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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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52 泡沫のように

「――流花が死んだ」


 言った。

 言わない方が良いだろうことを。


「高坂流花、お前の親友だ。覚えてるだろ」


「……うん」


 風見は矢野の顔を見ることができなかった。見るのが怖かった。責められるのが怖かった。矢野の顔を見てしまうことで、自分がどれだけのことをやってしまったのか理解してしまうことが怖かった。

 だから俯いたまま、話す。

 それはさながら、説教される子どものようだった。


「俺のせいで死んだんだ。守るって、言ったのに……」


 口に出せば出すほど、あの時の記憶が鮮明に思い出される。

 そこで、気づいた。

 どうして自分が、あんなにも言わないべきだと思っていたことを打ち明けたのか。

 風見は、消えかけた復讐心を取り戻したかったのだ。

 実際、こうして矢野に話すことによって記憶は思い出され、段々と金髪への復讐心は増してゆく。


「金髪さえいなければ、きっと流花は死ななかったんだ……」


 自身の無力を突きつけられた。

 大切な仲間を奪われた。

 そして金髪は、戯れるようにそれを行ったのだ。

 もしもそこに。

 流花を殺すことに、何か明確な理由があったなら、風見はここまで堕ちることはなかっただろう。

 だが金髪はそうでなかった。

 あのゾンビが人を殺すのは、戯れ。遊びでしかない。

 そんな風に人を殺す人間を風見は同じ人間だと思えなかった。きっと金髪はゾンビとなった時点で、人間ではなくなったのだ。

 つまり、金髪はもはや怪物だ。


「だから復讐するんだ。そうしなきゃ、流花に謝ることもできない」


 明確に告げた。

 その時には顔を上げていた。

 多少の自信があったのだ。今の話を聞いて、矢野も共に憤慨してくれるだろうと。復讐に加担したいとは言わないにしても、風見を止めることはしないだろうと。

 少なくとも、今の話を聞いてなお、風見晴人のやっていることは金髪と同じなのだと糾弾することはしないはずだと。

 既に復讐心は、完全に戻っていた。


「風見くん……」


 矢野はしばらく沈黙した。

 何を返すべきなのか迷っていたのだろう。無理もない。いきなり親友の死が告げられれば、誰もがこうなる。

 そして矢野は口を開く。



「でも、それじゃ、やっぱり金髪のゾンビと一緒だよ」



 言葉が出なかった。

 風見の中にあったのは、ただ疑問。なぜ、という疑問。

 なぜ今の言葉で理解できない。憤ることがない。風見の言葉は響かなかったのか。そもそも心がないのか。金髪と同じ人種なのか。人ではないのか。

 普通の人なら、誰でも金髪を許せなくなるはずだ。そういう話をした。ではなぜ、矢野はそんな言葉を吐いたのだ。


「なんで、わかってくれないんだ」


 漏れたのは、失望。あるいは、懇願。理解してほしくて、共感してほしくて、自分のやっていることは正しいのだと言ってほしかった。


「気持ちはわかるよ」


「わかってないだろ」


「風見くんの気持ちはわかる」


 矢野はそう言う。だが風見はそれを信用できなかった。

 当たり前だ。風見の気持ちがわかるなら、なぜ復讐しようという気にならない。

 風見は復讐しようと決意するほどに、金髪を憎んでいるのだ。その気持ちが本当にわかるのなら、復讐しようと思わない方がおかしい。

 矢野がわかると言ったのは、嘘だ。まやかしだ。でまかせで、その実かけらも理解していない。その場の雰囲気を考えて適当に言葉を述べたにすぎない。

 風見はそう思った。


「私も、当然今の話を聞いて怒ってるよ。すごく怒ってる。だけど同時に、すごく悲しいんだ」


「なにが悲しいんだ」


「今の風見くんが、だよ」


「俺が?」


 予想外の言葉に風見は驚いた。

 矢野は困ったような笑顔を浮かべて言う。


「風見くんも変わっちゃったんだなーって。小学校とか、中学校の頃とは全然違うんだなーって、思っちゃって」


「……誰だって環境が変われば多少は変わるもんだ。お前も高校入って結構変わったじゃねえか」


「まぁ、そうなんだけど。でも私が言いたいのは、そういうことじゃないんだよ」


「じゃあ、なにが言いたいんだ」


 つらつらと言葉を並べる割に大事なことは濁す矢野の物言いにじれったさを感じ始め、つい口調が荒くなる。

 そんな風見の心境を察したのか、矢野はとうとう決心したようだった。

 そして、矢野の真意は告げられた。



「風見くん、いつから人を助けるのやめちゃったの?」



「――あ」


 今度こそ、本当に絶句した。

 頭の中が真っ白になった。


「私、知ってるんだよ? 風見くんが、たくさんの人を助けてきたこと」


 人を助ける。

