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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第二章『総合スーパーでの悲劇』
39/125

37 そして彼は彼の理由をもって立つ。

 帰り道。

 決意を固めたウチは最初に風見と会った書店の近くを歩いていた。ウチがそこを通るのを知っているかのように、風見は書店から出てくる。というか、ウチが書店で待たせた。そんなこと忘れて里美ちゃんと話しちゃってた。ごめんね。


「おっせーぞおい」


「そういうの、ウチじゃなかったら嫌われてるぞー」


「呼び出しといて二時間待たせるアンタも大概だよ」


 相変わらず、風見の態度はこれだ。いい加減心を開いてくれても良いと思うのだが、ダメらしい。

 軽口が途切れると、無言で歩く。たまにウチが話し、それに風見がぶっきらぼうに返答をする。これがウチと風見の帰り方だ。

 しかし、今日はなぜか風見から口を開いた。


「アンタ、何をする気だ」


 全く、なんでこいつはこんなに察しがいいんだか。

 ウチは心の中で呆れる。


「なんの話よ?」


「とぼけるなよ。アンタ、自分のグループのいじられキャラをなんとかする気だろ」


 一応とぼけてみるも無駄だった。

 簡単に心が読まれてしまったことが恥ずかしく、ウチは唇を尖らせる。


「……なんでわかったのよ」


「ここ数日のアンタの態度。それといじられキャラが掃除を押し付けられてたってことに加えて、アンタが待ち合わせの書店に来るまでの遅さ。そんなに難しくはねえだろ」


 えぇ……。なんなのこいつ。ちょっとキモくて引いた。

 ウチが一歩風見から離れると、風見は眉をひそめる。ウケる。


「おい、いじられキャラを助けたいとか言いながら俺のこといじるなよ」


「里美ちゃんは女の子だから助けるんですー」


「最低じゃねえか!」


 はぁ、と風見はため息をつくと、ガシガシと頭を掻きながら、ウチから目をそらして言った。


「……アンタ、いじめられるぞ」


「まぁ、いじめられないようにするけど……」


「無理だな」


 ウチが言うと、それに対し風見は即答する。いじめられないようにするのは無理だと。


「あのグループにおいての『いじり』ってのは、グループの特徴、在り方みてえなモンだ。アンタはわざわざ、それをぶっ壊しに行こうとしてんだぞ」


 「少なくとも」と風見は続ける。


「アンタは、この学校に友達がいなくなる」


 ウチは、黙って聞いていた。

 きっと風見は、本気でウチのことを心配してくれている。なんだかんだ言って、風見がそういうやつだということはこの一週間でよくわかった。

 風見もきっと、ウチが里美ちゃんを助けるために行動したら、ウチと話してくれなくなるだろう。当たり前だ。わざわざ率先していじめられっ子に関わる人間なんていない。

 でも、きっとそれでいいのだ。

 風見はまた一人に戻り、ウチは里美ちゃんの代わりにいじめられる。

 それで全部、解決だ。



 風見と別れるY字路へ差し掛かった。ここで風見は右へ、ウチは左へと互いに別の場所へ向かう。

 それは、風見とウチの関係の終わりを表しているようだった。

 一週間という長いとも短いとも思える期間、帰り道を共にした。その関係も、ここで別れると同時に終わる。


「時間が時間なわけだが、家まで送るか?」


「いいよ、大丈夫」


 一週間、毎日続けたやり取り。

 時間が時間でなくとも、適当に理由をつけて風見はウチを送ってくれた。

 でも、それも終わりだ。


「一人で、帰れるから」


 精一杯の笑顔を見せる。

 それを見て、呆れ顔ばかり見せていた風見の顔に、初めて他の、別の感情が見えた。

 ――ごめんね。

 心の中で呟く。ウチの身勝手でこんなことになったのだ。本当は言葉にして伝えるべきなのだろうが、それはなんだか恥ずかしい。風見は無駄に察しがいいのだからできればこれも察してほしい。


