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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第二章『総合スーパーでの悲劇』
34/125

32 少女の本音

「間に合った……」


「ちょ、そろそろ下ろしてよっ! 恥ずかしいっ!」


 なんとか五時までに総合スーパーにはたどり着けた。

 服屋を出た後、俺は高坂をいわゆるお姫様だっこ的なあれで持ち、全速力で走ることでなんとか予定の時間に間に合わせた。高坂の意見? 知ったことか。服屋で一人騒いでたのが悪い。


「下ろしてってばっ!」


「あでっ!?」


 バコッ! と高坂に蹴られ、つい手を放してしまう。


「ぐぇっ!?」


 そのせいで高坂は背中から落下し、可愛くない悲鳴をあげた。

 地べたに座り自分の背中を抑えながら高坂は俺の行動を糾弾した。


「なんで放すのよ!?」


「お前が俺の顔を蹴っ飛ばしたからだろ!!」


 ったく、こいつは時間がないってことがわかってんのかマジで。暗くなる前には総合スーパーを離れてどこか安全な寝床を探さなきゃならねえっつーのに。

 俺は喚く高坂を無視して総合スーパーの中へ入ることにした。

 総合スーパーの入り口には簡単なバリケードが作ってあった。

 俺はとりあえずそれをなるべく音を立てないように退かし、入る。高坂もついに黙り、そんな俺についてきた。

 総合スーパーの中はシーンと静まり返っていた。

 誰もいない。

 静寂は、俺にそう思わせた。

 俺はまず食品コーナーとは反対の方向に向けて、落ちていた空き缶を投げる。

 遠くでカーンと乾いた音が響くと、そこに向けて移動するような音が少しずつ聞こえだした。


「どうやら、ここはゾンビに占拠されてたみてぇだな」


「えぇー……。やだなぁ、もう……」


 俺が後ろの高坂に小さめの声で伝えると、高坂は露骨に嫌そうな声を出す。

 そして、こう続けた。


「ちゃんと、ウチのこと守ってね?」


 歩き出そうとした足が止まる。

 俺は、高坂を振り返って見た。

 そして彼女を安心させるように笑うと、告げる。


「任せろ」


 そんなのは、バスを一緒に降りた時点で、決めてたことだ。






 間に合ったとは言っても、それがここで長居できる理由にはならない。

 あと二時間もすれば日も落ちる。それまでに寝泊まりできる安全な場所を探さなければならないとなると、ここにそう時間は割けないのだ。

 季節は幸いにして夏。まだあと二時間はある。長持ちする食料を持ってはやくここを出たいところだ。


「とりあえず、食料はそこに売ってたエコバッグに入れるか」


「プッ、アンタ想像以上にエコバッグ似合わないね」


「エコバッグに似合うも似合わないもねえ!」


 さっきからあんまり仕事しない高坂を睨み、俺はポンポンと保存食をエコバッグに放り込んでいく。


「か、乾パン……美味しくなくない……?」


 は? 乾パンめっちゃ美味いだろ。かたさ加減から味からもう神の領域。これで長持ちするとか食料で一番神なんじゃねって思ってた。これって俺だけなのかな。俺だけだ。


「なるべく長持ちするものが良いからな。そんな訳で乾パン」


「うえぇ……。味しないじゃんあれ……」


 あの味がわからんとは。人生損してんな。


「じゃテキトーにジャムでも持ってけ。マシになるかもしれん」


「他にないの……?」


「俺はこれ以外に長持ちするうまい食いもんを知らねえ」


「うまい……?」


 続いて俺は二リットルの水を二本放り込んだ。この時点でエコバッグはパンパンである。あんま入んねーなこれ。

 一通り食料を揃えたところで俺は近くの壁にかかっていた時計を見た。


「さて、時間は……まだ五時半だ! よっしゃあ時間はある!」


「乾パン……乾パン……」


 ぶつぶつとなにか言ってる高坂はもう無視。はやく寝泊まりできる家を探さなきゃね。

 そう思って来た道を戻ろうとした瞬間、背後になにか大きいものが落下した。


「ヤダなにっ!?」


「ちょ、飛びついてくんな!」


 飛びついてきた高坂をどかしながら俺は落下してきたそれを見る。


「……巨人?」


 それを表現するなら、『巨人』が適切と言える。

 巨人の頭のサイズは俺たちと大差ない。しかし、体は異常なほどに大きかった。相撲取りをそのまま三倍ほど大きくしたような巨人は、見かけに合わない小さな目で俺たちを見下ろし、ニィと不敵に笑う。


「うへぇ、進撃してきそうな敵だなぁオイ。高坂、掴まってろ」


「へ?」


「高坂がいるこの状況でアイツとやり合うのはさすがにキツイ。逃げるぞ」


「ちょっ!?」


 俺は再び高坂をお姫様だっこすると、全速力で出口へと向かう。

 しかしそれは、こちらへ飛んできた巨人によって阻まれた。

 その巨躯には不釣り合いなほど高くジャンプした巨人は、二階部分を崩しながら走っていた俺の真後ろに着地した。それによって発生した地震に俺は倒され、高坂を手放してしまう。


