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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第一章『学校の脱出』
26/125

25 『終業式の日に世界が終了したんだが』

「笹野先生。先生先生って言われるから忘れがちだが、アンタはうちの学校のスクールカウンセラーだ」


 俺、風見晴人は御影さんを助けたあと、まずは会話を始めた。

 俺は目を細め、しっかりと笹野先生を見据えながら言う。


「それも、『山城天音』のな……」


「山城って……!!」


 後ろで御影さんが驚く。まぁあいつは学校一有名だからな。


「……その通りです。私は山城くんのカウンセリングを担当していました」


 笹野先生は目を閉じる。おそらくカウンセリングの日々を回想しているのだろう。


「アンタの目的は、山城天音の行う復讐の手伝いだな?」


「そうですね」


 その回答に俺は怒りを強める。

 なぜなら。


「御影さんはっ! あいつらは何も関係ないだろうがっ!!」


 こいつの目的は避難者の全員を殺すことだ。

 しかし、少なくとも避難者の中に山城天音をいじめた人間はいない。

 つまり、笹野先生が避難者たちを殺すことは根本的におかしいのだ。


「関係なくはないですよ」


 笹野先生はそこで一呼吸置くと、


「彼らは、山城くんを知っていながら、誰一人として助けなかった」


「……はぁ?」


 一瞬、思考が停止した。


「なんだそれ、そんな理由でお前はあいつらを殺そうとしたってのか?」


「そうです。私たちの目的は山城くんに関わった全ての人間を殺すことですから」


 俺の質問に対し、笹野先生は感情を変えることなく答える。

 プツン、と。

 頭の中で、何かの切れる音がした。


「ふざけてんのかお前!!」


 そんなのが避難者の、御影さんの殺される理由になるわけがない。

 そんな理由で、多くの人間が殺されていいわけがない。


「そんなのに、なんの意味があるってんだよ!!」


「人間というものは、他者を貶めることに快感を覚える生き物です。意味はあるでしょう」


「お前っ!!」


「貴方に!!」


 そこで、ついに平坦に思えた笹野先生の感情が動いた。


「貴方に、山城くんの気持ちがわかりますか!?」


「っっ!!」


 その感情は、怒りなのだろうか。

 どこにぶつければ良いのかもわからない、怒りなのだろうか。


「毎日毎日、酷いいじめを受けて!! 制服を泥と血で汚し!! それでも私のカウンセリングを受けて笑う彼の気持ちがわかりますか!?」


 山城天音の怒りは、もうどこにもぶつけられない。

 彼をいじめた人間は、殆どがもうゾンビとなってしまったからだ。

 だから、どこにもぶつけられないその怒りをここにぶつけているのかもしれない。


「『オレの気持ちをわかってくれるのは、先生だけですよ。本気で感謝してます』って!! 笑顔でそう言う彼の気持ちが、貴方にわかりますか!?」


 それが笹野先生の行動原理。

 山城天音と触れ合ったにもかかわらず、何もできなかったことの償い。

 だけど。

 だけど、ダメだ。

 そんなのダメだ。

 どんな理由があったって、人殺しはダメだろう。


「……あいつの気持ちがわかったらなんだって言うんだ。いくらあいつが酷いいじめを受けていようが、やっちゃいけないことはやっちゃいけないんだよ!!」


 俺は身近な人間が殺されるのが許せない。

 俺は御影さんが殺されるのが許せない。

 だから俺はそんな人間を許さない。


「貴方にはなにもわからない!! 山城くんがどれだけつらかったか、貴方にはわからない!!」


「わからねえし、復讐に走るような人間の気持ちなんかわかりたくもねえよ!! 俺はただ、人殺しはダメだって当たり前のことを説明してるだけだぁ!!」


 俺が言い終わったところで笹野先生は持っていたナイフを俺に向けて投げた。

 俺はそのナイフの持ち手の部分を掴んだはずだったのだが、ナイフはひとりでにスルリと俺の手から抜けて笹野先生へと戻っていった。

 俺がそれに疑問を抱いていると、御影さんから説明が入った。


「笹野先生の能力は『人形劇団』といって、ゾンビなんかの『人形』とナイフみたいな『小道具』を操る能力なんです」


「なるほど、それで俺のことは操れなかったのか……」


