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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
78/125

73 しょうがない

 コピー能力。それ自体は、能力バトル系の創作物ではありがちな能力だ。

 強大な能力であるために、対処の難易度は並ではない。

 自分が能力を消去するタイプの能力者でもない限りは、大抵がコピー能力側の弱点を突く形になる。つまり、能力消去の方法がない風見は、篠崎の能力に弱点がなければ勝つことはできない。

 手札も容易には切れない。透明化能力は、威力には欠けるがこちらの切り札だ。コピーされてしまっては元も子もない。

 だがこの能力は最初に出会った時の戦いで一度だけ使った。それでコピーされていなければいいが。


(こいつの能力の弱点……)


 考えても、狙えるような弱点は思い浮かばない。なにより情報が少なすぎる。

 このままでは埒があかない。篠崎にどんどん能力を使わせて、情報を引き出すしかない。

 風見は足元の小さな瓦礫を蹴った。篠崎は瓦礫に反応し、手の甲でこれを破壊する。その隙に、風見は篠崎の後ろへ回り込んでいた。

 もしかしたら、殴った瞬間に電気を流すことも可能かもしれない。最初の戦闘ではなかったが、篠崎も確実に強くなっている。

 だから風見は倒れていた『壁』の戦闘員が持っていた、高月のものと同じような剣を手に取った。これで攻撃すれば、風見と篠崎が直接接触することはない。


「へーおもしれェ、チャンバラといこーか!!」


 篠崎も側に転がる戦闘員の剣を取り、構えた。一呼吸おいて、両者は同時に踏み込む。

 剣同士がぶつかり合い、二つの凄まじい剣風が巻き起こった。だがそれでは篠崎の能力の詳細はわからない。

 篠崎はまず間違いなく、今まで出会ってきた『屍の牙』の能力者たちの能力を持っているだろう。つまり片桐の回復能力もあると考えていい。

 それに加え、白崎の『鉄壁』の能力。防御面は完璧だと言ってもいいだろう。となると、防御でこの二つ以外は使ってこないだろうか。


(もしそうなら、こっちにも勝機はあるかもしれねえ……)


 それだったら、賭けてみる価値はある。なぜならその能力者たちは、全て風見が倒している能力者だからだ。片桐の回復能力は頭を破壊すればよし、白崎の『鉄壁』は風見の黒い力で破れる。それを風見は知っている。

 だからやるなら、一撃に全てを賭けなければならない。

 一撃で『鉄壁』を貫き頭部を完全に破壊する。それができれば風見の勝ちだ。


(やるしか、ねえ!)


 風見は決めると、剣のぶつかり合いの中で強引につばぜり合いに持って行った。剣同士がギリギリと音を立てる。


「いーねいいねェ! 面白くなってきたぜー!!」


 風見の思惑に気づく様子もない篠崎は、押し切ろうと力を込めた。風見はそれを感じ取ると、わざと力を抜きながら剣を斜めに倒し、来るはずの斬撃を後ろへ受け流す。


「な……あっ!?」


 盛大に空ぶった篠崎は反動で動けなくなる。風見はその頭を掴むと、地面に叩きつけた。そして剣を倒れる篠崎の背に突き刺す。


「あ、がああああッ!?」


 激痛に転がる篠崎を見下ろしながら、風見はこの隙を見て自身のうちにいる童女に語りかけた。




 空間は黒く染まり、童女と風見を除いた全ての人間がいなくなる。ここは風見の精神世界。風見と童女のためだけの世界。

 童女はくるくると回りながら、風見に語りかける。


「どうしたの、ハルくん?」


 黒髪の童女は楽しそうに笑っていた。

 風見はそんな童女に無言で近づいて、肩を抱いた。


「ハルくん?」


 童女はその可愛らしい、しかしどこか大切な人の面影がある顔をキョトンとさせて、小首を傾げた。

 風見は色のない瞳でそれを見下ろす。

 なぜだかこの世界に来ると、その度風見自身の色が消えていく気がした。最初に彼女と出会った時は、もっと風見の色が濃かったはずだ。

 わかっていながら、風見は無言で、無色の瞳で、彼女を見下ろす。

 そして、押し倒した。

 当然童女と風見とでは身長差も体重差も大きい。なす術もなく童女は倒れた。

 それはあるいは、童女が意図してされるがままにしたのかもしれない。だがそんなことはどうでもよかった。

 何よりも力だ。力がほしい。


「お前がくれた、絶対的な力……」


 風見は言いながら、童女の首元に右手を移動させる。これは、脅迫のつもりだった。

 童女は楽しそうに微笑んだまま、風見の言葉の続きを待つ。


「あれじゃあ、足りない……」


 やがて右手は童女の首元にたどり着く。そしてその細い首元に触れた。躊躇はしなかった。

 ぎりぎり、ぎりぎりと。

 童女の首を絞めながら。


「あれじゃあ、金髪を倒せない。もっと、もっと力をよこせ……ッ!!」


 自分を客観的に見ることができたならば、風見は自身が狂っていることに気づけただろう。だが、人はそんな機能を持たない。だから、風見は自分がどこまでも堕ちてしまっていることに気づくことができなかった。