 そうだ。確かに、風見は今まで誰かを助けようとしてきた。そんな気がする。


「ずっと見てたから、ちゃんと知ってるんだよ?」


 だからこそ、助けようとした実感があるからこそ、矢野の言葉は風見に突き刺さる。


「風見くんは、――」


 矢野の頬が紅潮していることに、風見は気づかない。気づけていたなら、次になにを言うのかも想像できただろうに。


「――私の、初恋の人……だから」


 突然の告白に風見は目を見開く。

 立て続けに驚いたことで頭が回らなくなっていた。


「なん、で……」


「小学一年生の運動会で私の両親だけ応援に来てくれなくて、私が泣いてた時に、誰よりも大きな声で応援してくれた。小学五年生の劇でセリフを忘れちゃった時、小さな声で教えてくれた。六年生の組体操の時、私が運動音痴なせいで足を引っ張ったのに、ずっと一緒に練習してくれた。中学二年生のいじめられた時にも、助けてくれた」


「――――」


 消えていく。

 取り戻した復讐心が、泡沫のように消えていく。


「私だけじゃない。みんな、みんな風見くんに助けられて、支えられてきた。風見くんはそういう人だった。だから、悲しいの」


 矢野は胸に手を当てて言う。

 風見は矢野の言葉を受けて、初めて、自分の行動に疑問を抱いた。

 正しいことだと思ってやっていたわけではないが、間違っていることだとは思わなかった。だからこそ行動を糾弾されて、どこかが間違っていたのだろうと振り返る。

 きっと金髪と戦うことは間違いじゃないはずだ。行動自体は正しくないだろうが、しかし金髪がこれから奪うかもしれない命を救うことができる。

 では風見はなにを間違えたのか。

 過程だろう。

 金髪を探す方法だろう。

 風見は、金髪を探すために金髪の被害者の命を奪った。それを糾弾されたのだ。

 間違っていたのはそれだ。

 間違いを知った。理解した。


「……悪かった」


 風見は中橋の方を向き、謝る。


「謝ったところでなにもならないけど、謝らせてくれ」


「大丈夫。あなたに殺されたみんなも、怒ってないと思うから」


 それはさすがに薄情なんじゃないかと風見が眉をひそめたところで、補足がかかる。


「みんな、心のどこかで罰を必要としてた。真白をあの男に差し出してしまった時点で……」


「……真白ってのは?」


「あの男、金髪が私たちを襲った時に、私たちが生き残るために差し出した生贄」


 そこまで言って、中橋の目が懇願に変わる。


「あなたにお願いがある」


 お願いがなんなのかは、風見にも容易に想像ができた。


「真白を、助けて」


「それは無理じゃねぇの?」


 その場の誰の声とも違う声が廊下に響いた。声は男のものだ。そして声を出した張本人は、中橋よりも後ろの方から歩いてくる。

 風見よりも年上に見えるが、大学生には見えない。高校三年生くらいだろう。


「アンタ誰だ?」


「お前らが話してた金髪ってやつの仲間だ」


 それを聞いて風見の目の色が変わる。復讐心がなくなっても怒りは消えていなかった。


「なんで助けるのが無理なんだ?」


「キョーヤに勝てるゾンビなんか多分いねぇからな」


「誰だよ」


「金髪」


 風見は少しだけ安堵した。

 金髪の名前を知れたことに、ではない。


「真白って人は無事みたいだな」


「な、なんでそう言えるの?」


 矢野が聞いてくる。風見は歩いてくる男を指差しながら答えた。


「もし真白って人が死んでるんなら真っ先に言ってくれてただろ」


「えぇ……」


 根拠としてはあまりにも適当なものだったために、その場の全員が肩を落とす。と、男は中橋に話しかけた。


「よぉ。条件、覚えてるか?」


 中橋は震えていた。

 条件というのが何なのかわからず、様子を見ていると、中橋が言い切った。


「あなた方に差し出すものなんてありません」


「へぇ、あっそ」


 聞いて。

 なんの関心もないような返事をして。

 男は、中橋をサッカーボールのように蹴飛ばした。

 慌てて風見は飛ばされた中橋を追いかけキャッチしたが、中橋は身体中の骨が折れているようだった。

 中橋を寝かせ、全身骨折の応急処置はどんなものだっただろうかと焦る風見に、中橋は最期に言葉をかけた。


「金髪を倒すことが本当に正しいことなのか、私にはわからない、けどっ……」


 げほっと血を吐きながらも、最期まで言い切った。


「あなたが信じるものは、あなたにとって正義だ。あなたの正義を、信じて……」


 言って。

 笑って。

 満足そうに、中橋は目を閉じた。その目が再び開くことはもうない。

 確定した。

 金髪は、その仲間は、倒さねばならぬ敵だ。

 倒す。

 風見は決意した。

やべえ、ハーレムものにするつもりなんて微塵もなかったはずなのにどんどんヒロインが増えてくぞ!? これはそろそろタグにハーレムとか付けていい頃か!? いやホントなんかすいません。

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