った。その時の御影は言葉の意味を理解できなかったが、今なら何となくわかるような気がする。

 そして、目の前の茶髪の男。

 彼は、御影を見ながら言ったのだ。

 大天使の様子を見に来た、と。

 『大天使』は言葉の響きから察するに、茶髪の男のような『天使』とは別の存在のことだろう。

 であれば、それは誰か。

 様子を見に来た、などとまるで長期間どこかに預けているペットの元に久しぶりに訪れた時のようなセリフを言われる『大天使』とは、誰か――。


(――もしかして、私……?)


 つじつまは、一応合う。

 御影は明らかに目の前の茶髪の男とは違う。御影は彼が知っている諸々のことを、知らない。

 彼のような者を『天使』と呼ぶなら、御影はおそらくそれには当てはまらない。

 だが御影は『使徒』だ。

 手元の情報の中で、この矛盾を解消する方法は、これしかない。

 御影自身が、『大天使』だと――。



「ははは、面白い『設定』じゃないか! オレはセンスあると思うよ!」



 大声に驚きながらもそちらを見ると、山城が腹を抱えて大笑いしていた。


「マンガ家かラノベ作家目指しなよ、本出たら買ってやるからさぁ! なんつって、今はゾンビが蔓延してるせいで、そんなもん出せないんでしたぁー!」


 自分で言った言葉が面白かったのか、「ぶふっ」とさらに笑う。不穏だった場の空気はそれによって完全に固まったが、山城自身は気にも留めない。


「面白い話ついでに、良いこと教えてあげるよ」


 茶髪の男は呆れを通り越して軽蔑の視線を向けていたが、そんな彼を指差し、山城は告げる。


「そんな設定のストーリーじゃ、一次選考も通れないぜ」


 バカバカしすぎて、それは御影にも飛び火した。気づかぬ間に、少しだけ頬が緩んでいた。

 直前まで泣き出してしまいそうだったのに、涙は目に溜まるまでで止まっていた。これが狙ってやった道化なら、山城は本当は良い人なのではないだろうか。そんな風に考えそうになる自分がいた。


「ウッッッザ」


 対する茶髪の男はこれまでで一番大きなため息を吐いた。視線は地を向いていて、頭を掻く仕草はせわしない。イライラしているのか、体勢をしきりに変えていた。


「マジこいつウッゼェんだけど。何なんだよマジで。良い加減にしろよホント。『大天使』がいるからわざわざ手ェ抜いてやってたっつーのによ」


 ブツブツと小さな声で呟いていて、内容はよく聞こえないが、激怒していることは何となく伝わった。


「事実を話してんのに、俺の話は勝手に打ち切り。かと思ったら俺の目的を聞いてきやがる。話してみたらどうだ? 設定だと? 百歩譲って話が信じられねーのは許容してやるが、何なんだあの態度。そんな話は一切してねーのに、一次選考も通れないとかわけわかんねーこと抜かしやがって。マジウゼェ」


 ブツブツと呟く声は次第に大きくなり、茶髪の男はそれが彼の能力なのか、近くの瓦礫を浮かせて周りに集めだした。気づくと彼の特徴的な茶髪が、その毛先のあたりが少しだけ浮いていた。能力の余波のようなものだろうか。

