番外編1 もう一つの始まり
オレ、山城天音がゾンビになりつつも自我を保ったのは、完全に偶然だった。
いじめのせいでカウンセリングの教室に通っているオレの生活は、終業式の今日とて変わらない。
ただその日は偶然、窓から消しゴムを落としてしまったのだ。
窓側の席を好むオレは、このカウンセリング室であろうと窓側に席を置き、そこで勉強していた。
その時、先生は終業式に出ていたためオレは一人だった。
だから、落ちた消しゴムを取りに行くのも、オレしかいなかった。
「ああ、ミスったなぁ。はぁ……」
不幸中の幸いとでも言うべきか、その時はまだ終業式の途中で、オレがオレをいじめる連中に出くわすことはなかった。
ただ、代わりにオレは奇妙なものに出くわすことになった。
それは、フェンスを乗り越えて入ってきたのか、服にサビがこびりついている老人だった。
焦点のあっていない目、涎の垂れている口元、おぼつかない足取り、しかしその足が向かう先はオレ。
そんな生理的嫌悪感を催す見た目のものがただの人間であるはずがない。
逃げるべきだと本能が叫んだ。
しかし恐怖にすくんだ足がオレを動かすことは、ついになかった。
「いっつ……!! ああああああああああああああああ……ッ!!」
気付いたときには目の前にそいつがいて、オレはなす術もなくそいつに噛まれた。
肉が裂ける音、骨が砕かれる音、血が溢れる音、そしてオレの叫び声。
様々な音と悲鳴が重なり合い、不快な音楽を形作る中、オレはやがて猛烈な食欲に苛まれ始めた。
食べたい。何かが食べたい。
薄れゆく自我をなんとか保ち、オレは理性を捨て、本能のままにそいつにかじりついた。
それが、オレが自我を持つゾンビへと化した経緯だ。
そしてその時から、オレの復讐は始まる。
※※※
オレはまず、相手がゾンビだろうが普通の人間だろうが、全て喰らうことにした。
理性の消えた身体は、素直に動く。躊躇いなく人間を喰らうことができた。
やがてオレは学校を離れていた。
学校外に逃げた人間を追っていたのだろう。気付いたらそこにいたのだ。
「……山城くん、ですよね?」
この誰に対しても敬語な口調には聞き覚えがある。
オレの唯一の理解者で唯一の味方。カウンセラーの笹野先生だ。
彼女は、殺す必要はない。
オレはそう本能で判断する。
「はい、そうですよ。オレは山城天音です」
オレがそう伝えると、笹野先生は少し安心したような顔をする。相変わらず生徒想いの方だ。
すると笹野先生はオレが何かを食べているのを見て、疑問を覚えたらしい。
「……えっと、なにをしているんですか?」
「はい? 食べてるんですよ?」
「何を……?」
「オレをいじめたやつを」
「ひっ……!」
笹野先生は頬を引きつらせた。
ああ、そうか。確かに人を食べるなんて普通じゃないな。
だがオレに彼女を殺す意思はない。彼女を敵にしないためにも、今のオレの状態を説明しなければならないだろう。
「オレ、なんかよくわかんないんですけど、ゾンビになったみたいなんですよ」
「ゾンビ……? でも……」
「自我はあります。先生を殺そうというつもりもありません」
「そ、そうですか……」
これでとりあえず第一関門は突破だ。笹野先生がオレの敵になることはない。
次に、そうだな……。
ゾンビ化を提案してみよう。
「先生。先生もゾンビになりませんか?」
「は?」
「このゾンビの身体はこの世界を生きる上で何かと都合がいいんですよ。ゾンビ化した上で自我があれば、ゾンビでないのと変わらないでしょう?」
「それは、そうかも知れませんが……」
「方法は簡単です。ゾンビに噛まれた状態で、ゾンビを食う。これだけで、自我を持ったゾンビになれます」
「は、はぁ……」
うーむ。どうにも納得していないような顔だなぁ。
