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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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75 遠い思い出の中で

 逃げてしまおう。

 どこまでも逃げてしまおう。

 そうすれば、きっと楽になれる。





※※※





 セミが鳴いている。これはミンミンゼミだろうと『小学一年生の風見』は思った。

 ミンミンゼミは虫の図鑑に載っていた。ミーンミーンと鳴くらしい。そこから判断した。

 風見はこの夏休み、祖父の家に遊びに来ている。夏休みの間、ずっとここにいる予定だ。虫とりがしたかったのだ。

 祖父の家は山と川に囲まれた田舎にあって、大きなカブトムシを捕まえるにはうってつけの場所らしい。だから風見は心を躍らせていた。


「……ってのに」


 祖父は仕事が忙しく、家に帰るとすぐに寝てしまう。そのせいで、カブトムシを捕まえられない。

 カブトムシを捕まえるのは深夜から朝方かけてだと聞く。その時間に虫とりをすることは祖父も了承してくれた。だが、それには祖父の同行が必要だった。


「……つまんない」


 おかげで風見は、ゲームも漫画も何にもないこの田舎で暇な時間を過ごさねばならなかった。


「そうだ!」


 そういえば、風見にはついこの間この近辺に住む友達ができたのだった。フルネームは知らず、お互いあだ名で呼び合う関係だが、十分だ。

 彼らのような地元の人間なら、風見の知らない楽しみを知っているかもしれない。そうと決まると、着替えて家を出ることにした。


「ばあちゃん、行ってくる!」


 玄関で靴を履きながら、家のどこにいても聞こえるように大声で告げる。台所の方から祖母の返事が聞こえたのを確認して、風見は家を飛び出した。

 彼らと出会った神社を一直線に目指す。そこに彼らはいる気がした。

 畑や田んぼばかりでぐるりと回りを見渡せる道を駆けながら、彼らの顔を思い浮かべた。

 目にかかりそうなくらいの黒髪と、風見の意見にすぐには賛成しない優柔不断ところが風見と対照的な『あっくん』。

 この歳で染めているのかと思ってしまうような茶髪と、風見の意見にすぐに賛成してくれる好奇心旺盛なところが特徴的な『みーちゃん』。

 楽しみだ。

 今度は、どんな遊びができるだろう。



「ねぇ、君!」



 走っていると、突然自分を呼ぶ声が聞こえて足を止めた。回りを見ると、それまでは誰もいなかったと思っていたが、田んぼの方に人がいた。

 女の人だった。高校生くらいな気がする。見たことのない人だ。

 話くらいは聞こうと思って止まったまま、その女の人がこちらに来るのを待った。風見が待っていることに気づいた女の人は、小走りでこちらに来た。


「そっちは危ないよ」


 女の人はそんなことを言った。

 風見は眉をひそめる。


「お姉ちゃん何言ってんの? 神社は危なくなんかないよ!」


 前に神社に訪れた時は、管理は行き届いていたように感じた。だから危ない箇所などないはず。不審者だって、噂という形で情報の飛び交うこの田舎で何も聞いていないのだからありえないだろう。

