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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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番外編4 からかい上手の高坂さん『入学式』

この番外編はゲッサンで連載されている山本崇一朗先生の漫画『からかい上手の高木さん』のパロディです。

 今日は高校の入学式。つまりは勝負の日だ。今日をどう過ごすかによって、俺、風見晴人の高校三年間は決定すると言っても過言ではない。

 中学ではゴミのような三年間を送った。中学三年間という長い上に貴重な時間をゴミ箱に捨ててしまったのだ。

 同じ失敗はできない。だからやらなければならないことはたくさんあった。

 最重要問題である、中学が一緒だった面々と離れることにはほとんど成功したといってもいいだろう。

 俺が選んだ高校はそれなりに偏差値が高い。その上制服は似合う人が着ないとダサくなるという絶妙なラインをついたもの。ちなみに俺が着るとダサい。こんなウザい高校に進学する同級生はほとんどいないだろう。

 これで俺の過去が暴かれることはない。ヒーローになるぜと馬鹿みたいに叫び回った俺の黒歴史が再び晒されることはない。秘密は闇に葬られたのだ。未来永劫、これが掘り返されることはない。


「……そう思ってたのに、なんで」


「なにさ、不満なわけ?」


 今、俺の隣には一人の少女がいる。

 少女は眉を八の字にして俺を睨んでいた。


「いや、不満っつーかさぁ……」


「なによう! やっと中学の頃の問題から離れられて、またこうして話せたのにー」


「そんなこと言われると、俺と話したかったのかと思っちゃうからやめろよ……」


 俺は呆れてため息をついた。

 彼女は高坂流花。中学時代の黒歴史に関わる最重要人物である。おそらくこれから始まる高校生活では最も危険な人物になる。

 先行きに不安を募らせていると、高坂は少しだけニヤリと笑って言った。



「いや、ウチは風見とずっと話したかったよ?」



 …………は?

 俺の呼吸が止まった。

 今、彼女はなんて?


「え、は? ……えっ」


 頬を染めて戸惑う俺の反応を見て、高坂は俺を指差しながら噴き出した。


「プッ、照れてるぅ」


「あ! テメェ、からかっただけかよ!」


「あはははは! 風見ってやっぱ面白いわ!」


 俺は舌打ちして、再び歩き出した。

 高坂に構っている暇はない。俺はこれからのプランを再確認しなければならないのだ。高校生活まで失敗するわけにはいかないのだから。

 高校は徒歩で行ける距離にある。自転車でも良かったのだが、何となく徒歩を選んだ。思ったよりも面倒なので一ヶ月ほどで自転車通学になるだろうが。


「ねぇ、風見?」


「……ん?」


 高校生活の邪魔者と距離をとるために歩くペースを上げてみたが、まだ斜め後ろに高坂はいる。このスピードでも彼女はついてくるようだ。

 高坂に背を向けたまま返事をしたが、たたたっと隣まで小走りで来られてしまい、仕方なく視線だけ向けた。


「このまま二人で一緒に学校に入ったらさ……」


 高坂は、上目遣いで。



「ウチら、付き合ってるみたいに見られるのかな?」



「――ばっ!?」


 なに言ってんだこの女!?

 言われて思う。それはマズイ気がした。俺は高校デビューする予定だ。そしてそのままリア充ライフへと突き進む予定なのだ。

 つまりは人生初の彼女を手に入れることが一番の目標。だのに、初っ端からこんな女と一緒に登校していたら勘違いされて女の子たちは寄ってこなくなってしまう。

 それはマズイ。マジでマズイ。一刻も早くこの女には離れてもらわないと。


「プッ、くくく……! あははっ、そんな風に見られるわけないじゃん! 自意識過剰すぎー!」


「なんだと……」


「同中なんだなーとしか思われないよ」


「ああ、言われてみれば……」


 確かに、他のやつらも中学で仲良かった人たちと登校するだろう。その中に混ざってしまうのだから、大して目立たないか。

 どうでもいいけど、『同じ中学校だった人』を『同中おなちゅう』っていうのやめようよ。卑猥な意味に聞こえるよ。でも可愛い女の子が言う分には構わないしむしろ言ってください。


