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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第一章『学校の脱出』
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05 守りたい笑顔があるから

 夏休みが始まるはずだったその日、七月二十五日を越えた俺は、まだ隣で寝ている御影さんを笑みを浮かべて三分ほど眺め、昨日御影さんの教室から持ってきたほうきを手にとる。

 武器用に加工するのだ。

 ほうきの先端をへし折り、バールを器用に扱って加工する。

 俺が使ったエストックとは違い、槍のような形に加工する。御影さんにあんまりゾンビを近づけたくないからな。

 といっても所詮使っている道具はバールだ。形は一向に綺麗にならない。


「だめだこりゃ。失敗したなぁ」


 形が崩れてしまい、ほうきを投げ捨てる。しばらくは黒刀アルメートラーを御影さんに託すしかないな。


「……生存者、何人いるんだろうな」


 御影さんの話だと食堂や技術室といった場所を利己的な人間が占拠した所為で多くの人がゾンビに変わったという。技術室を占拠したの俺だ、黙っておこう。


「……御影さん、寝てるな。ちょっと防火扉の階を見に行くか」


 一応、昨日もらった連絡先に書き残しておき、黒刀アルメートラーを置いておいた。





 俺がとる方法は簡単だ。というか、校長の話をすっぽかしたときにやったあれだ。下の階から上の階へよじ登るあれだ。

 俺は食堂の様子を確認しようと思い、食堂の前を通ろうとしたのだが、食堂の中の連中が騒いでいる所為でゾンビがそこに集まり、通れない。

 食堂の入り口に作ってあるバリケードは大量のゾンビがぶつかることで壊れかかっている。食堂がやられるのも時間の問題だろう。

 ざまーみろ、御影さんを殺そうとした罰だ。そのまま死ね。

 悪意そのものといった笑みを顔に貼り付け、別ルートから二階へ上がった。



 二階の教室の窓から三階へよじ登り、三階の教室を一瞥する。


「お、人いるじゃん」


 窓をコンコンと叩き、メガネの女の子が振り返ったところで腕を振る。

 メガネの女の子は驚いたのか、教室を出て行ってしまった。

 え、嘘でしょ。見捨てないでよヒドイわっ!

