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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第一章『学校の脱出』
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08 なぜなら、俺が風見晴人だからだ。

「これからが勝負だ。覚悟しやがれ、クソ野郎ッ!!」


 なんて啖呵を切ったものの、チェーンソーの片方を奪う方法が思いつかない。

 目の前の進化ゾンビは俺の言葉に口の端を釣り上げる。

 一階に戻るか、二階で戦うか。

 俺が最初に考えたのはそれだ。

 一階には技術室や保健室なんかがあるが、今の状況を打破できるようなところはない。

 それなら、場所を移動せずここでケリをつけた方がいいんじゃないか。

 俺はとりあえず進化ゾンビから距離をとる。

 進化ゾンビは様子見でもしているのか、一向に動かない。

 考えろ。

 これはマンガ風に言うと、次の一撃で決まる的なアレだ。

 考えろ。

 何度もマンガやラノベは読んできた。今ここでその戦闘知識を活かせ。

 考えろ。

 俺の、風見晴人の全てをもって戦え。

 やれる。

 なぜなら、俺が風見晴人だからだ。


「さて、俺の準備はできたわけだがてめえはどうなんだ?」


 無意味と知っていながら、俺は語りかけた。


「あはあはあはあは。殺したい」


 あれ、なんか会話成立してるっぽいぞ。と思ったらこれ犬に「二ひく一は?」って聞いて「ワンッ」って言われるのと似たようなもんだわ。


「準備オーケーってか。そんじゃ、行くぞ」


 覚悟は決まった。

 やるべきこともわかっている。

 なら、あと必要なのはなんだ?

