04 学校の探索
体育館に不審者、ゾンビが現れたときには、俺の行動は決まっていた。
俺はこの高校の生徒会長、永井雅樹だ。
俺は、全生徒が体育館の外へ出るまで壇上で待った。
ゾンビについては、アニメに疎い俺でも多少の知識はある。
その内の一つ、足が遅い。
つまり、どうあっても生徒より先にゾンビが体育館の外に出ることはない。
俺は生徒会長として、みんなを守らなくちゃならない。
だから、体育館に現れたゾンビを、外にいるゾンビを、ここに閉じ込める必要がある。
「会長っ!」
そこで副会長から呼ばれた。
彼女は秋瀬詩穂。三年三組の女子で実は俺の彼女でもある。周囲には内緒にしているが。
仕事とプライベートとの分別がつく女の子で、そのギャップが好きだ。
「会長、何をしているんですか!! 逃げましょう!!」
「逃げる、か。なぁ副会長、生徒会長が今すべきことはなんだと思う?」
「いきなり何を言ってるんですか!? 逃げることです、当たり前でしょう!?」
その答えに、俺は首を振る。
今、生徒会長がすべきことはそれじゃない。
「生徒会長がすべきことは、生徒を、守ることだ」
「はぁ!? 何馬鹿なことを言ってるんですか!! そういうことは先生の仕事でしょう!?」
「仕事が上手な副会長でも、忘れることはあるんだな。この高校の生徒会は、非常時に教師と同等の権限が与えられる。逆に言えば、教師の仕事は生徒会の仕事でもあるってことなんだよ」
「ッッ!! 会長の馬鹿ァッ!!」
副会長は目尻に涙を浮かべていた。
泣かせてしまったな、と罪悪感をえながら、俺は体育館裏に入った。
そして、そこにあったモップを手に取る。
「何もないよりは、マシかぁ……」
あまりにも武器がないことに苦笑しつつ、振り返ると副会長がそこにいた。
「どうして、逃げないの……」
副会長は、詩穂は、俺と二人きりになると、敬語ではなくなる。
「さっき言ったろ、みんなを守るためだよ」
「ねぇ、そんなの忘れて逃げようよ……じゃないと、冗談抜きに死んじゃうんだよ……!?」
「ははは、ゾンビは学校の外から入って来たんだぜ? どこに逃げるんだよ」
「そ、それは……」
「詩穂、お前は今すぐ食堂に逃げろ。あそこだったら、自衛隊や警察が動くまでは凌げるはずだ」
「嫌だよ!! 私だけ逃げるなんて、絶対に嫌!! そうやって一人にする気なんでしょ、だったら、私も一緒にいる」
「…………」
「マサキを一人で死なせたりしない」
詩穂の言葉に苦笑する。
だが、確かに自殺行為をしようとしていた自覚はあるのでなんとも言えない。
「俺は死ぬつもりはないんだがな。ありがとよ、元気出た」
詩穂の頭を軽く撫で、モップを足で踏むことで先を折り、長い棒にする。
「詩穂は体育館の横の扉を閉めてくれ、ゾンビの相手は俺がやる」
「……わかった」
あまり乗り気じゃないな、当然か。
さて、と壇上から体育館を見渡すと、ゾンビは結構増えてしまっていることに気づいた。
ざっと数えて二十体くらいか。片っ端から体育館中央に集めよう。
俺は、壇上から飛び降りた。
ゾンビを中央に集め終えるまでに十分ほどかかった、なにしろゾンビの九割がこの高校の生徒や教師なのだ。攻撃できるわけがない。
俺は仕方なく、ゾンビを誘導する方法を選んだ。
「その際にゾンビは音に反応するってことに気づけたのは、収穫だな」
「一人で何言ってるのよ……」
なんとゾンビは俺が後ろから棒で突いても、寄ってこなかったのだ。
そこで「おい!」と叫んだところ、体育館の中の全てのゾンビが俺に向けて集まってきた、というわけだ。
「いやー修羅場だった」
「全くもう、マサキの馬鹿」
ゾンビはジャンプなどの行動はとらないようだ。
俺が壇上に上がってしまうと、ゾンビは前に進もうと檀にぶつかるだけで、全然登ってこない。
「生徒を守るとか言って、安全地帯に立てこもっちまったぜ」
「はぁ、少しでもかっこいいと思った私が馬鹿だった」
