54 絶対的な力
声色は童女のようだった。少女の背丈に見合った可愛らしい声だった。
少女は唄うように言った。
「力が、ほしいの?」
「――――」
咄嗟に何を返せばいいのか、風見はわからなかった。
そうして返答に困り、反応できないでいると、少女はくすりと笑って続ける。
「力が、ほしいんでしょ?」
「そりゃ、タダで貰えるんならほしい……けど」
先ほどと同じ問い。しかし先ほどよりも多少くだけたように感じ、風見は肩の力を抜いて返答する。
風見の返答に対し、少女は「けど?」と首を捻った。
「けど、なに? 力がほしいんじゃないの?」
「ほしいけど、それがどんな力なのかわからなきゃ何とも言えねえよ」
「ふぅん」
少し拗ねるように鼻を鳴らし、少女は風見の頬から手を離すと立ち上がった。そしてくるりと回って風見に背を向けると、両手を広げた。
少女の背丈は小学生のように小さいのに、広げた両手は世界よりも大きく見えた。
少女は簡潔に述べる。
「絶対的な力」
「……は?」
「絶対的な力って、何だと思う?」
少女は顔だけこちらに向けて風見に聞く。その質問自体には大した意味がないのだろう。風見が答えるよりも早く少女が続けた。
「揺るがない精神力かな?」
くすくすと笑いながら、少女はくるりと回る。
「冴えた判断力かな?」
またくるりと回る。
「他者に絶望を与える残虐な考え方のことかな? それとも、他者を思いやれる優しい考え方のことかな?」
くるりと回って。
風見の方を向いた。
「違うよね」
少女は笑顔だった。まるで、風見はその答えを最初から知っているのだと言わんばかりに。
「それらは全部『強さ』ではあるけど、絶対的な力にはなれない」
では、絶対的な力足り得る力とは何か。
「それは、単純な力だよ」
単純な力。
つまりは、物理的な力のこと。
いくら精神力があろうが、判断力があろうが、残虐な考え方や優しい考え方を持っていようが。
何者にも勝る強大な力の前には及ばない。
それが、絶対的な力。
それこそが、風見晴人の望むもの。
「……対価は」
「具体的なものはいらないよ」
「つまり?」
何か重要な部分を濁すような物言いに風見はつっかかる。少女はそんな風見の態度にも眉をひそめることはなく、答えた。
「私と話してくれればいいんだよ」
(なんだ、そんなことか)
単純な対価。
それがどういうものなのかも考えずに、風見は差し出された対価を『その程度』でいいのかと捉えた。
それが、どういう結果をもたらすのかも知らずに。
「わかった。だからくれよ、絶対的な力を」
何者にも勝る絶対的な力。
それさえ手に入れば、他はどうでも良かったのだ。それさえ手に入れば、白崎どころか金髪だって倒せる。風見晴人はそれで満足だった。
少女はくすりと笑う。その一瞬、少しだけ少女の表情を見ることができた。
とても、とても嬉しそうでいて。
しかしどこか狂気じみた笑みだった。
「いいんだね?」
「ああ」
「それじゃあ、顔を上げて。目を開いて。その時には、君は強くなってる」
別にその時に俯いていたわけでも目を閉じていたわけでもないが、少女はそう言った。そこにさしたる意味はないだろうと考えて、気づく。
段々と黒い世界が白く染まっていくことに。
影が光に消されるように、黒が白へと変わってゆく。そして白はやがて、真っ黒な少女をも――。
「またね、ハルくん」
――消し去った。
※※※
「よぉ、生きてるかぁ?」
白崎は、吹き飛ばした風見がいるであろう教室へ向かう。白崎の能力である『鉄壁』は発動していた。
この能力は部屋のライトのようにオンオフで発動するもので、一度発動すればオフにするまでは発動しっぱなしな能力だ。だが皮膚から数センチに透明な壁を作るこの能力を発動しっぱなしにしておくと、少しだけ運動能力が落ちる。
だから今回のように初めて見る相手と戦う時はある程度押されるまで使わないのだ。
「まぁ、今回のは粘った方か? いや、そうでもねぇか」
廊下を越え、教室に入る。そこには気絶してると見える風見が横たわっていた。
「んだよ、もう限界かぁ? デカイ口叩いてた割に弱っちいなぁオイ」
返事はない。
「ただの屍のようだ、ってかぁ」
言って、白崎は一人で笑う。
笑いながら、風見の頭を蹴飛ばした。風見の身体は浮き上がり、壁に当たってズルズルと落ちる。その様は、汚れた雑巾のようだった。
「つッまんね」
吐き捨てて、背を向けた。
確か、あと二人女がいたはずだ。
(あの女二人は持って帰って『神』とやらのエサにでもするかね)
教室を出ようとする。
その時、ふと風見の様子が気になった。それは本能的なものか、直感的なものか、あるいは完全になんとなくであったのか。
いずれにせよ、その時、その瞬間、何故か白崎は風見晴人の様子が気になった。
だから振り返った。
そこには、汚れた雑巾のように風見が転がって――。
「……おい」
――いない。
「どこに――」
白崎は慌てて教室を見まわそうとした。しかしできない。頭が動かなかったのだ。正確には首が回らない。まるで上から押さえつけられたように、動かない。
いや、白崎は押さえつけられていた。白崎の頭を片手で握る、風見によって。
(バ、カな……! いつの間に!?)
