39 彼女の恋の話。
その日の放課後。
ウチは風見の家へ来ていた。
風見は学校で殴られていたため、早退させられていたのだ。
「ここ、だよね……」
一週間一緒に下校する中で一度だけ悪戯のつもりで風見の家の前まで来たことがある。だから場所は知っていた。
ごく普通の一軒家だった。
目の前の家の表札を見て名前が『風見』となっているのを確認すると、インターホンを押した。
直後、家の中から「誰だよめんどくせえな。居留守でいいや」という声が聞こえた。
「……は?」
今のは空耳かなー。
でも風見が出てこないなー。
もう一回押そーっと。
ピンポーン。
「あぁ? またかよ、うっせえな。帰れよ畜生」
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポンピンポン。
「うるせえなこの野郎!」
インターホンを連打していると勢い良くドアが開いて、やっと風見が出てきた。
インターホンにはカメラがついていたので、モニターから外の様子を確認できるはずなのだが、風見は確認してこなかったらしい。
外に笑顔で立つウチの姿を見て、風見の顔が真っ青になった。
※※※
「何かウチに言うことがあるんじゃないかな?」
「いやあのその、マジすいません」
「よろしい」
風見の家に上がったウチは、二階の部屋に案内される。どうやら風見の自室のようだ。
風見は「お茶取ってくるわ」と部屋を出る。ウチは、風見の部屋に一人きりとなった。
なんだかんだで、男の子の部屋に入るのは初めてだ。
そういえば、男の子の部屋にはエッチな本が必ず隠されているらしい。前の学校の友達が言ってた。
暇だし、探してみよう。
「ここかな、ここかなぁ、こーこかなぁ?」
本棚の奥、机の引き出し、ベッドの下、クローゼットの中。様々な場所に手を伸ばすが、一向にエッチな本は出てこない。
「おかしいなー。男の子はエッチな本を持ってるんじゃないの?」
家具の隙間にまで目を凝らすが、見つからず。
ここまでやって収穫なしなんて嫌だ。折角だし、徹底的に探そう。
家具をズラし、クローゼットから服を出し、本棚から本を抜き取る。
他人の部屋にもかかわらず、漁っていく。まぁ風見の部屋だし、いいよねっ!
山のように衣類や本を積み重ねていく。その音のせいで気づかなかった。
風見が、二階へ登ってきていることに。
ガチャ、とドアが開いた。
「あ」
「……おい」
作業が止まり、お互い無言になる。しばしそれは続いた。
先にそれを破ったのは、やはり風見だった。
「なんか言うことあるな?」
「いやホントすいませんでした」
一人で風見の部屋の片付けをやらされ、疲れ果てたウチに風見は冷たいお茶を出す。
受け取ったそれを、ウチは一気に飲み干した。
「ぷはーっ、おいしー!」
「アンタもう二度と俺んち来るなよ?」
「だーからゴメンって!」
お茶を飲みながら綺麗になった部屋で会話する。
てかこんなことがしたくてここ来たんじゃないね。何やってんだウチ。
そう、ウチは謝りに来たのだ。
風見はウチのせいでクラスに居場所がなくなってしまった。その責任だけは、絶対に取らなければならない。土下座程度じゃ許されないだろうから、風見が望むことならなんでもするつもりだ。
なにより、それをしなければウチ自身が納得できない。
風見は、里美ちゃんを救うと豪語して失敗したウチを、自分を犠牲にしてまで救ってくれた。
本来ならウチは早苗ちゃんたちのグループのいじめられっ子になり、さらに里美ちゃんを一人きりにしてしまっていたはずだったのに。
だったら、それに見合うことをしなければ、割に合わない。
ここまでしたのだから、風見は少しでも報われなければならない。
ウチにできる範囲でそれができるかは微妙なところだが、それでもやらなきゃいけないのだ。
だから。
「あの、風見。……今日は、ホントにゴメン」
目が合わせられない。
言葉を考えるだけで涙が溢れそうになる。
ウチの罪は、それだけ重い。
「……ウチ、風見のためならなんでもするからっ。だから、なんでも言って!」
目を閉じて、胸の前で拳を握りしめて言った。
どんな罰でも受けるつもりだった。だから、覚悟を決めるために歯を食いしばった。
