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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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67 黒の力

 ビルの上を渡りながら幕下の案内の通りに場所へ向かい、やっとマイクロバスが見えてきた。そこにはすでに山城たちがたどり着いていたようで、なんだかそこにいた男女と揉めているように見えた。

 だが、そんなものはすぐに視界に入らなくなった。

 そこに、いたのだ。

 パーマがかった女子高生。

 高坂流花を襲った男女のうちの一人。

 頭が焼き切れるような衝撃に襲われ、同時にあの時の記憶が思い出される。

 そうだ。あの時、口に血をつけていた女だ。そしてその時高坂の首元には噛まれたような傷があった。

 そこからパーマの女が高坂に噛み付いたのだと推測できる。

 つまりは、悪だ。

 悪は、殺さなければならない。そのための力を、風見は手に入れたのだから。

 覚悟は一瞬で決まり、ビルを蹴る。

 そして、山城たちと男女が揉めているそのちょうど真ん中。

 マイクロバスの隣に風見は着地した。

 急に空から人が降りてきたことに驚く一同を無視して風見は幕下を山城の方に歩いて行かせると、パーマの女を睨んだ。


「アンタ、俺に見覚えあるか?」


「……はあ?☆」


 女はとぼけるように眉をひそめる。

 それに苛立ちを覚えるも、ただ一度見ただけの相手を鮮明に覚えられるかといったら確かに無理だろう。

 風見はできる限り自分を落ち着かせながら、続いて問う。


「質問を変える。アンタ、仲間にキョーヤとかいう金髪のゾンビがいるか?」


 そう訊くと、場にいた面々がみな表情を変えた。

 目の前の男女は共に驚いたように眉を上げる。

 宮里と矢野は前に寄った高校で一件あったために、男女を睨んだ。

 幕下、笹野、佐藤、熊田は状況が読めずに困惑する。

 そして山城は風見を憐れむように見守っていた。

 やがて、男の方が答えた。


「……篠崎響也殿のことなら、我らが『屍の牙』リーダーを務める男のことだが」


「アンタらはあいつの仲間なんだな?」


「ああ、まぁそうなるだろう」


「そうか」


 風見は一度目を伏せた。

 男の方はそこまで悪い人間には見えない。だが風見は彼と深く関わったわけではない。もしかしたら本当は悪ということもあるだろう。ここで見逃したせいでこの男に殺される人間が出てしまったらそれは風見の罪だ。