「はぁー、またからかわれたわけか」


「くくく、風見は面白いなぁ」


「クッソ……」


 二度もからかわれてしまったことが悔しくて、むすっと顔を顰めた。正面を向くと、ちょうど自動販売機が見える。

 先ほどまでの高坂との会話で疲れてしまった。喉を潤すためにコーラを買おう。

 小走りで自動販売機まで行って、ズボンのポケットから財布を取り出した。ジャラジャラと小銭が触れ合う音が聞こえる。最近小銭を使うのが面倒で会計をお札で片付けてしまい、増えていたのだ。だからか目当ての小銭が取りづらく、中から小銭を取り出そうとして手が滑ってしまった。


「あ」


 声が漏れた時にはもう遅い。落下した財布はすでに、中に入った小銭たちをアスファルトの地面にぶちまけていた。


「あーあ」


「チッ、ウゼェ……」


 舌打ちして落ちた小銭を拾い集めようとすると、高坂も小走りでこちらまで来て拾うのを手伝ってくれた。「スマン」と一応言って、俺は足元に転がった小銭をかき集める。

 一通り集めたところで、高坂がクスクスと笑っていることに気づいた。


「……なんだよ」


「いや、一円玉多すぎでしょ」


 高坂は言いながら集めた小銭を手のひらに乗せていた。確かにぱっと見でも一円玉は多い。


「ウチが集めた分だけで十円玉が六枚あるのも十分多いけど、この一円玉の量はおかしいわ」


 腹を抱えて笑う高坂に言葉が詰まり、小銭を返してもらうより先に自動販売機でコーラを購入した。なんとなく少しでも小銭を減らしたかったのだ。

 取り出し口からコーラを取り出してカバンにしまい、小銭を返してもらおうと高坂に手を差し出した。


「はいっ」


 高坂は俺の手を左手で握って固定した上で、右手に持った小銭を乗せた。


「は?」


 想像以上に柔らかい女子の手のひらの感触と、なぜわざわざ左手を使って固定したのかということに戸惑い、顔が赤くなった。手汗で手が湿ってきた気がして焦る。さっさと放せと思いながらもどこか手を繋いでいたいと思っている自分がいて、何を考えているんだと俺は目を回した。

