35 彼と彼女は、こうして出会う。
ウチの親はいわゆる転勤族というやつだった。そのせいで何度か転校を繰り返すことがあったウチは、中学二年生のその日、その学校に転校した。
不安はなかった。友達を作るのにはもう慣れていた。クラスの上下関係を瞬時に判断し、そこに適応する。そんな単純作業を繰り返すだけなのだから。
だからこの時のウチは、まさかそこで好きな人ができるなど、微塵も思っていなかった。
※※※
「高坂流花です。よろしくお願いします!」
ウチはとりあえず元気にそう挨拶する。同時にクラスを一瞥し、クラスの上下関係を判断する。
「それじゃ、高坂さんはあそこの風見くんの隣に座って下さい」
「あ、はーい」
誰がクラスのトップで誰が一番下かがわかったところで、先生に席に座るよう促される。
ウチは席に座ると、「よろしくー」と風見という男の子に言う。風見はこちらを向いて頭を下げただけだった。
こいつ、どう見てもぼっちだ。クラス最底辺だ。誰からも相手されてないやつだ。
先生がホームルームで話している間ウチは風見を眺めていた。見てて面白いわこの子。
すると彼は視線に居心地を悪そうに眉を顰め、本を読みだした。表紙にはピンク色のツインテールで、萌え系と言うのだろうか、女の子のイラストが描いてある。ライトノベルというやつだ。
笑いが抑えきれず、口元を手で隠す。せめてそういうの読むならカバーでイラスト隠そうよ。ぼっちでオタクとか、最悪のコンボじゃん。
そこでホームルームは終わったらしく、ウチの周りに人だかりができ始めていた。
その中でウチに最初に声をかけてきた男はなんと、かなりのイケメンだった。
「ええと、高坂さん……だったかな。僕は高月快斗。一応、このクラスのクラス委員をやってる」
イケメンは名乗ると、爽やかに微笑んだ。
マジですか。こんなパーフェクトイケメンがこの世に存在するんすか。
「えっと、高坂流花です。よろしくっ!」
ウチも女子だ。イケメンを見ると少しテンションが上がる。饒舌にもなりますよ。ええ、女子ですもん。
この爽やかイケメン。間違いなくクラスのトップだろう。イケメンでコミュ力高くて頭良さそうだしスポーツもできそうだもん。経験則だけど、コミュ力が高い人は大体クラスのトップです。
高月くんの次に前に出てきたのは、これまたクラスの中心っぽい女子。この子はそこまで可愛くもないが、代わりに髪型だとかすごくオシャレだ。これもクラストップになる要因だろう。
「アタシ、羽川早苗ね。よろー」
「よろしくー」
その後も自己紹介をし合い、ウチはいつも通りクラスに溶け込んだ。
その日、学校の後に高月くんや羽川さんたちクラスのトップグループとカラオケに行った。そのせいで帰りが遅くなった。
みんなとは別れて、今は一人で歩いている。こちらの方向に家がある人はあまりいないらしく、ウチは毎日一人で帰ることになるらしい。せっかく友達作ったのに。
「いやー、でも今日は楽しかったな。初日からこんなに楽しい学校ってあまりないし、よかったぁ」
思わず独り言が漏れる。それくらい楽しかったのだから仕方ない。とりあえず周りの人間に聞かれていないか確認し、胸を撫でる。
しかし視界の隅に人影が見えて、ウチは思わず顔を上げた。
そこには、前方にある書店から出てきたらしき風見がいた。
「…………」
「…………」
目が合い、両者は無言になる。
必然的と言うべきか、先に切り出したのはウチだった。
「……聞いてた?」
羞恥に赤くなった頬を隠すためにうつむきながら風見に聞く。
「……そりゃあな」
「むわぁぁぁああああんっ! 最悪ぅぅぅううううううううっ!」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいッ! さすがにこれは恥ずかしいよッ! しかも、よりにもよって、なんでこいつに聞かれなきゃならないのよッ!