ゾンビ化して、多くの人間やゾンビを喰ったことでオレもそれなりにゾンビについて詳しくなっている。
それら全てを説明した上でメリットがあるということを説明した方がいいな。
「――従って、ゾンビ化した方がいいと思うんですが? いかがです?」
「うーん……」
説明したんだけど、やっぱ悩むなぁ。まぁ、今すぐ出して欲しい答えでもないしいいか。
オレには目的がある。
オレに関わった全ての人間を殺す。そして――。
「では、お願いします」
そこで、笹野先生がようやく決断を下した。
「いいんですね?」
「……はい」
オレは確認を取ると、笹野先生の前に膝立ちになる。
そしてその両肩を優しく抱くように掴んだ。
「……それでは」
小さな咀嚼音と共に笹野先生の首元を優しく噛んだ。
これでゾンビのウィルス的なものは笹野先生の身体に入ったはずだ。
あとは欲望のままに、オレを喰らってくれればいい。
オレは、協力な仲間をここで一人手に入れる。
※※※
笹野先生を仲間にした後、オレは笹野先生を学校に戻らせ、単独で行動することにした。
目的は、『共食い』による自身の強化と仲間集めだ。
生きている人間で、かつ殺す必要のない人間は殺さない。
笹野先生に行ったようにゾンビ化のメリットを説明し、仲間になってもらう。
そのために向かった場所は、近くの中学校。
全てのゾンビを喰らい、そして仲間を増やす。
中学校はやはり既にゾンビであふれていた。
「これ生き残りいっかなぁ……」
オレは気楽な調子で頭を掻き、閉ざされた校門を飛び越えた。
同時、校庭に湿った場所の石をひっくり返した時の虫みたいにいるゾンビたちの目が、一斉にこちらを向く。オレの着地した音、そんな大きかったかなぁ。
こりゃマズったな……。とオレは向かってくるゾンビを見ながら思う。
勝てないわけはない。
ゾンビ化して、共食いを繰り返す内にオレはいつの間にか能力を手に入れていた。それを使えば、勝つのは容易だ。
問題があるとすれば、めんどくさいところだ。
「まぁ、いっか」
それが、ゾンビたちの聞く最後の言葉となった。
死体の山ができるのに時間はかからなかった。
オレはその上に王者のように座り、ゆっくり共食いをしている。
ゾンビは不味い。ぶっちゃけすごい不味い。腐った肉を下水で浸したみたいな味がする。いやそんなの食ったことないよもちろん。
「不味すぎてこんなに食えねーわ。生き残り探しにいこっと」
まずは、校舎の中だろう。
校舎の中を声を出しながら歩いてればそのうち誰か出てくるでしょ。
変なところが適当で行き当たりばったりなのがオレの流儀だ。
校舎に入ると、とりあえず言う。
「生き残ってる人いませんかー?」
何かが動く音が聞こえた。
これは多分三階だ。
と、ここでオレはさっきの共食いで耳が良くなったことに気付いた。
「誰かー? 生き残ってませんかねー?」
なるべく相手が警戒しないように、刺激しないように言う。
たまに現れるゾンビは即殺早食。なんか新しい四字熟語できた。意味は出会い頭に殺し食べること。最悪だな。
ついに人のものっぽい物音が聞こえた三階にたどり着いたのだが、一向に生き残りが現れる気配はない。
「と、どう考えてもあそこだな」
三階の奥のおそらく家庭科室とみられる部屋の前にゾンビが集まっている。おそらく逃げ込んで鍵でも閉めたのだろう。
ドアはゾンビにガンガンと叩かれていて、もう壊れそうだ。と思ったら壊れちゃった。
「やっべ」
オレは慌てて走り出す。
そして家庭科室の前まで来ると、ゾンビの大群の真横にある机の横に能力で瞬間移動し、机を蹴飛ばした。
家庭科室の机は基本デカイ。だから一撃でゾンビの大群はなんとかなった。
「さて、大丈夫か?」
そこでオレは初めて生き残りの人間を見た。生き残りは三人いた。
身体の大きな男、なんか弱そうな男……男ばっかじゃねーか!
