表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
82/125

76 信頼できない

 部屋のベッドに座る秋瀬の頭を隣に座って撫でている永井は、とうとうため息をついた。


「そろそろ泣き止めって……」


「うっ、く……だって、仕方ないじゃない……っ」


 永井が壁に帰還すると、そこには篠崎が残した爪痕が多々あった。これもその中の一つだ。

 秋瀬は篠崎に、『永井を殺した』と言われていたらしかった。だから今、生還した永井を見て彼女はずっと泣いているのだ。

 帰ってきてから、ずっと。


「なぁ、もういいだろ? ナオを助けなきゃいけないし、次の襲撃がいつあるかもわからんし、色々大変なんだよ……」


「そんなこと、言われ、たって……っ」


「あーもう、俺は行くぞ!」


 さすがにこれ以上秋瀬のそばにはいられない。これから高月のところへ行って、ナオを助ける作戦を練らなければ。

 しかし立ち上がった永井は、そこで足を止めて振り返った。小さな力だったが、服の裾が引っ張られる感覚があったのだ。


「詩穂……」


「帰って、くるよね……?」


 秋瀬はうつむいたまま、しゃくり上げながら小さくこぼす。一瞬だけ言葉が詰まった。しかし永井は再び笑みを浮かべると、秋瀬の頭に手を置いた。

 秋瀬が永井を見上げる。涙でぐしゃぐしゃなその顔に告げた。


「んなこと言われて帰ってこねー男なんていねーよ」


 安心させるように落ち着いた声色で告げると、声のトーンを落とす。


「……詩穂。ハルトのこととか、落ち着いたら頼むな?」


「……うん」


 秋瀬は小さな声で返事して永井の服の裾から手を離した。

 風見晴人は現在、ゾンビたちが通常収容される場所とは違う場所にいる。通常はジェットのように四方を囲まれた独房に入れられる。

 だが風見は秋瀬の声掛けや、永井たちの知り合いということが幸いして保護観察のような立ち位置に置かれたのだ。

 ただ、ずっと眠ったままでいる。

 一応不審な動きが見られたらいつでも殺すことができる部屋に寝かされているが、あの様子ではいつ目を覚ますかもわからない。

 あるいは、もう――。


(――いや、やめとこう)


 秋瀬によると、眠る前の風見は色々と不安定だったようだし、少し休んでいるだけだろう。少し時間を置けば目を覚ますはずだ。

 今はそれよりも、高月の元へ向かおう。御影を助けるために。

 永井は、自室のドアを開け放った。





※※※





 それは小学生くらいの少年だった。

 しかしその見かけには似つかわしくない、全てを見透かしたような目をしていた。小学生に見られる好奇心旺盛な感じや、何事にも挑戦的な雰囲気は一切感じられない。そこにあるのは大人のそれと大差ない、自信と計算に満ちた目。他者を掌の上で踊らせることを生業としているかのような。常に他者の上に立ち続ける存在であるかのような。それらが自然であるかのような立ち振る舞い。


「……ええと、君は?」


「ぼくは零。ここのリーダー的存在だよ」


「し、失礼しました」


「いいよ、さっきみたいな感じでお願い。その方がぼくも話しやすいし」


「はぁ、わかりました……」


 高月は半信半疑だった。さすがに目の前の小学生男子をこの場所のリーダーだと信じるのは容易ではない。半分子どものごっこ遊びに参加するような気持ちで話を聞くことにした。

 ところが、少年の話は高月の予想とは全く異なる内容だった。



「高月くん、御影奈央ちゃんを助けたいと思ってるでしょ?」



 咄嗟に反応できなかった。

 ――なんで僕の名前を知っている。なんでナオの名前を知っている。なんでナオを助けようとしていることを知っている。

 疑問が同時に湧き出てきて言葉に詰まった。そのせいで変な声が出たのを少年は笑う。


「そう驚かなくても、ぼくが守らなきゃいけない人のことくらい、把握してるよ」


 馬鹿な。百歩譲って、名前に関しては最近新しく所属したばかりだから覚えていた、でいい。だけど、それと人の気持ちを読み取るのとはまた違う。

 高月と御影に同時に入ってきた生存者である以外のどんな関係があるのかなど、初対面の少年には知る由もないはずなのだから。


「……守らなきゃならない、と言ったね」


 だが高月が引っかかったのはそこではなかった。少年は自分をここのリーダーだと名乗った。その上で、守らなきゃならないと言った。

 それならば、なぜ第一部隊を出撃させなかった?

