65 悪足掻き
勝負にならなかった。
気づけば倒されていて、起き上がったところで一撃食らわすことすらできやしない。
相手には余裕があるようで、なにか力の本質を隠しているようだった。
相手の能力は完全に謎だ。攻撃しても、相手と自分の間に『壁でもあるように』攻撃は届かない。
篠崎と言った金髪のゾンビは、その能力と自らの身体能力で永井を圧倒した。
永井雅樹は、敗北した。
「まー、可哀想だし殺さないでやるよォ。俺ってばやっさしー」
そんな言葉を残して壁の方へ去っていく背中を見た。
悔しいとは思わなかった。それよりも、まずいと焦った。
その方向には援軍がいる。そして、きっと生きているだろう御影や秋瀬がいる。守らなければならない人たちがたくさんいるのだ。
あんなわけのわからない敵をそこへ向かわせることができるか。
否、できるわけがない。
ボロボロのパワードスーツはもう役には立ちそうもない。だから永井はそれを脱ぎ去り、非常用に持たされていたハンドガンを手に持って篠崎に発砲した。
「あーん?」
「行かせないぞ……」
「何ー、まだやるのォ? やーめとけってェ馬鹿らしい」
振り返った篠崎は両手を広げて肩をすくめる。
ハンドガンの弾は確実に篠崎に命中した。が、篠崎の身体には一切のダメージがない。勝てないことは目に見えていた。
それでも、それでも。
無駄だとしても、永井は足掻かなければならなかった。それが永井の最後のプライドであった。
「そうさ、俺は馬鹿なんだ。だから最後まで付き合ってもらうぜ」
「へー、んじゃいいこと教えてやるよ。ゾンビってのは、頭に大ダメージ当てりゃーダウンすんだぜェ」
トントンと自らの頭を人差し指で叩きながら篠崎は笑った。ふざけて言っているのか本気で言っているのかはわからないが、言われてみれば今まで戦ってきたゾンビは大体頭への攻撃で倒してきた。
「そうかい。じゃあ、ヘッドショットを決めてやるよ」
篠崎の頭に向けてハンドガンを構え、発砲した。
弾丸は奇跡的に篠崎の頭に命中した。普通の人間であったなら即死だっただろう。
だが、篠崎は仰け反りもしなかった。
ギィンと硬い音がして、弾が地面に転がる。それだけだった。
そして、それは。
「悪足掻きごくろーさん。ばーいばァい、永井くーん」
笑顔で手を振る篠崎を最後に見て、永井の意識は途切れた。
※※※
東京ではちょうど防衛戦が始まり、亀の怪物が閃光を放った時、次なるゾンビの場所へ移動中だった風見晴人たちは、都心部が爆発するのを見た。
爆風が風見たちを吹き飛ばそうとしたが、建物の陰に隠れてなんとか踏ん張った。爆風はすさまじかったが、爆発したのは都心部だけのようだ。このあたりは無事らしい。
「なんだったんだ……?」
やがて完全に風がやんだところで、都心部の方へ目を向ける。そこには、壁以外になにもなかった。
「は、あッ!?」
「なんですか、これ……!?」
煙で霞んではいるが、おそらく壁以外の全てが吹き飛んだ。風見たちは突然の爆発に驚くしかなかった。
(あんなの、どう対処しろって言うんだ……?)
先ほどの爆発は兵器レベルだ。そしておそらくそれを起こしたのは兵器ではない。
かすかに閃光を照射しているような光が見えた。そこから推測するに、あの爆発を起こしたのはゾンビだろう。
きっと都心部にいた生存者やゾンビはたくさん亡くなったはずだ。
「も、もう一回同じのが来たらどうしよう……」
矢野里美が慌てたように風見の袖を握る。だが風見はそれを掴んで放すと、自らを落ち着けるように言った。
「多分、それはないだろ」
「なんで……?」
「今のレベルの攻撃を連発できるとは考えづらい。それとあのレベルの範囲攻撃をやったら大体の人間は死ぬから、そもそもやる意味がない」
「な、なるほど……」
と、風見は言ったが、これは自分を安心させるための言葉だった。
もしかしたら、力を持った馬鹿がくだらない遊びでやった攻撃かもしれない。ゲームのように街を破壊し、それを楽しいと感じてしまったら、ここも破壊してくるかもしれない。
(さすがに、ないだろ……)
そうやって自信を安心させるしかなかった。
すると、そこで宮里柑奈のスマートフォンが鳴る。山城天音から連絡がきたようだった。
どうやら電話らしく、宮里は通話を開始するとスピーカーモードにした。スマートフォンから山城の明るい声が聞こえてくる。
「おーい、みんなダイジョーブ? あ、ちなみにオレたちは全然ダイジョーブ。ってそりゃそうか、オレたち都心部から結構離れてるしなっつって、てへ」
