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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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46 雑音

 この話から第三章となります。

 そしてしばらく三人称視点で書かせていただきます。読みづらかったらごめんなさい。

 雑音が聞こえる。

 実際は他の誰にもこの音は聞こえていないため、幻聴というべきなのだが、彼はその音を雑音だと捉えた。

 定期的に耳に入る雑音は、彼の心をえぐる。それは鉄の刃のように心を切り裂き、猛獣の牙のように心に突き刺さり、心をチーズのように穴だらけにしていく。

 彼は雑音が何かを訴えているような気がしたのだ。

 自分が言われたくない何かを、それはダメだと指摘されているような気がしたのだ。

 誰にだって悪いと分かっているけどそれでもやってしまうことはあるだろう。それをわざわざ指摘された時に苛立つのはきっと彼だけではない。

 宿題をやろうと思いつつゲームをしている時に母親に勉強しろと言われた時、と言えばイメージはしやすいか。

 しかし雑音が訴えるのはそんな軽いことではない。彼はそんな気がした。

 もっと大切な、何か。

 とても大切な、何かを訴えられている気がする。

 聞いてしまったら。

 理解してしまったら。

 覚悟も、矜持も、ズタズタに引き裂かれてしまうような、大切なことを。

 だからこそ彼は雑音を聞くわけにはいかなかった。

 彼には目的がある。

 やらなきゃいけないことがある。

 雑音を聞けば、それが揺らいでしまうから、聞くわけにはいかなかったのだ。

 聞いてはいけない。

 理解してはいけない。

 何度も何度も自分に言い聞かせて、何度も何度も自分に言い聞かせて、何度も何度も自分に言い聞かせた。

 それなのに離れてくれない。

 消えてくれない。

 心をえぐる雑音は、何かを必死に訴えてくる。

 あるいは、彼は心のどこかで気づいているのかもしれない。雑音が訴える大切なことに。

 だが、彼は。



 ――風見晴人はそれでも、聞こえないふりをした。





※※※





 風見晴人は黙って山城天音の後を歩いていた。会話はない。山城が鼻歌を歌っている以外は、ほとんど無音だ。

 歩きながら、風見は疑問に思う。

 ここは学校の近くの住宅街だ。ゾンビが現れてから時間が経っているとはいえ、ここまで人がいないものなのだろうか。

 そもそも、風見は生き残りにあまり出会わなかった。記憶を辿ってみると、梶尾夏樹という男以外には出会っていないことに気づく。

 どうしてこんなに生き残りがいないのだろうか。

 そこでハッとなり、足を止めた。



(俺、なんで今まで一度も家族の心配をしてなかったんだ……?)



 確かに、ゾンビが現れてから風見にも色々なことがあった。

 自分のことと、御影奈央のことと、他の仲間たちのことと、高坂流花のことと。文字にしてみても沢山考えることはあったし、それで一杯一杯にもなるだろう。

 だが、だとしても両親を一度も心配しないなんてことがあるだろうか。

 風見は自分が怖くなった。

 もしかして自分がゾンビになったことで、心までゾンビに染まり始めているのだろうか、と。

 目の前の男。

 山城天音のような、ゾンビに染まった男。

 こんな風になってしまうのかと想像してしまった。

 そこで風見が後ろをついてきていないことに気づいた山城が鼻歌を止めてこちらを見る。


「どしたー?」


 その顔を見て、風見はため息をついた。


「いや、なんでもない」


 返し、小走りで山城を追う。

 どの道、復讐を決めた時点で自分はもう今までの自分とは違うのだ。

 そんな自分が今更どう変わろうと今さら気にすることはないだろう。



 山城が向かった先は、以前高月が避難所になってるんじゃないかと推測した、近くの小学校だった。前に風見も通っていた小学校だ。

 山城が校門を飛び越えて校内に入る。ここが拠点ということは、山城の仲間もここにいるということになる。となると、ここは高月の推測通り避難所だったのだろうか。

 そう思い、校庭を一瞥して納得する。


(……ああ、ここは避難所だったんだな)