様々な思いが込み上げ地団駄を踏むウチを、風見が危ない人を見るような目で見る。
「……それじゃ、俺帰るから」
聞き取れるギリギリくらいの声でそう言い、風見はウチに背を向ける。
その風見をウチは止めた。
「ちょっと待ちなさい待ってよ待って下さい」
「……なに」
不機嫌そうに目だけこちらに向ける風見に、ウチは言った。
「このことは絶対に他言しないで」
「するわけないだろ」
「したらアンタがオタクなのバラすから」
「勝手にしてくれ……」
風見はため息をつきながら、再び背を向けると、歩き出した。
ウチは小走りで風見に寄ると、並んで歩く。風見は予想通り嫌そうな顔をした。これを見たかったんですよねぇ!
「……まだなんかあんの?」
「うふふ、方向一緒だから一緒に帰ろうと思って」
「アンタ性格悪ぃな……」
「アンタも大概でしょ。あとウチは高坂流花ね」
「あっそ……」
嫌味ったらしい笑みを貼り付け自己紹介をするも、軽くスルーされる。おのれ、コミュ症め。
話題がなくなった。やっぱ話しづらいわ。でも相手がこいつだと、不思議と無言で歩いてても不快じゃない。
やがてウチは、こう切り出した。
「ね、ウチら家の方向一緒でしょ?」
「は? ……そうだな」
「明日から一緒に帰ろうよ」
「断る」
「はぁ!?」
OKされると思ってたが、ダメでした。なんでだし。ぼっちに断る権利なんてないはずよ。
「こっちの方向、あんまり人がいないらしいからいいじゃんかー」
「アンタなぁ。こっちは初対面だぞ。グイグイ来すぎ」
「あ、それは……ゴメン」
学校で風見のオタクぼっちな姿を見て、心の中で一人笑ってたからたくさん話した気になってました。
誰でもノリよくコミュニケーションが取れるわけではない、ということは分かっていたはずだったが、なぜか失念していた。話す側はともかく、聞く側としてはグイグイ来られれば不快だろう。
そんなウチに風見はぶっきらぼうに言葉を投げかけた。
「……いや、謝るほどのことじゃない」
「プッ、なにそれ? 優しさ?」
「ホンット性格悪ぃ……」
少しだけ嬉しくて、照れ隠しに悪態をつく。
再びの沈黙。もちろん不快ではない。
沈黙のまましばらく歩いていると、Y字路が見えてきた。そこで珍しく風見から切り出した。
「アンタ、どっちだ?」
「ウチは左だけど」
「俺は右だ」
左に行けばすぐのところに自宅はあるが、さすがにそこまで一緒ではなかったか。
風見と別れるとなると、なぜか少し寂しかった。無言で隣を歩くことに居心地の良さを感じていたからだろう。
そんなウチの心を読んだように、風見はガシガシと頭を掻きため息をつきながら言う。
「……時間が時間だ。仕方ねえから家まで送ってやるよ」
「ツンデレさんかな?」
「やめた」
「わーっ、ゴメンゴメン! ゴメンって!」
これでちゃんと家まで送ってくれるあたり優しい。ぼっちなくせにちょっと紳士。ときめいちゃうっ! 嘘だけど。
そんなことを考えている間に自宅に着いた。アパートである。
「ここまででいいよ、ありがと!」
「おう」
ぶっきらぼうに返すと、風見はウチに背を向け歩き出す。
その背に、ウチは声をかけた。
「また、明日ね」
風見の足が止まる。
ウチは言葉を待った。
風見が言葉を考える間が。
ウチがその言葉を待つ間が。
一瞬だったのだろうが、その間が永遠のように長く感じた。
なにを言おうとしたのか、風見は肩を落とした。
その様を見てウチは笑いそうになる。
そして、やっと、こちらへ振り返った風見は言葉を紡いだ。
「あぁ、またな」
――この学校は、楽しくなる。
この瞬間、ウチはそれを確信した。