 何より彼らと出会った場所だ。

 危険だとは到底思えない。

 しかし目の前の女の人は首を振った。


「危ないよ。そっちに行くのは、やめた方がいいと思う」


「大丈夫だよ。どうせ暇だし、他に行くとこないもん」


「……そっちに行ったら、君は戻れなくなるかもしれないよ?」


「……? 何言ってんのかわかんないや。俺、もう行くね」


 言葉の意味がよくわからなかったため、この女の人こそが不審者なのだと判断してこの場は立ち去ることにした。

 女の人の言葉も待たず、くるりと踵を返して神社へ走った。後ろで女の人が何かを言っていたが、無視した。



 神社に着くと、二人はいた。

 あっくんとみーちゃんだ。二人は風見を見つけて手を振ってきた。風見も笑顔で手を振り返しながら、走っていった。


「どうしたの?」


 みーちゃんが言う。


「暇だったからさ、遊ぼうよ!」


 風見はみーちゃんにそう返した。それを聞いて、みーちゃんもあっくんも笑顔になる。きっとこの田舎ならではの遊びを彼らは知っているだろう。それを教えてもらいたい。


「じゃあ、あっくん。ハルくんをあそこに連れてったげようよ!」


 みーちゃんはあっくんと打ち合わせを始めた。みーちゃんの提案にあっくんはいつものように渋る。


「あそこ……? うーん、大丈夫かなぁ……」


「あっくんは心配性なんだよ。すぐに無理って言わなかったから決定ね!」


「えっ、なにそれ!?」


「あそこってどこ? 楽しみ!」


 強引に提案を通されてあっくんは呆れたように力なく笑う。風見はその場所が気になり、はしゃいだ。

 そうと決まったらすぐに行こうというみーちゃんに賛成して、三人で移動を開始しようとした。

 そのとき、背中でまたさっきの女の人の声が聞こえた。


「君、やっぱりやめた方が……」


 女の人を見て、みーちゃんの顔から表情が消える。あっくんも無表情だった。二人の表情から判断するに、この女の人は不審者で確定だろう。

 これから楽しい場所に向かうというのに水を差されて、風見は腹が立った。振り返って、女の人を睨みながら訊く。


「さっきから何なのさ。お姉ちゃん、誰なの?」


 女の人は足を止めて、一瞬だけ表情を曇らせた。その一瞬で何を躊躇ったのか、眉をハの字にして笑いながら答える。


「ウチの、名前は……」


 口の中が乾くのを感じた。

 サーッと血の気が引くのを感じた。

 思い出した。

 走馬灯のように記憶がめぐり、何もかもを思い出した。

 自分が逃げてしまったのだということを、思い出した。



「高坂流花、だよ」



 瞬間、世界が壊れる音が聞こえた。

 そう思った時には後ろの二人はいなくなっていて、周りの景色は学校の教室に変わっていた。

 時刻は午後五時くらいだろうか。窓から夕焼けのように赤い空が見える。

 教室には見覚えがあった。

 それは中学の時、風見が高坂を助けた時の教室だった。


「高坂、流花……」


 その名を繰り返した風見の身体は、いつの間にか高校生のものに変わっていた。制服を着ていた。

 高坂と目線の高さが合って、互いに見つめ合う。

 やがて高坂が口を開いた。



「久しぶり、ハルト」



 ――そうか。


 ――俺は、全部話さないといけないんだな。


 風見は視線を落としながら、そんなことを考えた。





※※※





 高月がマイクロバスの面々を連れて壁に戻ると、そこには金髪のゾンビが残していった壮絶な戦いの爪痕が残っていた。こちら側に回っていた第二部隊の戦力はそのほとんどが亡くなり、第三部隊もかなりの戦力が喪われた。

 そして何より、その金髪のゾンビ――篠崎響也に、御影が攫われたという。


「クソ、第一部隊を出すって連絡は何だったんだ……!」


「それな」


 高月の独り言に返事したのは、偵察に行った高月の援軍として高月の元へ来たメンバーのうちの一人、浜野崇だ。偵察らしいことをほとんど何もせずに戦闘し、敗北した高月を見て、危険知らずだなと笑いかけてきたのはこの男くらいだった。

 他の人間は高月を『使えないやつ』と判断したようだった。彼らはそのとき舌打ちして先に帰っていった。


「まぁ、でも第一部隊はそんだけ貴重な戦力ってこった。いざってときゃあなんとかなんだろ!」


「君は少し楽観的すぎると思うよ……」


 浜野は高月よりも身長が低い。その上この人当たりの良さだ。わざわざ丁寧語を使う必要もない気がした。そのことを浜野も咎めていない。別にいいということだろう。


「そんで、お前さんの知り合いが攫われたってのは……」


 浜野が話題を変える。

 そう、高月は今まさにそれについて悩んでいたのだ。


「……ああ。御影奈央、という後輩だ。なんとしても助けに行きたい」


「つってもよぉ、場所とかわかんの?」


「それなんだよな……」


 高月はため息をつく。問題はそれなのだ。四条や春馬に聞いたところで、部下の無謀な特攻に手を貸すとは思えない。

 さらに言えば、御影が攫われた程度のことで壁が動くとは思えなかった。第一部隊を出すことすら最後まで渋ったというのに。


「とりあえず、一応上に掛け合ってみるけど……」


「ま、行くんなら声かけろよ」


「え?」


 あっさりと危険に首を突っ込もうとする浜野に、高月は驚く。


「そんなに驚くことかよ? 俺とお前さんとはこうして話して友達になったんだ。仲良くしようや」


「……はは、ありがとう。そうさせてもらうよ」


 『使えないやつ』の烙印を押された今の高月に協力してくれる人間の数などたかが知れているだろう。永井くらいのものだ。

 そこにこうして簡単に手伝うと言ってくれる浜野のような存在は、本当にありがたかった。

 高月はひらひらと手を振り、浜野と別れ自室へ向かう。


(……さて、これからが勝負だな)


 自室に連れ込んだ『ある人』の存在が、高月の運命を、そして御影の運命を左右することになる。彼女がどこまで話してくれるか。それに全てはかかっているのだ。


(……浜野には上に掛け合うなんて言ったけど、それは本当に最終手段だ。まずは、彼女の存在が上にバレてなければいいんだけど)


 そう思いながら、自室の扉を開けた。



「あ、カイト。遅かったじゃん☆」



 イスに座りながらスマホを弄る少女。

 波風摩耶。

 『屍の牙』メンバーの一人だ。

 高月は彼女を、マイクロバスの人間たちの一員だということにして自室に連れ込んだ。それは彼女を『屍の牙』メンバーとして上に突き出してしまえば、本当に打つ手がなくなってしまうと思ったからだ。彼女に『屍の牙』の情報を吐かせ、奇襲をしかける。これが高月のプランだ。

 たとえ、それによって壁と敵対関係になったとしても、高月はやる。


(さて、彼女はどこまで情報を吐いてくれるか……)


