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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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80 七月三十一日

 ベッドに横たわる少年を見下ろす。

 秋瀬詩穂は、少年の前髪に触れた。目元にかかっているボサボサの髪を払う。髪の毛が払われて、閉じられた瞳があらわになった。

 目元を見ると、くまができているように見えた。当の本人は眠っているのにおかしいと思いながらも、それだけ荒んでしまったのだと思うと自分の責任を感じざるをえない。


(私が、ちゃんと止めていれば……)


 風見晴人がマイクロバスから降りなければ、彼がここまで荒れてしまうことはなかっただろう。風見は高坂流花が死んだと言っていた。きっと、それも起こらなかったはずだ。

 全ては、繋がっている。

 一本の線で、繋がっているのだ。

 事象には必ずその原因がある。何かが起こらなければ、事象は発生しない。

 風見の現状もまた、同じ。

 秋瀬が止めなかった、という原因があったから、彼の現状があるのだ。

 もちろん秋瀬が原因であるとは一概には言えないだろう。高坂流花の死がトリガーとなっているのだと推測できる以上、彼の現状の根本的な原因とは言い難い。

 だが数ある要因の中の一つではある。


(はぁ、考え出したら止まらないわね……。一旦落ち着くことにしよう)


 きっと、一度に色々な問題を抱えすぎているのだ。

 永井たちの御影救出作戦。

 風見晴人の現状。

 壁に辿り着いてすぐの大騒動。

 『新政府』への加入。

 色々なことが起こりすぎていてついていけない。問題を解決しようとすればするたび問題が発生する。

 数々の問題へ対処する方法を考えていると、誰かが部屋に入ってきた。ここは風見晴人に与えられた部屋で、ベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だ。