「……じゃあな」


「うん」


 最後に、告げる。


「さよなら」





※※※





 翌日の昼休み。

 勝負は、ここでつけようと思っていた。

 早苗ちゃんは必ず昼休みに「ジュース奢って」と里美ちゃんに頼む。そこを突くのだ。

 ――それはやりすぎだ、と。

 正直に言って、少し怖い。だけど、怖いからといって逃げることはできない。

 今までずっと逃げてきたから。

 今度は逃げない。



 昼休みは瞬く間に訪れた。

 グループのみんなは窓側一番後ろの里美ちゃんの席に集まる。

 何気ない会話が始まった。最初はお調子者が話し出し、それに高月くんや他のみんながツッコミを入れ、グループ内の笑いを誘う。

 その話題が尽きれば、嫌いな教師を中傷する話題へと移り、テストの話題へ移り、移り、移り。

 ――そして、『いじり』が始まる。


「そういえば里美がこの前さー」


 早苗ちゃんは面白い話を思い出した、と軽い気持ちで話し出す。それが里美ちゃんを傷つけているとも知らずに。


「――で、なんかいきなり転んでね。ヤバくない? マジウケたんだけどー」


 今日も里美ちゃんの失敗を利用し、グループは盛り上がる。

 お調子者が茶化し、みんなで笑い、笑顔で里美ちゃんを傷つけていく。そんな関係、終わらせるべきだ。終わらせていいはずだ。

 だから、終わらせる。


「あ、里美。ごっめーん。今日もジュース奢ってー」


「うん、わかっ――」


 ――今だ。


「ちょっと待って」


 里美ちゃんに被せるように、ウチは割り込む。

 みんなの視線が一気に集まったことで、少したじろいでしまうが、しかしウチは続ける。


「早苗ちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」


「――は?」


 早苗ちゃんや他のみんなは呆然とする。そして里美ちゃんは驚いたような、それでいて悲しそうな顔を浮かべた。

 ――大丈夫だよ。全部、終わらせるから。

 ウチは一呼吸置いて続けた。


「そうやって里美ちゃんをいじってグループで笑いをとるのは別にいいんだけどさ、ここ最近のはちょっとやりすぎだと思う」


「へぇ、例えば?」


 早苗ちゃんは呆然としていたが、面白いと感じたのか、すぐに笑みを浮かべた。


「さっきのジュース奢ってってやつ。毎日奢る方の身になってみなよ」


「そんなのがやりすぎなの?」


「掃除押し付けたのもそう。それは、里美ちゃんを自分の都合のいいように『いじめ』てるだけだから」


「ふーん、そ」


 早苗ちゃんは余裕そうな笑みを浮かべたまま、告げる。


「あーあ、流花とは良い友達になれると思ったんだけどなー」


 その目を細めた。


「サイテーだよ、流花」


 その言葉を聞いてウチはビクッと震える。喉が変な音を立てた。

 怖い、と。

 相手は、同じ学年の同じ年齢の同じ女の子なのに、怖いと思った。

 教室はシーンと静まり返っていて、本を読む風見以外はウチらを見ている。


「空気ぶち壊し。どーすんの、これ」


「そんなこと今は関係ない」


「あるでしょ。TPOだっけ? 時と場所を考えて言ってよ」


「ここで言わないと、早苗ちゃんはずっと里美ちゃんをいじめ続けるでしょッ!? 正直、見てられないの!」


 早苗ちゃんは怖いが、しかし全く反省を見せないその態度が、ウチを苛立たせた。


「なに熱くなってんの、キモいんだけど」


「キモいのはアンタの態度でしょうが」


「へぇ、言うねー流花」


 早苗ちゃんは握っていたスマートフォンをしまって、その場に立ち上がった。


「じゃあ、アンタが代わりにジュース奢ってよ」


「なんでそうなるわけ? 意味わかんないんだけど」


「当たり前じゃん。空気悪くしたんだから、その責任はとらないと。アンタ、今日から毎日ジュース奢りね」


「はぁ? 全ッ然意味わかんないんですけど? 空気悪くしたのはアンタも一緒じゃん。なんでよりにもよってアンタのジュースを奢らなきゃいけないの?」


「責任をとれって言ってんでしょ。誠意を見せろってやつよ」


 言ってることがめちゃくちゃだ。