 と思ったら別に見捨てたわけじゃなかったみたいだ。

 イケメンを連れて戻ってきた。


「なんだよ……生きてたのか高月快斗」


「そんな言い草ないだろ……風見晴人」


 おお、俺の名前覚えてたのか。さすがイケメン。

 開けてくれた窓から教室に入り、まずはお互いの情報を共有することにした。


「ふむ。つまり食堂はもうすぐ壊滅、体育倉庫にはナオがいると」


「ナオってなんだてめえ、馴れ馴れしいぞ」


「君より付き合い長いんだ、馴れ馴れしいというのはおかしいぞ」


「男が女との関係で付き合いとか言うんじゃねえ、爆発させるぞ」


「その場合ナオも死ぬわけだが」


「仕方ねえ、御影さんに免じて命だけは助けてやる」


「なんで君はそんな上から目線なんだ?」


 嫉妬だなんて教えねーし、べーだ。


「ふむ。とりあえず、ナオは君が安全な場所を確保してくれたようだから後回しとして、まずは食堂をなんとかしないとな」


「はぁ? 何言ってんだお前。あんなの見捨てろよ」


「そんなことできるわけないだろ、同じ生徒だぞ」


 ったく、それでお前がゾンビにでもなったら御影さんが可哀想なんだっつの。

 仕方ないので俺もついていくことに決める。


「……はぁ。今回ばっかしは俺も協力してやる。俺が食堂前のゾンビをどかすからその隙に食堂のやつらを助けろ」


 俺がそんな提案をすると、高月は顔色を変え、教室の机を叩いた。


「無茶だ! 君一人で大量のゾンビを相手にするなんて!」


「相手にするなんて言ってないだろ? とりあえず、技術室に集めるから頼むぜ」


「……君は」


 問いを最後まで聞かず、手を挙げることで適当に答え、防火扉を開けて一階に向かった。





 技術室にはやはり一体もゾンビはいなかった。

 学校のゾンビは食堂に集まっているようだ。


「アホだろあいつら」


 技術室を閉めバリケードを作ると、角材を手に取り加工を始めた。

 御影さんの武器作りだ。


「あ、そうだ。御影さんから返信きたかな?」


 そう思ってスマホをつけると、返信どころか着信がきてた。

 十件。

 一日越えて、電話は繋がるようになったようだ。それが電話をかける人がごっそりゾンビになったからだとは思いたくない。

 心配されてるなぁ、と思いつつ御影さんにこっちから電話をかける。


「先輩の馬鹿ぁぁぁああああああああああッッ!!」


 そしたら、いきなり大声で叫ばれた。可愛いから許す。


「な、なんだよ……どしたの?」


「どしたの? じゃないですよ!! 怖いから一緒に、その……ね、寝てもらったのに、起きたらいないってどういうことですか!!」


うん、「寝た」のところで口ごもるところグッジョブ! 今日も可愛いよ!


