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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
68/125

63 それぞれが地を蹴って

「こちら永井雅樹」


「……どうした」


 視線の先にいる男を視界から外さないように、慎重に睨みながら、永井は前島に通信する。


「金髪の、おそらくゾンビと思われる男を発見しました。こちらも相手に捕捉されており、交戦は避けられないと思われます」


 特徴を耳にし、前島が息を飲んだのを感じた。手強い敵なのだろうか。

 一瞬の間をおいて、前島から指示が下る。


「我々もすぐにそちらに向かう。可能な限り応戦し、隙を見て撤退しろ。間違っても死ぬなよ」


「……了解」


 そして通信は切れる。

 位置情報は前島が常に把握できるため、援軍は正確にここまでたどり着けるだろう。だが、問題は『死ぬな』という命令だ。

 目の前のゾンビは、何か防具をつけているわけではない。夏にしては黒が多めの、いたってシンプルな服装。

 背丈から大学生かと思われる。見たところ特別筋肉質な体を持っているわけではなさそうだ。傷の少なさや立ち姿から格闘技の経験もなさそうだと思える。

 だが勝てる気は全くしなかった。

 パワードスーツという、全長五メートルの巨大な武器を持っていながら。


「永井くーん、だっけェ? たーいへんだなァ。いっちばん最初に戦うことになっちまうなんてよー」


「ぶっちゃけこのパワードスーツで戦うの初めてだから逃げたいんだが」


「マジかよー、そりゃァドンマイだわ」


 くっく、と楽しそうに金髪の男は笑う。逃がしてくれるつもりはなさそうだ。


「アンタは、ゾンビで間違いないのか?」


 問うと。


「あー、間違いねェ」


 返ってくる。


「そうか」


 どうやら覚悟しなければならないようだった。

 これから始まる戦いで生き残るためには、それが必要なようだった。


「俺は篠崎響也。まー、気楽にやろォや」


 そして永井雅樹は、覚悟した。


「ああ、気楽にやろう」


 東京防衛戦は、本格的に開戦した。





※※※





 視界がぐるぐると回り、どこが地面でどこが空なのかも判断できない時間が続いた。

 戦闘服は飛ばされる中で、破壊された建物の瓦礫や地面にぶつかり、既にボロボロになっていた。

 瓦礫と一緒に洗濯機に入れられたらこんな感じなのか、などと呑気に考えていた。余裕があったわけではない。むしろ余裕がなさすぎて、ろくなことを考えられなかったのだ。

 そうして洗濯機は止まる。地面をバウンドして、転がり、やっと身体を自由に動かすことができた。

 高月は、指を動かす。


(なんだこれ、あんなにぐるぐる回されたのにそんなにダメージがない……?)


 回されたことで気分は悪くなったし、今も目がぐるぐる回っている。だが、それ以上に大きなダメージはなかった。


(……あ)


 戦闘服の非常時防御機能がオンになっている。これは手動で行わなければならないものだ。だが高月はこの機能をオンにしたつもりはない。突然すぎて間に合わなかった。


(先輩が伏せろって指示してくれた時にオンにしてくれたのか……)


 名前も知らない先輩に感謝しつつ、立ち上がる。


「ここは……?」


 ずいぶんと遠くまで飛ばされたようだ。とりあえず、連絡を試みる。


「こちら、高月快斗。応答願います」


 何度か繰り返すが、雑音ばかりで声らしき声は聞こえない。仕方なくマップで位置を確認しようと思ったが、そちらは完全に壊れているようだ。


「非常時防御機能ってんだからその辺も守ってくれよ……」


 ため息をつき、辺りを見回して見た。

 地平線が見えた。

 ずっと遠く、亀がいた方向に山があるが、それ以外は何もない。ぐるりと地平線で囲まれているようだった。

 そこに一つ、山とは違う盛り上がりがある。


「……壁か」


 その防御機能に感嘆、あるいは呆れつつ、そちらへ向けて歩き出した。




 壁までの道は、まるでレッドカーペットのように真っ赤だった。

 それは、血だ。

 きっとこの辺りに逃げていた生存者たちがいたのだろう。建物が吹き飛ばされた衝撃で宙をぐるぐると舞い、死んでしまったのだ。

 もはや原型をとどめていない死体が無数に転がっていた。簡単に言えば、ミンチだ。四肢の欠損程度なら優しい方で、グチャグチャに潰れてしまっていてどこが手足でどこが顔だったのかの判別もできやしないものの方が多い。

