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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第一章『学校の脱出』
24/125

23 裏切り

 ブロロロロ、とマイクロバスの走る音と学校から流れてくる音だけが響く。

 学校がギリギリ見えるか見えないかくらいの場所まで、私たちは進んでいた。

 私、御影奈央はただ祈っていた。

 どうか、風見先輩が無事帰ってきますように。

 どうか、バスのみんなで生き残れますように。

 どうか、これが夢でありますように、と。

 これが夢であったなら、どれだけ楽だろうか。

 またあの毎日が戻ってくることがあったなら、どれだけ嬉しかっただろうか。

 失われたものは戻ってこない。

 両手で作った皿から溢れた水は、二度と戻ることはないのだ。

 窓から見る景色は変わらず地獄だ。

 生き残っている人など一人もいない。


「どうして、こんなことになっちゃったのかな……」


 考えると涙が溢れてくる。

 みんな痛かっただろう。苦しかっただろう。

 どうしてこんなことになったのか。

 それは騒ぎの根本的な問いであり、答えの出ない問いである。


「ネガティブに考えてちゃダメだよ、元気だしなって!」


 そんなとき、私の隣の席に高坂先輩が座った。

 バンバンと陽気な調子で私の肩を叩きながら、必死で私を元気付けようとしてくれているようだ。

 そんな高坂先輩についに私も笑みがこぼれる。


「そうですね、私が落ち込んでたらみんなも元気出ませんし。今は、前に進むことしか出来ませんからね」


「そーそー、その意気だよ!」


 高坂先輩はこんな時でも明るく振る舞う。

 そのおかげで、みんなも少しずつ元気を取り戻し始めていた。


「嘘だろ!?」


 そんな時に、窓の外から高月先輩が驚く声が聞こえた。

 傷だらけなのでやらなくてもいいと伝えたのだが、高月先輩とジェットはどうしても外を走りたいと聞かず、外を走ってバスについてきていたのだ。


「どうした?」


 窓を開けて会長が高月先輩に状況を聞こうとする。


「おいおいマジかよ……。なんなんだあの大量のゾンビは……」


 会長の見た先を窓を開けて私も見る。

 途端に、顔が真っ青になるのを感じた。

 道路に大量のゾンビが並んでいたのだ。

 まるで、待ち伏せていたかのように。


「クソッ、あれを相手にすんのはさすがに無理だ! カイト、ジェット、バスに乗れ!」


「仕方ないか……」


 高月先輩とジェットは、会長の言葉を聞き、バスの上に飛び乗る。あ、バスの中に入るわけじゃないんですね。

 それを確認した途端、マイクロバスはスピードを上げた。集団に突っ込むつもりのようだ。

 その時、突然笹野先生が立ち上がった。

 車内の誰もが呆然とする。

 笹野先生は、無言で会長に近づいた。

 会長が不思議そうな顔をしながら、笹野先生に訊く。


「笹野先生、どうしました? 座っていないとあぶ……」


「動くな」


 笹野先生の聞いたこともない低い声が、会長の言葉を遮るように空気を震わせた。

 同時に、笹野先生は会長の首にナイフを当てている。

 車内の空気が、凍った。


「……要件は?」


 やがて、会長が落ち着いた声で笹野先生に訊く。


「立場を理解して頂けたようですね。こちらの要件は一つ、バスを止めてください」


「目的は?」


「お答えする義務はありません」


「ふざけんな、止めるわけねえだろ! 殺す気か笹野ぉ!!」


 運転している幕下先生は想像通り、声を荒げた。


「ええ、殺す気です」


「ふざけんなっつってんだ!」


 幕下先生は声を荒げるものの、マイクロバスのスピードは徐々に落ちていく。

 このままではまずい。

 バスが止まってしまったら、みんなが死んでしまう。

 それだけは、ダメだ。