「まぁ逃げてった生徒会のメンバーが何とかしてくれてるだろ」
「そんなわけないでしょ。それよりこれどーするの?」
「どーするって、忍び足で逃げるしかねぇだろ」
「どこに逃げるのよ?」
「うーん、食堂にはもう入れないだろうし。職員室とか?」
「なんで職員室なのよ、絶対ゾンビいるでしょ」
「いや、電話あるから」
俺が言うと、詩穂ははぁー、とため息をついた。
「電話が繋がるわけないでしょ、マサキ、アンタ私より頭いいくせして馬鹿なの?」
「え、ああそうか。みんな電話つかうよな、普通。んじゃネットを覗いてみるか」
俺が内ポケットからスマホを取り出すと、詩穂がジト目になってた。
え、なんで? という目で詩穂を見ると、答えてくれた。
「アンタ、生徒会長は何をすべきだと思う、とか言って、ちゃっかり校則違反してんじゃない」
うちの学校は携帯の使用が禁止だ。
携帯は、バッグの中かポケットの中にしまっておかなければならない。
「ははは馬鹿め、俺には今教師並みの権限があるのだー」
「うっわぁ……」
なんか引かれた。え、俺の彼女だよね君。なんで引いてんの、彼女なんだから彼氏に引くなよ。
とか心の中でひたすら文句をいいつつ、一応警察に電話してみるが、やはり繋がらない。ネットを使うしかないようだ。
「なんだこれ……」
すると、とんでもないことがわかってしまった。
「ん? どうしたの?」
詩穂も気になったようで、俺の携帯の画面を覗こうとする。
が、その答えは覗かれるより先に俺の口から出る。
「ゾンビ騒ぎ……日本中……いや、世界中で起こってるみたいだ……」
最悪だった。
これでは、おそらく当分助けは来ない。
※※※
俺たちは近寄る敵をばったばったとなぎ倒しつつ、二階にたどり着いた。
さっそく右に行こうとすると。
「か、風見先輩! こっちです、私の教室!」
御影さんの教室は反対でした。間違えちゃった、もうっ私ったらドジっ子。
「ここか?」
「はい、そこです」
階段から左側のすぐの位置が御影さんの教室のようだ。御影さんの教室にはゾンビが三人いた。
チラッと御影さんの顔を見てみると、顔をしかめていたので、同じクラスの女子なんだろう。可哀想なのでせめて一発で殺すことにした。
「私も自分のバッグ持った方がいいですか?」
「持たなくていいけど、大切なものなんだったら、そっちに替えよう」
「あ、えと……」
「友達との思い出のなんかとかあるんじゃない?」
「……あります」
いいなー、俺は友達なんかいねーからそういうのないなー。でも、ゾンビだらけの現状、元々友達がいない俺の方がいちいち悲しまずに済んでいいのかもしれない。
「そか。じゃ、俺のリュック貸して?」
「あ、はい」
つっても財布と筆箱しか入ってねぇからなぁ。
とりあえず長財布を後ろのポケットにしまい筆箱とリュックは捨てることにした。
「あ、そうだ。連絡先もらっていい?」
今や一般化した無料通話、メールアプリの連絡先をもらった。
最近これのせいでメールアドレスとかどーでもよくなったよなぁと思いつつ、御影さんの作業を待つ。
リュックに入っていたものを教室にぶちまけた俺と違い、丁寧にやっている。
本当なら早くしてほしいと思うところだが、俺は待つことには慣れている。京都、奈良の修学旅行のときとか、無駄に仏像見てるよくわからんリア充たちをぼーっと待っていたあのときを思い出せ。
そう、あれは見上げていた青空の穏やかさを自分の心にトレースしてイライラを軽減させたんだ。
穏やかに、穏やかに。
「先輩?」
「あ、はい。終わりましたか?」
「なんで先輩が敬語になってるんですか……」
「ああ、いや。リア充は目上の人間だって自分の中で決めてあってな」
「なんですかそれ……」
ぼっちの世界じゃそれが当たり前なの! ていうかみんな格付けってしないの? あいつは強いやつだ、逆らっちゃいけない、みたいな。
「それに、リア充っていうのが付き合っている人って意味であれば、私はリア充じゃありませんよ?」
