03 美少女の救出
私は現在、校舎の一階にいる。
体育倉庫に行くためには、来た道を戻るのが一番の近道である。
しかし目の前には大量のゾンビがいる。目の前のルートは使えない。
校舎の一階には四つの入り口があるのだが、その内の一つが目の前でありアウト、体育館の入り口につながっている入り口も、ゾンビが入ってきた場所であるためアウト、残り二つは生徒や教師が毎日使う下駄箱のある場所。
だが、下駄箱の入り口もアウトだ。
そもそもゾンビはどこから入ってきた?
そう、外からだ。
ゾンビは学校の外から入ってきた。だからそもそも学校の外に出るのはアウトだ。
四つの入り口は全てアウト。
なら、どうするか。
非常口を使うしかないだろう。
長方形状に建てられたこの学校の両端には、非常口がある。非常階段に出る非常口が。
そこなら、まだ大丈夫なはずだ。
一階の右側には技術室があり、教室の中に非常口はある。左側にはそのまま非常扉がある。
今回の場合、技術室を利用した方が体育館に近いのだが。
「……っ! また、自分勝手な人が!!」
技術室には人がいて、机を使って入れないようにしていた。
幸い、なぜか大音量の機械を動かしているおかげで、ゾンビはそちらに向かいやすいようだ。
残るは、左側の非常口。
そこであれば、体育倉庫には最も遠いが、最も安全に避難できる。
そうだ、今度は通るルートを指示しておこう。そうすれば、みんなもきっと安心してくれる。
「みんな、左側の非常口から逃げよう!!」
私は、生き残ってる人たちに向けて、声をかけようと振り返った。
そこには、生き残ってる人などいなかった。
ゾンビが。
生き残っていた人たちが腰を抜かしている間に。
彼らを喰らっていた。
「そんな、嘘……でしょ……」
確かに、校舎に入ってきたゾンビのうちの半数は、技術室へ向かった。
しかし、では技術室へ向かわなかった残りの半数は?
こちらへ、きた。
「ぁ……いや……。いやぁぁぁああああああ!!」
私は非常口に向かって慌てて走り出した。
慌てているはずなのに、なぜか頭は急速に加速する。
そういえば、非常口は端にある。
そこまでの道の中に、下駄箱はいくつあったっけ?
「……あ」
下駄箱が、外から入ることのできる入り口が、非常口までの道にある。
もしも、もしも既にそこからゾンビが浸入していたら。
私は、ゾンビに挟まれてしまう。
そんな嫌な想像は、見事に的中した。
「……ぁ……はは、ははは……」
もうダメだ。
ゾンビに挟まれた。
完全に終わった。
そう思うと、自然と笑いが漏れてくる。
私は、その場に座り込み、ただ笑っていた。
私の前後から、ゾンビは近づいてくる。
「ははは、そういえばなんでこんなことになったのかな。昨日加奈子ちゃんとケンカしたからかな。美佳ちゃんの陰口言ってたからかな」
どうでもいい、本当にどうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。
こんなことになるなら、昨日加奈子ちゃんとケンカなんてしなきゃよかった。美佳ちゃんの陰口なんて言わなきゃよかった。
「お母さん……お父さん……誰か……助けて」
ついにその場に座り込んでしまった私の醜い懇願。
それには、なぜか返答があった。
「そのままそこに座ってろ」
「え?」
振り返った瞬間、頭上を黒い刃が通過した。
それは軽い刀なのか、ゾンビを切るのではなく、まとめて廊下に倒しただけのようだ。
そして、私の懇願に答えた少年は、腰にあるバールを抜き、倒したゾンビを一体ずつ確実に殺した。
頭を、潰すことで。
「よし、俺の戦闘スタイルはこれくらいで確立できたかな」
大量のゾンビの返り血を浴びて、真っ白のシャツを真っ赤に染めた少年は、同じ学校の生徒を殺して、そう言った。
※※※
俺は、技術室へと向かってくるゾンビを一体ずつ地面に倒し、直接その頭を叩き潰すことで、自身の戦闘スタイルを確立させようとしていた。
既に学校は地獄絵図と化しているようだ。