考えた瞬間、白崎は風見に投げ飛ばされる。教室を破りながら飛ばされ、遠のく意識をなんとか保とうとする。
だがそんなことは風見が許さなかった。
高速で飛ぶ白崎に追いついた風見は、その腹に拳を叩き込む。そのまま一階まで床を突き破って落下。一階の床を盛大に抉り、円形のクレーターを作る。その中心に、白崎は倒れていた。
「か、は……ぁ……」
倒れながらも、白崎は意識を保った。しかし理解できなかった。考えてもわからなかった。
なぜ風見晴人の攻撃が白崎に届いたのか。
白崎は『鉄壁』を発動していた。
『鉄壁』はその名の通り皮膚から数センチに壁を作る能力であり、いかなる攻撃もその衝撃が白崎自身に届くことはない。そのはずだ。だが今の攻撃で、白崎はダイレクトにダメージを受けた。
これはどういうことだ。
(『鉄壁』には実は許容範囲があって、こいつはそれを超えた……ということか?)
いや、だが風見はそんな大きな力を持っていなかったはずだ。現に先ほど白崎の『鉄壁』は風見の拳を止めたばかりではないか。
白崎はボロボロの身体をなんとか動かし、風見を見上げる。
そして、気づいた。
「お、前……なんだ、その黒いの……」
風見は何も言わない。
だが風見は真っ黒だった。世界中の闇をかき集めても足りないほどの、黒。ゆらりゆらりと蒸気のように揺れる、黒。
それは黒い太陽のようだった。
(納得、できねぇ……!)
意味がわからない。いくつ奥の手を持っているというのだ、この男は。
絶体絶命まで押されながら覚醒した瞬間に勝敗が決するなど、漫画の世界の話ではないか。
このまま負けるわけにはいかない。
「う、ぉぉぉおおおおああああああ!!」
ダンッ! と。
最後の力を振り絞って、身体を持ち上げた。その勢いを利用して風見の顔面を殴り飛ばす。
風見は防御行動も、回避行動も、とらなかった。頬に拳を受け、しかし何事もなかったかのように突っ立っている。
「ふ、ざけんなぁぁぁああああああああああ!!」
乱打。
人生でここまで連続して拳を人に打ったことはないというくらいに、本気で拳を叩き込んだ。
だが。
「なんでだよ……」
それなのに。
「なんなんだよ……」
風見晴人は、微動だにしなかった。
「どうなってんだよテメェはぁぁぁああああああああああ!!」
その頭を吹き飛ばそうとして放った拳。それが、ついに風見に掴まれる。
「『こりゃ、こっちも切り札切るべきかもなぁ』」
そこで風見が喋った。それは心ここに在らずといった感じで、風見自身が喋りたくて喋ったようには見えなかった。
だが腕を掴まれた状態で話しかけられれば、もはやそこには本能的な恐怖しか生まれない。
白崎は、風見晴人に恐怖していた。
「『さぁて、かかってこい』」
楽しむように、愉しむように。
口角を吊り上げ、風見は喋っていた。先ほどから何を言っているのか、何が言いたいのか白崎は疑問だったが、気づいた。
「お、前……」
風見を殴った時。
ゴンッ! という音は白崎の耳にも聞こえたものの、当の風見は微動だにしない。まるで、白崎の拳と風見の顔面との間に『鉄壁』でも現れたかのように、白崎の拳は届かなかった。
「お、前ぇぇぇえええええええええええええええええええええ!! わざとッ、俺の真似をぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
風見晴人は。
この男は。
『鉄壁』の能力を持つ男を前に、その能力を持たずして同じ芸当をして見せたのだ。
こいつは能力をコピーしたのではない。絶望を、絶対的な絶望を白崎に与えるために、敢えて底上げされた自分の身体を使って同じことをやってみせたのだ。
「『――正解だ』」
拳が、返された。
ポンポンポンポン強いの出して、それより強いの出して、って感じの戦闘だったせいでつまらなかったかもしれませんが、もしよろしければもう少しだけ見てやってください。