 そもそも、金髪のゾンビ――篠崎とつるんでいる時点で、そいつは悪だろう。

 判断すると。


「なら、死ね」


 一秒で距離を詰めた。


「――な!?」


 男の方の顔面を力の限り殴り、隣の建物に叩きつけると、続けて女の方の顔面を掴んで地面に叩きつけた。少しだけ地面にめり込ませ、風見は女の耳に口を近づけると囁いた。


「寝てろ」


 男の方に向き直ると、ちょうど飛ばした壁から降りてくるところだった。


「いきなり意味不明なことを言ってきたかと思うと私の顔を殴り、波風嬢のことを倒す。まるで悪魔の所業だな」


 男は風見を睨んで口の中の血を吐き捨てながらこぼす。それを風見は「ハッ」と笑い飛ばした。


「言ってろ、ゴミが」


「どっちがゴミだ!」


「テメェらだよ」


 掛け声で両者は同時に踏み込んだ。

 そして互いの拳が交差する。

 先に命中したのは男の拳だった。


「くッ……!」


「貴様は、よく女性を躊躇いなく攻撃できるな! その手で何度、自分よりも弱い相手をなぶり殺してきた!?」


 一度命中すると、好機と見たのか体勢のよろけた風見を連続して殴ってくる。

 だが風見はすぐに体勢を整えると男の右足を踏みつけた。


「がっ!?」


「偉そうに……」


 そして生まれた一瞬の隙を突くように、みぞおちへ拳を突き込む。


「どの口でそれを言えるんだ、テメェらは!」


 衝撃に腹を抱える男を睨み、風見は怒鳴りつけた。


「テメェらのせいで、何人の人間が涙を流したと思ってんだ? これから何人の人間が涙を流すと思ってんだ? それを棚に上げて、よく人を糾弾できるな」


 風見も確かに酷いことをした。

 襲った高校の生存者たちを自分の目的のために無惨に殺した。だからある意味では風見の発言は完全にブーメランである。

 だけど風見は変わることができた。風見には確かな成長があった。悪を滅ぼそうと決意することができた。

 手に入れた力を、正しい方向に使おうと思うことができたのだ。

 対する彼らはどうだ。

 今も、まさに、マイクロバスの面々を襲っていたではないか。

 成長がなければ償おうという気もない。自らの行動を悪だと認識せず本能のままに、欲望のままに目の前の人間を喰らい続ける。

 そんな悪が、どの口で風見を悪魔と罵ることができるのだ。

 腹が立つのを通り越して馬鹿馬鹿しい。


「テメェらこそが悪魔だ。だから殺す。まだ文句あんのか?」


「ふ、ざけるなッ!」


 男は右手をひねり突き上げるように風見の顔を狙う。が、風見はそれを左手で払うと、空振った男のガラ空きの胴に拳をねじ込んだ。


「がはぁっ!!」


「ふざけてんのはテメェらだろうが、クソどもが。死ねよ」


「くっそ……使うしかないか……」


 男は脇腹を抑え、痛む箇所を一つ一つ触って確認した。

 そして、次の瞬間。


「――は?」


「これが、私の能力だ」


 瞬くような間も無く、男の傷が回復した。


「私は片桐元。『回帰』の能力者だ」


 回復能力。それも、以前に戦ったことのあるゾンビのものとは性能が段違いのもの。

 以前、永井雅樹とともに戦った二足歩行の犬の能力は、正確には傷を癒す力で、例えば腕を奪ってしまえばそれがもう一度生えるということはなかった。

 だが目の前の片桐という男。

 さっきの一撃で風見は内臓をいくつか破壊した手応えを得た。だがそれは治っているように思える。

 元の状態へと、『回帰』したのだ。


「チ、ふざけた能力だな……!」


 舌打ちし、対策を練る。

 相手の能力を知ってしまった以上、舐るような攻撃を繰り返すことはできない。いちいち回復されてしまっては、どこかでこちらのスタミナが切れた時に畳み掛けられる。

 前の回復能力者との戦いのようにはいかない。――いかない?


(いや、やることは変わらねえじゃん)


 別に不死の能力というわけではないのだ。倒し方を変える必要はない。

 変えるのは、勝負への態度。

 全身全霊をかけて、目の前の敵を叩き潰せばいい。それだけだ。

 風見は口角を上げると、呟く。


「消えろ、回復能力者」


 踏み込んで、戦闘を再開した。





※※※





 波風摩耶はその戦いを見て、恐怖した。それまで侮っていただけに、その豹変ぶりに恐怖した。

 篠崎と一緒に初めて出会ったときは、能力すら使えなかったはずだ。それが、一体何があってこうなったのだ。


(あんなの、まるで化け物じゃない……っ)


 もはやいつもの語尾に『☆』がつく口調にもならない。それほどまでに、波風は風見に恐怖していたのだ。

 片桐が自身の能力を明かした直後は、あまり変化がないように感じた。表情になぜか余裕が生まれたくらいで、気になるほどの変化はなかった。

 だが、どこからだろうか。

 風見が、黒くなったのだ。

 それからの戦闘は一方的なものに変わった。


(一撃が大きすぎて、片桐はさっきから回復しかしてない……)


 それでも間に合っていないくらいだ。

 ゆらり、ゆらりと揺らめく黒は、一撃で片桐の四肢を奪う。頭に攻撃が届かないように立ち回りながら、回復するのが片桐には精一杯のようだった。


(この男、何を考えて……っ!)


 そこで波風は自身の能力を発動する。

 彼女の能力は『理解者』。対象の心を読み取る能力だ。それを使って風見の黒の正体を解き、少しでも片桐の助けになろうとした。

 だが、能力で対象の心を探りこんだ瞬間。




「あなたは、だあれ?」




 周りが一瞬にして黒く染まり、童女の声が耳にこだました。

 どうなっている。今までこんなことは起こらなかった。

 風見の心の中に潜り込んだというのに、なぜ別の人間の声が聞こえるのだ。

 ここが風見の心の中なのだとしたら、風見は心の中に何を住まわせて――。


「わたしとハルくんの場所に、入ってこないで」


 そこで、見た。

 真っ黒な童女と、そばで正気を失った瞳の風見が座り込んでいるのを。

 童女は笑っていなかった。怒ってもいなかった。喜怒哀楽の全てをどこかに置いてきたような、冷たい表情だった。

 風見の方は、それよりももっと酷い。

 何も考えていないような、全てを童女に委ねているような、そんな表情。


「今すぐ出て行って」


 確認できたのは、そこまでだった。


「――はっ!?」


 気づけば今までの光景は嘘だったように元へ戻り、目の前では風見と片桐が戦闘を繰り広げている。

 今のは、何だったのだろう。

 波風は震える手で自分の肩を抱いた。

 何か、見てはいけないものを見てしまったような。禁忌に触れてしまったような。そんな後悔が波風を襲う。

 気持ちが悪かった。どこの世界に心の中に童女を住まわす男がいるのだ。

 世の中にはイマジナリーフレンドというものもあるが、そんなのはあくまで本人の心にすぎない。人形遊びのようなもので、完全な他者ではないのだ。

 だが風見の心の中に住んでいた童女は、明らかに別の人間。

 一人の人間の中に、別の何かがいる。そんな意味不明な現象がただただ気持ち悪かった。

 そして、『理解者』は理解した。それはきっともう、片桐の方も気づいているはずだ。

 風見には勝てない。

 あれは、あの揺らめく黒い力は、おそらく力の本質から異なるのだ。波風や片桐たちのような普通のゾンビとはまた別の何かなのだ。

 ここで死ぬのか。

 そう思って波風は顔を上げた。そこには片桐を倒した風見がいた。

 片桐の方に目を向けると、そこには頭部を破壊された死体が一つ転がっていた。

 自分もああなるのかと思うと、諦めがついた。


「なあ、篠崎ってやつは……どこにいるんだ?」


 風見は笑う。

 漆黒のままに。

今回の話で黒い力の本質にチラッと触れてみた(?)わけですが、この伏線をちゃんと回収できるか作者的には不安であります。頑張ります。


ちなみに今回の話でチラッとでた犬のゾンビは『18 お化けなんていないさ! 多分!』に登場したやつです。私は結構このゾンビ気に入ってます。

それでは、次回の更新をお楽しみに!

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