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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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55 狂喜

 教室の壁を突き破り、飛ぶように行き来する風見と白崎を見て、矢野は風見の心配をしていた。

 そんな矢野の手を宮里がとった。


「風見さんなら大丈夫でしょう。それより、中橋さんを!」


「……うん、そうだね!」


 中橋は白崎に蹴飛ばされたところをなんとかキャッチした風見に寝かされている。風見に何かを喋っていたようだし、もしかしたら一命をとりとめているかもしれない。

 二人は駆け寄り、中橋を優しく抱き起こす。


「中橋さん! 意識はありますか!? 目を開けてください!」


 ゆっくり揺さぶってみるが、反応はない。心音を聞いてみるが、音は聞こえなかった。


「くっ、だったら!」


「かんなちゃん? なにを……」


 なにを思いついたのか、宮里は中橋の両肩を掴み、抱き抱えた。


「……今から、中橋さんをゾンビにします」


「なっ!?」


「ゾンビ化後、共食いをすれば傷が治るのは矢野さんも経験済みでしょう?」


「それは……そうだけど……」


 本人の意思を確認している暇はない。一刻を争うのだ。

 宮里は一度噛むのを躊躇したが、やがて中橋の首の付け根を優しく噛んだ。

 そして中橋がゾンビとして蘇るのを待つ。


「…………」


「…………」


 待つ。


「…………」


「…………」


 待つ。


「…………」


「…………」


 待つ。


「…………」


「かんなちゃん……」


 矢野が宮里の肩に触れる。宮里はビクッと身体を揺らし、中橋の身体を抱き寄せた。


「……んで」


「…………」


「なんでっ、生き返らないんですか! なんで、なんで、なんでぇ……」


「かんなちゃん……」


 矢野は、宮里を抱きしめた。

 中橋を抱く宮里を丸ごと包み込んだ。


「かんなちゃん、鈴香ちゃんの顔を見て?」


「……ぇ?」


 言われて、宮里は中橋を離しその顔を見る。

 中橋はぐったりとしていて、さらに身体中の様々な骨が折れているせいか四肢が不自然な方向を向いている。

 とてもむごい死に様だ。

 殺した者を恨んで、恨んで、呪い殺したくなるような死に様だ。

 だが、その顔は。


「……笑ってる?」


「そうだよ」


 中橋はそれでも笑っていた。

 満足そうに笑っていた。

 未練なんてこれっぽっちもないように笑っていた。


「なんで……」


「……鈴香ちゃんは罰を必要としてるって言ってた。真白って子を金髪のゾンビに差し出しちゃったことを本当に後悔してた」


 今更何かがわかるわかるわけではない。本人が死んでしまった今、矢野が語るのは完全に矢野の推論だ。

 矢野の推論の根拠は中橋の発言だが、それが中橋の本心だったとは限らない。だからもしかすると矢野の勘違いであり、的外れな推論なのかもしれない。

 だが、不思議と宮里にはそれが間違っていないんじゃないかと思えた。


「だから、真白ちゃんを風見くんに託せて未練はなくなったんだと思う」


「矢野さん……」


「これでいいんだよ、きっと」


 宮里と矢野は、中橋の亡骸を抱きしめて、泣いた。





※※※





「――俺は」


 自分が何をしていたのかは正確に覚えている。

 風見は白崎を殺したのだ。突如手に入った絶対的な力によって。

 だが、覚えているのに、覚えていないのだ。

 なぜそうしたのか。なぜそのように行動したのか。自身の行動原理の一切を記憶していなかった。

 風見が立っている教室は血まみれだった。爆散した白崎の血だ。


「……はは」


 笑えた。

 その状況が笑えた。


「……ははは」


 自分の手を見下ろして、その手にどれほどの力が宿っているのかを考えて、足が震えた。

 ガクガクと膝が笑うせいでうまく立っていられない。風見はヨタヨタと生まれたばかりの雛のように歩き、そばにあったイスにガタンと座る。

 そして頭を抱えた。


「……なんだ、これ」


 圧倒的すぎた。

 あれほど苦戦していた相手を、それを圧倒的に上回る暴力によって叩き潰してしまった。

 絶対的な力。

 想像以上の力に、風見は恐怖していた。


「こんな力があったら、どんな敵にだって勝てるんじゃねえか……?」


 金髪なんて目じゃない。

 世界中の軍隊を敵に回したって善戦できてしまうかもしれない。

 もしかしたら、『神』のような存在とも渡り合うことができてしまうかもしれない。

