34 鬼ごっこの終わり
攻撃をかいくくり、一撃。
巨人に命中した俺の攻撃は、しかし大したダメージにはならない。
バックステップで距離を取り、口元を拭う。
「クソ。右足だけを何度も攻撃すりゃすぐ倒れると思ったんだが、効いてねえ……」
休んでいる暇はない。
巨人の剛腕は俺めがけて飛んでくる。
これをかわすとき、気をつけなければならないのは剛腕そのものではなく拳が生む烈風だ。
電車やトラックなどが高速で隣を通過したとき、吹き飛ばされん限りの風が発生するだろう。
巨人の剛腕はその現象を起こす。
剛腕を避けるとき、烈風に飛ばされないように必要以上に離れなければならないのだ。
避けながら考える。
「右足を潰してから頭を壊す戦法はダメだな」
続く追撃をかわしながら俺は考える。
そして巨人が崩した二階部分の残骸を見た。
「近距離がダメなら遠距離だ。くらえッ!」
腰くらいまでの大きさがある瓦礫を蹴飛ばす。
足が瓦礫に当たった瞬間、瓦礫は粉々に粉砕され、そのまま散弾のように高速で巨人へと向かう。
頭に当たらないように巨人が手で顔を覆っているのを横目に、手のひらサイズの石を手に取る。
それを巨人の頭部に向けて野球の投手のようなモーションで投げ放った。
ぐんと加速し吸い込まれるように飛んで行った石は、しかし巨人の手のひらを傷つけた程度に終わる。
俺は舌打ちすると、先ほどより少し大きなサイズの石を選び投げる。
それを巨人は当然のように弾く。
「これもダメかよッ」
吐き捨て、巨人に突っ込んだ。
そんな俺に対応しようと拳が向かってくる。
俺はその拳をいなし、腕を掴んだ。
烈風に吹き飛ばされないように踏ん張りながら、その腕を背負うように持ち上げる。
そして、腰をひねり。
「いい加減、死ねッ!」
巨人の拳の勢いを利用し、投げ飛ばした。
宙に放り出された巨人が、上から俺を見下ろす。
俺はそんな巨人に向かって飛んだ。
そして。
「空中なら、防御もできねえだろ」
振るわれる巨人の剛腕を潜り抜け、その頭に一撃を叩き込んだ。
ぐしゃっと頭の潰れる音を鳴らした巨人はズズンと地に落ちる。
俺は着地すると、すぐに立ち上がった。
「無駄に手こずっちまった。はやく高坂のとこに行かねえと……」
高坂から連絡がきていないか携帯を確認しようとポケットに手を突っ込もうとしたとき、真後ろで轟音が響いた。
目を見開き全力で振り返ると、そこには捨て身でこちらへ体当たりしようとする巨人がいた。
それは完全に死を覚悟した攻撃。
せめて相手を道連れにしてやろうという攻撃。
防御か、回避か。
この攻撃を凌いでしまえば、巨人には勝てる。
――いや。
回避は無理だ。捨て身なだけあって巨人は俺が回避できるスピードを超えている。今から行動したんじゃもう遅い。
防御も無理だ。俺が防げるほど生半可な攻撃ではない。防ごうとしたところで負けてしまう。
では俺はなにもできないのか。
そんなことは、ない。
巨人が目の前に迫る。
俺は動いた。
横でも上でもなく、後ろへ。
そんな俺を嘲笑うように巨人は肩を叩き込んでくる。
電車に当たったような衝撃に意識が持っていかれそうになるのを堪え、俺は――。
「不味いな」
――巨人を、食った。
そして総合スーパーに再び轟音が響く。
それは共食いによってさらに強化された俺の一撃だった。
「今度こそ、やったな……」
確かな手応えを感じた。巨人はおそらく死んだはずだ。
実感した途端に疲れがどっと出てきた。
本当なら少し休みたいところだが、さすがにそんなわけにはいかない。
今、高坂は一人で逃げているのだ。
この世界で今まで他人に頼りきりだった彼女には、一人で生き残る術がない。
できる限りはやく追いついてやるべきだ。
「そういえば、高坂から連絡きてないな……」
高坂にはいざとなったら連絡しろと言ってある。
しかし戦闘中、ポケットの中にあるはずの俺の携帯が振動することはなかった。
「こりゃ無事ってことかな」
一応、念には念をと携帯を取り出して確認してみることにする。いやほら、通知着てないと思って放置してたら実は着てて返信超遅くなっちゃう時ってあるじゃん? 俺はそもそも他人から連絡来ないからないけど。
そうしてポケットに手を突っ込む。
「……あれっ?」
しかし、携帯はなかった。
「あれっ? あれれっ?」
慌てて別のポケットも確認するが、携帯はどこにもない。