 そこに誰かが入ってきたということは、風見晴人に用がある人間としか思えないわけだが。


「貴方は……!」


 ドアを開けたのは、竹山だった。

 秋瀬はマイクロバスを降りた時と篠崎とのやり取りの二度しか彼を見ていないためその人柄はあまり読めないが、悪い人間ではなさそうだった。

 竹山は「……失礼します」と部屋に入ってきて、近くのイスに腰掛けた。


「……あの、ここで彼が起きるのを待ってもいいでしょうか?」


 竹山は初めにそんなことを言った。

 正直、心の底で敵なのだと思っていたために驚いた。悪い人間ではなさそうという評価は、合っているのかもしれない。


「ええ、構いませんけれど……貴方は確か、先ほどの騒動の中心にいた金髪の方の仲間、ですよね……?」


「……あ、はい。そうです。……ちなみにここでは……このチョーカーで管理されていて、不審な行動をしたら即座に首が飛ぶみたいなので……安心して下さい」


「え、ええ……わかりました」


 竹山は自身の首についたチョーカーを指差しながらさらりと怖いことを言う。自分の死が怖くはないのだろうか。


「それで、なぜここに?」


 ぱっと見よく話すタイプには見えない。話をつなぐためにも、最初から疑問だったことを聞くことにした。


「……ああ、その……その人なら、キョーヤを助けられるんじゃないかなって」


「……風見くんが?」


「……はい、彼くらいしか、キョーヤと戦える人は……いないだろうから」


「……なるほど」


 確かに、篠崎は強い。そして、風見も同じくらいに強くなっていた。

 だが、竹山は篠崎を助けると言った。それはさすがに不可能なんじゃないかと秋瀬は思う。

 風見は明らかに復讐を目的としていた。篠崎を殺すつもりでいるだろう。

 だから助けるなんてことはないように思えた。だが竹山にそれを訊くと、


「……無理だとしても、説得します。……それしか、ありませんから」


 そういう彼の瞳は、なぜか悲しそうだった。きっと彼もまた、何かを抱えてきたのだろう。

 この騒動の中で、多くの人間が多くの苦しみや怒りを抱えている。彼も、秋瀬も、風見や篠崎もまた、その中の一人でしかないのだ。





※※※





 御影はすることもなかったため、『屍の牙』の面々に顔をあわせることにした。今日、再び壁を攻めるようだったので、できる限り説得しようとしたのだ。

 篠崎に説得した時は失敗したが、他の誰かなら成功するかもしれない。そう思って、院内を見て回っていた。

 そうして話しかけたのは、パンを頬張る青年だった。歳は篠崎と同じくらいに見える。


「あ、あの……」


「んー? 見ない子だね、新入り? だとしたらよろしくねこだまし〜」


「ね、ねこ……?」


「あー、そいつクッソつまんねぇギャグ言うクセがあんだ。悪ィな新入り」


 声をかけた青年の予想外の切り返しに戸惑っていると、背後からぶっきらぼうな声がかかった。


「つまらんとは正直なやつだな〜、傷つくぜ金丸くんよ」


「だったらクソつまんねぇギャグやめろ、寒川」


 寒川と呼ばれたのが御影が話しかけた青年だ。今日は七月三十一日になるというのに、長袖のシャツを着ているのが印象的だ。

 一方、ぶっきらぼうに声をかけた金丸という人は、土木作業員といった風貌で、汚れた作業服を着ていた。肩くらいまで伸ばした茶髪を後ろにゴムで縛っている。


「んで、新入りはなんで寒川に声かけてたんだ?」


 金丸は缶コーヒーを片手に近くの長椅子にどかっと座り、御影に聞いた。新入りであることを否定しても話がこんがらがるだけに思えて、それは後回しにすることにし、目的を言う。


「あの、今日の壁への攻撃って……やっぱりやるんですか……?」


「あ? そりゃあな」


「だって、昨日だけでもたくさんの人が亡くなったんでしょう?」


 詳しく聞いたわけではないが、『屍の牙』には本来もっとたくさんの人がいたらしい。それが、昨日のうちに半分以上亡くなってしまったそうだ。


「危険じゃないですか、それなのに……どうして……?」


 目を合わせられず、瞼を伏せがちにして問う。理解できなかった。それはきっと、御影が彼らの事情を知らないからなのだろう。


「新入りは聞かされてねーんだろうな、俺たちが発足したキッカケをよ」


「え……?」


 金丸は手をひらひらと振り、足を組んだ。見ると寒川も対面側にある長椅子に座っていて、御影にも隣に座るように促していた。御影は軽く頭を下げて、寒川の隣に腰掛ける。

 金丸は淡々と話し出した。


「俺たちはな、壁に入れなかったやつらが集まったどうしようもねぇ集団なんだよ」


 腕を広げ、肩をすくめる。

 呆れたような笑いをこぼす金丸の姿は、どこか哀れだった。


「壁の建設当初、自衛隊がそこに集まってるってのを聞いて匿ってもらおうとした人間の数は数え切れねぇ。俺たちもそうして、都心を目指したんだ。ゾンビも集まってたから、相当苦労したぜぇ」