 風見は自分が手に入れた力を感覚的に理解していたのだ。

 この力が出せる出力は無限大だ。必要な時に必要な分だけ力を引き出すことができる。ジャンケンで常に相手に勝てるような能力。


「…………」


 それを得て。

 風見は。

 風見晴人は――。


「くく……」


 狂ってしまった。


「く、ははははははははッ!!」


 無限大の力。理性を持ってしても抑えきれない圧倒的な力。

 本能によって放たれる絶対的な力。それが手に入ってしまった。


「無敵だ! この力があれば、俺は今度こそみんなを守ることができる!」


 ヒーローに憧れて力を望んだ小学生時代。

 ヒーロー足り得る力がないことを理解し、諦めた中学生時代。

 ヒーローになれないことを理解し、自分のことだけを守ろうとしたゾンビ化前。

 ヒーローになれるだろうと自らの力を過信したゾンビ化後。

 どの時代にもなかった絶対的な力が今、風見の手の中にある。


「これでもう、誰も傷つかない!!」


『本当にその力を望んでいたの?』


「ああ!?」


 声が聞こえて、風見は苛立った様子で周囲を見回す。そして、誰もいないことに気づき、同時にそれが最近聞く雑音の仕業であることを理解した。


『本当に、その力がほしかったの?』


「うるせえ、黙ってろ」


 風見は立ち上がり、座っていたイスを蹴飛ばす。しかし雑音は止まなかった。

 風見は雑音を聞きながら、扉に向けて歩き出した。


『その力は誰かを傷つける暴力だよ』


「違う。みんなを守る力だ」


『その力はみんなを不幸にする暴力だよ』


「違う。みんなを幸せにする力だ」


『その力は自分自身をも傷つける暴力だよ』


「違う! この絶対的な力は、全ての人間を救うことができる! お前はそれを黙って見てろ!」


 扉の前で風見は怒鳴った。

 雑音は言葉に詰まるように一瞬止んだ。そして、憐れむように言い残した。


『それが、本当に君のやり方なのかをよく考えて? そうすれば、君が忘れたことも思い出せるかもしれない』


 その、力を手にした風見を不憫に思うような言葉を聞いて。



「知ったようなことを言うなぁ――――ッッ!!」



 風見は、焦るように怒鳴った。

 雑音は既に止んでいた。





 風見は矢野、宮里と合流し、学校を後にすることにした。いつの間にか風見は学校の生存者を全て殺していたらしく、生存者らしい生存者は見当たらなかった。

 そのことを矢野も宮里も責めることはしなかった。それに風見は安堵しながらも罪悪感を拭えなかった。

 だからせめて殺してしまった彼らに報いるために、真白という少女を救おうと誓った。


「宮里、スマン。もう一回探知してもらってもいいか?」


 時間はおそらく午後一時ほどだろう。まだ時間はある。はやく金髪を見つけて真白とやらを助けてやりたい。

 だから苦しいだろうが、風見は宮里に頼んだ。


「分かりました」


 宮里は承諾し、能力を発動する。

 しばらくして結果は出た。


「ここから走って一、二時間ほどのところにゾンビの反応が見られました」


「よし、行こう」


 風見は情報を聞くと、矢野と宮里に背を向けて走り出した。矢野も追いかけようとして、宮里が動いてないことに気づき足を止めた。


「かんなちゃん? どうしたの?」


「……やっぱり」


「え?」


 宮里は胸に手を当てて風見の背を見ていた。宮里の異変に矢野は戸惑う。


「かんなちゃん、行こ? 風見くん行っちゃうよ?」


「……三人分の反応が出るんです」


「……は?」


 宮里の手を取って風見を追おうとする矢野に、意味のわからない言葉が投げかけられた。

 それは独り言のように、誰かに向けて放たれたような言葉ではないようだった。


「探知を使うと、なぜか風見さんに三人分の反応が出るんです」


 その言葉の意味を、矢野も、言った本人である宮里自身でさえ理解できなかった。



 闇の底の底まで堕ちていた少年は、しかし光の見える場所まで這い上がっていた。

 彼はきっと、この学校での騒動で変わることができたのだろう。

 だが疑問だった。

 その変化は、彼にとって良いものだったのだろうか、と。

 はたして彼は這い上がった先で、正しい道を歩むことができたのだろうか。

これで風見たちのお話は一区切りとなります。次話からは少しだけ時を巻き戻して高月たちに焦点を当てたいと思います。

壁の中へと到達した高月たちはどうなっているのか、そして絶対的な力とやらを手にしてしまった風見晴人は今後どのような成長を見せるのか。お楽しみに!

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