 俺が勝ったという結果だ。


「おおおおおおおおッ」


 俺は進化ゾンビに向かって一歩踏み込んだ。

 進化ゾンビはそんな俺を迎えるように右手のチェーンソーを振りかぶる。

 それを見て俺は右手に握っているバールを左腰に固定した。

 進化ゾンビが右手のチェーンソーを俺に向けて振り下ろす。

 同時に左腰に固定してあったバールを動かす。

 左下から右上へ。

 進化ゾンビのチェーンソーにバールを当てて跳ね上げるように。

 チェーンソーの刃を、進化ゾンビの左手にあてるために。

 そして。

 チェーンソーは進化ゾンビの左手に吸い込まれるようにしてそれを切断した。

 すぐさま宙を舞う左手を掴み取り、切り返してきた右手のチェーンソーを迎撃する。

 ガァァンッと音を立てて互いのチェーンソーはぶつかり、同時に俺と進化ゾンビの距離も開く。


「へへっ、やっぱりこいつにはその刃も通らねえみたいだな」


 もう本体と繋がっていないにもかかわらず、俺が奪ったチェーンソーは動いている。トカゲの尻尾かこれ。


「あは、あは、あは」


 でも最強の武器を手に入れたからって調子に乗って突っ込んじゃダメだ、と自分に言い聞かせる。

 落ち着け、落ち着いて戦況を把握し、最適の方法をとれ。

 おそらく、敵の武器を奪ったことで戦況はこちらに傾きつつある。

 つまり、ここからが重要なのだ。

 ここで一つでもミスってしまえば全てが水泡に帰す。

 慎重に、慎重に。


「よし」


 俺は、踏み込んだ。





 ガァンッ! ガァン! と金属同士がぶつかり合う音が二階の廊下に響く。

 俺は剣の経験がない。だから相手に合わせて斬っていたわけだが、一向に相手に切り込めない。

 隙がないというよりは、進化ゾンビに隙ができたときに攻撃できない体勢になっている、という表現が適切だ。

 つまるところ、勝負は片手を奪ってやっと五分五分といったところだった。え、俺よっわ。戦況傾いたとか言ったの誰だ。俺だった。


「くっそぉ……頭使えよ、俺!」


 ガァンッと進化ゾンビのチェーンソーを弾いたところで、一旦下がる。

 戦いながら考えるなんて器用なことはさすがに難しいからこその撤退だ。


「うーん、なんも思いつかねえな」


 休憩も兼ねて少しずつ後方へと歩きつつ思案するが、なにも思いつかなかった。

 進化ゾンビもノロノロと歩いてくる。その右腕からは大量の血液が流れ出していた。失血死とかしてくれたら楽なんだがなぁ。それはさすがにないか。

 後ろへ歩いていると、空き教室の扉の前まで来たことに気づいた。

 そこでやっと案が出た。


「そうだ、さっき逃げてるときにやったあれを応用すれば攻撃できる!」


 俺は空き教室に入って、すぐに教卓まで走った。





 教卓のところで、進化ゾンビが教室に入ってくるのを待つ。

 先ほどと違うのは隠れていないところか。隠れたって持ってるチェーンソーがうるさいから無意味なんだよね。なにこれカス武器。

 策を練るための撤退とか言っておきながらどうでもいいことばかり考えていると、教室に進化ゾンビが入ってきた。

 進化ゾンビは俺を見つけると、目の色を考えて襲いかかってきた。


「重要なのはタイミングだ。あいつが俺を斬ろうとした瞬間にこの教卓を投げる」


 俺は最後に自身の策を確認する。


「あいつが教卓を斬ったその瞬間、確実に隙ができる。そこで首を切り落とすんだ」


 進化ゾンビは目前まで迫っていた。

 俺は息を吸って。


「ここ、だ!!」


 進化ゾンビに向けて教卓を投げた。

 すると進化ゾンビは驚いたような顔をして、振りかぶっていたチェーンソーを慌てて盾にする。

 もらった。

 これで教卓は切断され、驚いて動けないところを切り落とせれば俺の勝ち。

 そう、確信したというのに。


「……は?」


 教卓は、斬られなかった。

 チェーンソーの刃に当たって確かにキズこそついたものの斬られることはなかった。

 そのまま教卓は床に落下し、音を立てる。

 俺は、固まってしまった。

 それが隙になった。


「ッッッ!?」


 進化ゾンビのチェーンソーをなんとかこちらのチェーンソーで迎撃したものの、突然の一撃にこちらのチェーンソーが手から離れる。

 俺のチェーンソーは刃を床に擦り助けて落下した。


「しまっ――――」


 言葉を言っている暇はない。

 逃げなければ。

 どこかへ、逃げなければ。

 進化ゾンビは俺にチェーンソーをとらせるつもりがないらしく、俺と落ちたチェーンソーとの間に割り込むように立ち回る。

 チェーンソーは捨てるしかない。

 教室から転がるように出る。

 終わった。

 武器がなくなった。

 バールであいつを倒せとか無理ゲーすぎる。

 走って、走って、走って。

 柱の陰に座り込んだ。

 もう、諦めよう。

 自分に言い聞かせる。

 しかし、どこか納得できない自分がいた。

 なんでだ、勝てる可能性なんて限りなくゼロに近いというのに。


「そういえば、なんで教卓は斬れなかったんだ?」


 考えることを止めようとしたそのとき、俺の頭に疑問が浮かんだ。

 あいつのチェーンソーはなんでも斬れたはずだ。

 現に最初に壁を斬っていたではないか。

 しかし壁をも斬ったチェーンソーが教卓を斬れなかった。そもそもあいつは別の教室の教卓を斬っているはずだ。ほら、俺が逃げたときの。

 ならどうして今回は斬れなかった?