目を閉じているから、風見の表情は分からない。
しばし無言だった風見は、ため息をつくとウチに言った。
「女の子が、『なんでもする』なんて軽々しく言うんじゃねえよ」
同時に額に微かな痛みを感じる。
デコピン。
ウチに与えられた罰は、それだけだった。
「……なんで」
納得できなかった。
「なんで、これだけなの」
理解できなかった。
「ウチのせいで、風見はクラスに居場所がなくなっちゃったんだよ!? なんで、それなのに、デコピンだけで済ませちゃうの!?」
もっと、風見の気が晴れるまで殴られるだとか、ウチの持っているお小遣いを全て奪うだとか、なんかあるだろう。
少なくとも、デコピン一回で済んでいいようなことではない。
それなのに、なんで。
「いや、だって、俺別にアンタのこと助けたわけじゃねえしな」
「……は?」
「あのなんとかって偉そうなやつが気に入らなかっただけだ。責任だとか償いだとか、そんなのは知らん」
「……そんな」
謎すぎる理論だ。
仮にそれが本当だったとしたって、ウチは――。
「納得できないんなら、じゃあ一つだけ」
風見は人差し指を立てた。
「あのいじられキャラと、仲良くしろ」
涙が、溢れた。
その言葉に風見の優しさの全てが詰まっていたから、涙は止まらなかった。
良いのだろうか。
その優しさを受け取ってしまって、本当に良いのだろうか。
あれだけのことをしておきながら、これだけのことで終わらせてしまって良いのだろうか。
きっと、ウチは納得できない。
今の言葉で更に納得できなくなったし、理解できなくなった。
ウチはそもそも、風見の優しさに甘えるためにここに来たのではなかったはずだ。覚悟だって決めていた。どんなことでもするつもりだった。
でも結果的に、ウチは風見の優しさに甘えることになってしまった。
――でも。
もしかしたら、今はそれでも良いのかもしれない。
これから少しずつこの恩を返していけば良いのだ。
そうすればきっと最後には笑える。
ウチも納得できる。
歩こう。
少しずつ歩いていこう。
今、この場所をゼロにして。
風見に恩を返すために、一歩ずつ。
ウチはまず、その一歩を踏み出した。
「ありがとう、風見」
※※※
暗くなる前に帰れと言われ、無理やりに風見の家を追い出されたウチは、玄関に立つ風見を振り返った。
「ねぇ、風見」
「あん?」
風見は鬱陶しそうな顔をさらに顰めて、面倒臭そうに応答する。
「――なんでウチのこと、助けてくれたの?」
それだけは、聞きたかった。
風見からしたら突然転校してきて、一緒に帰宅するのを強要したウチなんて疎ましくもあったはずだ。
それなのに、風見がウチを助けてくれた理由。
それだけは、絶対に聞いておきたかった。
「別にアンタを助けたわけじゃないっつってんだろ……」
風見はそう言いつつも、そんな答えをウチが望んでいないことにはきっと気づいている。
だからか、ため息をつきながらガシガシと頭を掻いた。
「別に、俺にアンタのことを嫌う理由もなかったからじゃねえの?」
これは意外と、素直に納得できた。
一週間話した程度の仲だが、それでも風見らしいなと思ったから素直に納得できたのだろう。
「ふふ、なにそれ」
「うるせ」
最後の会話を交わす。
もしかしたら、もう風見と話すことはないかもしれない。
あれだけ悪態をついたのだ。風見はきっとクラスでも良く思われてはいないだろう。
だから風見はウチと里美ちゃんに気を遣って話さない。
嫌われ者に関わったら嫌われる。それは子どもの世界では当たり前のことだから。
ウチも、そんな風見の気遣いを無視してまで話そうとは思わない。
だから、これが最後の最後だ。
「じゃあな」
風見は片手を上げ、自宅に戻っていく。
ウチはそれを見送りながら返した。
「またね」
また、再び話せる日が来ることを信じて。
その日、ウチは恋に落ちた。
更新遅くなってすみません。
どうしても38話と39話は同時に投稿したかったもので。しかしこれにて高坂流花の過去編も終わり。バトル描写ゼロに退屈だった貴方も楽しめるよう作者も頑張りますので、これからの更新を楽しみにしていてください。