 一つ確実に言えるのは、目の前の男は次の攻撃から手を抜かない。


「いいか、『翼』。テメェは俺をキレさせたんだ。本当はもう少し先送りにする予定だったが、変更して篠崎の指示通り『神』を出現させてやる」


「あちゃー、ごめんよぉオマエがそんなにメンタル弱いと思わなかった! まぁ安心しろって! オレは、オマエの語る設定好きだぜ!」


「ちょ、これ以上は!」


「そうよ! ありゃヤバイって!」


「えへー、ハーレムハーレム」


 さらに煽る山城に不安を感じ、真白とともに山城を揺するが当の本人はニヤニヤと笑みを浮かべている。これは本格的にダメだ。やっぱりこの人は良い人なんかではなかった。



「『翼』と『大天使』を合わせるとどうなるかを、教えてやるよ」



 空気が振動するような錯覚を覚えるほどの気迫とともに、茶髪の男はその一歩を踏み出した。





※※※





 金丸と寒川は以前から組んで戦うことが多かったのか、息が合っていた。コンビネーションが抜群で、とても組んだばかりの永井、浜野では太刀打ちできそうにない。

 そう思われたが――。


「俺たち案外持ちこたえられるな!」


「感心してどうする!?」


 なぜかこちらのタッグも連携に粗が目立つものの各々のミスは各々で取り返していくスタイルなため、敵のコンビほど息は合わないが、助け合いの連携がとれていた。

 しかしこのままではじわじわと削られていくだけに思える。何か策でもあれば良いのだが、と再び物陰に隠れてみたものの、何も思いつかなかった。


「お前の人工知能はどーなんだよ?」


「それが、出してくる作戦の成功率がことごとく低くてなぁ……」


 戦闘中に人工知能のマイは指示をくれるだけでなく、そこから勝ちにつなげる作戦も練ってくれる。常時簡略化した戦略がゴーグルに表示されるわけだが、それらに付随する成功率がことごとく十パーセントを切っていた。


「それなに弱いのか、俺たち……」


『ち、違うんだよお兄ちゃん! ただ押し切るには火力が足りないかなって……』


「要は弱えってこった」


 火力足らず。それは、戦闘中に何度も痛感させられた。

 というのも浜野の能力が攻撃に応用できる能力ではなかったのだ。

 永井は炎をぶつける能力だとか雷を落とす能力だとかを想像していたが、まさかのシールドを展開する能力だという。ドーム型のシールドで、半径一、二メートルほどの空間を覆うことができるらしい。

 これが、思った以上に使えない。

 至近距離の乱戦になるため、敵と一、二メートルも距離をとることがそんなにないのだ。一、二メートル離れていないと、敵もシールドの中に入ってしまうためにシールドが無意味になってしまう。

 おまけに遠距離攻撃する手段はない。二人して銃火器は持ち合わせていなかったからだ。

 だから圧倒的に火力が足りない。そのために、ステータスを火力に全振りしたような敵コンビに勝てるとは到底思えなかった。

 戦闘直後までは流れはこちらにあるものだとばかり思っていたが、そんなことはなかったのだ。


「火力かぁ……」


「――まてよ?」


「あん?」


 そこで、永井は考える。

 自分たちに火力がないのなら、相手の火力を逆に利用すれば良いのではないか、と。

 さっそく思いついた作戦を人工知能に聞いてみる。


『成功率は良くて三十パーセントってところだよ、お兄ちゃんっ。やるなら、気をつけてね!』


「お前もバックアップ、本当に頼むぜ……」


『任せておいてよ!』


 成功率三十パーセント。これまでで最も高い数値だ。もはやこれに賭けるしかないだろう。


「浜野も、作戦通りに頼むぜ?」


「無茶振りだな……まぁそれでいくしかねーんだろけど」


 言いながら、浜野は自身の長刀を強く握りしめる。

 永井の作戦で重要なのは、人工知能マイの協力と浜野の能力。この二つが最大にして全てだ。

 どちらかが、あるいはどちらもが欠けていたならば、それは永井たちの死を意味する。だからこそ、文字通り命を賭けなければならない。

 そうなったら、あとは二人の得意な気合いで乗り切るしかなかった。


「さてと、待たせてる敵さんをぶっ潰しに行きますか……!」


「おうよ、ガツンと重い一発をくれてやる」


 物陰から立ち上がり、二人は再び大通りへ出た。永井たちを発見した寒川の氷片を避けて、永井は大声で叫ぶ。


「かかって、こいやぁ――――!!」


 自身に喝を入れる目的もあったその叫びは、人の気配がしない街に響いた。

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