「……へ?」
恥ずかしそうに御影さんがなんか言ったけど、少し聞き間違えたみたいだ。
俺には彼氏いないっていう風に聞こえたんだけど。
「だ、だから私、付き合ってないんですって! 彼氏なんかいないです……」
「つまり俺にもチャンスはあると」
「あ、はい。え?」
「あ、いやこっちの話」
しまったつい本音が漏れた。
というか御影さん顔真っ赤だな、もしかして好きな人でもいんのかな。
いたとしたら、その人くらいは生かしてあげたい。
聞いてみるか。
「御影さん、好きな人っている?」
「え、えええっ!? す、すすす好きな人ですかっ!?」
なんか顔真っ赤でバタバタ手を振ってるぞ。
こ、これはアニメやゲームとかじゃ王道の反応。もしかして俺に気があるんじゃ……。
「え、えと……その。せ、生徒会の高月快斗先輩が……その……少し、気になってますかね……」
ピキッと俺は固まった。
ですよねー、逆になんで俺なんだよっていう。超恥ずかしい。
それに高月快斗って俺のクラスのやつじゃねぇか。確か、俺の作った学年リア充ランキングトップのやつ。
学年一のイケメン、だっけか。
俺のチャンスは永遠に潰えたな。
「ああ、そいつ二年間同じクラスだった気がする」
「ほ、ホントですかっ? じ、じゃあその……手伝ってくれませんか?」
ふっくざつー、すげー複雑な気分だよこれ。まぁ女の子の笑顔で落ちる男なんてこんなもんか。
「ああ、いいよ」
「……生きててくれたら、ですけど」
そう言って御影さんは心配そうに手を組む。無意識に無事を祈ってるんだろうな。
「あの、でもゾンビになってたら、躊躇ったりしなくていいですからね?」
驚いた。御影さんも変わってしまった世界を生きる心構えができつつあるようだ。
でも、それでも。
好きな相手の死ぬ瞬間を見せるなんてのは、いくらなんでも酷だ。
高月快斗がゾンビとして現れたら、御影さんが見てしまう前に頭をふっとばそう。いや、嫉妬とかじゃないよ。ホントに。
「ああ、わかった」
とりあえず、そう返しておく。
掃除用具入れから御影さんの武器用にほうきをとる。
そうして、俺たちは教室から出た。
「これから、生き残っている人を探すんですよね?」
「ああ、上から順に見てこうと思ってる」
俺たちは現在階段を上っている。
ゾンビから逃げるために上に行った人はおそらく少なくはないだろう。
そんな人たちはきっと。
「やっぱりな」
防火扉を閉めるだろう。
思った通りだ。
三階のここが閉まっているということは、三階より上にはゾンビはいないだろう。想像したくはないが、逆にゾンビに生き残りが全員喰われ、ゾンビしかいないという場合もあり得るが。
「……これ、どうするんですか?」
「うーん、防火扉を叩いてもゾンビだと思われるだけだろうしなぁ」
ここで大声を出してしまっては、ただゾンビを集めてしまうだけ。
手は、一つしかない。
しかしそれは御影さんがいるとできない手だ。
今は諦めるしかない。
「……諦めよう。生き残りがいるとわかっただけマシさ」
「そうですね……」
「とりあえず、御影さんが言ってた食堂の様子だけ見て行こう」
「……はい」
生き残りが全員喰われて、ゾンビしかいなくなっているかもしれない、という可能性については言わない。それが紳士だ。多分。
俺たちは体育倉庫に戻った。二階はゾンビがあまりいないが、一階はもはや完全にゾンビに占拠されていた。食堂以外に生き残りがいる気配がない。気配とか感じとれないから完全にただの勘だけど。
「あ、そうだ。風見先輩、血まみれじゃないですか」
「その言い方だと俺がボロ負けしたみたいだな。実際、ノーダメージの圧勝だったんだけど」
「返り血、これで拭いてください」
そう言って、御影さんは持ってきていたカバンから、体育着を取り出した。
「………………ん?」
俺は笑顔で固まる。
取り出したものは、体育着で間違いありませんか?