おそらく生き残ってる人は少ないだろう。
「……優しそうな女子だったら助けてあげよ」
利己的な人間や男子を仲間にするのは嫌だ。あいつら俺が助けてやっても恩を仇で返してくるし。ぶっちゃけ俺、集団行動苦手だし。ぼっちナメんな。
「それに、ラブコメ的な展開も期待できるし、なっ!」
掛け声とともに近づいてきたゾンビの頭をバールで殴る。
バールで頭を潰している最中に近づいてきたゾンビは、持っているバールで直接潰すことにしている。
なぜ黒刀アルメートラーによる切れない斬撃を戦闘スタイルの中に入れるのかというと、やはりバールではリーチが足りないからだ。
ゾンビにはあまり近づきたくない。
危険だし、ぶっちゃけキモいし。
ということで、ある程度離れていても攻撃できる黒刀アルメートラーが必要になるわけなのだ。
ひとクラス分のゾンビは殺しただろうか。
そんなとき、誰かが助けを呼んでいる声が聞こえた。
「おお、やっぱりまだ生き残りいたか。しかも女子じゃん」
少女の容姿は、百点満点だった。明るめの茶髪に少し低めの身長、誰にでも優しそうな可愛らしい顔立ち。
ただ、それだと彼氏いそう。
「……まぁ、頼みには答えてやるか」
助けることを決め、少女の元へと走り出した。
少女を襲おうとしてるゾンビは四体。黒刀アルメートラーで一気になぎ払える量だ。
少女の前にも数体ゾンビはいるようだが、まだ距離があるため心配はないだろう。
そこまで考えて、まだ少女の頼みに答えてないことに気づいた。
「そのままそこに座ってろ」
少女の答えにはなっていないが、なんとなくこっちの方がかっこいい気がしたためこっちを選んだ。
そして少女を襲うゾンビを一気になぎ払って、頭を潰し、殺した。
「よし、俺の戦闘スタイルはこれくらいで確立できたかな」
「ひっ、人殺し……」
「え?」
俺は自身の最初に決めてあった目的の達成をただ喜んだだけなのだが、少女はなぜか俺に怯えていた。
「こ、殺す必要……なかったじゃないですか……」
あーきたかこれ、と俺はため息を吐く。
ゾンビものならよくある展開だ。
なんで殺すのか、必要はないではないか、そんなのは友達がいるやつの綺麗事だ。
俺にはそもそも友達がいないので、もう人として見ていないゾンビなど躊躇いなく殺せるが、この少女は違うみたいだ。
「……はぁ。殺す必要はない、ね」
「そうですよ! その中には和人くんとか千穂ちゃんとかいたんですよ!? どうして殺すんですか!!」
「俺がこいつらを躊躇なく殺した理由は三つある」
怒鳴る少女に向けて、指を三本立てる。
少女の前にいたゾンビは少女の叫び声でこちらに近づいて来ているので急がないといけない。
指を一本折る。
「一つ、こいつらは既に死んでいるからだ。俺は殺したんじゃない、死んでるやつを、行動不能にしただけだ」
「そ、そんなの!」
「屁理屈だと思うか? それなら、どう考えても完全に死んでるやつを生きてるって言うお前のそれこそ屁理屈だ」
少女はぐっと押し黙る。
この手の考え方の人間は早めに論破しておくに限る。
心の中で優しい子みたいでよかったと安心しつつ、さらに指を一本折る。
「二つ、こいつらを殺さなかったら、他の生き残りが死ぬかもしれないからだ」
「でもっ!」
「生き残りは生きてる人間だ。そいつらがお前の中途半端な善意で生かされたゾンビに殺されたら、そいつらが死んだのは、お前のせいになる」
少女はまたも押し黙る。
可愛い少女のそんな表情は見たくないなと思いつつも、最後に指を折る。
「三つ、ゾンビを殺さないと、死ぬのはお前や俺自身だからだ」
「それは……」
「まだゾンビ化を治す方法なんて確立されてないし、治す方法があるのかもわからない。そんな中でゾンビを生かすなんてのは、ただの偽善で自殺行為だ」
少女はうな垂れた。
少女の気持ちもわからなくはない。俺が殺したゾンビの中には少女の友達が何人もいたのだから。
「お前の考え方が悪いとは言わねぇけど、こんな世界で生き残りたいなら、その考えは捨てた方がいい」
「う、うぅ……」