 自分を一番上に置いた論理のせいで、むしろ反論できない。目の前の彼女は、自分が一番上に存在することが当たり前で、普通で、通常の状態なのだと本気で思っている。

 こんなのに、勝てるわけがない。

 何を言っても通用しないのだから、勝てるわけがない。

 俯き、悔しくてギュッと拳を握る。やっぱり、これからウチはいじめられてしまうのだろうか。考えると不安で仕方がない。

 視線を移すと、丁度里美ちゃんがこちらへ歩み寄ってきたところだった。


「もういいよ、高坂さん。私がジュース買ってくるから」


「そんな……」


「羽川さんもそれで良いでしょう?」


 里美ちゃんは早苗ちゃんを睨みながら言うが、早苗ちゃんは口角を上げて嗤う。


「いやいやダメっしょ。責任とれって話をしてんだから」


「アンタねえ!」


「ってか、アンタ気づいてる?」


 状況を面白がっている早苗ちゃんはの態度に腹が立ち憤るが、そこで唐突に早苗ちゃんは話を変えた。

 気づく? 何の話?

 唐突の話題転換に混乱するウチを置いて、早苗ちゃんは続けた。


「ここでアンタがアタシらのグループのいじめられっ子になったら、里美がぼっちになっちゃうってことに」


 ハッと目を見開いた。

 考えていなかった。その通りではないか。

 ウチが早苗ちゃんを糾弾することで里美ちゃんの代わりにいじめられる。そのやり方では、里美ちゃんに友達がいなくなってしまうのだ。

 突きつけられてしまった。

 ウチのやり方では、誰も救えない。

 里美ちゃんを見る。目をそらしていた。里美ちゃんはこのことに気づいていたのだろうか。だからウチの助けを拒んだのだろうか。

 もしそうだったとしたら、ウチは。

 偽善者以外の、何者でもない。

 最悪だ。最低だ。何が助けるだ。いじりをなくしたところで里美ちゃんが一人になってしまったら意味がないではないか。状況を悪化させてどうする。偽善でいじりを助長してどうする。ウチは何がしたかった。助けたかったはずだ。でも結果はこれだ。何の意味もない。

 それを知ってしまったから。

 気づいてしまったから。

 ウチは、とうとう涙をこぼした。


「あっははは! 泣いてる! 流花、泣いてるぅ! あはははは!」


 うずくまって泣き出したウチを早苗ちゃんは手を叩いて嘲笑した。

 惨めだった。

 情けなかった。

 里美ちゃんにも、風見にも、あれだけ決意を露わにして、あれだけの啖呵を切ったのに。

 助けようと思ったことに後悔はしていない。でも、やり方を考えるべきだった。

 風見は今頃笑っているだろうか。それはそうだろう。里美ちゃんも風見もウチを止めたのに、それでも強行して、失敗したのだ。笑われて当然だろう。

 いや、いっそ笑われてしまった方がマシだ。

 もしもそれが哀れみや同情であったら、もっと嫌だ。

 溢れる涙は止まらず、教室の床を雫が濡らした。

 その瞬間。



「うるせえな」



 声が、聞こえた。

 聞こえるはずのない声に、ウチは顔を上げた。

 早苗ちゃんの嘲笑も止まり、教室も静まり返り、しかしそこに一つの音が響く。

 パタン、と。

 文庫本を閉じる、乾いた音が。



「うるさすぎて小説も読めねえ。ケンカなら他所でやれっつの」



 ガタッと静かな教室に音をたてて声の主は立ち上がる。

 ガシガシと頭を掻き、鬱陶しそうな顔をして声の主は早苗ちゃんを睨んだ。


「いきなりなに? ってかなんでそんな偉そーなわけ?」


「テメェこそ偉そうじゃねえか。喋るならもうちょっと言葉を選べ」


「なにこの陰キャラ、ウザいんだけど」


「俺からしたらテメェも十分ウザいんだけどな」


 そのぶっきらぼうな返しは。

 相手をちっとも尊敬しやしないその言い回しは。


「アンタはなんなの? 里美や流花を助けたいの?」


 「もしかして」と早苗ちゃんは笑って言った。


「ヒーローぶりたいの? アニメの見過ぎでキモいし寒いんだけど」


 そんな早苗ちゃんの言葉を。


「違えな」


 声の主は、否定した。

 一呼吸置くと声の主は。


 ――風見は、言った。


「テメェを、黙らせたいんだ」

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