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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第二章『総合スーパーでの悲劇』
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27 バスを降りて、それから。

「はぁ? いきなり何言ってんだお前」


 幕下が俺に向けて「降りろ」と言った直後。バス内の全員は固まっていてすぐに反応できそうにはなかったため、俺が動いた。

 隣の席の御影さんに片手を立てて謝りながら通路に出ると、丁度幕下の目線が合う。


「降りろ、だぁ? 誰のおかげで学校から脱出できたと思ってやがる」


「学校から脱出できたのがお前一人のおかげだとでも言うつもりか? 笑わせるな、あれはこのバス内の全員が力を合わせた結果だ」


 俺が睨みながら言うも、幕下は余裕の笑みを浮かべて返す。

 俺は続けて幕下に反論する。


「お前はあの時なにもしてねえよなぁ?」


「適材適所、という言葉がある。俺の仕事はこのバスを動かすことだ」


 俺はため息をついた。

 何を言っても無駄なようだ。

 視界の端で秋瀬さんが動くのが見えた。多分、「彼が一緒にいるのが嫌なら貴方が降りて下さい」とか言うつもりだろう。

 俺はそれを、片手で制した。

 秋瀬さんはなんとも言えないように顔をしかめ、俺の指示に従う。


「俺が降りた後、どうするつもりだ。なにか策でもあるんだったら、素直に降りてやる」


「風見っ!」


 高坂が身を乗り出し咎めるような視線を送ってくるが、もう俺は止まれない。

 そもそも、ゾンビとなった時点で御影さんたちとずっと一緒にいるなどできるわけがなかったのだ。

 最終的な目的地は『壁』。

 御影さんの飼ってるゾンビ猫、ジェットだったらまだ入れてもらえそうだが、俺はさすがに無理だろう。

 きっと、初めから俺は、どこかでここを離れるべきだったのだ。

 たまたま、それが今だったというだけ。

 幕下は俺の言葉を聞き、「策、か……」と少し考えるように俯いてから、再び顔を上げると、


「これから俺たちは『壁』を目指す。道中のコンビニ等から食料を得つつ、一般道を通っていく。ゾンビは高月、ジェット、永井に相手してもらい、ある程度まで『壁』に近づいたら今度は自衛隊に助けてもらう」


「お前の頭ん中はお花畑かよ、そんな上手くいくわけねえだろ」


 そこで俺は高月を見た。

 高月は苛立ちを必死に抑えようと下唇を噛んでいた。

 なんでそんな顔してんだよ。

 お前、体育館で戦ったとき一時休戦だとかなんとか言ってただろ。

 なんで急に考えを変えてんだよ、バーカ。

 まぁ、でも、こいつになら御影さんを任せられる。それくらいは、信じさせてほしい。

 そして最後に、御影さんを見た。

 笑いかける。

 御影さんの顔が悲痛に歪んだ。ごめんな、と心の中で俺は謝る。

 そして御影さんの言葉を待つことなく、幕下に向き直ると告げた。


「わかった、降りてやる。ドア開けろ」


「いいだろう」


「風見っ! なんでよ! おかしいじゃん!」


 幕下が運転席に戻ると、今度は通路に高坂が出てきた。


「なんでっ、なんでアンタがここから降りないといけないのよ……っ!」


「高坂」


 こいつは俺と御影さんの邪魔ばっかりしてきたけど、俺のこともしっかり考えてくれてんだよな。

 俺は振り返らずに言う。


「俺は、本当はここにいるべきじゃないんだよ」


 俺は振り返らない。振り返れない。

 ここで振り返ってしまったら、きっとここに残りたくなってしまうから。


「化け物に、居場所なんてどこにもないんだ」


 言い切ると、高坂の嗚咽が聞こえた。

 まさか俺のために泣いてくれる女の子ができるとは、こりゃ俺もリア充だな。

 そう思ったときには、ドアが開いていた。俺はそこから身を乗り出す。


「じゃあな」


 俺は、マイクロバスを降りた。

 躊躇いはなかった。

 安堵があった。

 これでこいつらはきっと、死ぬことはない。

 これでよかったのだ。

 始めからこうするべきだったのだ。

 それなのに。


「だったらアンタの居場所は、ウチが作る!!」


 俺の手が、掴まれた。

 俺は目を見開いた。

 降りると決断してから、振り返らないと決めてから、初めて俺は振り返った。


「ウチがアンタの居場所になるから!!」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺の手を掴み、嗚咽交じりだが必死に何かを伝えようとする高坂が、そこにいた。