 そこまで話して、金丸は遠くを見る。


「けど、やつらは俺たちを守っちゃくれなかった。壁造りの邪魔だとはね退け、挙句ゾンビと共に攻撃してきやがった」


 金丸は拳を握り、壁を殴る。きっとその時に大切な人を失ったのだろう。

 御影たちに御影たちの物語があったように、『屍の牙』にも『屍の牙』の物語があったのだ。こんな簡単ならことにも気づかずに、御影は何を情に訴えていたのだろう。

 理解できないと思った。

 彼らがなぜ戦うのか理解できないと思った。

 でも、それは彼らのことを何一つ知らなかったからだ。

 彼らにも彼らの物語があって、戦う理由があったのだ。情に訴えたところで砕けない、稚拙な理由を並べたところで揺らがない、そんな、戦う理由があったのだ。


「復讐さ、ただの……な。くだらねぇとは俺も思うが、そうしなきゃ腹の虫が収まらねぇんだ。事情を知らねぇ新入りにゃキツイだろーが、付き合ってもらうぜ」


 納得ができた。

 彼らが戦うことに、その理由について納得ができてしまった。

 だからこれ以上、御影に彼らを止めることはできない。そんな資格はない。

 金丸は立ち上がって、入り口の方へ向かっていった。そっちには篠崎がいるため、おそらく打ち合わせに行ったのだろうと思う。

 そして寒川も立ち上がった。


「湿っぽい話になっちゃってごめんね新入りちゃん。……いや、ホントは新入りなんかじゃないんだよね?」


「……えっ」


「わかってるよ、君は僕らの仲間じゃ〜ない。篠崎さんが連れてきた子でしょ?」


「え、ええ。そうです……」


 寒川はニコニコと笑っているが、何もかもを見透かしたような瞳をしていた。しかしそれでいて、どこか優しそうな瞳でもあった。


「僕たちはこんなんだから君の気持ちをわかってはあげられないけど、あの子なら説得できるんじゃないかな?」


「あの子……?」


「真白っていう子なんだけどね。篠崎さんが途中で連れてきた子だから、僕らの事情とは関係がないんだ。あの子だったら、君でも説得できるんじゃ〜ないかな?」


「あ、ありがとうございます!」


 なるほど、と御影は思う。

 何も『屍の牙』の全員が同じ苦しみを経験しているわけではないのだ。であれば、その人たちだけでも説得すれば。

 しかし、動き出したところで思う。

 そんなことをしたら、篠崎たちの生存率が下がってしまうのではないか。


「……忘れちゃ〜いけないよ。君は、壁側の人間でしょ?」


 足を止めた御影の背に声がかかる。

 泣きそうな顔で振り返ると、寒川が悲しそうに笑っていた。


「二つのものを同時に守ろうとしちゃ〜いけない。そんなことをしたら、両方取りこぼしちゃうよ」


「ですが……っ」


「手は、二つしかないんだ」


 言って、寒川は手を広げる。

 右手を上げて、


「一つは、自分を守るため」


 続けて左手を上げる。


「もう一つは、大切な誰かを守るため」


 上げた両手を下げて、寒川はそのまま肩をすくめる。


「三つ目のものを守るためには、手が足りないんだよ」


「でも、そんなの……」


「君は、今パッと話を聞いた程度で僕らを守らなきゃ〜なんて思ってるの?」


「…………っ!」


 御影は、言葉に詰まる。

 確かに、話を聞くまでは彼らを守る対象とは思ってもいなかった。それ以前んに篠崎と最初に出会った時は、彼をある種サイコパスであるかのように認識していた。

 それが今、手のひらを返すかのように彼らに意識が向いている。


「ダメだよ。君にとって僕らは敵だろう? 大切なものの中に数えちゃいけない。守る対象に入れちゃいけない」


「でもっ、あんな話を聞いた後じゃあ……っ!」


「言い訳なんてしても良い訳? ……つってね。僕らの戦力を増やしたら、今度は君の仲間が危険になるんだ。君が僕らよりも君の仲間を大切に思うなら、少しでも戦力を削ぐべきだよ」


 そんなことを言って寒川は背を向けた。寒川も歩き出す。篠崎や金丸のいる場所へと。

 彼らには御影のような迷いがない。

 少しだけ、彼らをすごいと思った。


「……私も、みんなを」


 御影も御影でまた、決心しなければならないのかもしれない。守りたいものがあるなら、それを守るのだと。

 そうして、金丸や寒川とは反対の方向へ歩き出す。

 真白という人を説得するために。

本当は一つ一つをもう少し短く、今まで語らなかった人たちの視点で話を進めようと思っていたこの話。金丸と寒川という新キャラを気に入っちゃったせいで大したことも出来ずに終了!


ごめんなさい本当に……。

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