59 仲間入り
呼吸をしてみる。
すう、と息を吸い込み、はあ、と吐く。大丈夫だ、意識もある。生きているようだ。
「会長、生きてますか?」
「なんとか、な。スマン」
「いえ……」
高月は起き上がり、穴から外へ出てみると、それなりの爆発だったらしく、地面は焦げ付いていて、ものが焼けた匂いが鼻をついた。
「でもなんとか倒せたみたいですよ」
「テストは大丈夫かなぁ」
「爆発させちゃったのが痛いですね」
「なー、これで弱いので入れませんとか言われたらどうしよ」
「さすがにそれはないでしょう、困りますよ……」
二人して大きくため息。
すると、正面の壁、つまりは高月たちが入ってきた場所の扉が開いた。
「いや、さすがだ。お見事」
拍手と共に入ってきたのは、二人の男だった。
二人とも黒っぽい戦闘服を着ているものの、体格に大きく差がある。
「この戦闘力なら問題ない。仲間になってもらえるなら心強いな」
そう言う男は、おそらく春馬だ。
普段からそれなりに運動はしていたのだろうが、一般男性と大差ない体格で、戦闘員と言うには頼りない気がした。
「改めて自己紹介をしよう。俺は春馬、第二部隊『ハンター』の隊長だ。よろしく」
春馬は自身の胸に手を当てて名乗る。それが終わると、隣の筋肉質な男が自己紹介を始めた。
「俺は前島望。第三部隊『チェイサー』の隊長だ」
二人が自己紹介を終えたので、永井は自分の番だと思い、高月とアイコンタクトしてから口を開く。
「永井雅樹です。よろしくお願いします」
「高月快斗です。よろしくお願いします」
何を言えばいいのかわからず、二人同じような形になってしまう。アイコンタクトの無意味さに苦笑いしそうになるのをなんとか抑えて、高月は聞いた。
「僕たちは、どの部隊に入るんですか?」
「あー、それなんだが」
聞かれると春馬は頭を掻いた。
「本当は二人とも俺の部隊で預かるはずだったんだが、前島さんが永井のことをほしいっつってな」
「こいつはおそらくパワードスーツの使い手として才能があるからな」
「パワードスーツ!?!?」
なぜそんなものがある。
日本にそのレベルの科学力があるとは聞いたことがない。
「まるでSFじゃないですか!!」
「そうだ。ウチは結構やべえぞ」
「結構どころじゃないですよ!」
戦闘用のパワードスーツが開発されているのは海外だけだと思っていた。まさか着る機会があるとは。
永井は驚いて言葉も出なかった。
「そういうわけで、永井雅樹は第三部隊『チェイサー』に所属してもらう」
「う、うす」
前島は片手で永井の肩をガシッと掴む。体格差が半端ではないため、絵面がやばいことになっている。
目を逸らしつつ、高月は再度春馬に聞く。
「ということは、僕は第二部隊ですか?」
「そういうことになる。悪いな、こっちの都合で二人を同じ部隊にできなくて」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ところで」と高月は話題を変える。
「部隊を分けることにはどんな意味があるんですか?」
「あー」
春馬は頭を掻いて視線を上げた。そうして考え、高月に説明を始めた。
「俺たち第二部隊は、ゾンビの能力を得た武器で戦う。日常的に壁外に駆り出されて、寄ってきたゾンビをばったばったと薙ぎ倒すことになるわけだ」
「はぁ」
「逆に第三部隊は、パワードスーツで戦う。パワードスーツには能力があるわけじゃないから、壁内での仕事が多いな。壁作ったのもこいつらだし」
「なるほど、壁内にいるゾンビや生存者が暴れたりした時に戦うわけですか」
「そ。んで第一部隊『キラー』。こいつらは最強部隊、壁の切り札だな。お前らを助けたのもこの部隊だ」
「え? 切り札なのに生存者救助を?」
驚き、高月が聞くと、春馬は「いや」と首を振った。
「あいつらの目的はあの場に現れた強大すぎるエニグマ反応の排除にあったからな。そのついでに生存者を救助したみたいだ。反応源のゾンビは逃したらしいがな」
