61 高月たちの七月三十日
その日は、部屋に戻って仲間たちと少し話し、運ばれてきた晩ご飯を食べてお風呂に入ったのち、就寝した。
そして次の日、永井は仲間たちの中で一番早く起床した。
日付け表示機能付きの時計を見る。
「……七月三十日か」
本日から、『新政府』の仲間として本格的に訓練が始まる。なんでも、戦闘に関してはコーチがつくらしい。
永井は疑問に思った。
なぜ、彼らは快く自分たちを受け入れたのか。
声をかけたらすぐに対応され、形だけのような戦闘テストを受けて、別々の部隊へ即入隊。
まるで待っていたかのようなスピード対応に、こちらは困惑するしかない。
「それに、よくわからん科学力も謎だよな……」
現代科学やSFには疎い永井も、戦闘用パワードスーツの存在の異常さはわかる。あんな小さいガンダムみたいな代物、どう考えてもオーバーテクノロジーだ。
「でも、超かっこよかったよなぁ」
永井も専用のパワードスーツを渡されている。今は整備中とやらでまだ開発部隊の手にあるが、完成次第永井が着ていいそうだ。
「やべえワクワクしてきた」
「ホントの目的忘れてないでしょうね」
「ひうっ!? 忘れてない忘れてない、ハルトを助けるんだ!!」
いきなり秋瀬に声をかけられビクッとしてしまう。こんなことで戦闘時は大丈夫なのだろうか、と秋瀬は不安になった。
ため息をついて、秋瀬は心配そうに目を向ける。
「……ホントに、大丈夫なんだよね?」
秋瀬は、本音では『壁』の中に留まるべきだと思っている。壁内の市民として暮らしていた方が良いと、未だその考えを変えられていない。
それは当然のことで、ゾンビとの戦いはどう考えても自分たちのすることではない。
学校や脱出中などのように自分たちだけでなんとかしなければならない状況ならば、戦わなくてはならないだろうが、今はそうではないのだ。
自分たちの代わりに戦ってくれる人がいて、自分たちのことを守ってくれる人がいる。
だから本来ならば、自分たちが戦う必要も、意味も、ないのだ。
それでも。
「ああ、大丈夫だ」
それでも、自分たちの手で守りたい人がいる。助けたい人がいる。
自分たちが動かなければ殺されてしまう命を、助けたいから。
だから、戦う。
永井雅樹は、再度それを決意した。
※※※
「んだよ、新入りってのはガキかよ」
「はい、まだ十七です」
「聞いてねえよ」
高月が起床すると、すでに部屋に朝ごはんがあった。それを食べた時にはもう集合時間が迫っていて、慌てて着替えた。
「じゃあ、また」と少し早めに高月は部屋を出た。永井たちよりも高月の方が集合時間が早かったのだ。
そうして集合場所――訓練場に行くと、すでに第二部隊の面々はいて、頭を下げながら後ろに並んだ。遅れて戦闘コーチらしき男がやってきて、先ほどの会話を交わした。
「まぁいいわ、名乗れ」
「はい、高月快斗です」
「おう、俺は四条淘汰。今日俺のメニューについてこれないようなら実戦でもどうせ勝てねえから帰れよ」
「はい、しっかりついて行きます」
いつだか、軍において上官が言うことには全てイエスで答えなければならないと聞いたことがある。だから言葉の頭にいちいち「はい」と言ったのだが、四条は気に召さなかったようだ。
舌打ちをして、部隊の全員に向き直る。
「今日はとりあえず――」
メニュー内容が発表されて、一同が心の中でため息をついたのがわかった。「了解!」の声を揃え、表面上こそ隠しているものの、誰一人楽だとは思っていない。
確かに、それだけの訓練内容だった。サッカー部で行っていたのトレーニングなどとは比較にならないレベルのため、高月ではついていけないような気もする。
きっとこれから毎日こんな感じなのだろう。先のことを考え、高月も心の中でため息をついた。
※※※
御影と秋瀬が指定された集合時間は、高月の集合時間の一時間後だった。十分前に着くのをめどに支度をし、昨日使った予備校に似た部屋に向かった。
部屋に入ると、中には一人しかいなかった。まだみんな来ていないのだろうか。
「あの……」
なんだか不安になってきたため、御影は先にいた人に尋ねることにした。
「ここって医療部隊の集合場所であってますよね?」
声をかけられた女性は、ビクッと肩を震わせてこちらを見た。お下げ髪で可愛らしい顔立ちだが、年齢は御影たちより高そうだ。