 おそらく、元々避難所で近辺の人々が避難してきていたが、気づかぬ間にゾンビが進入しそのまま全滅したといったところだろう。

 なぜなら、校庭には沢山の血と肉片があったから。

 きっと山城たちが共食いで自身を強化するために食ったのだろう。それを風見は悪いことだとは思わない。生きるためには、仕方ないことなのだから。

 しかしそれでも、仕方ないとしても、なにも感じずにはいられなかった。

 だから、風見はそれから目をそらして校門を飛び越えた。

 山城はもう昇降口に向かっている。風見が小走りで山城を追うと、丁度一人の少女が外に出てきた。


「あ、山城さん。戻ってきたんですね」


「おー、かんなちゃん! 丁度いい、みんなを集めてくれ!」


 風見はそれを見ながら、『かんなちゃん』と呼ばれた少女を見る。

 活発そうな印象を与える黒髪ポニーテールと、それとは反対に頭良さそうと思わせる整った顔立ち。決して胸は大きくはないものの、足は長く全体のスタイルは良い。中学の制服を着ていることから中学生なのだとわかった。

 少女は山城の頼みに「はい」と返事をし、一度こちらを向いて頭を下げた。反射的に風見も頭を下げてしまった。年下の相手だし、期間限定の仲間なので、別にそこまでする必要はなかったと後で思った。

 しばらくすると、校舎から少女に続いて四人出てきた。それを見て、多いとも少ないとも言いづらい人数に風見は困惑する。


(こいつ、まさかこんな少ない人数で復讐しようとしてんのか……?)


 もっと数がいなければ金髪の男が属すると思われる組織には勝てない気がした。風見はもう少し多いと思っていたのだ。

 金髪の男が属すると思われる組織は、少なくとも三人四人と小規模なものではない気がする。全ては推測でしかないわけだが、なんとなくそんな気がするのだ。

 だから、そんな大組織を相手にするにはある程度の人数が必要だった。そしてそれを手にいれるために山城を当てにしてみた結果がこれである。

 これはとんだ失敗か、と風見はため息をつきながら一人ずつ顔を見てみる。

 一人目は笹野。学校を脱出する際、最大の障害となったカウンセラーの女性だ。『人形劇団』という彼女の能力は、ゾンビのような『人形』とナイフなどの『小道具』を意のままに操る能力だ。

 二人目は身体の大きな男だった。そのままでも強そうではあるが、山城のことだ。おそらく相当強いゾンビにしてあるだろう。山城や笹野まではいかないにしても、能力を手に入れればきっとそれなりに戦えるようになるだろう。

 三人目は二人目とは真逆だ。お世辞にも強そうとは言えない体格に、見慣れない人間の姿に戸惑う姿から自己主張が弱そうな印象を得る。能力を得たとしてもポニーテールの少女よりも弱そうだ、と風見は呆れた。

 そして、四人目は――。


「……お前」


「あ……」


 その顔を見て、反射的に顔を逸らしてしまう。後ろめたいことがあるかのように。いや、『ように』ではなかった。

 風見は四人目の相手に言いづらいことがあるのだ。

 しかしそれを言わなくては話が進められない。

 そんな相手。

 つまり、四人目は――。


「ひ、久しぶり。風見くん……」


「あ、ああ」


 矢野里美。

 中学時代、高坂流花が助けようとした少女であり、高坂流花の唯一無二の親友。高校は離れてしまったが、今でも交流はあったらしい。

 風見はあまり話したことはなかったが、小学校も一緒だったことや中学時代の出来事から、なんとか名前は覚えていた。

 彼女には、風見の目的が話しづらい。なにせ、それは高坂の死を彼女に伝えることになるのだから。

 高坂の親友である、彼女に。

 風見は予想外の仲間に、頭を掻いた。

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