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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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51 矢野の言葉

 壮絶な話を聞いた。

 耳を塞ぎたくなるような話を聞いた。

 話す途中、中橋は少し涙を見せ、それにつられるように矢野も宮里も涙を浮かべた。

 そしてやっと、話が終わる。


「――そんな、ことが」


「……はい」


 なにか声をかけるべきなのだろうが、矢野も宮里も言葉が出ない。そしてなにも言えないままいると、中橋が続けた。


「その時に現れた金髪の強さは異常だった。彼はまるで、多数の能力を持っているかのように立ち回るの」


「多数の、能力……?」


「そう。彼はいくつもの能力を持っている。ただのゾンビとは思えない」


「そんなゾンビが……」


 多数の能力を持つゾンビ。そんなゾンビが本当に存在するのだとしたら、宮里は戦えるのだろうか。否、軽くあしらわれて地に這いつくばるだけだ。

 笹野はおろか、風見や山城でさえ勝てるのか怪しい。

 そんなゾンビがいるのなら、それは正真正銘の怪物だ。

 勝つことなどできない、神にも等しい存在だ。

 中橋が話したのはそんな領域に存在する者の話。彼女はタブーであるにもかかわらず、話すことさえ辛いにもかかわらず、それを話してくれた。

 なぜならそれほどまでに危険なゾンビだから。

 勝てる勝てない以前に、勝負にならない存在なのだから。

 きっと、黙っているわけにはいかなかったのだ。

 そこで、バンと板を叩いたような音が美術室に響いた。

 静まり返った美術室に突如その音が響いたことで、その場の三人はビクッと身体を揺らした。

 音の正体を探る。それはすぐに見つかった。

 教室の扉に、手形の血がついていたから。


「ちょ、なにっ!?」


「様子を見に行きましょう!」


 バタバタと足音を鳴らし扉まで走ると、その扉を開く。同時に視線を下へ移すと、そこには少女が倒れていた。

 左足は捥がれ。

 左腕はへし折られている、少女が。


「チカ!?」


 中橋が駆け寄った。

 彼女らは親友だったのだろうか。

 駆け寄る中橋に、チカと呼ばれた少女は絞り出すように言った。


「逃げ……て……す、ず……か……」


 そこで少女の意識は落ちる。強制的に落とされた。

 投げられた拳大のコンクリートが、少女の頭を潰したのだ。

 少女の言葉に続けるように、別の人間の声が聞こえる。


「おいおい、俺はそんな話を聞いてんじゃねえんだよ」


 先ほどまで聞いていた声だった。

 ほんの二時間ほど前に聞いた声だった。


「使えないやつ」


 呆れるような声色で、声の主はそう吐き捨てた。

 風見晴人は、そう吐き捨てた。





※※※






 風見晴人は生存者を一人一人見つけては金髪について聞き、答えなければ殺すことを繰り返していた。

 幸いにもこの学校には生存者がとても多い。だから何人殺したところで風見には減っているように見えなかった。

 だが、おかしかった。

 目の前で、それまで助け合ってきた人間が次々に殺戮されていくというのに、誰一人として金髪のゾンビについての情報を言わないのだ。

 それを不審に思っていたところを突かれたのか、左足を捥ぎ左腕を折った少女がその満身創痍の身体で逃げ出した。

 追いかけると、その先には矢野と宮里に彼女らを連れて行った女子高校生がいた。

 風見は新しい生存者を見つけ、そいつに聞けばいいかと思った。だからとりあえず倒れていた少女に止めを刺した。

 それだけだ。

 それだけのはずだった。

 だが。


「……なんのつもりだ」


 風見が投げた拳大のコンクリートが、今は風見の眼前に返ってきていた。それは投げ返されたのではない。能力によって、飛ばされたものだ。

 とは言っても、憎悪と殺意を持って放たれたものではないのだろう。