 彼らが出ていれば、きっと御影も攫われなかっただろうに。

 こんな小さな子どもに思いの丈をぶつけるのは大人気ないというか、人としてどうかと思うが、今の高月にそれを考えられる程の余裕はなかった。少年には御影を助けることができる権限と、力があったのだ。しかしそれを使うべき時に使わなかった。

 だのにどの口で「御影奈央ちゃんを助けたいと思ってるでしょ?」などと言える。

 聡明な少年なら知っているはずだ。理解しているはずだ。あの戦いで、どれだけの死者が出たのかを。

 彼が最初に第一部隊を出すと言ったから亡くなった人たちも、生き残った高月たちも、頑張れたのだ。命を捨てる覚悟で戦うことができたのだ。

 しかし第一部隊は出てこなかった。

 永井が、第二第三合同部隊が、春馬が死力を尽くして時間を稼いだというのに、ついに第一部隊が出動することはなかった。

 権限を持っているのはこの少年だ。

 つまり少年は、高月たち全ての戦闘員を幼稚な嘘によって鼓舞し、無駄に命を散らさせたのだといえる。本来なら死ぬこともなかっただろう多くの人々の命を、篠崎の手で摘ませたのだ。

 それが許されることか。

 それを許せるだろうか。

 許せるわけがなかった。


「なら、第一部隊をどうして出さなかったんだ……ッ!?」


 単純に死者が出ただけでなく、御影も攫われてしまったのだから、この激情を抑えられるはずもなかった。

 缶コーヒーを震えるほどに握りしめて、高月は少年を睨んだ。

 対する少年は、さらりと言う。



「第一部隊は出すよ」



 は? と高月が固まっているのを見た少年は、クスッと笑って続けた。


「『屍の牙』は必ず切り札を切る。そこにぶつけるんだ」


 少年は遠くを見るように視線をあげた。高月はついていけなかった。

 つまりどういうことだ。第一部隊は、第二部隊や第三部隊の負担を軽くするために出るのではなく、あくまで切り札として扱うということか。少年は、第二部隊や第三部隊の隊員の命を、何とも思っていないのか。

 反論すべき点が多すぎて、どこから攻めればいいのかわからなかった。そんな高月に対して、少年は微笑みかけたまま続ける。


「大丈夫、ぼくを信じて。そうすれば、きみは死なない」


「僕は、死なない……」


「そう。ぼくの言う通りにしていればね。ぼく、きみのこと気に入ってるんだ」


「…………」


 少しだけ無言の間が生まれた。

 それは少年にとっては高月の返答を待つ時間であったし、高月にとっては返答の内容を考える時間であった。

 そして高月は顔を上げると、少年を睨みつけた。自らを落ち着けるために、考えながら深呼吸をしてみた。けれど、ダメだった。湧き上がる衝動を抑えるには、高月自身がまだ弱かった。


「ふざ――」


 けるな、と怒鳴りかけて、肩を叩かれた。驚いて振り返ると、永井がいた。


「おい、カイト……何やってんだ?」


「……会長」


 高月は視線を落とした。確かに、今のはさすがに大人気なかった。少年は傷ついた様子がないとはいえ、やっていいことと悪いことがある。

 深呼吸して、一度目を伏せた。


「取り乱してごめん……」


「ううん、大丈夫。それより、御影奈央ちゃんの居場所だよね」


「……!? お前、ナオの場所がわかるのか!?」


 驚く永井に一応少年が壁のリーダー的存在であることを耳打ちしておき、高月は向き直った。


「そうだね。教えてもらえるかい、ナオの場所を……」


 ここで御影の居場所を教えるということは、少年はわざわざ部隊を派遣して助ける気がないとみていいだろう。

 いいさ、と高月は笑う。


(僕の大切な人たちは、僕が守る)


 少年を見下ろす高月の瞳には、信頼の二文字が見えない。少年もおそらくそれを見抜いている。

 両者はこの瞬間に分かたれたのだ。


(君たちが守ろうとしないものは、全部僕が救う。いつまでも守られてるだけじゃないぞ……!)


 少年は、口を開いた。

更新遅くなりました。三章残り部分の構成を見直してました。

思ったより書かなきゃいけないことが多くて焦ってます。書きたいところを書くまで私のやる気が持つか心配になってきました。

なんとか頑張りますので気長にお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