 高坂はしゃくりあげ、落ち着くまで深呼吸を繰り返すと、顔をグシグシと袖で拭い、


「ウチも一緒に降りる」


「お前……」


「そうでもしないと、アンタの居場所になれないでしょ?」


「――――」


 高坂はぐしゃぐしゃの顔でぎこちない笑みを作り、言った。

 その姿に、俺は不覚にも泣きそうになってしまった。

 俺はそれを隠すように背を向けて言った。


「……わかったよ。お前は俺が必ず守る」


 俺と高坂は、そしてバスを降りた。





「……降りたはいいんだけど、これからどうするの?」


 バスを降りると、なんとも言えない気まずい空気が俺と高坂の間にあった。


「……とりあえず、総合スーパーに向かおう。食料以外にもなんか必要なものが揃えられるかもしれんし」


「ふ、服とか?」


「まぁそれもあるな。触れたくなかったから今まで一切触れなかったんだけど、俺今体育着だし」


 体育着の半袖半ズボンってダサいよなぁ。はやく着替えたい。

 俺は言いながら歩き出す。高坂もそれに続いた。


「あれ? 総合スーパーで暮らすわけじゃないの?」


「ああ、総合スーパーは避難者の溜まり場かゾンビの巣になってるだろうからな」


「避難者の溜まり場だったら混ぜて貰えばいいじゃん」


「アホか。溜まり場になってたら誰かしらが集団を仕切ってる。学校んときの生徒会みたいにな。その仕切ってるやつがアホだったらどうする気だよ」


「むー、なにもそこまで言わなくてもいいじゃんっ!」


 高坂はこう言うが、俺と行動する上でこれはわかってもらわなければいけないことなのだ。

 もしも仕切ってる人間が間違っていたとして、それを咎める権利が俺に与えられるのか。

 与えられるわけがない。

 集団に入ってしまうと不都合が多すぎるのだ。

 それが今回俺がマイクロバスから降ろされた一件を見て、よくわかった。

 集団を仕切る人間が聖人君子のような人間とは限らない。

 常に正しい判断をしてくれるとは限らない。

 だから、もしも今のように誰かといるなら人数は最小限に。

 そして互いの意見を常に伝え合うことが、大切なのだろう。


「……じゃあ、ウチはアンタを信じてればいいわけね」


「お、おう。まぁそうだな」


 信じる、だなんて面と向かって言われると恥ずかしいものだ。

 それが頬を染め、チラチラこっちを伺うような目で見てくる女の子に言われればなおさらだ。なんだよ、地獄を見ていいランキング不動の二位のくせにやりゃあできんじゃねえか。勘違いしちまうとこだった。

 そんなこんなで歩いてると、学生のお財布に優しいイタリアンなファミレスチェーン店が見えた。

 サイゼとも呼ばれるそこは二人で食ってやっと他のファミレスの一人分くらいになる驚異的な金額設定が売りで、しかも美味い。それによって学生の勉強場所や雑談場所などにされやすい。イタリア料理店なんだからイタリア料理が売りに決まってんだろアホか。

 心の中で一人コントを繰り広げていると、お腹がすいてきた。


「そういや腹減ったな。昨日の夜からなんも食ってねえもん」


「あ、そっか。朝はコンビニに食べ物盗りに行ってたせいで食べてないもんね。どうする、サイゼよってく?」


 言いながら高坂はサイゼを指差す。


「おう、さすがにこのままじゃ戦えなくなっちまう」


「それは困る」


 ちょっと待って、これからゾンビの相手俺一人ですんの? 人使い荒いなランキング二位。


「ゾンビいるかな……?」


 俺が心の中でぶつくさ文句を言っている間に高級はガラスの窓から店内を覗きこみ、店内の安全を確認する。


「風見ー、ゾンビがたくさんいるけど、ホントにここにすんの?」


「あー、めんどくせぇな。腹も減ったし、ここでいいや。ちょっくらぶっ殺してくる」


「あ、うん」


 俺はドアを開けて店内に入り、中の様子を見る。


「一、二……八体くらいか。余裕だな」


 言いながら、近くのテーブルからフォークを八本集める。

 ゾンビは俺の声に反応したようで、進行方向を俺へと変えた。

 そのゾンビの頭に目掛けて、フォークを投擲。ビュオッ! と空を切る音を立て真っ直ぐに飛んでいったフォークは、狙い通り正確にゾンビの頭を撃ち抜いた。

 俺の力が強すぎたらしく、貫通して後ろの壁に投げたフォークが刺さっている。同じ方法でゾンビを減らしていくと、いつの間に回り込んだのか、後ろにゾンビが来ていた。

 ゾンビはダランと下げた両腕をここぞとばかりに伸ばし、俺を掴む。


「うおっ、なんだこいつ」


 俺は掴んできた腕を掴み返し、腰を捻ってゾンビをレジ向けて投げ飛ばした。

 レジは大破し、ゾンビも動かなくなる。こうして、八体いたゾンビは一瞬でその命を完全に落とした。





「お前、サイゼでバイトしたことあったのかよ」


「まぁね。厨房で調理もやったことあるからザッとこんなもんよ!」


 店内レジ近くのテーブルに座る俺の前には、Wサイズのペペロンチーノが置いてある。これはサイゼでのバイト経験があるという高坂に作ってもらった。

 先ほど倒したゾンビは外に出し、店内は高坂に掃除してもらったので衛生的には問題ない……と思う。信じてるよ……。

 とりあえず、フォークで一口食べてみた。


「おお、ペペロンチーノだ!」


「えっへん、まぁね、ウチにかかればこんなもんよ!」


「サイゼすげえ!!」


「ウチを褒めろ!!」


 殴られた。

 全く、誰のおかげでペペロンチーノ食べられてると思ってんだか。作ったの俺じゃねえや。高坂さんのおかげでしたぁ!!


「いやぁ、しかしお前この様子だと料理できそうだな」


「まぁ、それなりにはね」


 ペペロンチーノを頬張りながら、俺は高坂と話す。


「良かったな、足手まとい脱出おめでとう!」


「足手まといってなによ! 仕方ないでしょ女子なんだから!」


「とりあえずお前には毎日メシを作ってもらう」


「ええー、めんどくさいよー」


「何言ってんだ、女子なんだから結婚したら毎日三食作るんだぞ。練習だと思え」


「けけけ結婚!? いきなり何言い出すのよ!!」


 また殴られた。こいつ人の話聞いてねえな。

 ともかく、これで料理担当も決まった。食事については問題なさそうだ。

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