「それに『やらなきゃいけないことが見つかったから行ってくる。止めないでくれ』ってこれなんですか!! 死亡フラグですか!! もう死んでください!!」


 ああ、俺が残した書き置きメールか。かっこいいと思ったんだけど、お気に召さなかったようだ。当たり前か。

 それにしたって、


「し、死んでくださいって……ヒドイ……」


「う、うぅ……さすがに言い過ぎました。すみません……」


「よっしゃあ許しちゃう! 体育倉庫で待っててね、ハニー!」


「気持ち悪いです!! それに今高月先輩と合流したので体育倉庫にはいません!!」


「……は?」


 またもピキッと俺は固まった。

 今、御影さんはなんといっただろうか。チョットイミガワカラナイカナ。


「高月のクソ野郎と、一緒……?」


「あ、はい。なんでも食堂を助けるらしいですね。気をつけて下さいね」


「いや待て……何故だ。なんで高月のクソ野郎のところにいる……?」


「高月のクソ野郎って……高月先輩のこと嫌いなんですか?」


「超大嫌い」


「な、なんでですか……? いい人じゃないですか!」


 好きな人の好きな人だからとは言えない。


「お人好しは身を滅ぼすかんな。万が一のときは高月でも捨てて逃げろ」


「……やっぱり、そういう考え方は変わらないんですね」


「……あん?」


「……私、やっぱり高月先輩についていきます。風見先輩みたいに人を見捨てるなんて、できません」


 ああ、そうか。

 この子は、そういう子だ。

 どこまでいっても優しい、とても優しい女の子なのだ。

 そして俺は、そんな女の子のそんな笑顔を好きになった。


「そうか」


「風見先輩も、一緒に来ませんか?」


「俺は……行かない」


 一緒に行く、と言おうとして、やっぱりやめた。

 一緒に行ったところで、俺の考え方は変わらない。

 それどころか、俺は御影さんと俺のことだけを優先するあまり、高月たちの統率を乱す可能性すらある。

 そんなやつは、はっきり言って邪魔だ。

 だから、行かない。

 高月に御影さんは任せることにした。


「そうですか……」


「ああ、そうだ。今御影さん用の武器作ってるからそれを渡したら、お別れだ」


「風見先輩……」


 俺を心配するようなその声に、笑ってしまう。

 自分勝手なのは俺なのだ。

 なんでそんなに心配する必要がある。

 だから。


「じゃあな」


 そう言って、返事を待たずに通話を終了した。

 やることは決まっている、なら俺は俺のやり方で助けるだけだ。





※※※





「じゃあな」


 風見先輩はそう言って通話を終了した。

 なんだか、それがひどく耳に木霊する。

 私は、やってはいけないことをやってしまったようなそんな感覚に襲われた。


「じゃあ、ナオはここで待ってて。みんな、行くぞ」


「あっ……高月先輩……」


 高月先輩は風見先輩と事前に時間を打ち合わせてあったのだろう。

 十時ぴったりに、防火扉を開いた。

 私は、何もできない。

 私には、力がない。

 それが、悔しかった。

 この上なく悔しかった。

 私に力があれば、もっと多くの人を助け出せたかもしれないのに。


「うぅ……」


 私は、見ていることしかできない。

 高月先輩と、風見先輩の異なるやり方を見ていることしかできない。

 そんなの、そんなの嫌だ。

 何か、私にもできることがあるかもしれない。

 探そう、私にできることを。

 そうして、私は閉まっていた防火扉から再び地獄へと下りた。





※※※





 俺のやり方は決まっている。

 ゾンビを食堂からこちらに集め、この技術室に閉じ込めるのだ。バリケードは武器が完成するまでゾンビが入らないようにするだけで用済み。俺はドアを開けて、怒鳴った。


「さあこっちにこい、俺が相手だ!!」


 気合いを入れるときに最も一般的なのは、声を出すことだ。

 俺も、同じ方法をとる。

 さあ、戦いの始まりだ。





 技術室へとゾンビがなだれ込んでくる。しかし大量のゾンビが一気に押し寄せた所為で数体がつまずき、一斉に転ぶ。

 これを狙っていた。

 この隙に非常扉から外へ出て、再び技術室のドアに回り、ドアを閉めればゾンビを閉じ込めることができる。

 技術室の機械は付けっ放しにしてきているので、ゾンビは機械周辺に集まり、ドアを押し開けることはなくなる。我ながら素晴らしい作戦だぜ。

 校舎に再び入ったときに、高月たちが食堂に入っているのが見えたので、俺の仕事はもう終わりだ。


「さて、あとは御影さんにこの角材で作った槍を渡すだけだな」


 技術室のドアを閉め、二階へ上がろうとする。

 その瞬間。


「……あ?」


 視界の隅にチラッと、御影さんが見えた。

 同時に、食堂の中から人が走って逃げていく。

 待て、食堂から人が逃げていくということは、そこにゾンビがいるということだ。

 そこに、御影さんが入っていくということは?


「ッッ!? 高月の馬鹿野郎ッ!!」


 高月ならば、御影さんのことをしっかり見ていてくれると思ったからそのまま預けた。

 しかし、高月でもダメだったようだ。

 走るのに邪魔となる御影さん用の武器は捨て、慌てて食堂へと走る。


「御影さんッ!?」


 無事を祈って中へ入る。

 そこには。


 俺と同学年と思われる女の子を庇い、黒刀アルメートラーを構える御影さんがいた。


 その前には一体のゾンビ。


 ゾンビを殺す覚悟のできてない御影さんが、ゾンビを殺すだけの威力のない黒刀アルメートラーで、ゾンビに挑んだらどうなる?


 死ぬ。


「御影さん、逃げろッッ!!」


「風見先輩!? ダメです!! この人、足をくじいちゃったみたいなんです!!」


「見捨てろ!! そんなこと考える場合じゃない!!」


「私はッッ!! 風見先輩とは違うんですッッ!!」


 それでも、御影さんは叫ぶ。

 僅かでも。

 僅かでも、助けられる可能性があるなら。

 自分の身の安全よりも、他人を助ける道を選ぶ。

 それが御影さんの考え方。

 素晴らしい考え方だと思う。

 尊ぶべき考え方だと思う。

 だが。

 自分の身も守れないやつが、他人の身まで一緒に守ることなど、できない。

 誰かが犠牲にならなくちゃならない。

 御影さんも、後ろの女の子も同時に救う方法。

 ゾンビはもう御影さんを襲っているため、腰に固定してしまってるバールを取り出す時間もないこの状況で、それでも二人を救う方法。

 もう。

 一つしかないじゃないか。



 御影さんの前にいるゾンビが、御影さんに襲いかかる。

 御影さんは、目をつむる。

 やはり、自分が犠牲になるつもりなのだろう。

 けど、君が死んでしまうことを、俺は許容できない。


 二人を助けるためには、犠牲が必要。

 それなら、誰が犠牲になる?


 答えは、たったの一つだ。


 その瞬間、ゾンビと御影さんの間に割り込んだ俺の肩に、ゾンビの鋭利な歯が突き刺さった。


「風見……先輩……?」


 目を閉じていた御影さんが、いつまで経ってもこない衝撃に疑問を抱き、目を開けた。

 そして、そのまん丸な目を見開いた。


「なんで……なんで風見先輩が私を庇ってるんですか……」


 まぁ、当然の疑問だろうな。

 俺の考え方をしつこく押し付けられた御影さんなら当然抱く疑問だ。


「自分の命以外は見捨てるのが、風見先輩の考え方なんじゃないんですかッッ……!!」


 必死に叫ぶ御影さんの声は震えていて、目尻には涙が見える。

 そんな顔しないでくれよ、せっかく助けたんだから。


「答えて下さいッッ!! どうしてッ、どうして私なんか!! 風見先輩がこれでもかというくらい教えてくれた考え方を無視して風見先輩から離れた私なんかをッ!! 助けてくれたんですか!!」