なるほど、と高月は合点がいった。
確かにあの時、ゾンビを倒したあとに突如現れた女は異常だった。勝てる勝てない以前に、勝負にならない。それが理解できる。
恐怖という恐怖を刻み付けられ、絶望という絶望を味合わされた。
同じ生き物として見れなかった。
あの時の女は、まるで――。
「――神の、ような」
高月がボソッと零した言葉に、春馬と前島はピクリと反応した。
だが春馬は何も言わずに目を閉じて身を翻すと、話を変えた。
「とりあえず、お前らに武器をやらないとな」
高月と永井は二人の反応を不審に思いながらも、後に続いた。
※※※
案内された場所は、武器保管庫のようだった。そこで高月は剣や銃などの装備のある方へ、永井はパワードスーツの方へと別れた。
高月はずらっと並べられた武器を見て唖然とする。
「これ、全部能力のついた武器なんですか!?」
「ああ。俺は詳しいことはわからんが、ゾンビには能力を別のものに移す力があって、そいつを利用して量産してるとかなんとか」
「はぁ、なるほど」
きっと研究者である狩野将門がエニグマを利用して作り出したのだろう。壁内の異常なほどの技術力の高さには驚くばかりだった。
「あ、忘れるとこだった」
歩いていると、春馬は思い出したように指を弾いて立ち止まった。急に止まられたために高月は少し戸惑う。
「これお前が持ってた武器だろ? ゾンビ武器はさすがにっつって没収してあったんだ」
そう言って春馬は側にあった金属刀を手に取った。確かにそれには見覚えがあった。
空気を『足場』にする能力がついた武器だ。永井が手に入れ、高月が使っていた。
「仲間になるってんなら話は別だ。多分使っても大丈夫だろ」
「適当ですね……」
その適当さに誰かに似たものを感じながら、高月は金属刀を受け取る。
そこで、ふと気になった。
「あれ? ってことは、僕は他にも武器を貰えるんですか?」
『思い出したように』春馬は金属刀を渡したのだ。であれば、他に渡す武器があったということだろう。
「おう、最近できた剣だ。なんでも、対ゾンビとしては最強レベルの能力が宿ってるらしいぞ」
「そんなのを第二部隊の、その上新参者である僕に渡していいんですか?」
第一、入隊試験も適当すぎる。
高月が敵である可能性を微塵も考えていないのだろうか。
それとも、誰が敵になろうがそれを超えられる戦力を有しているとでも言うのか。
「良いみたいだ。俺はよくわからんけど」
この適当ぶりにはいよいよ部隊が大丈夫なのか不安になる。
高月は新参だが、サポートをしなければならないだろう。そんな未来を想像して嘆息した。
「これだ」
やがて歩いた先に見えたのは、大事そうに置かれた剣。形は先ほどの訓練で使った剣に似ている。あの時のものより少し長いくらいか。
「手に取っても?」
「おう」
高月は剣を手に取ってみる。
やはり軽い。軽かったが、なぜかしっくりくる気がした。それは金属刀を持った時にも言えたことで、意外と刀身が長めの武器を持つとこう感じることが多い。
高月はしばらく刀身を見つめて、その理由に気づいた。
金属刀もこの剣も、そして高月が最初に手にしたチェーンソーも。
全部、同じ長さなのだ。
だからしっくりとくるのだ。
「母さん……」
チェーンソーのことを考えた時に一瞬頭をよぎった。チェーンソーは、高月の母親がゾンビになった際に手にした武器だ。
今は亡き母のことを思い出し、少し悲しくなった。
「その武器な」
そんな風に高月が感傷に浸っていると、横から春馬が言葉を挟む。
「なんでも、ゾンビの能力を打ち消す能力があるらしい」
高月はそれを聞いて、目を見開いた。それは、確かに対ゾンビ戦において最強の戦力となる。
「これを、なんで僕が……」
「なんでだろうな」
高月の呟きに対して、春馬は高月から目を逸らしてそう答える。
答えになっていない答えに高月は困惑するが、春馬はそれ以上なにも話さなかった。