 俺や猫にははっきりとした自我がある。だから笹野先生の『人形』にはなれないのだ。

 御影さんの説明にもう一つ付け足すならば、それは『視界に入っている』だろう。でなければわざわざ学校の屋上には登らない。

 つまり今の笹野先生が操ることのできるものはゾンビ三体とナイフ一本。

 これらを笹野先生の視界から外せばこちらの勝ちだ。


「だったら、なぜ貴方は山城くんを助けなかった!! 知っていたんでしょう!? 彼がいじめを受けていたことくらい!!」


 笹野先生は今度はナイフを投げつつ、ゾンビも動かしてきた。

 ナイフをかわせば御影さんに当たり、片手でナイフを防げば三体のゾンビにやられる。

 状況だけ見れば絶対絶命。

 だが、これは俺が望んだ状況。

 逆境なんて知ったことか。乗り越えてみせるさ。

 俺は、腰にある金属刀に触れた。

 直後。



「それについては、今度あいつに謝るよ」



 ズバァァッッ!! と。

 空気の塊が、ゾンビとナイフをまとめて吹き飛ばした。


「……なっ!?」


「この金属刀には空気を足場にする能力がある。この効果を応用して横向きに使えば、あら簡単。空気砲の出来上がりってわけだ」


 俺がやったのは、空気を足場にする能力を使い目の前に壁状の『足場』を作ってそれを蹴飛ばすというもの。それによって空気そのものを前方に飛ばし、空気砲を作ったというわけだ。


「とまぁこっちの手札はこんなもんだ。やれそうか、人形使い?」


「このっ……!!」


 勝負は見えた。

 あとはある程度ボッコボコにしてさっさとマイクロバスに戻ればいい。

 それにしても、『人形劇団』なんてかっけぇ能力名ついてるからもうちょっと強いもんかと思ったんだがなぁ。

 しかし、そこで笹野先生が笑った。

 ニヤリ、と。

 直後、笛の音のような甲高い鳴き声とともに頭上に鳥が現れた。


「進化したゾンビでも、操れるみたいですね……」


「なっ、どういう……!?」


 そこで気付いた。

 笹野先生の能力は『人形』、つまり自我のない生き物を操る能力。

 俺や猫のような言葉を話し、人間のように生きるゾンビは操れないが、ただ欲望のままに人を食らうだけのゾンビは操ることができる能力なのだ。

 進化したところで自我が芽生えなければ操ることができるのだ。


「くっそ……」


「風見先輩、待ってください! あの鳥さん、怒ってるみたいです!」


 ……ん?

 御影さんから声をかけられた。が、意味がわからない。鳥さんって言い方がかわいかったことしかわからなかった。


「……多分、自分の思い通りに体が動かなくて怒ってるんです!」


 な、なんだってー!? いやいやそんな場合じゃねえ。

 こんなときにどうしたんだ御影さん。前々から子どもっぽいところがあるなとは思ってたけどここまでメルヘンだったの? とりあえず断っておくと俺はロリコンじゃない。


「えと、御影さん?」


「あの鳥さんのところまで連れて行ってください!」


「いやいやいやいや」


 「私、動物と話せるの」ってか? そういえばどっかのエッチなトラブルでハーレムを作るダークネスな漫画にも動物と話せる女の子出てたな。この漫画を全巻集めてることは御影さんには言えねえ。


「何を話しているのか知りませんが、これで終わりです!」


 そうこうしている間に笹野先生が鳥に命令する。

 御影さんが印象的すぎてよく見てなかったが、鳥はカラスだった。

 大きさは、と思って目を向けると、やはり巨大化している。これも『進化』の特徴なのだろうか。

 カラスは、こちらへ滑空してきた。


「風見先輩、なるべく優しくあの鳥を捕まえてください」


「お、おう」


 まぁ御影さんが失敗したら絞め殺せばいいか。俺ってば残酷。

 空気を裂き、銃弾のようにカラスは迫ってきたが、俺は御影さんの言った通りなるべく怪我をさせないように捕まえた。

 

「で、どうするんだ?」


 俺が問いつつ振り返ると、御影さんはカラスに顔を近づけ、頭をなでながら囁いた。


「大丈夫だよ、落ち着いて、ね?」


「さすがにそんなんで通用するわけ……あれ?」


 さっきまで俺の腕の中で暴れていたカラスが、徐々に落ち着いてきたように思える。

 ええー、ここで超能力とか出ちゃう?


「私、小さいころから動物と触れ合うことが好きで、だからこんなに悲しそうなカラスは放っておけなかったんです」


「ああ、はい。そうですか」


 いやいや、動物と触れ合っててもこうはならんでしょ。ならないよね?