「そう言えば、言ってなかったな」


 俺に残された時間は、多分少ない。

 あと三分もすればゾンビになってしまうだろう。

 だから、それまでに伝えなければ。

 自分の気持ちを。


「君が体育倉庫で初めて笑顔を見せてくれたときに、君のことが好きになった」


「……ぅえ?」


「好きだよ、御影さん。君は、君だけは、俺の命よりも大切なんだ」


「そ、そんなの……そんなの……」


「俺の考え方の中で唯一の例外。君は、俺が死んでも笑っていてほしいんだ」


 君の笑顔が好きだから。

 だからこそ、俺がこの世界から消えても君にはこの世界で笑っていてほしい。

 それが、御影さんに伝えなかった、俺の考え方の全てだ。


「嫌……そんな……風見先輩……」


「逃げろ、御影さん。俺はもう、ゾンビの仲間入りをするから」


「嫌です!! 私も、私もそっちに連れて行って下さいッッ!!」


 御影さんの瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れている。

 まぁ、確かにこんな方法じゃ笑ってもらえないよなぁ。失敗、失敗。


「ははは、君がこっちに来ちゃったら、君の笑顔が世界から消えちゃうじゃないか」


「そんなのどうでもいいです!! 風見先輩がいなくなっちゃう方が嫌です!!」


「君にとってはどうでもよくても、俺にとっては重要なんだぜ。だから、逃げてくれ」


「でもッッ!!」


「君が笑ってさえいてくれれば、俺はそれだけで十分なんだよ」


 あの時、体育倉庫で笑ってくれた時。

 この笑顔は守ってみせると決めた。

 例えそれが、自分の命と引き換えになるとしても。

 守ると、誓った。

 だから。


「だから、逃げてよ。御影さん」


「か、風見……先輩ぃ……」


 ガクガクと震えていた御影さんの足も、やっと動きだした。

 御影さんは小柄な女の子をなんとか肩で支え、立ち上がる。

 俺はそれを見計らって自分の靴を片方脱ぎ、御影さんから遠い位置の壁に当てた。

 それによって、食堂の中のゾンビの進行方向が、俺たちの方向から変わる。


「風見先輩……」


「御影さん」


「私は……」


「御影さん。最後に、最期に、笑って?」


 その言葉を聞いて、御影さんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまった顔を、僅かに微笑ませた。

 それは俺が守りたかったもので。

 それが失われなかったことに安堵し。

 それを守り切れたことを自分の中で誇った。


「今までで最高に可愛いぜ、ハニー」


「最後まで風見先輩は先輩ですね……」


 御影さんはその顔を微笑ませたまま食堂を出て行った。

 やりきった。

 きっと、これからも高月のクソ野郎たちと笑ってくれるだろう。

 高月のクソ野郎に笑みを浮かべる姿を想像すると高月を殴りとばしたくなる。


「ったく、いい加減どけ」


 かなり痛いので、ずっと俺の肩を噛み続けていたゾンビを蹴って自分の体から離れさせる。

 そこで力つき、地面に倒れた。

 あ、割り込むんじゃなくて蹴飛ばせば俺も含めて助かったんじゃね?

 失敗したなぁ。

 焦って冷静な判断ができなかった。


「まぁ、そんなことを今更悔やんでも意味ないんだけどな」


 乾いた笑いが漏れる。


「そう言えば、腹減ったな」


 昨日から何も食べてないから当然か。

 最期くらい、好きなものを食べてもいいだろう。


「あ、ここにから揚げ弁当みたいなのがあった。どうせならあったかいごはんがよかったけどな」


 そう言いながら、箸もないので手づかみでから揚げを頬張る。


「ああ、なんだか、眠くなってきたな。これが死ぬ直前の感覚か」


 から揚げを咀嚼し飲み込んだところで、尋常でない睡魔に耐えられなくなった。


 あ、御影さんにせっかく告ったのに返事聞いてねえよ。

 まぁ高月が好きだって言ってたから聞くまでもないか。

 初告白だったんだけどなぁ。

 まぁ、この世界からあの笑顔が消えないのならいっか。


 そこまで考えて、俺の意識は落ちた。

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