 口の中に酸っぱいものがこみ上げて来たが、絶対に吐き出したくはなかった。無理に飲み込んで、腹の中に押し込んだ。

 仲間は見えない。

 生存者も見えない。

 まるで、この世界で一人ぼっちになってしまったような。


「……貴方は」


 そんな世界に人を一人、見つけた。その姿は見覚えがあった。


「……ついこの前、会いましたよね」


 声をかけると、男はこちらを向いた。男は見覚えがなかったのか、高月のことを少しの間見つめた。

 その時間は一秒もかからなかった。


「……ああ、あの時の」


 高月の視線の先には、体格の良い男がいる。優しそうな目をした男だ。

 ――高月たちが、マイクロバスから下りるきっかけになったゾンビだ。

 これが普通の生存者であったなら、救助することができた。共に壁へ向かうことができた。

 しかし、男は普通の生存者ではない。

 男は、ゾンビだ。

 だから、高月は男を倒さなければならない。


「僕は、貴方を倒さなければいけない」


「……俺も……倒さないと……」


「そうですか」


 言って、高月は目を伏せた。

 男は敵だ。それは分かっている。

 だが、こんなに優しそうな目をした人と戦わなければならないというのは、少しだけ抵抗があった。

 それは男も同じだった。

 男も、高月が悪い人間でないことにはとうに気づいている。

 この戦いは、無意味だ。

 どちらが勝利しどちらが敗北したとしても、何も残らない。

 だから。

 だから、せめて。


「僕は高月快斗。貴方の名前を、聞かせてもらってもいいですか?」


 男が少しだけ、驚いたように目を開く。

 男は迷うように視線を彷徨わせたが、やがて意を決したように高月の目を見ると。


「……竹山浩二」


「竹山さんですね、覚えました」


「……俺も、覚えた」


 勝利や敗北が無意味でも。

 この戦闘自体が無意味でも。

 この場で起こる何もかもが、無意味だったとしても。

 何も残らないということはない。

 高月は、そして竹山は、互いの名を残した。

 戦いの後に勝利した者の胸の中に、自身の名を残した。

 そして――。


「では」


「…………ッ!」


 両者は、同時に地を蹴った。





※※※





「ほんっとありえない!☆」


 言ったのは、パーマがかかった髪が特徴的な女子高生、波風摩耶。金髪のゾンビ、篠崎響也率いる『屍の牙』のメンバーである。


「あの金髪、リーダーの癖に勝手にどっか行っちゃうし! 竹山は竹山でまた金髪追っかけてどっか行っちゃうし!☆」


 『屍の牙』のアジトはこれといって定まっていない。だから壁の連中には特定できなかったのだ。

 その日の気分でアジトの場所を決め、適当に住み着く。そんな自由さが『屍の牙』の特徴だった。


「はっはっは、仕方ないな波風嬢!」


「うっさい、黙ってて片桐!☆」


 篠崎がこの日に東京を、『壁』を落とそうとするのは聞いていたが、作戦は一切聞いていない。結果、真っ先に飛び出していった篠崎と竹山を除く面々は、アジトに残されていたのだ。

 波風はため息をつくと、後ろにいる茶髪の男に聞く。


「ねぇ、ホントにこれで大丈夫なんでしょうね?☆」


「いや知らん」


「はぁっ!?☆」


 茶髪の男は最近篠崎が連れてきた仲間――というより、協力者の方が近い――男だ。男は不敵に笑うと、


「そいつはキョーヤ次第だからなぁ、あいつが失敗しなきゃイケるんじゃね?」


「えぇ、何それ……☆」


「肩を落とすでない波風嬢! 私がいるのだから心配はあるまい!」


「何も期待してないわよ……☆」


 片桐はバシバシと波風の肩を叩くが、何も安心できない。仕方ないので、自分たちもそろそろ出ることにした。


「お、行くのか?」


 茶髪の男が聞く。


「えぇ、勝手に金髪に失敗されても困るしね☆」


「そうか」


「行くわよ片桐!☆」


「ほいさ、任せな波風嬢!」


 そうして茶髪の男に背を向ける。


(そう言えば、こいつの名前なんだったっけ……?☆)


 茶髪の男は確かに自分たちの前に現れた際、名乗っていた。それを覚えていないとは、まだ高校生であるのに記憶力が衰え始めているのかと落胆する。


(確か、『ミカゲ』とかだったかしら☆)


 少し考えてもそれ以外に思い当たらず、「まぁいっか☆」と納得。波風は適当に仲間を数人連れて、出撃した。

なかなか戦闘始まんなくてすいません。私は戦闘描写が下手くそなのでこういうところで話を伸ばさないと内容がかなり薄っぺらいことになっちゃうんです……。


第三章も大分進んできました。新キャラの続出で戸惑ってる方もいるかもしれませんが、適当に流しても大丈夫なキャラも多いので多分問題ないです。

今後の更新にご期待ください。

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