 堕落した少年は絶対の力を求める。

 そして童女は、少年に応えた。


「しょうがないよね」


 童女は、首を絞められているとは思えぬほど笑顔で、そして普通に発声した。驚いて風見が手を離すと、童女は上体を起こして、風見の唇に人差し指を当てた。


「大切な人を殺されちゃったんだもん。怒るのは当然だよね」


 童女の瞳になぜか惹きつけられた。

 黒い、どこまでも黒い、しかし綺麗な瞳だった。


「だから、しょうがない」


「……しょうが、ない」


「そ。しょうがない」


 そう言って童女は指を退けたが、上目遣いなのは変わらなかった。風見は吸い込まれるように童女の瞳だけを見つめる。


「無関係の人たちを殺しちゃったのも、悪い人たちに頼っちゃったのも、大切な人たちを傷つけちゃったのも、全部」


 童女の瞳しか視界に入らなかった。

 童女の声しか耳に入らなかった。

 童女のことしか考えなかった。



「しょうがない、よね?」



 しょうがない。

 そう、仕方がなかった。

 全ては、篠崎の所為だ。

 全ての責任は、篠崎にある。

 だから。


「原因は、消さないとな」


 黒は白へ。

 染まる世界に飲まれるように、消えゆく童女に背を向けて。


「持って行って」


 風見の背に、白く染まりつつある童女は声をかけた。


「心の闇を。この場所の黒を、全部」


 答えず、歩き出した。

 風見晴人は――。





 ――黒く、黒く。

 燃え盛るように、黒く。


「な、んだ……テメー。そりゃァ、なんだ……?」


 意識がこちらに戻った時、いつの間にか立ち上がっていた篠崎は風見を見て驚いていた。風見自身も驚いている。見下ろした両の手に、溢れんばかりの力を感じたからだ。

 彼はさながら、黒い怪物だった。

 黒い炎を纏った、怪物。

 風見晴人はゾンビでありながら人の心を持っていた。だがこれでは、ついに人であることを捨てたように見える。

 それでも風見は構わなかった。

 彼は目の前にいる篠崎を殺すことができさえすれば、他の全てはどうでもよかったのだ。


「おま……それ、ゾンビよりもバケモノじゃねーか……」


 篠崎は指差し慄く。頬を冷や汗が伝い、落ちる。

 勝てないことは、本能的にわかっていた。

 そしてその時、目の前の怪物がゆらりと揺れた。


「く、そ……ッ!!」


 『鉄壁』の能力を発動し、攻撃に備える。瞬間、目の前に風見が来ていた。

 踏み込んだ衝撃すら遅れて発生していた。風見はそれだけ、速すぎた。

 反射的に腕で頭を覆う。が、隙間から見える風見が、突然に消失した。

 透明化能力。


(後ろをとられ――)


 両腕は既に反射的に動かしてしまっている。この状況で後ろをとられてしまったら、篠崎はノーガードで今の風見の拳を受けることになってしまう。

 それだけは避けなければならない。しかし、篠崎にできたのは頭だけで振り返ることくらいだった。











「死ね」











 拳は、篠崎の頭に直撃した。

 そして篠崎の頭部を完全に吹き飛ばす。衝撃波には風見自身の放つ黒い炎が混じり、爆発したように黒く燃え広がった。

 篠崎の身体は回転しながら宙を舞い、風見のそばに落ちる。ぐしゃり、という鈍い音から内蔵や骨も幾つか破壊されているだろうと推測できた。

 あの拳を受けてこれとは、『鉄壁』の防御力もなかなかのものだと風見は思った。

 途端にふっと力が抜ける。

 いつの間にか風見を覆っていた黒い炎も消え失せていて、先ほどの拳で全ての力を使い切ってしまったようだった。

 くらっとして、膝をつく。


(……あ?)


 貧血だと思ったが、どうやら違う。

 思わず胸を押さえてしまうほどに圧倒的な虚無感。心にぽっかり穴が開いてしまったような、何かが欠落してしまったような、そんな息もできないような苦しみに風見は喘いだ。


(は? なんだ、これ……ッ!?)


