番外編2 むかしむかしのあるところ
この話は『15 第一回脱出会議』と『16 万引きはダメ! ゼッタイ!』の間のお話となっております。
「むかしむかし、あるところにお兄さんとお姉さんが住んでたらしい」
「いきなり何言ってるんですか風見先輩」
私、御影奈央は確か先ほどの『第一回脱出会議』の後、寝ることにしたはずです。それがなぜか教室に入って、簡単に作った布団に横になった途端これですよ。
なんで私体育館にいるんですか。しかも舞台の上ですし。隣の風見先輩はなんかナレーターみたいなことを始めちゃいましたし。ナレーターにしては言い方がすごく雑な気がするけど。
状況がわからないためとりあえず周りを見回してみると、田舎風な舞台セットと天井から下がった『桃太郎』の文字が見えました。
ははあ、つまりこれは桃太郎の劇なわけですね。おそらく、ゾンビのせいで不安になっているみんなを元気づけるために劇の練習をしているのでしょう! 私わかっちゃいました!
そうと決まったら、私も風見先輩のナレーションのサポートをしなきゃですね。『桃太郎』のお話は読んだことありますし、大丈夫なはずです!
「お兄さんの永井雅樹は学校へ勉強に、お姉さんの秋瀬詩穂もまた、学校へ勉強に行った」
「二人とも勉強に行っちゃうんですか!?」
なんですかこれ!? 桃太郎じゃないんですか!?
現代風なアレンジは百歩譲って納得するにしても、これじゃ桃が登場しません! なんとかして、川を登場させないとっ!
「お、お兄さんとお姉さんが学校に向けて歩いていると、目の前に川が見えてきました」
これでどうですか! ふふん、これでドンブラコって桃が流れてくるはずです。さすが私。
視線を移すと、制服姿の生徒会長と副会長が歩いていました。
「あー疲れた。休みたい」
「はぁ、この橋渡ったら学校だから。頑張ってよ、マサキ」
「二人は橋を渡ると、学校へと足を進めた」
「桃が流れて来ないっ!」
なんで普通に川過ぎちゃってるんですか!? これ何太郎なんですか!?
なんとかしないと。せめてどっちかには川に戻ってもらわないとっ!
「しかしそこでお姉さんは家に教科書を忘れてしまったことに気づきました」
「あ、やばっ。今日英語あったじゃん! 忘れちゃった!」
「あー。じゃあ俺が他クラスのやつに借りといてやるよ」
「ありがとー、助かるー」
「二人は学校に入った」
「川に戻らないんですか!!」
助かるーじゃないですよ! このままじゃ助かるどころか鬼に街滅ぼされちゃいますよ!
せ、せめて桃を出さないと。桃を出して話を進めないとっ。
「二人は階段を上っていると、大きな桃が置いてあるのを見つけました」
「マサキ、なんだろこれ」
「演劇部のセットだろ? よくできてるなー」
「二人は教室に入った」
「話が進まないっ!!!!」
こ、このままじゃ街が鬼に支配されるバッドエンドしか見えません。ええいっ、こうなったらもう生徒会長と副会長は諦めましょう! 桃太郎を出しますっ!
「一方そのころ、大きな桃から一人の男の子が生まれました」
ふふふ、こうしてしまえばどうとも誤魔化せないはず。事実、舞台にある桃のセットの後ろには高月先輩が隠れているのが見えます。
これでおじいさんおばあさんはいないにしろ『桃太郎』は始まるはず!
「だが生まれた男の子は両親の愛情を受けられなかったために死んだ」
「桃太郎が死んだ!?!?」
高月先輩もなんか「母さん……僕は、それでも母さんのことが……」とか言いながらその場で倒れちゃってますし!! ……いいや、無理やり生き返らせちゃおう。
「しかし死んだと思われた男の子は、実は生きていたのです」
「やはり僕は、母さんに愛されていたんだね……」
「うるせえ死ね、クソ高月」
「がふっ!」
「桃太郎が死んだ!!!!」
風見先輩、それナレーションじゃなくてただの悪口ですし……。
そうしてガックリ肩を落としていると、風見先輩がナレーションを始めた。
「その頃、犬は鬼ヶ島に鬼を倒すためにせっせと仲間集めを始めていた」
「あ、桃太郎抜きで行くんですねこれ」
ナレーションと同時に舞台に現れたのはジェットですね。犬役のジェットは猫だがこの際仕方ないでしょう。っていうかじゃあ今までのお兄さんお姉さんの下りはなんだったんですか……。
「犬はまず、猿を仲間にするために近くの山へ行くことにした」
語りと同時に一度幕が降りました。少し待つとまた幕が上がります。舞台セットを変えていたのでしょう。山に変わってます! クオリティ高いです!
「犬が山に入ると、猿はすぐに現れた」
猿役は誰なんだろう?
気になりますね。
「やあ、犬くん。僕が猿だ」
「高月先輩が猿なんですか!?!?」
じゃあさっき死んだの誰!? 二役やってるの!? あと猿役に高月先輩を起用してることに若干の悪意を感じるんですけどっ!?
隣の風見先輩もニヤッて笑ってますし、配役決めたの絶対この人だ!