「いったぁ! また放したぁ!!」


「言ってる場合か! 走れ!」


 叫んだ俺の体を巨人は掴んでくる。


「風見!?」


「いいからこれ持って走れ!!」


 俺はエコバッグを高坂に投げながら、下半身に力を込めて拘束から逃れる。空中に放り出された俺は全身をひねり、巨人を蹴飛ばした。

 弾丸のような速度で吹き飛んだ巨人が壁にぶつかった衝撃で、二階部分がさらに崩れる。運悪く崩れた瓦礫が俺と高坂を分断してしまった。


「クソッ、俺はすぐそっちに行くからお前は外に出て隠れてろ!」


 巨人が再び立ち上がるのを見ながら、瓦礫ごしに告げる。


「でもっ……」


「いざとなったら電話かけろ! ライン持ってるっつー話だろ!?」


「……うんっ、わかった! 絶対、助けに来てね!」


 返答を返す間も無く、こちらへ向かってきた巨人に拳を振るう。

 高坂がここを離れていく足音を聞き少し安堵しつつ、巨人の攻撃を避けた。


「なんなんだテメェ、見かけに合わねえ機動力じゃねえか!」


 砲弾のように飛んでくる巨人の拳をかわしながら、背後をとる。


「もらったぁ!」


 頭部に向け、振り下ろした踵落としは、しかし巨人の裏拳によって阻止される。

 最初とは逆に銃弾のような速度で吹き飛ばされた俺は、なんとか衝撃に耐えて立ち上がる。


「クッソ、あの巨人……。俺のスピードについてきやがる……ッ!」


 これまでの戦いの中で、どの相手にも勝っていた俺の特性。

 スピード。

 それが、この敵には通用しない。


「こいつぁ強敵だ」


 俺は、再び巨人に相対した。





※※※





 逃げる。

 逃げる。

 ひたすら、逃げる。

 弱いウチには、それしかできなかった。

 風見の助けにはなれない。足枷にしかならない。

 先ほども風見は言っていたではないか。


『高坂がいるこの状況でアイツとやり合うのはさすがにキツイ』


 ウチが、邪魔だと。

 涙が溢れそうになった。

 居場所をつくると、居場所になると。

 あれほどでかい口を叩いておいて、バスを降りてからウチは何をしたのだろうか。

 サイゼでご飯を食べ、コンビニで風見に泣きつき、服屋で時間を無駄にした。

 なにもしていない。

 なにもしていなかった。

 ウチは、ただ。


「風見のそばにいたかっただけ……なんだ」


 足は止まっていた。

 総合スーパーからは出たものの、その足は止まってしまっていた。

 居場所になるだなんて言っておいて、本心はただそばにいたかっただけ。


「そっか。ウチ、奈央ちゃんに嫉妬してたんだ。だからこんなことしたんだ」


 奈央ちゃんのことが大好きな風見のことが大好き。

 だから大好きな風見が大好きな奈央ちゃんが羨ましかった。

 目の前で好きな人が好きな女の子に告白するのを見ても諦めきれず。

 好きな人が傷ついたときに、そこにつけ込むようにもっともらしい嘘をついて。

 結局、なにも手に入らない。


「だって、仕方ないじゃん……」


 ウチから見れば、それまで好きだった人が目の前で奪われたようなものだ。

 傷ついた。確かに傷ついた。

 しかし告白された彼女は、返事をしていない。

 チャンスはまだある。そう思って、なにが悪いというのか。


「ずっと、好きだったんだもん。それを、ポッと出の女の子に取られて……! そんなの、仕方ないじゃんか……ッ!!」


 ウチが風見のことを好きになったのは中二の時だ。

 些細なことから始まったいじめ。そこから風見はウチのことを救ってくれた。

 それは『救った』とは言えないかもしれない。

 しかし、確かにウチは救われたのだ。

 気づいたら好きになっていた。

 だけど。


「勝てないよ……。こうでもしないと、奈央ちゃんには勝てないんだよぉ……ッ!」


 だから、仕方ない。

 世界が終わってしまっても、これだけは諦めたくない。

 それが、ウチの、高坂流花の本音だった。



「いやー、可愛いーねェ。女の子の本音なんて、そんなにしょっちゅう聞けるモンじゃーないだろォし」



 そこで、明らかに人のものとは思えないものの声が聞こえた。

 顔を上げると、くすんだ金髪が特徴的な男が目の前にいた。


「だ、誰……ですか?」


 年はきっとウチより上だろう。大学生くらいに見える。

 男は、ウチを安心させるためか笑顔を作り言う。


「いやいや、怖がらなくていーんだぜェ。なァに、すこーし話がしてェだけだ」


 怖がらなくていい。そんなことを言われても、膝の震えは止まらなかった。

 無理もない。ウチはきっと、本能的に目の前の男を恐怖しているのだから。

 一目見てわかった。

 この男は、強いのだと。


「話って、なんですか……?」


 震える声で尋ねる。

 男はそれを聞いて口角を釣り上げた。



「俺の、そーだなァ。嫁にでもならねェか?」

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