 とりあえずカラスは落ち着いたようなので逃がした。結局なんで出てきたのこいつ。


「ま、まぁお前が頑張って用意したカラスはこんな結果だったけど気にすんな、な?」


「なんとも癪に障る言い方ですね。ですが、そんな事をしている間に集まって来ましたよ」


「ああ?」


 俺はそこでやっと木の影に目を向けた。


「あっ!?」


 そこには既にこちらの声で寄ってきたゾンビが、数体いた。

 それも、円形に。


「彼らは見えた時点で私の『人形』。貴方にとって攻略不可能な陣形に組むことなど、容易いんですよ」


 笹野先生は再び不敵に笑った。

 そして飛んでいったナイフを再びその手に戻すと、こちらへ向ける。


「さぁ、もう一度戦いを始めましょうか!!」






 ゾンビが直線的であったなら、先ほどの空気砲で何とかなった。

 だが今回のように円形では、御影さんと猫を守り切れない。

 逃げるか? いや、ダメだ。

 そんな選択肢、今の俺が出せるわけがない。

 目の前に間違った人間がいるってのに背を向けて逃げろだなんて、今の俺には無理だ。なんだか俺も、随分甘くなったな。

 俺は持ち前の速さと強さを利用し、ひたすらに数を減らすことにした。

 御影さんと猫を守りつつ、円形のゾンビを一気に殲滅する技など、あいにく俺は持ち合わせていない。俺YOEEEE!!

 ゾンビを一体一体殺していくのだが、いつから周りに溜めていたのか数が多い。さらに御影さんに近づけないように気をつけながら戦っているため効率が悪すぎる。

 結果、敵のゾンビは全然減っていかないのだった。


「クソッ! なんなんだよ!!」


「はははっ、貴方たちは終わりです!!」


 あちらこちらと走り回り、さすがに疲れがきていた。

 もう、限界が近かった。

 そのため、油断していた。

 俺の腹部に、ナイフが刺さる。


「ぐ、ああっ!!」


「風見先輩っ!?」


 刺さったナイフは俺の腹を抉るように『人形劇団』で動かされるが、俺がそのナイフを掴み、強引に引き抜いた。

 血が溢れだす。

 御影さんが猫を抱いたまま、駆け寄ってきた。


「クソッ……まずい。どうしたら!!」


「風見先輩……」


 逃げるしかないのか。

 ここで背を向けるしかないのか。

 いや、そんなの御影さんが認めるわけないだろう。

 逃げられない。

 退くことはできない。

 しかしどうする?