「犬は道端で拾ったきびだんごを差し出し、猿を仲間にしようとした」
「これで鬼退治についてきてくれないか?」
「わかったよ、僕がお供しよう」
言いながら高月先輩はジェットから受け取ったきびだんごを口に含むジェスチャーをしてます。それを見計らったのか、隣の風見先輩が口角を上げました。
「しかし拾い物のきびだんごには毒が入っており、食してしまったクソは死んだ!! ざまあ!!」
「ぐっはあああ!?」
「えええええええええっ!?!?」
高月先輩何回死ぬんですか!? もう驚きもないんですけど! とうとう名前も呼んでもらえなくなっちゃってますし……。
「道端にあるクソ以下のクソに成り果てたクソをクソを見るように蔑んだ犬は、やがて見なかったことにし、別の仲間を探した」
「最悪なナレーションですね!!」
言っている間に舞台セットは変わったみたいです。今度は海辺になりました。
「結局仲間も集まらぬまま浜まで来てしまった犬の元へ、一羽のキジが舞い降りた」
「ねぇ風見! なんでウチがキジなわけ!? ねえ!」
「高坂先輩!?」
風見先輩のナレーションと一緒に出てきたのは高坂先輩でした。なんだか不本意でキジ役をやってる感がすごいんですけど……。
抗議する高坂先輩を無視して風見先輩はナレーションを続けようとします。
「キジは犬と……」
「ほんっと意味わかんないっ! なんでウチがキジなんてやんないといけないの!?」
「キジは……」
「大体桃太郎ってなに!? ウチ、ロミオとジュリエットやりたかったんだけど!」
「キジ……」
「最悪ぅ、マジやる気でないぃー」
「いいから黙ってキジ役やれクソアマァ!!!!」
「風見先輩ぃぃぃ!!」
ナレーションが怒っちゃってどうするんですか! もうっ!
風見先輩はぷんすかぷんすか怒っているので、ナレーションは代わりに私が続けます。
「犬と仲間になったキジは、船に乗って鬼ヶ島へ向かいました」
「とうとう来たか……、鬼ヶ島……」
「あー、セットは意外としっかりしてんのね」
ここまでやって気づきましたがジェットは結構やる気があるみたいです。みんな適当なのでやる気ないのかと思ってました。
舞台には鬼ヶ島のセットが並び、いかにも最終決戦という感じがします。主人公と猿はもう死んでますけどね……。
「犬たちは鬼ヶ島に上がると、鬼を探します」
「どこだ! 出てこい、鬼!」
「あ、この岩ウチが作ったやつだ! 一番上手いかも!」
……あれれ?
鬼が出てきません。何かの手違いでしょうか? もしかして私が台本も見ずにアドリブでサポートしていたからみんなついていけなくなっちゃったんでしょうか。
ジェットもオロオロしてます。どうしたらいいんですか。
すると、そんな私を見かねたのか風見先輩が教えてくれました。
「なにやってんの、御影さん。鬼役は御影さんだよ?」
……はい? 今、なんて?
「いや、はい? 今、なんて? じゃなくて」
「私の頭の中に入って来ないで下さい!」
というかなんで私が鬼なんですか! オーディションを受けた記憶もないですし、やりたいと思ったこともないです!
「あたふたしてる場合じゃないよ御影さん! ほらほら、舞台に出て!」
「えっ!? ええっ!?」
風見先輩に押される形で舞台に出されます。ジェットの前まで押すと、風見先輩は元の位置へ戻ってしまいました。
「ちょっ、かじゃみしぇんぱっ!」
あ、慌てすぎて噛んだっ!!
それを聞いて、小走りで戻っていた風見先輩が振り返ります。
「可愛いよ!!」
「親指立てて言わないで下さい!!」
うう、風見先輩ひどいです。恥ずかしいのに……。
「貴様が鬼か! 覚悟しろ!!」
「ねー、ウチもう帰っていい?」
ええっ、なんかジェットもやる気になっちゃってます! 高坂先輩は相変わらずですけど……。
ううっ……。私、鬼役をやらなきゃいけないのかなぁ。
……よしっ! やるぞ!
ジェットも頑張ってるんだし!
やらなきゃ話は進まないんだし、やらないとっ!
「がおーっ!」
手を添えて迫真の演技です!
……。
…………。
……………………。
「うぅぅ……っ」
「御影さん超可愛いよっ!!」
顔から火が出そうです。今なら私の顔でお湯を沸かせるかもしれません。
うわあああん! なんでこんな役やらないといけないんですかぁ! うわあああああんっ!
私が顔を手のひらで覆って真っ赤な顔を隠していると、ジェットがセリフを言いました。
「まいりました」
「ええええぇ――――っ!?」
「こうして犬とキジは鬼の仲間になり、世界を滅ぼしましたとさ。可愛いは正義なので、めでたしめでたし」
「ええええぇぇぇ――――っ!?」
桃太郎をバッドエンドにしちゃってどうするんですかぁ!? ちょっと、なんで幕降りてるんですか! こんなの台本から作り直しですよ! 配役だってオーディションやらなきゃですよ! きちんと時間をかけてやらないとダメですよ――。
「もう一回作り直しましょうよ!」
ガバッと私は起き上がります。
……あれ? 起き上がる?
「作り直すって、どうかしたの?」
声が聞こえたのでそちらを見てみると、同じ教室で寝ることになっていた荒木凛音さんがくすくすと笑いながら上体を起こしてこちらを見ています。
あ。
あー。
なるほど、全部わかりました。
今までの劇って、夢だったんですね。
「うわああああああああん!!」
全部わかったので、劇の最中よりも恥ずかしい今を忘れるために、私はまた夢の世界に戻ることにしました。
おやすみなさい。ぐすん。
二章ではあまり御影さんの可愛いシーンがなかったので書きました。できる限り可愛く御影さんを書いたつもりです。そのせいで多少読みづらくなっていたならすみません。
二章で高坂目線の過去編を書いたときもそうだったんですけど、地の文を女の子の内心にするとなんかこう、「あれ、なにやってんだ俺……」ってなって死にたくなる現象をどうにかしたいこの頃です。
番外編、ネタはいくつかあるので三章のストーリーがまとまらなかったらまた投稿することになるかもしれません。どうかお付き合い下さい。それでは、また次の話で会いましょう!