「つっても、すぐにできるわけないよな。お前は、この後どこに逃げる気だった?」
「……体育倉庫、です」
「そうか、じゃあそこまで連れてってやるから俺のリュック持っててくれ」
「え? は、はい」
俺は少女にリュックを投げ渡し、黒刀アルメートラーを構えた。
これから始まるのは紳士による少女のエスコートだ。ゾンビになんぞ、邪魔させやしない。
俺たちはなんとか無事に体育倉庫へとたどり着いた。
体育館に近い体育倉庫には、やはり誰も近づかなかったようだ。
「いやー、疲れた疲れた」
俺はとりあえず体育倉庫の中にある跳び箱に座った。
あれ、よく考えたら俺今体育倉庫の中で美少女と二人きりっていう王道シチュエーションの真っ最中じゃんうおおおおおっなどと考えていると、少女の表情が浮かないことに気づき、反省する。ごめんね。
「……どうして、そんなに気楽なんですか?」
俺が心の中で最低最悪にふざけていると、少女が口を開いた。
「んー、気楽か。そうだな、やっぱりこういうのに憧れてたからかな」
「憧れ?」
少女の目が鋭くなる。
いやいや合法的殺人に憧れてたわけじゃないよ全くもうっ、ぷんぷん。
「そ、憧れ。平和は退屈だって、いつも思ってたから。最低だってのも理解してる」
若干かっこよく(イケボを意識して)言ってみると、少女は納得したようだ。
「……私は、まだこの状況が信じられないです」
「あぁ、そうだろうね」
「どうして……こんなことにっ……」
そうだ。このリア充っぽい少女からしたら、今日から青春の夏休みが始まるはずだったのだ。
見た感じ一年生っぽいし、ワクワクドキドキしてたのだろう。俺も一年のときはそうだった。で、高校に入っても青春なんてないんだって気づくんだよな。
少女は泣き出してしまった。
俺が心の中で場違いにふざけてるのがばれたのかと思ったが、違うようだ。っていうかそんなわけねぇわ。自意識過剰すぎたぜ。
どうしよ、恋愛ゲーム経験を活かそうと思ったけど、ゲームのキャラって現実の女子と全然違うんだよな。ラッキースケベとか現実でやったら普通に犯罪だし。
やっべー、どうしよ。そうだ、話を変えよう。
「そ、そうだ。自己紹介まだだったよな? 俺は二年二組、風見晴人だ、風見でもハルトでもなんでもオッケーだよ」
「あ、私は一年三組の御影奈央です。よろしくお願いします、風見先輩」
「おう、よろしく。御影さん」
「御影、さん……? 私、一年なんですけど……」
「え、いやだって奈央さんって名前で呼ぶのはさすがに恥ずかしいし……」
「いやそうじゃなくて、どうして『さん付け』なんですか?」
「ああ、そういうことか。馴れ馴れしくねぇ? いきなり呼び捨てって」
「そんな態度の先輩が言いますか……」
えー、なんか呆れられてる……? おっかしーなー、選択ミスったかな?
俺が御影さんのジト目に慌てていると、御影さんがクスッと微笑んだ。
「……俺の慌てる様がそんなに面白いと」
「違いますよ。怖い先輩かと思っていたけど、全然怖くないんですね。安心しました、風見先輩」
そう言って笑った。
その笑顔を見て、思った。
守りたい、この笑顔……と。
「どうしました?」
「いや、なんでもない……」
俺は決めたぞ、この娘を守ると。
何があっても守ってみせると。
あれ、これ俺落とされてね?
恋愛ゲームとか行ってみたけど、俺ルート攻略されてね?
俺、笑顔一つで攻略される。ははは、さすが恋愛経験ゼロの童貞(自嘲)。
「それで、この後どうするんですか?」
「とりあえず生き残り探しと御影さんの武器探しをしようかと思うんだけど、ついてくる?」
「あ、はい」
「じゃあまず、御影さんの教室に行こう。携帯今持ってないでしょ? 取りに行かないと」
「携帯ですか? 電話は混み合ってて繋がらないと思いますけど……」
「ネットを使えば多分大丈夫だと思う。ゾンビ化現象が世界中で起きてるんじゃなければ、しばらくは」
「そ、そうですか……」
やったー合法的に美少女の連絡先ゲットーと胸を高鳴らせる俺であった。