「……斬ろうと思えなかった?」


 確かに不意の攻撃だったし、進化ゾンビも驚いたような顔をしていた。


「まさか、『斬ろうと思ったものを斬る能力』でもあるっつーのか」


 言ってから、さすがに検討違いだろうと思う。

 ここはフィクションの世界ではない。現実に『能力』なんてありえないだろう。


「けどもしも本当にそんな『能力』が存在するとしたら、打つ手はあるんだよな」


 他に策も浮かばないので、その手に決定した。賭けだなこれ。『能力』じゃなきゃ俺は死ぬ。


「まぁそれ以外に方法がないなら、賭けるしかねえだろ」


 俺が進化ゾンビに勝てるのは頭と逃げ足だけだ。その他の面では勝てない。

 なら勝てる部分で勝負するしかないだろう。

 武器の性能で負けるなら頭で勝て。

 逃げても追いつかれるなら頭で振り切れ。

 利用できるものは利用しろ。

 やれることをやりきれ。

 俺にはそれができるはずだ。

 なぜなら。


「俺が、風見晴人だからだ!!」


 壁すら斬れるチェーンソー? 通常のゾンビよりも高い能力? 知るかよ。

 風見晴人の実力を、教えてやる。





 俺がやることは簡単だ。

 先ほどやったこととあまり変わらない。

 袖の中にバールを隠し、それでチェーンソーを受けている間に、脳に届く程の攻撃を与えれば、勝てる。シンプルイズベストってわけさ。

 そのために、バール以外の武器を調達しなければならないのだが。


「チェーンソーの音が聞こえる。あいつ、近いな」


 進化ゾンビがこちらへたどり着こうとしていた。

 おそらくそれほど時間はない。武器を探している暇など確実にないだろう。

 なら、ここで武器を調達するしかない。

 俺は窓ガラスをバールで叩き割り、これまたエストックのような形のガラス片を掴み取る。ちなみにこれのために五枚もガラス割っちまった。俺が生きるためだ、許せ校長。

 そこで、廊下の奥の方に進化ゾンビが見えた。ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 進化ゾンビは、俺を見つけると少し早歩きになった。ニタニタ笑ってる女がチェーンソー持って早歩きで追いかけてくるとかどんなホラゲだ。

 やるべきことはわかった。

 そのための方法も決めた。

 あとは、覚悟を決めるだけだ。


「……行くぞ!!」


 俺はバールを左手の袖の中に隠して、エストック型のガラス片を右手に持ち、走り出した。

 進化ゾンビとの距離は一気に詰まる。

 進化ゾンビはチェーンソーを振りかぶった。同時、俺もガラス片を構える。そんな俺を見て、馬鹿でも見るように進化ゾンビは笑った。

 笑って、振りかぶっていたチェーンソーを、そのまま振り下ろした。


「殺したぁいっ!!」


 直後。


「悪いな、てめえのそれは永遠に叶わねえよ」


 両者の腕が、激突した。

 ガァァンッ!! と音を立てて、チェーンソーとぶつかった俺の腕は、斬られない。

 バールの隠された俺の左腕は骨の軋む音がしたし、正直かなり痛かったが、斬られない。

 それに進化ゾンビは疑問を持ったらしい。

 隙が生まれた。


「おおおおおおおおおおおおッッ!!」


 そこに、俺は構えていたガラス片を使う。

 進化ゾンビの目に、突き刺した。

 グチュッという湿った音とともに突き刺さったガラス片は、ズブズブと奥へ奥へと入っていって、進化ゾンビを行動不能にした。

 進化ゾンビはビクッと一度身体を震わせてから、


「あは、あは、あはは……」


 笑って、死んだ。

 勝った。

 俺は勝った。


「勝った、か……」


 袖からバールを抜き取り、多少削られているそれを見て、進化ゾンビの能力を確信する。


「あいつの能力は、『斬ろうと思ったものを斬る能力』だ。きっとそれ以外での性能は普通のチェーンソーと変わらないくらいだったんだろうな」


 なんだよ能力チートすぎだろ。大体能力持ちのゾンビものとか普通じゃねえよ。どう戦えってんだ。

 俺はため息をつく。

 破けてしまった袖も、いつか直さなきゃいけないし。

 そんな時だった。


「母さん……?」


 震える声が、聞こえたのは。


「ああ?」


 俺は振り返る。

 そこには、顔面を蒼白にした高月快斗が立っていた。

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