「す、すみません……タオルとかは持ってきていなくて……」
「いやいいよ、仕方ないもんね! ははは、体育着が返り血で真っ赤になっちゃうな!!」
「…………」
やっべー、これ合法的に好きな女の子の体育着の匂い嗅げるじゃーん。
あっはっは何これ自分で言ってて引いた。
御影さんの目線がイタイ。もしや、俺の下心がバレてるのか……? バレるよな普通。
「それじゃ、拭きますね?」
「……………………あれ?」
俺が拭くんじゃないの?
え、何それもっとやべえ。
さすがにベテランぼっちの俺も女子に優しくされることには慣れていないので、緊張しつつ拭いてもらった。吹き終わり、ありがとうと礼を言っておいたが、内心恥ずかしくて仕方がなかった。
「あ、あの……」
「ん?」
すると、まだ何かあるのか、御影さんは話しかけてくる。
御影さんの顔は真っ赤だ。どうしたのだろう。
「えっと……」
「なんだよ。どうかしたの?」
「その……寝るとき、どうするんですか……?」
「…………あ」
考えてなかった。俺としては御影さんと一緒にゴートゥーベッドがいいわけだが、確実にそんなことはできないので、考える。
「跳び箱を使って、御影さんの場所と俺の場所を分けようか?」
「あの……いえ……えっと……」
相変わらず、御影さんの顔は真っ赤だ。俺の提案を聞いてないのかな?
おーい、御影さーん?
すると俺のテレパシーが届いたらしく、やっとまとも返事をしてくれた。
「い、一緒に……寝てくれないんですか……?」
「…………………………は?」
まともな返事を、してくれた?
いやいやいやいやッッ!? どうした、何があった!? 教室での出来事で俺のフラグは完全に折れたと思ったんだけど、実はそうじゃなかった感じ!?
「あ、ごめんなさい。初対面の人とそんなの嫌ですよね……」
「いやいや、そんなことは全然全くこれっぽっちもない。というか俺もそうしたいと思ってたところさ」
「え……」
あれ? なんか引かれてる。何が違ったのかな?
よし、聞いてみよう。
「なんで、俺と寝たいの?」
「う……。その、一人で寝るのが怖くて……」
「そうかそうか。無理もない。俺も御影さんを一人で寝かすのは危ないと思ってたところさ。男に襲われる危険が」
「やっぱり一人で寝ます」
「ジョークだよ!! ちょっと調子に乗っちゃっただけだよ!!」
「全くもう……風見先輩の変態」
うおう、ぞくっとした。
可愛い子に変態って言われるとぞくっとするっていうあれは本当だったのか、まさか自分の身で証明するときがくるとは。
それにしてもなんだ今日は。人生史上最悪の日であり、人生史上最高の日だぞ。
最悪と最高の回数はイコールで結ばれるんですね。やはり神は実在した。