「あ、ええ、はぃ、そ…っ」
「……はい?」
「あ、い、いえあの違うんですえっとそのぉ……」
「お、落ち着いて下さい……」
女性は目を回しながら慌ただしく話す。当然内容は全く伝わってこない。
しかし御影の言葉を聞いても女性は落ち着く様子はなかった。
「ええっとそのこ、この部屋はですね……、はいえっと……」
御影はとうとう見ていられなくなり、パンと手を叩いた。
「深呼吸しましょう!」
「ぅえ?」
「ほら、すぅー」
「す、すー」
「はぁー」
「はー」
無理やり深呼吸をさせ、やっと少しは落ち着いたらしい。やがて話し出した。
「……えっと、その。この部屋で、あってます」
「ありがとうございます、お時間とらせてもらってすみません」
「あ、いえいいんです。こちらこそ慌てちゃってすみませんです!」
謝り合う彼女と御影の姿を見て、秋瀬はなんだか微笑ましくなった。
彼女は名前を柊沙織というようだ。柊と話していると、ちらほらと医療部隊のメンバーが集まり始め、最後に三原がやってきたところで講義は始まった。
※※※
そして永井は第二訓練場とやらに呼び出されていた。時間に余裕のあった永井は、御影と秋瀬が出てすぐに訓練場へ向かった。それ以外にやることがなかったのだ。
訓練場に入ると、中には既に前島がいて、もう一人別の人と会話していたが、永井がそこに入ったことで二人の視線はこちらを向く。
「あ、もしかしてなんか大事な話でもしてました? だったら俺、外出てますけど……」
慌てて二人に謝罪する永井。
それを見て前島が手を挙げる。
「ああ、大丈夫だ永井。ちょうどお前の話をしていたところだ」
「マジすか!」
「ああ、と……」
そこで前島は隣の男に目を移す。
筋肉質な前島に対し細身な男だった。
「彼は五木悟。我々の着るパワードスーツを設計する男だ」
「初めまして永井雅樹くん。五木悟よ、よろしくね」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
前島が「男だ」と断言した直後に女口調で話されるとさすがに動揺する。オカマかよ、の言葉をギリギリのところで飲み込んだ。
「もしかして俺の話って、俺が着ることになるパワードスーツの話ですか?」
「そうだ。付けるべき機能は大体付け終わったが、最新のパワードスーツだけあってまだまだ機能追加に余裕があるらしくてな」
「そうよ。第二部隊の坊やたちが使うような能力は付けられないけど、何か欲しい機能があったら付けるわよ?」
「はぁ」
そう言われても、機械類にもSF方面にも詳しくない永井が口出しできることなんてない気がする。
悩んでいると、五木が今付いている機能をざっと説明してくれた。
「身体能力の底上げと、手の甲にあたる部分につけたガトリング砲、それからパワードスーツ用の大剣。あとは装着者の戦闘をアシストしてくれる人工知能も付いているわ」
大体高さ五メートルほどのデカイ鉄の塊にしか見えなかったが、これだけのものが付くらしい。その上、追加もできるのだとか。
「うーん、あ」
「なにか思いついたのかしら?」
「あ、いや思いついたっていうか……人工知能で気になったんですけど」
「いいわ、なんでも答えるわよ」
これだけの科学力を見せられたのだ。人工知能だって並みのものではないだろう。だったら、もしかしたら。
「……感情をもつ人工知能とか、付けられませんか?」
人のように考え、友達と話すように共に戦う。一人で戦う必要がなくなるのなら、それだけ安心できるような気がした。
が、五木はううむと唸る。
「……それ、結構諸刃の剣よ? 意味は理解してる?」
「リスクは承知の上です。絶対反抗させません、とは言えないですけど……」
「まぁ、リスクがわかってるならそれでいいわ。じゃあ、とりあえずそういう方向性で作ってみるわ」
「ありがとうございます!」
なんだか、完成が待ち遠しい。
戦いはない方がいいのだろうが、永井は少しだけワクワクしていた。
緊張感のない永井を見て、五木も、普段笑わない前島さえも笑った。
最近の話は伏線を張るばかりで起伏がなく、退屈だったかと思います。
作者も書いてて退屈でした、なんて言うと「馬鹿じゃねえの? なんでそんなの書いてんの?」なんて言われるかと思います。
次話からちゃんとゾンビとの戦いに話を持っていきますのでお楽しみに!