落とした? そう思って周りを見回すが、見当たらない。
じゃあどこでなくした? そこまで考えて、思い至る。
「俺、服屋で着替えるのに邪魔だからって一回投げ捨ててから拾ってねえ……ッ!?」
背筋が凍った。
口の中が乾いた。
もしも。
そこまで高くはない可能性だが、もしも高坂になにかがあったら。
もしも高坂が俺の携帯に連絡をしていたら。
携帯を持っていない俺は、答えてやることができない。
「――――ッ!!」
俺は全力で走り出した。
※※※
心臓がバクバクと鼓動している。
風見の寝袋に入ったときとはまた違う。これは、極度の緊張による鼓動だ。
現在、ウチ、高坂流花は金髪の怪物から逃げていた。
リアル鬼ごっこ。怪物が始めたゲームだ。確かそんなタイトルの小説があったような気がする。あれはどんな話だったか。
「おーい、どーこかなァ?」
ウチを呼ぶ声が遠くで聞こえてハッとなる。
ゾンビが現れる前まではそれなりに栄えていただろう商店街的な場所に入ったは良いものの、思ったより隠れる場所がない。
いたるところに死体があるから、多少動いても目立たないくらいか。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中。死体じゃ無意味なんじゃ……。
でも、案外死んだふりをしていればやり過ごせるんじゃないだろうか。
思い、早速実行してみる。
近くから血を集めて、着替えたばかりの服や体につける。
鉄臭くて吐きそうになったが、それを言うならおびただしい量の死体を見てしまった時点で吐きそうなのでなにも変わらない。
傷だらけの死体っぽく自分の体を変えられたところで、死体の近くに寝転んでみた。
これイケるんじゃね!? 自分で言うのもなんだが、結構隠れられてる気がする。
これならあの怪物だってやり過ごせるはずだ。
見た目やゾンビ能力と高い身体能力は脅威だが、所詮一週間前まで普通の人間だったものだ。このレベルで身を隠してしまえば、見つけることなどできないはず。
「おーい、こっちかなァ?」
怪物の声が聞こえた。商店街に入ってきたらしい。
死体を踏みながら歩いているらしく、湿っぽい足音が響く。
心臓の鼓動を抑え、息を殺し、怪物が通り過ぎるのを待った。
「チッ、死体が多すぎんだよ。邪魔くせェ」
怪物は近くの死体を蹴ったようだ。かなり近くにいるらしく、蹴られた死体の頭がこちらへ飛んでくる。
驚きと気持ち悪さに声が出そうになるが、なんとか抑えきった。
ふと近くの車についているサイドミラーに目を向けると、怪物が映った。これで怪物が通り過ぎたかどうかを確認することができる。
怪物はまだウチを探しているらしい。待つのだ。慎重に、慎重に、自分が出す一切の音を排除して。
ウチは探すのは止めたのか、怪物がまっすぐ歩き出した。
「いねーのか、いるなら返事しよォぜ?」
誰がするかバーカ。早く行け。
心の中で突っ込みを入れつつ、怪物を見送る。
怪物はここにはウチがいないと思ったらしく、迷いなく商店街から反対側に出て行った。
「行った……」
なんとか耐え切った。
これで大丈夫なはずだ、そう思って立ち上がったところで。
「なーんつってェ」
怪物の声が聞こえた。
慌てて見れば怪物が戻ってきていた。
「そんな……」
「あーれェ? もしかして気づいてないとでも思ってたァ? ざーんねん、面白そうだから気づかないフリしてましたァ」
セリフを最後まで聞かずに走り出した。
ルールでは常人レベルのスピードで走ることになっている。元々距離がある上に、先に走り出していればいくら女といえど逃げられるだろう。
「能力を使わねーとも常人レベルのスピードで走るとも言ったけどよォ」
背を向けて走るウチに声が投げかけられる。
「『これ』は、能力のうちに入らねーよなァ」
直後、背中に衝撃があった。
「がふっ……!?」
メキメキと骨が軋んだかと思った時には既に宙に投げ出されていた。
おそらく、金髪の怪物は何かをウチに蹴り当てたのだろう。
死体の上を滑り、止まったところで立ち上がる。
怪物は歩いて来ていた。
こちらに近づいて来ていた。
「おしまいかなァ?」
その頬が、吊り上がった。
怖くなった。
ウチは叫びながら、無我夢中で走り出した。
後ろで怪物が嘲笑しているのが分かる。でもそんなことはどうでもいい。
逃げなければ。
