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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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72 激突

 篠崎の元へ向かう途中、考えた。

 自分はなぜ、こんなにも金髪のゾンビに執着しているのだろうと。一時は悪を滅するため、と自分に言い聞かせてまで執着していたが、高月の言葉を受けてやっと気づいた。

 本当に悪を滅するためであるなら、篠崎にだけ執着しているのはおかしいのだ。

 今の風見の周りは、悪人だらけだ。

 山城たちは復讐のために行動しているし、幕下はマイクロバスの中で利己的な行動を繰り返した。辺りを闊歩するゾンビたちはみな人間を喰らう悪だし、何より風見だって人を殺した悪である。

 篠崎以外にもこんなに悪がいるというのに、風見は篠崎にだけ執着していた。

 だからそれは、決して悪を滅するためなどという偽善に満ち満ちた理由ではない。

 復讐心は消えたと思っていた。

 矢野の言葉を受けて、何て馬鹿らしいことをしていたんだと思い直したはずだった。

 自分は成長したのだと信じていた。

 だが現実は何も変わってはいなかった。

 風見晴人の復讐心は、消えていなかったのである。むしろ煮えたぎり、燃え盛っている。その復讐の炎は、まるで劫火のようだった。

 それに気づいてしまった。

 高月にああも言い返しておきながら、気づいてしまったのだ。

 そこで、風見は。


(だったら、それでもいいか)


 そう思うことにした。

 篠崎は風見にとって許されないことをした。だから殺す。それでいいではないか。悪いところがあるか。

 『目には目を、歯には歯を』なのだ。

 では奪われたものが、踏み躙られたものが、自分にとって大切な命であったなら。

 奪われた者のために。

 そしてその尊厳を守るために。

 風見晴人は、戦わなければならない。



 今、高らかに宣言しよう。


 これは、風見晴人の復讐だ。





※※※





「突然現れてでっけー攻撃寄越すなよ、痛ェだろーが」


 篠崎は服に付いた砂埃を払いながら、だるそうに言う。一方、相対する風見は。


「黙れ」


 簡潔に告げた。

 言うまでもなく、彼に会話の意思はなかった。だが話したがりな篠崎は構わずに続ける。今まで篠崎は自分を殴った男が誰なのかわからなかったが、顔をよく見て記憶を漁り、思い出した。

 指を弾き、ニヤリと笑うと篠崎は饒舌に語り出した。


「風見晴人、だーっけか。テメーあれだよなァ。好きな女を自殺させちまったやつ! ハッ、滑稽だな! 死んじまって抱けなくなっちまったから腹いせに復讐しようってか!? アッホくせー!!」


 風見を指差し腹を抱えて笑う。その嘲笑を受けても、風見は揺らいだ様子を見せなかった。

 直立不動。

 黙ったまま、篠崎の言葉を聞く。

 だがそれは決して何とも思っていないからではなかった。


「か、風見先輩……」


 御影が後ろで心配そうに声をかける。風見はどんな顔をすればいいのかわからなくて、背を向けたまま謝った。


「……流花を、守れなかった。ごめん」


「そんな、高坂先輩が……」


「ごめん……」


「風見先輩のせいじゃ……」


 御影はそう言うが、彼女にも「風見のせいではない」と断言はできない。御影は高坂が亡くなった時の状況を知らないからだ。

 篠崎は高坂が自殺したと言った。それが御影にどう伝わるだろう。きっと、良いようには伝わらないはずだ。

 そして例え御影が勘違いしていたとしても、それを正す資格は風見にはない。

 風見は確かに、篠崎が言った通り、高坂を自殺させてしまったから。そんな状況を作ってしまったから。

 だから、ただ謝罪するしかなかった。


「ダッセー男だなァ! 好きな女を自殺させておいて、なーんでのうのうと生きてられるんだァ!? テメーも復讐なんて、できもしねェこと考えてねーでさっさと後を追っかけてやれよ!!」


 半月のように口角を上げ、篠崎は風見を嘲笑する。内容は最低で、人の尊厳を踏み躙る最悪なものだ。

 ただ、その内容が風見だけを罵ったものであればまだ良かった。まだ黙っていられた。


「あ、そーだ。知ってるか? あの女なー、初めて会った時、泣いてたんだぜェ? ずっと好きだったんだもーん、つってなァ! あの女よー、嫉妬してたんだってよォ! よくわっかんねーけど、テメーも変な女選んだなァ! くっくっく……!!」