「うっわマジでうぜえ」
もはや呆れるレベルの挨拶が飛んできて一同はドン引きする。本当に自分の仲間を心配しているのか、いないのか。いまいちよくわからない男だ。
「それで、何か用ですか?」
宮里が呆れながらも山城に訊く。正直用がなければかけてこないでほしいし、できれば用があってもかけてきてほしくないところだが、山城はちゃんと用があって電話をかけたようだった。
「いやー、今の爆発を受けてさ。一回集まった方がいいんじゃないかと思ってね」
「あん? なんでわざわざ。必要あるか?」
「ああ、うん。ちょっとね……」
風見としては早く金髪のゾンビ、キョーヤとやらの情報を集めに行きたいため、この提案には賛同しづらい。だが、山城は何か隠しているように唸る。
「んだよ、なんかあったのか?」
それがじれったく感じられ、風見は少し語気を強めて訊いた。山城は最初躊躇うように間を作ったが、やがて答える。
「なんか、キナ臭いっつーかさ。ヤバ目な匂いがすんだよねー」
「はぁ? そりゃ、まぁ確かにそんな気はしないでもないが……」
一瞬どこがだと思ったが、確かに先ほどの爆発を受けて、何かキナ臭く感じるのは確かだ。
馬鹿がふざけて放った一撃でもない限り、あんな馬鹿げた攻撃は放たれない。それが放たれたということは、つまりそれをするだけの何かが都心部で起こっているということだとも考えられる。
「まさか、都心部のあたりで戦争でも起こってるっつーのか?」
「まさか、とは思うけどね」
山城は言う。それが確信を持っている風に感じられて、風見は何とも言い難い違和感を覚えた。
風見は一度ため息をつき、頭をかきながら返す。
「一回集まろう。場所は……」
そうして、指定した場所へ向かった。
指定した場所は立川の駅前。お互いのいた場所からすぐ移動できて、かつ互いを見つけやすいところが他に思いつかなかった。
そうして立川駅に到着すると、この近くにはには割と生存者がいるようだった。
ただ、気になるのは若い大人や学生が多いことだ。高齢の人たちや幼稚園児くらいの子どもは見かけられない。
見かけたとしても、ゾンビになってしまっている。
これはどういうことなのだろう。
と、考えていたら山城たちもこちらに合流した。
「やぁ、遅かったね諸君」
「遅れたのはテメェだ」
「そうとも言う」
「そうとしか言わねえ」
軽口を交わし、全員の生存を確認し合うと、風見は提案した。
「なぁ、このまま全員で東京近辺を回るんじゃダメか?」
それを聞いて、山城は一旦黙り込んだ。なんでここまで頑なに考え込むのか風見にはわからないが、そんなに都心部近辺は危険なのだろうか。
仮にそうだったとして、なぜそれが山城にわかるのだろうか。
「山城くん、別にいいんじゃないですか? 勝てない敵がいるわけではないんでしょう?」
「ん? あー、はい。ゾンビの方は多分そうでもないっす。ヤバいのはそっちじゃなくて……」
笹野麻美子も風見に賛同してくれるが、山城の顔は変わらず曇ったままだ。
ゾンビよりヤバいの、とは何なのだらうか。まさか都心部にはゾンビではない別の勢力でもいるというのか。
そこまで考えて、都心部に今、何があるのかを思い出した。
「壁のやつら戦力か?」
「……そ。あいつらは、ちょいとヤバいかもしれねえぜ」
「人間が、まさかゾンビより強いのか……?」
言い終えて、高月快斗を思い出した。
彼は人の身で風見と並ぶほどに強くなっていた。そんな彼は、何を使いこなしてそこまで強くなっていたのか。
答えは、ゾンビの力だ。
高月はゾンビの力を使いこなして風見に並んでいた。それが、量産されていたとしたら。
確かに、脅威かもしれない。
「……それじゃ、やめるのか?」
風見は一刻も早くあの悪を、金髪のゾンビを打ち倒さなければならない。どんな手段を使ってでも、倒さなければならなかった。
幸い、絶対的な力は手に入った。最悪ここで山城たちが行かないとしても、一人でだって。
そんな表情を山城に見られたのか、ため息をついてから山城は言った。
「……そんじゃ、行こうか。最悪の場合は逃げりゃ済むしな」
前回更新遅れましたとか謝っておいてまた更新遅れました。ほんとすいません。
ですがやっと風見晴人に視点戻せました。
やっと第三章で三番目くらいに書きたい部分が書けるぜ! ……ええ、まだ三番目に書きたい部分までしか進んでないんです。
カスみたいな更新スピードのせいでこんなになっちゃってすいません。
それでは、次回の更新をお楽しみに!