 高坂が何を考えているのかわからなくて、その顔を見ると、ニヤリと笑っている。それを見てやっと高坂の狙いに気づいた。こいつは俺をからかいたいだけだ。


「くく、焦りすぎでしょ」


「ぐっ!」


 少し心臓が高鳴ったことが恥ずかしくなり、乱暴に手を放すと、投げるように財布にしまう。

 湧き上がる羞恥心が俺をリンチするように襲いかかってきて、それらを振り払うために登校を再開した。

 ついてくる高坂に、それなら今のうちに釘を刺しておこうと俺は振り返る。


「なあ、頼むから学校ではからかうの、やめてくれよ?」


「高校デビューするから?」


 心の中を読まれてやがる。


「やめときなよどーせ絶対ムリだし」


 その上馬鹿にしてきやがった。

 言い返そうかと思ったが、何を言っても無駄だろう。こいつとはここで縁を切って、関わらないようにするのが吉だ。

 気づくと学校は目前で、俺たちと同じように数人で固まって登校する新入生の姿が見えた。人数は思ったよりも多く、人込みが好きではない俺は目が回った。

 とりあえずクラス表を配っている教師の元まで走っていき、プリントを高坂の分と合わせて二枚貰う。高坂の元に戻り、プリントを渡すと、俺は自分の名前を探した。


「ありがとー風見」


 高坂も自分の名前を探す。お互いに数秒間無言になってから、俺は自分の名前を見つけて口を開いた。


「……俺は五組か」


「風見は五組? ふーん」


 俺のクラスを聞いて高坂はプリントとさらににらめっこした。高坂のクラスにも興味はあるが、あまりこいつと二人きりでいるのもなんとなく嫌で離れようとする。

 すると、高坂はプリントに視線を落としたまま俺に訊いた。


「風見、ウチのクラス見た?」


「ん? いや……」


「ふーん。じゃあ、当ててみてよ」


「はあ? 無理だろ、十クラスもあるんだぞ」


「ヒントもあげるから」


「はあ……わかったよ。入学式あるから、体育館に移動しながらな」


 体育館を指差しながら俺は返す。高坂は頷き、歩きながらヒントとやらを教えてくれた。


「ヒントだけど、今日ウチが言った数字の中にウチのクラスの数字があるよ」


 まともなヒントだったことに少しだけ驚き、俺は顎に手を当てた。この登校時間を回想する。

 恥ずかしい記憶が俺を襲った。


「ぐ……」


「あはっ」


 高坂は今俺がなぜ変な声を出したのかに気づいている。これはそういう笑い方だ。無視、無視と言い聞かせて思考を再開。

 まず高坂が最初に数字を使ったセリフ。


『このまま二人で一緒に学校に入ったらさ……』


 これで二組か一組の可能性が生まれる。次の可能性は、ジュースを買おうとした時だろう。


『ウチが集めた分だけで十円玉が六枚あるのも十分多いけど、この一円玉の量はおかしいわ』


 ここで、十組の可能性と六組の可能性も生じた。おそらくこの四つの中のどれかだろう。

 俺が考えるに、ジュースの時のくだりで出た数字ではないと思う。これは数字が一番関わった会話だ。答えがここで使った数字であるなら、安直すぎてわざわざクイズにする意味がわからない。

 つまり、二組か一組。

 この二択なら答えを出すのは簡単だ。

 一組である。『一緒』という単語からきていることも、いかにもからかい上手の高坂がやりそうな手だと思った。

 答えを言おうと高坂の方を見ると、高坂がニコニコしながらこちらを見ている。


「……なに」


「いや」


 高坂は。





「風見がさっきからずーっとウチのこと考えてるなーって」





 今度こそ本当に呼吸が止まった。

 歩いていた足も止まり、時間すら止まったのではないかと錯覚する。

 急に立ち止まった俺たちを邪魔そうに睨みながら避けて体育館に向かう名前も知らない新入生たちを見て、時間は普通に動いているんだなと思った。

 今日は高坂に散々からかわれたが、今以上に頬が赤くなったことはないだろう。ひょっとしたら、人生史上最高に赤面しているかもしれない。

 しばらくして、高坂はニヤリと笑ったまま「行こっか」と言う。俺は高坂のクイズの答えを言えぬまま、曖昧に返事をして歩き出した。

 こいつは俺のことをどう思っているのだろうか。まさか俺のことが好きなのだろうか。中学の時の事件以降一切話していなかったというのに、俺に気があるのだろうか。

 そんな思考が頭をめぐり、高校生活をどう過ごすかという最重要問題すら吹っ飛んだ。

 体育館にたどり着くと、どうやらクラスごとに分かれてイスに座るらしかった。右から順に一組、二組……となっているようなので、俺は五組の場所へ向かおうとする。

 すると、高坂は俺の耳元に口を近づけて囁いた。



「クイズの答えだけどね、ウチも五組だよ」



「えっ……」


 それは候補にすらなかったが、確かに俺が五組だと告げた時に彼女も『五組』という言葉を発している。これは一本取られたと思って赤面したまま高坂を見た。


「高校でもよろしくね」


 高坂は笑顔でそう言って、俺の返事も聞かずに五組のイスへ小走りで向かった。どうやらもうすぐ入学式は始まるらしくて、周囲の新入生たちも慌てて自分のクラスへ向かっていた。

 目の前のイスに座る新入生たちは、これから高校生活が、青春の三年間が始まるのだと胸を高鳴らせているのだろう。中には俺のように、中学までの交友関係をリセットしようとしている人間もいるかもしれない。

 だが俺はここにきて、別にリセットしなくてもいいかなと思い始めていた。

 不思議と高坂にからかわれても嫌な気分にはならなかった。羞恥心は半端ではなかったが、今日の登校時間はそれも含めて楽しめたのではないかと思う。

 だから、俺は小さく呟いた。


「……ああ、よろしくな」


 本人はもうイスに座ってしまっていて、言葉は聞こえるはずもない。誰に届くでもなく風に消えた。

 俺は一度深呼吸すると、自分のイスに小走りで向かった。

青海原です。

高木さんが可愛かったのでうちのキャラで似たようなことができないかと思い、やりました。後悔はしていません。ふう。


高木さんは恥じらいもなく西片くんをからかって見せますが、本作の高坂さんは違います。風見晴人目線で書いているため敢えて描写を省いていますが、「高校でもよろしくね」の後に返事も聞かずに走っていくところなどは、恥ずかしさからの行動です。

ええ、彼女は実は赤面しながら風見をからかってるんですね。そういう目線で読み返してみるとなんだか変わって見えるような(気持ち悪い)。


さて、本編も佳境に差し掛かりつつあります。ここからの展開、お楽しみに!

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