逃げなければ、死んでしまう。
「やだ、怖いよぉ……」
走る中、声が漏れる。
商店街を出て、遠くへ。
遠くへ、遠くへと走り続けた。
「助けてよぉ、風見ぃ……」
脳裏に好きな人の顔が浮かぶ。
『いざとなったら電話かけろ!』
そこで、そんな彼の言葉を思い出した。
携帯を取り出す。もしかしたら、彼ならあの金髪の怪物も倒してくれるかもしれないと。そう思って。
しかし風見は、電話に出なかった。
「……ぇ」
もう一度かける。
出ない。
「……え? なんで?」
かける。出ない。
かける。出ない。
かける。出ない。
「なんでよ、なんで出てくれないの!?」
それだけが希望だった。
それだけを信じていた。
もう、ウチには、それしかなかった。
――まさか、あの巨人にやられたのではないだろうか。
「……ぁ」
携帯が手から落ちる。
当たり前だ。そもそも体格の差を考えろ。風見はウチを二倍したって勝てないだろう体格の巨人を相手にしてるのだ。負けてしまってもおかしくはない。
希望は、なかった。
「ああああ……」
その場に座り込む。
涙すら出なかった。絶望的すぎて、あふれるはずのものも出なかった。
このままでは、あの怪物の嫁にされてしまう。
一生を怪物に奪われてしまう。
「……それだけは、やだ」
残された想い。
それだけを力にして、ウチは覚悟を決めた。
「……さよなら、晴人」
最期に、好きな人の名前を呼んで。
少し歩くと、そこは大通りの交差点だった。大通りなら、きっと民家の一つもあるはずだ。そう思ってここまで来た。
民家は当然ある。そこでウチは目当てのものを手に取った。
包丁。
それを持って、民家から出た。
もちろん金髪の怪物と戦うわけではない。そんなことをしても勝負にすらならない。
それは自分を殺す刃。
怪物に抗う最後の方法。
想いを伝えることは出来ないけれど、それでも。
「この想いだけは、踏みにじられたくないから」
包丁を胸の上に掲げ、刃先を自分の方へ向ける。
腕を引けば刃はすぐに喉に突き刺さってウチは絶命するはずだ。
これで終わる。
全部終わる。
ウチは、腕を引い――。
「あ、人間みぃーっけ☆」
「え」
――包丁は突き刺さらなかった。
ウチの喉に代わりに突き刺さったのは、歯。
ウチと同じくらいの年齢の女の子の歯だった。
「これで仲間も増えるしアタシちょーえらーい! ホンット、アタシ以外は役立たずばっかだよねー☆」
ウチに噛み付いた女の子は一人でなにか喋っているが、意味を理解している暇はない。
何が起こった。
今、ウチに何が――!?
「あー、アンタはアタシたちの仲間入り決定ねー☆」
噛み付く。それはゾンビが行う行動。だとすると、彼女はゾンビ。そう仮定し、考えると。
――ウチはこれから、ゾンビになる。
「そんな」
「アンタの意見とか関係ないから。あ、あとその辺のなんかキモいゾンビになっちゃう心配はしなくて大丈夫よ。なんか、アタシらみたいな強いゾンビって言うの? に噛まれると、最初から意識は飛ばないらしーから☆」
風見と同じになったということか。それはそれで嬉しいといえば嬉しいが、状況的には喜べない。
終わった。
諦観にも似たそんな感情だけが、今、ウチを支配していた。
「なーんだ、食われちまったのかァ」
その場に金髪の怪物も合流する。
もう全てがどうでも良かった。
何もかもがどうでも良かった。
全部、持って行ってくれ。
「そーそー、アタシちょーえらいっしょ! マジ今日はパーティな気分だし☆」
「知ーらねェ。一人で盛り上がってろクソJK。可愛くねーんだよォ」
これからこんなのの仲間になるのだ。
世界がここまで変わってしまったというのに、呑気というか、異常だと思う。
彼らはなぜ変わる前と同じように過ごせるのだろうか。
「つーか、この女俺の嫁候補だったんだけど。どォしてくれんの?」
「え、アンタこんなの好きなの? ちょーウケる☆」
「ウケねーよぶっ殺すぞコラァ」
おそらく、心に余裕があるからだろう。
世界が変わる前の平凡な日々のように、何一つの心配もないからだろう。
ああ、世界が変わる前に戻りたい。風見と出会ったあの頃に戻りたい。
そしてあの日、風見がウチを助けてくれた日。
あの日を、変えたい。
更新遅くなってすみませんでした。
次話から数話の間過去編となりますので退屈になるかと思いますが付き合ってもらえると幸いです。