 打開策はない。

 それではこの絶望的な状況を破れない。

 打開策を考えろ。

 なんでもいい、なにか。

 なにかを、考えろ。


「風見先輩」


 その時、御影さんが俺を呼んだ。

 御影さんは心配そうな目で俺を見ている。

 ったく、俺はこの子になんて顔させてんだ。

 俺は、安心させるように御影さんに笑いかけた。

 打開策は、浮かんだ。


「どうしました? 諦めましたか?」


「逆さ、お前の負けだ」


「何を言って……」


「まぁ見てろ」


 俺は御影さんに手を回す。

 そして、猫ごと真上へ飛んだ。


「ごめんよっと!」


「きゃあ!?」


「なんのつもりです?」


 俺はある程度まで飛ぶと、再び腰の金属刀に触れた。


「なんのつもりって? お前を、倒すつもりだよ」


 そして、真下に作った空気の足場を蹴り落とした。

 ブワァァァアアアアアア!! と爆風が全方位を貫く。

 真下に落とした空気は地面に当たり全方位へと広がったのだ。

 土煙を巻き上げてゾンビを吹き飛ばした俺は、金属刀の力でゆっくりと降りる。


「さぁ、今度こそ終わりだな」


「そんな……!?」


 さて、あとは一発殴ってさっさとお暇させて頂きましょうかねと拳を握ると、確実にそれまでいなかった気配を感じた。

 直感的に察した。

 これは、山城天音だ。


「笹野先生を回収しにきたか?」


「人聞きが悪いぜ。先生を助けに来たのさ」


 いつの間にか目の前には笹野先生とその隣に山城天音が立っていた。

 もしかしてこれが山城天音の能力? 瞬間移動的な? 冗談キツイぜ、絶対勝てねえ。


「山城天音先輩……」


「そっちの女の子は初めましてだねぇ。名前はなんて言うのかな?」


 山城天音は唐突に御影さんへと話を振ると、御影さんは怖がっているのか俺の服を強く掴む。


「……御影奈央……です」


「御影奈央ちゃんね、はいはい覚えた! 以後よろしくぅ!」


「あ、はい……」


 なんと言うか、やっぱりこいつはどこか掴めない人間だ。いや、人間ではないのか。

 ともかく、本当にいじめられるのか疑問に思ってしまうくらいにフレンドリーではある。


「さってと風見晴人。今回はこっち側の負けってことにしてあげるよ、とかって言ったらいいのかな?」


「ふざけんな死ね」


 なんかこいつうぜえ。ヘラヘラしててマジでうぜえ。

 対応は雑にいきましょう、ハイ。

 ったく、さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しじゃねえか。いや一回カラスで壊れたけど。


「まぁそんなんどうでもいいや。オレはとりあえず立ち位置的にはオマエの敵だ。復讐は終わらんからね」


 山城天音は両手を広げ、得意げに語る。


「仲間もオマエんとこ並みにいるし、増やす予定アリなんで、潰すも加入するもお早めにな」


「加入しねえよ今潰すぞコラ」


「せっかちだなオマエ」


「なに驚いたように言ってんだ! 誰でもお前と話しゃこうなるわ!」


 俺の突っ込みに対し、へへへっと山城天音は笑う。

 いかんいかんこいつのペースに呑まれる。

 するとそこで山城天音は真面目な表情になった。


「……終業式の日、世界中でゾンビが現れた。『進化』という奇妙な特性を持つこいつは、瞬く間に世界を終了へと近づけてる」


「ハッ、なんだ? 『終業式の日に世界が終了したんだが』ってか? 笑えねえな、クソッタレ」


 俺は嘲るように吐き捨てると、続けて、


「世界の終了を加速してんのは他でもないお前だ。どんなツラしてほざいてやがる」


 言葉を受けて、山城天音はすぐに茶化すように笑う。


「オレはゾンビとしての使命を全うしてるだけだぜ」


「ケンカ売ってんのか?」


「ジョークだよ、ジョーク」


 すると、山城天音はまたシリアスな面持ちとなる。コロコロと表情が変わっていちいちうざい男だ。


「……オマエは、あくまで人として生きるつもりみたいだな」


 山城天音は目を細めて言う。

 これは確実にシリアスな話だ。俺はこいつみたいに空気が読めないわけじゃない。存在は空気みたいなもんだけど。自分で言ってて悲しくなるな。


「ああ、お前とは違うな」


「……なにがきっかけなのかは知らんが、後悔するぞ」


「ハッ、バカ言え。こんな世界になった時点で後悔もクソもねえよ」


 なにを簡単なことを、と言うように俺が答えると、山城天音は少しだけ頬を緩めた。

 俺はその時点で猫の状態が危険になっていることに気づき、山城天音の横を素通りした。はやくマイクロバスに帰らないと高月とかやばそうだし。


「だったら、本能を優先した学校一有名なオレと理性を優先した学校一無名なオマエ。どっちが正解なのか、賭けてみようぜ」


 山城天音は俺が横を通ったその瞬間、そんなことを言ってきた。


「おうよ。俺は『俺が正解』に俺の命を賭けてやらぁ」


「じゃあオレはオレにオレの命を賭けるな」


「そうかい。まぁ、結果を楽しみにしとくよ」


 俺は山城天音に対し背を向けたまま手を振ると、マイクロバスへと急いだ。





※※※





 結果から言うと、マイクロバスは無事だった。高月とマサキがなんかすげえ頑張ったらしい。

 お陰で俺の仕事は少なくて済んだ。

 今、マイクロバスは目的地へと向かっている。

 目的地は総合スーパー近くのコンビニだ。

 窓を開けているために入ってくる風で揺れる前髪をかき上げながら、考える。

 終業式の日、世界は終了した。

 水と電気とネット以外のほとんどは壊滅的で、既に発展途上国のいくつかは完全にダウンしたらしい。

 日本以外の先進国の対応はわからないが、日本の造っている壁は、どうやら順調らしい。このままいけば、一週間足らずで完成するんだとか。それ、本当に大丈夫か……?

 ひとまずそれが完成するまで場所を転々としながら近づきつつ粘って、完成したらそこに入れてもらうつもりだ。色々心配だけど。

 ただ、俺はゾンビだ。

 壁の中に入れる保証なんてどこにもない。

 でもまぁ、その時はその時だろう。

 今は今のことだけを考えるべきだ。


「風見先輩。どうしました?」


「ん、いや。なんでもないよ」


 御影さんが不思議そうに聞いてくる。俺は笑い返し、再び考える。



 御影さんだけは守る。何があっても。

 それは、俺が決めたことだ。いやぁ俺ってば一途。

 こんな純粋で裏のない女の子が、下らない理由で死んでいいわけがない。

 だから守る。

 終了した世界で、それでも。

 ゾンビとなった身体で、それでも。

 俺は、守り続ける。

 どうも、青海原です!

 これにて第一章『学校脱出編』が完結となります。

 まだまだ修正すべき個所が多く、小説としての出来は最高とは言えませんが、これからも風見晴人たちの歩む軌跡をつづっていきたいと思います。

 さて、二章からの予定ですが、『絶望』の要素をより強めることを意識したいと思っています。なにせゾンビもののくせに主人公があんなんだから一章はさぞ退屈だったでしょう。期待していてください!

 最後に、ここまで読んでくれてありがとうございます。これからも作品は続きますが、どうか読んでいただけると、主に作者が元気になります。

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