 心が、痛い。痛いのだ。

 呼吸が荒くなり、動悸がする。圧倒的な虚無感に飲み込まれそうで、誰かにそばにいて欲しくて、手を伸ばした。

 しかしその手はむなしく宙を掴む。


「か、はっ……! ぜぇ、ひゅ……っ」


 ――寂しい。怖い。一人は嫌だ。怖い。暗い。怖い。一人は怖い。一人にしないで。そばにいて。嫌だ。怖い。誰か手を握って。優しく抱きしめて。もういいよと囁いて。そして助けて。怖い。疲れた。もう頑張りたくない。疲れた。それなのに、暗いところに一人。嫌だ。怖い。誰かたすけて。暗い。怖い。怖いよ。


『おいで、ハルくん』


 声が聞こえた。

 今の風見は、もはやそれに縋るしかなかった。

 そばにいてくれるなら。

 手を握っていてくれるなら、誰でもよかった。

 ただ心の穴を、今すぐに埋めて欲しかった。

 目の前に黒い童女が立っている。幻覚だ、と判断する程度の思考能力すら今の風見にはなかった。

 童女は優しく手を差し出す。

 風見は涙を流しながらも、笑顔でその手を取ろうとする。

 そんな風見を、誰かが抱きしめた。



「風見先輩っ……!」



 走ってきた誰かにそのまま抱きつかれたせいか、頭に衝撃が響いた。そのせいで抱きつかれたのだと気づくのに遅れた。

 誰かは風見を優しく抱きしめてくれた。ふわりと鼻腔をくすぐる優しい香りや、ほのかに感じる柔らかさ。そして、温度的なものでない、母親のそれに似た暖かさから、自分を抱きしめてくれたのは女の子なんだとわかった。

 反射的に抱きしめ返そうとすると、体が離れた。そして、抱きしめてくれた少女と目があう。


「風見先輩、大丈夫ですか……?」


 ようやく頭が回り出して、抱きしめてくれたのが誰なのかわかった。

 御影奈央。そういえば、風見にも優しくしてくれるこんな女の子がいたのだ。


「……ああ」


 以前、体育館でも同じようにこの少女は抱きしめてくれた。山城たちにあの目を向けられ、高月に幻滅された今でも、この少女だけは風見を抱きしめてくれる。

 それは、風見にとって最上の救いだった。


「……ありがとう」


「……はい」


 少女は何か言いたげだったが、頷いた。今はそれだけでよかった。

 それだけでよかったのに。



「あー死ぬかと思ったぜェ」



 近くで物音が聞こえたかと思った時には、篠崎が立っていた。


「テメェ、何で……!?」


 風見は御影を庇うように立ち、篠崎を睨む。今の風見の状態で篠崎の頭を吹き飛ばした時のような力を引き出せるとは思えないが、こうなってしまってはやるしかない。


「何でだろーな。『回帰』の能力は一回まで死んでもセーフなのかもなァ」


 そういえば、片桐も一度だけ生き返っていた。もしかしたらあの再生能力は、篠崎の言う通り一度だけ生き返ることができるのかもしれない。

 最悪だ。力に飲まれて完全に忘れていた。


「くそっ!」


 力は出そうにない。

 欠けた心は御影によって楽になったが、それでもまだ痛みはある。とてもこれから篠崎と戦うことなどできそうにない。

 だがやるしかなかった。

 駆け出して、拳を握る。瞬間、目の前にいたはずの篠崎は消えていた。


「さっきのアレをやられたらさすがにめんどーだからな、切り札の『停止』も使わせてもらうぜェ」


 声は横から聞こえた。

 ありえない。直前の篠崎には動き出す動作も見えなかった。なんで。

 考えるよりも先に、篠崎の攻撃を食らった。

 篠崎も回復したとはいえ、かなり体力を削られたらしい。あまり強い攻撃ではなかった。

 風見は膝を押さえて口元を拭った。


「……死ねよ」


 怒りが、殺意が、復讐心が、言葉に乗って吐き出される。欠落した心に残っていた風見晴人の全てが、呪詛のように流れ出す。


「死ねよ! なんでテメェみてえなカスが死なねえんだよ! おかしいだろ、なんでっ!? テメェこそ真っ先に死ねよ! なんなんだよ! ふざけんなよ! 流花を殺したと思ったら、次は御影さんにまで手え出すのかよ! ふざけんじゃねえ、いい加減にしろよ! 死ね、死ね、死にやがれえ!」


 「死ね」という言葉が連呼される。感情だけで言葉を叩きつけているために、同じようなことしか言えない。

 それは幼稚で、情けなくて、何よりも無様だった。


「風見先輩……」


「死ねよ、失せろっ! ゴミが……テメェみてえなのが一番この世にいらねえんだよ! 今すぐ首吊れ! 泣いて死ね! このクソ野郎があっ!」


「風見先輩っ!!」


 御影が風見の腕を掴んだ。

 引っ張られて、反射的に首を向ける。苛立ちを彼女にもぶつけてしまいそうになって、寸前で踏みとどまった。

 彼女は風見を救ってくれた。それなのにこの怒りをぶつけるわけにはいかない。そんなことはできない。


「風見先輩……」


「御影さん……」


 御影は俯いていた。

 少しだけ泣いているようで、鼻を啜るような音が聞こえた。

 その顔が上げられる。目と目があう。

 御影は、伝えたいことがたくさんあるような表情だった。

 だが御影はそれらを一言にまとめて、簡潔に告げた。











「もう、やめて下さい……」











 その言葉を聞いて。

 その表情を見て。

 これ以上、何もできなかった。

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