 風見は難なくそれを掴み取り、握りつぶすことができた。


「もう一度聞くぞ。なんのつもりだ、矢野里美」


 問われた矢野は、瞳に涙を浮かべている。恐怖で足も震えていて、未だに自分の行動に迷いを感じさせる。

 だがそこには明確な怒りが存在した。


「なんのつもりって……?」


 矢野は、彼女も高校に進学してから変わったようだ。

 それまで自分の意見を言うことなどほとんどなかった彼女が、これほどの怒りを持って風見に相対している。

 風見が変わったように、彼女も成長していたのだ。


「それは、こっちのセリフだよ!」


 矢野は制服のポケットに隠し持っていた大量のパチンコ玉を、ショットガンのように能力で撃ち出した。やはり殺意は、ない。

 風見は舌打ちすると、前へと踏み出した。そこから壁へと飛び上がり、壁を蹴って矢野の目の前に着地。

 射出されたパチンコ玉を全弾かわし、見上げるように矢野を睨みつける。


「協力関係にある以上、俺がお前に手を出すことはないとでも思ったか?」


 立ち上がりながら左手で矢野の胸ぐらを掴み上げると、落ち着いた声色で話しかける。


「小、中と同じ学校だから俺がお前に手を出すことはないとでも思ったか?」


 答えは、ない。


「甘えんだよ、馬鹿が」


 言い終わり、矢野を隣の壁に叩きつけると、風見は女子高校生――中橋の方へ向き直った。宮里が矢野に駆け寄るのを横目に、中橋に問う。


「アンタは、金髪のゾンビについて話す気はあるか?」


 『金髪のゾンビ』という単語を出した瞬間、中橋の眉がピクリと動く。気のせいか、後ろの矢野と宮里と反応したような気がした。


「――いや」


 気のせいではない。

 こいつは、おそらく。


「話したな?」


 中橋は答えない。


「こいつらに、金髪のことを話したな?」


 答えない。


「答えろ」


 中橋の腹を蹴飛ばす。

 死んでしまっては困るので、軽く飛ばす程度だ。

 中橋はバウンドし転がった後、ゲホゲホと咳をする。それを見て、風見が歩き出すと、その足が掴まれた。

 矢野だ。

 気にせず振り払い、歩く。

 掴まれる。

 振り払う。

 掴まれる。

 振り払った。


「――おい」


 風見は、いい加減しろと言外に伝えるように矢野を睨みつけた。

 だが矢野はそれでも風見の足を掴んだ。

 苛立ちを隠せず、今度は胸ぐらではなく首を掴んで持ち上げる。


「ふざけんのもいい加減にしろよ」


 殺意を込めて告げた。

 今度こそ本気で殺してやるつもりだった。

 しかし矢野は――。



「今の風見くんは、金髪のゾンビと同じだよッ!!」



「――は?」


 ――誰が? 俺がか?

 怒りを通り越して、風見は頭の中が真っ白になった。なぜだか、その言葉を受けて深く考えてしまった。

 そうして矢野の言葉の意味を考えて、気づいてしまった。

 気づいてはいけないことに。


「お前に」


 ダメだ。

 止まってしまう。


「お前に……」


 これ以上矢野里美と話してしまったら、きっと風見晴人は止まってしまう。

 復讐を止めてしまう。

 復讐心が、消えてしまう。


「お前に、何が分かるって言うんだ!!」


 言葉は、響いた。

 風見は止まれない。

 止まってはいけない。

 流花のために。

 死んでしまった、死なせてしまった流花に償うために。

 自身の罪を贖うために。

 返ってくる言葉はない。

 風見は矢野を静かに降ろした。咳き込む矢野が落ち着くのを待って、それから言葉を続けるために。

 そうして落ち着いた矢野が顔を上げる。

 矢野は風見の顔を見て目を見開いた。宮里も、きっと中橋に風見の顔が見えていたなら、彼女も目を見開いただろう。風見はそんな顔をしていた。

 風見は続けた。


「――流花が死んだ」


 矢野には打ち明けない方が良いと思っていた事実を、打ち明けるために。

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