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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第二章『総合スーパーでの悲劇』
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43 バスに残った人間たちの、それから。

 ――時は、風見晴人と高坂流花が他の避難者を乗せたバスから降りた時に戻る。



 降りた二人を見送る間も無く、バスは走り出した。

 そのルートも先ほど総合スーパーを目指していた時とは打って変わり、明らかに東京を目指しているのがわかる。


「幕下先生、貴方……自分のしたことがわかっているんですか!?」


 秋瀬詩穂が無言でバスを走らせる幕下に怒鳴った。その声色は荒く、焦っている様子がバスの中の全員に伝わる。


「学校にゾンビが押し寄せたとき、彼が、風見くんがどれだけの人間を助けたのか……それは、貴方もわかっているでしょう!?」


 しかし幕下は無言。その態度に秋瀬は苛立ち、まくしたてる。


「風見くんは今の私たちの最大戦力! それを失ったということがどういうことなのか、わからないとは言わせませんよ!」


 そこで、そうだそうだと他の人たちも言い出した。だからか、幕下は秋瀬の言葉を無言で流すのをやめた。


「あいつは、人間じゃない。ゾンビだ」


「……だから、なんだと言うんです?」


「……あいつがこのバスに乗ってるせいで、俺が東京の『壁』の中に入れなかったらどうする」


「……は?」


「ゾンビを乗せる車を、壁の中に入れるわけがないだろう。それともまさか、『壁』につくまで守ってもらって、『壁』の前であいつだけ降ろす気だったのか? ハッ、それじゃ俺よりお前らの方がよっぽどひどいんじゃないか?」


「……ッ! それは……」


 そう言われてしまえば、反論はできない。幕下の言うことは筋が通っていて、言い返すことなどできるわけがなかった。


「それは……」


「それはおかしいですよ」


 秋瀬の声が小さくなると同時、それにかぶせるように永井雅樹がきっぱりと幕下を否定する。


「まず、ハルトが『壁』の中に入れないという確証がない」


「入れるわけがないだろう」


「でも確証はない。頼み込めば隔離室のような場所にでも入れてくれるかもしれない」


「それは、やつにとっていいことだと思うのか?」


「思いません、だから俺も隔離室に一緒に入る。そうやって、互いのできることをやっていく」


 そこで一度永井は区切り、


「適材適所、と先生は言いましたね。俺は、それは違うと思います」


 意見を述べる。


「自分にできることで、他人を助け、自分のできないことは他人に助けてもらう。そうやってみんなで助け合って、生き抜いていく。適材適所とは似ているようで違うそれが、この終わってしまった世界で俺たちが生き抜くために必要なことです」