あと一人は……と思ってそちらに目を向けると、これはなかなかの美少女だった。
ちょっと活発そうな印象があるポニーテールの女の子だ。オレ的には八十点オーバーだぜ。
「アンタ……何モンだよ」
「はぁ? オレはポ◯モンでもデ◯モンでも妖怪でもねえよ」
「んなこと訊いてねえよ!」
なんだこのジャイアンみたいな中学生。高校生に向かって生意気だな。こいつは以後ブタゴリラだ。
オレが力の差を見せつけようとしたところで弱そうな男がブタゴリラをなだめる。
「熊田くん。僕たちを助けてくれた人にそんなのダメだよ……」
「ぐ……。それはそうだけどなぁ」
「ブフォッ、熊田て……マジでブタゴリラじゃねーか……プッ」
「こいつうぜえ!!」
オレがブタゴリラに笑っていると、活発そうな女の子が前にでる。
「あの、ありがとうございました」
「お? ああ、おう」
ブタゴリラがツボすぎて一瞬聞き取れなかったが、この子結構可愛いからちゃんと会話しよ。邪魔だ頭の中に出てくんな死ねブタゴリラ。
「でも、どうしてここに?」
「うん、あー。そうか、確かにそれ疑問だよな。ええとだな……」
活発そうな女の子が当然覚えるであろう疑問をぶつけてくる。
確かにこんな時に高校生が中学校になんの用だよな。言い訳思いつかねえ。
「……そう、仲間集めだ」
「仲間集め、ですか」
同時に仲間に誘うというこの高等テクニック。ノーベル会話術賞とかあったら取れるな。意味不明だな。
「いや仲間って、こう、ゾンビものだと割と重要じゃん? ブタゴリラはコミュニティ崩壊の原因作りそうだから正直いらねえけど」
「誰がブタゴリラだ! こいつマジでうぜえ!!」
「熊田くんの部分は否定しませんが、仲間ってそんなに重要ですかね?」
「おい、否定しろよ!?」
喚くブタゴリラは無視し、活発美少女は続ける。
「正直、私たちは足手まといになるような気がするのですが」
「それについては策がある。ゾンビになりゃあいい」
「は?」
オレがそう言うと、一同が笹野先生の時と同じ反応をした。そりゃそうだ。だから笹野先生の時とと同じ説明をした。
「なるほど、確かにその方がいいかもしれません」
「おい宮里!? お前、その化け物が言ってること信じるのかよ!?」
オレが説明の中で自身をゾンビだと明かしてからブタゴリラはオレを化け物だと言う。どっちが化け物だコラ。テメェなんてブタなのかゴリラなのかすらわかんねえじゃねえか。
「信じるしかないでしょ? 目の前であんなの見せられたらさ」
「でも、万が一カンナちゃんになにかあったら……」
ブタゴリラの次は軟弱男が活発美少女に言う。この子宮里かんなっていうのか。可愛い名前だぜ。山城ポイントアップだよ!
「大丈夫よ、佐藤くん。この人はきっと嘘をついてない」
「うわ佐藤くんすげえモブっぽい名前だな」
「気にしてるんで触れないでください……」
これで一応全員の名前はわかったな。宮里かんなちゃんと、佐藤モブとブタゴリラ。すげえ個性的なグループだな。
「まぁ、つまりそらオレの仲間になってくれるってことでおけ?」
「私は、それでいいです」
かんなちゃんの答えには明確な意志を感じた。オレはそれに笑うと、後ろの個性派男子二人に言う。
「ってかんなちゃん言ってるけど、男のオマエらはどうすんだ?」
「んなもん、決まってらぁ。化け物に宮里を預けるなんてできっかよ」
「僕も、かんなちゃんを一人にはできない……です」
「そうかい、じゃあついてこい」
こうして、オレは仲間を手に入れた。彼らは、オレが山のように重ねた死体を食わすことでオレ並みとはいかないものの、強化に成功した。
また、笹野先生からの連絡で高校の生き残り勢力に混じることができたと聞いた。
計画は順調だ。
オレは、不敵に笑った。
※※※
これは、風見晴人の知る由もない物語。
誰が語ることもない、永遠に葬り去られることとなるであろう山城天音の始まりの物語。
やがて物語はさらに分岐していき、再び集合し、一つの大きな物語となるのだろう。
これは、その大きな物語のほんの一部。
山城天音の外伝だ。
物語は、まだ序章にすぎない。