 高月は手を挙げて挨拶しながら、波風の正面にあるソファに腰掛ける。手を組み、真面目な話をするのだとジェスチャーでそれとなく伝えると、波風もスマホを机に置いた。


「さて、波風さん」


「摩耶でいいよー☆」


「それじゃあ、マヤ。君は『屍の牙』の情報を、どこまで教えてくれる?」


 取り繕っても仕方がない。単刀直入に、教えてくれることがあるなら全部聞きたい。すると、波風は目をまん丸に開いたまま。


「いいよ、全部話してあげる☆」


「……本当か!?」


「うん、カイトはアタシのこと助けてくれたしね☆」


「そうか、ありがとう……」


 視線を落とす。高月は、決して波風を助けたわけではないのだ。むしろ、彼女がゾンビであることを偽ってこんな場所に連れ込んでいる。

 ここにはエニグマ量測定機がある。万一波風がそれに触れてしまったら一発でアウトだ。

 今でこそ防衛戦の最中でゴタゴタしているため相手にされていないが、これが収まったら彼女はどうなってしまうかわからない。安全を保障できないというのにそれを伝えていないことは、高月の心を傷つけた。


「それじゃあ、教えてほしい。ずばり、アジトの場所を」


 視線を戻して、波風に問う。

 彼女のことは事が終わってから考えよう。今は御影を救うことに集中したい。そう思っていたのだが。


「……ごめん。わかんない☆」


「……は!?」


「アタシら、その日の気分でアジトの場所決めるっていうかー。今日はここ! みたいな感じだからさー。定位置はないんだよねー☆」


 お手上げ、とでも言うかのように肩をすくめる波風を見て、お手上げなのはこっちだと顔を顰める。

 終わった。

 高月は頭を抱えて盛大にため息をついた。


「……じゃあ、他に話せるのは?」


「……強いゾンビのこととか?☆」


「それでいいや、教えてくれ……」


 場所がわからない以上、聞けたとしても役に立つのかわからないが、ないよりはマシだろう。高月はそう信じて、メモ帳を取った。


「えーっとね、まずリーダーが篠崎響也でしょ? なんかコピー能力持ってるやつ!☆」


「ざっくりだね……弱点とかないの?」


「わかんない!☆」


「…………」


 高月はメモに『リーダーはコピー能力者』とだけ書き記し、視線で次を促す。

 波風は手を動かして何を伝えたいのかわからないジェスチャーをしながら、精一杯語る。


「それでね、時間止める能力を持ってるのが狭間ってやつ!☆」


「……弱点は」


「わかんない!☆」


「……はい、次」


 なんだかやっていることが無意味に思えてくるが、よく考えれば対策はこちらで練るべきだ。問題なのは能力内容も大雑把すぎるところにあるが。


「あと、色んなことができる鈴音恵さん!☆」


「……『さん』、ってことは歳上ってこと?」


「うん。なんか、『神』? だかなんだかってうちのリーダーが言ってた☆」


「ふむ……」


 神、と聞いて高月は以前、最初に竹山と出会った時のことを思い返す。

 あの時、高月たちは竹山を撃破した。するとその直後、唐突に一人の女性が現れ、竹山を蘇らせてみせた。高月の記憶が正しければ、高月はその女性を『神』と形容したはずだ。

 もしかして、鈴音恵とやらはその時の女性なのではないか。であれば、撃破は至難だろう。おそらく、篠崎よりも。

 あれは人ではない。本能がそう言っている。きっと、もっと上位種のものだ。あるいは、人の進化した姿か……。

 高月はいつの間にか考え込んでしまっていて、それを頭を振って打ち消す。これは高月の悪い癖だ。つい人と話しているというのに、自分の世界に入ってしまう。

 情報を一通りまとめ、高月は立ち上がった。


「ありがとう、マヤ。場所については、上を当たってみるよ」


「ん。あいつらみんな容赦しないから、やり合うんなら気をつけてね!☆」


「はは、わかったよ」


 手を振って部屋を出ると、念のため鍵をかける。誰かに波風の存在を知られるのは困るからだ。

 するとそこで今までの疲れがどっと押し寄せてきたような気がした。戦闘続きでまともに休憩をしていなかったからだろう。

 高月はひとまず休憩することにした。

 休憩スペースは全品無料になっている自動販売機が三つと、ベンチが四つある簡易的なものであったが、高月としてはそれで満足だった。微糖の缶コーヒーのボタンを押して、取り出し口から取ると、ベンチに腰掛けてプルタブを捻った。

 音を立てて缶が開き、独特な匂いが鼻を突いた。一口飲む。口の中に広がる程よい苦味と、その中に存在する微量の甘みをいっぺんに感じ、缶から口を離した際に思わず息が出た。

 思えばコーヒーなどを口にしたのは久しぶりな気がする。今までは頻繁に飲んでいたが、終業式の日からまともに飲み物を飲んでいない。飲んでいたのは水くらいだ。


(だから美味く感じるのか)


 久しい味は多少美味に感じるものだ。

 高月は一気に飲み干すと、缶をゴミ箱に捨てた。そして四条や春馬のいる上の階へと行くか――と思ったところで。



「もう一杯、飲まない?」



 振り返った時に後ろにいた少年が、子どもらしい笑顔で高月を誘った。

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