 この男は、高坂までを侮辱した。

 それは。

 それだけは。

 絶対に許されない。


「もういい。そのペラペラとうるせえ口を閉じろ」


「あー?」


 風見が篠崎の言葉を受けて揺らいだ様子を見せなかったのは、決して何も感じていなかったからではない。

 すでに、これ以上ないほどに感情が昂ぶっていたからだ。

 その感情は、怒り。

 黒い太陽のような、怒りだった。



「二度と喋れねえようにしてやる」



 誰にも止めることができないその怒りが、ついに篠崎とぶつかった。





 瓦礫だらけの地面を先に蹴ったのは、当然のように、啖呵を切った風見だった。

 一歩踏み込んだ、と周囲の人間が理解した時にはすでに篠崎の懐へと潜り込み、拳をねじ込んでいた。


「テメー、また共食いしたか?」


 だが風見の動きが見えなかったのはただの人間だけ。ゾンビである篠崎には、その動きを捉えることができた。

 風見の拳は篠崎の手に包まれる。野球ボールをグローブでキャッチしたような乾いた音が周囲に響き渡り、風見の第一撃は防がれた。

 風見は舌打ちし、しかし俊敏に次の攻撃に移る。

 腰を捻り、ローキックを狙った。が、右膝を狙ったその攻撃も後ろにかわされる。

 二度続けて攻撃を防がれたが、風見は構わなかった。さらに距離を詰めて、雨のような攻撃を浴びせる。


「やっぱり、前より強くなりやがったな」


 攻撃の合間にも篠崎はニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。その表情がなによりも不快で、一層殺意が増した。うちに存在するどす黒い力をさらに引き出し、一撃をより重くしていく。


「お? なんだ、重くなりやがった」


 風見の攻撃の原理のわからない篠崎は、だがそれでも風見のことを侮っているようだった。以前見せた電撃と風の能力も使用している様子は見えない。

 だがそれなら風見からしてみれば好都合だ。動けないレベルに痛めつけた後、生き地獄を味あわせてやる。

 そして、ついに篠崎に隙ができた。


「しまっ――」


 おそらく風見と最初に戦った後、篠崎は共食いをしていたのであろう。風見を侮れるほどに自信があったのだ。

 その自信が隙を生んだ。


「死ね」


 ガラ空きの横腹に、右拳を突き込んだ。


「――?」


 だが、風見が感じたのは金属のような硬い感触。決して腹を殴って感じるような感触ではなかった。


(何が――!?)


「チッ、俺の方が先に能力使うことになるとはな!!」


 手応えのなさに困惑してしまった風見の横面を篠崎は思い切り殴り飛ばした。全力の拳をもろに受け、受け身も取れずに地面にぶつかる。地面をバウンドして、一瞬意識が飛んだ。


(この感触、どこかで――)


 意識が戻っても、風見はまだ困惑していた。なにが起こっていたのか、なにが起こっているのか、なにが起ころうとしているのか。頭をぐるぐると思考がめぐり、その雑音が単純な思考力すらを奪う。


「そういやー、最初に会った時もそうだったなァ」


 この男は、なにを言っている。

 地に倒れる風見は、篠崎を見上げた。篠崎は先ほどまでと同様に笑っていながら、しかしどこか苛立っているのがわかった。


「無能力のテメーに、俺は能力を使った。それはつまり、無能力の状態において、俺はテメーより弱ェっつーこった」


 じゃり、と瓦礫を乱暴に踏んで、こめかみに青筋を浮かべた篠崎は言った。


「それが許せねーんだよなァ、クソガキ」


 篠崎は倒れ伏す風見の顔を、サッカーボールでも蹴るかのように躊躇いなく狙った。その足を、風見は身をひねってぎりぎりのところでかわす。


(どういうことだ? こいつの能力は、電撃と風を操る『疾風迅雷』だかってやつじゃねえのか……?)


 篠崎の能力の詳細がわからず、迂闊に手を出せない。篠崎の攻撃を避けながら、様子見に徹するしかなかった。


(だが、さっきの硬い感触は……ありゃどう考えても能力。まるで、俺の拳とあいつの身体との間に『壁』でもできたような……って、まさか)


 嫌な想像が頭に浮かんだ。まさかとは思うが、そんなことができてしまったら、風見に勝ち目はあるのだろうか。

 勝機があるとしたら、この黒い力と透明化の使いどころか。それでも手札としては少ないし、切り札に欠ける。

 一呼吸おいて、風見は篠崎を試すことにした。


「かわすねー、いつまで体力もつかなァ」


 下品に笑う篠崎の言葉に被せるように、風見ははっきりと問う。



「アンタ、能力をコピーしてるな?」



 問いを受けて、篠崎はさらに高笑いした。額の辺りを右手で抑えて、一頻り笑ったのち、その手で顔を覆う。

 篠崎は手のひらの隙間から風見を見て、低い声で告げた。


「せーいかいだァ」


 風見は、舌打ちした。

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