 バスの中は静まり返った。それは永井の言葉を噛みしめているようだった。

 しかし。


「なるほどな。助け合い、か」


 ただ一人。

 永井の言葉を聞いてなお、笑う人間が、ただ一人いた。


「あのなぁ。お前ら、ゾンビものの映画とか見たことないのか?」


 幕下という教師。

 彼だけは、自らの意見を曲げなかった。


「利己主義。生き残るのに必要なのは、それだ」


 運転しながらも、彼は生徒にそう説く。

 それはおそらく教師が生徒に教えることとしては間違っているのだろうが、しかし『この世界』でその生き方を否定することができるわけがなかった。

 そもそも生きることすら難しい世界で、他人のことを考えている余裕などあるわけがない。できるならば衝突が起きる相手とは距離を置きたいだろう。

 自分が生きるためには、最低限自分のことを考える必要がある。幕下はそれをさらに飛躍させただけだ。

 自分のことだけを考える。その考え自体は、この世界ではきっと間違っていない。

 だから幕下はそれを貫いた。


「俺は俺が生き残るためにテメェらを利用する、テメェらはテメェらが生き残るために俺を利用する。たまたまその利害が一致したから一緒にいるだけなんだよ」


「……そうですか。なら、あなたとはここでおわかれだ。俺はここでバスを降りる」


「……えっ?」


 永井の唐突な降車宣言に周囲が驚く。隣の席に座る秋瀬も声を漏らした。

 運転する幕下と「ほう」とつぶやきバスを止める。


「ち、ちょっと待ってマサキ! なんでそうなるの!?」


「今降りればまだハルトたちに追いつけるかもしれない」


「だ、だからってそんな……」


 心配する秋瀬の頭を軽く撫で、永井は開けられたドアから降りようとする。

 その瞬間、一番後ろの席に座っていた荒木凛音という少女が大きな声を上げた。



「幕下先生、今すぐバスを出して下さい!」



 その焦りように、永井を含む多くの人間が後ろを振り返った。

 そこで、後ろの窓が見える人間は見た。


 大量のゾンビを。

 そしてそれを一瞬にして消し炭にする男を。


 それを見て、金属バットを手に取った永井と金属製の竹刀を持った高月快斗がすぐにバスを降りた。


「ち、ちょっと待って下さい!」


 つられて御影奈央が、巨大な猫のジェットが、秋瀬詩穂が降りる。


「幕下先生はバスを出して下さい! あれは私たちで足止めします!」


 降りる直前に秋瀬がそう言うと、バスは発進した。





※※※





 走り去るバスを振り返って見ることはなかった。いや、目の前に立つただ者でない男から目をそらせなかったのだ。

 服装は、夏物のありきたりな私服。ただ、身体が少し大きいために大きめなサイズの服を選んでいるということがわかる。

 スポーツでもやっているような筋肉のつき方に、しかしどこか優しげに見える顔つき。

 男はあまり喋るタイプではないらしく、口を閉じたまま静かにこちらに目を向けた。


「……アンタ、ゾンビだな」


 永井が一歩前へ出て、会話を図る。


「……そうだ」


 男は、小さくそして低い声で返す。よく聞かなければ聞こえないような大きさだったために、警戒しつつも永井がもう一歩前へ出る。


「単刀直入に聞く。アンタは、敵か?」


 問いを受けて、男は思案するように沈黙した。

 そして永井に始まりこちら側の人間を一人一人じっと眺めると、ジェットと御影を順に指差すと言った。


「……その二人を出せば……敵じゃない」


「そうか」


 なぜジェットと御影なのか、それはわからなかったが、永井が出せる答えは一つだった。


「なら、アンタは俺たちの敵だ」


 二人は仲間だ。

 名も知らない男に、簡単に差し出すわけにはいかない。

 永井は、バットを握りしめた。



 最初に走り出したのは高月だった。

 空気を足場にする能力を宿した金属刀を持っていて、かつ身体能力を上げる靴を履いている高月がそこに立つメンバーの中で最強の戦力なのは明確。

 しかし、走り出した高月は直後に横へと全力で跳んだ。

 その瞬間高月がそれまでいた場所に、雷が落ちた。

 きっと、高月がこれを避けられたのは運と卓越した戦闘センスがあってのことだ。他の人間ではすでに消し炭になっていたであろう。


「それが、貴方の能力か……ッ!」


 高月は厄介なものを相手取るように男を睨む。


「……当たらない……これじゃダメだ……またキョーヤに怒られる」


 男はブツブツと何かを言っていた。その一瞬の隙を利用して、高月は距離をゼロまで縮めた。


「くらえッ!」


 一撃で勝負を終わらせるために、頭部に全力の一振りを叩き込んだ。

 通常の人間であれば少なくとも脳震盪は起こすであろう一撃。


「……なっ!?」


 しかし、男は通常の人間ではなかった。

 ゾンビを喰らい、進化したゾンビ。

 男は痛くもかゆくもないような涼しげな顔をして、高月の振るった金属刀を掴むと。


「マ、ズ……ッ!!」


「……ゼロ距離……これなら当たる」


「高月先輩っ!!」


 金属刀に、電気を通した。

更新遅れてすみません。

ペースを戻せるように努力しますので、これからもよろしくお願いします。

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