 私は、必死で打開策を考えた。


「幕下先生、早くバスを止めてください。永井雅樹を殺しますよ?」


「クソォ!」


「幕下先生、後ろのドアを開けてくださいっ!」


 私は、覚悟を決めた。

 バスに乗っている全員を守るんだと、決めた。

 私はマイクロバスのドアが開くと、笹野先生が驚いて首に当てているナイフをずらした隙を狙い、ドアに引っ張りだした。


「くっ……!」


「きゃあ!?」


 笹野先生は咄嗟のことに戸惑いつつも、私の服を掴む。

 そのせいで、私も一緒にバスの外へと出された。


「ご主人!!」


 そこにタイミングよくジェットが飛んできた。私はその背に乗ることでなんとか助かった。

 笹野先生は道路をゴロゴロと転がりダメージを減らすと、立ち上がった。

 私とジェットは、そんな笹野先生に相対する。

 マイクロバスに再び乗る気はなかった。

 笹野先生は、ここでなんとかしなくてはならない気がしたのだ。


「笹野先生、目的を教えてください」


「あなたに言ったところで、きっとあなたはそれを理解できない」


「だとしても!」


 私は、声を張り上げる。

 聞いておきたかった。

 みんなを殺してまで、やりたいことを。

 それが下らない理由であったなら、私はきっと笹野先生を許せない。


「……なに、教え子の復讐を手伝いたかっただけですよ」


「復讐?」


「ええ、復讐です。理解できないでしょう?」


 確かに、理解できない。

 こんな状況で行われる復讐になんの意味があるのかわからない。

 それに加担する意味もわからない。

 だから、笹野先生を許すことはできない。


「……最後に、教えてください。その教え子の方は、先生にとって大切な方だったんですよね?」


「ええ、大切な教え子ですよ」


「……そうですか」


 私は、深呼吸した。

 これから行うのは、殺人だ。

 立派な犯罪だ。

 問われるべき罪になる行いだ。

 私にできるだろうか。いや、やらなくちゃいけない。

 みんなを殺そうとしたことだけは、断固許容できないからだ。


「ジェット、お願い」


「任された」


 一言だった。

 ジェットは翼を羽ばたかせ、一瞬で笹野先生の目前まで距離を詰めると、その首に向けて咬みつこうとした。

 しかしそれは割り込んだ影に阻まれる。

 ジェットと笹野先生の間に割り込んだ影は、ゾンビだった。


「ゾンビが、庇った……!?」


 通常、ゾンビが人間を庇うなんてありえない。

 普通のゾンビに考えるだけの頭はない。だから庇うことなどできないはずなのだ。

 しかし、ゾンビは笹野先生を庇った。

 笹野先生は不可能を可能にした。

 私は、不可能を可能にする力に一つだけ心当たりがある。

 ゾンビの能力だ。

 つまり、それは。


「笹野先生は、人間じゃ……ない!?」


「ご明察」


 瞬間、右側からゾンビが現れた。

 私は反射的に体を左へ引くことで攻撃自体は避けたが、足がもつれて転んでしまう。


「ひっ……!」


「ア……アァ」


 ゾンビが私を殺そうと唸り、その手を伸ばす。

 私は地面を転がりそれを避けた。


「ご主人!!」


 ジェットが翼を広げ、こちらへ飛んでくる。

 隙ができた。


「ジェット、後ろっ!!」


「隙あり、ですよ」


 私の叫びと笹野先生の手が動くのは同時だった。

 笹野先生の手からナイフが放たれる。

 ナイフは一直線にジェットへと飛び、その翼に突き刺さった。


「ぐぅ、あああっ!?」


 ジェットの悲痛の叫びが聞こえる。

 どうしよう。このままじゃ二人とも死んでしまう。

 だめだ。

 私はともかく、ジェットが死んでしまうのはだめだ。


「ウゥ……アァァァ」


「ごめんなさいっ!」


 私は飛びつくようにゾンビに体当たりをすると、倒れかけているジェットのもとへ走った。

 ジェットに攻撃するとき、笹野先生は自ら攻撃した。

 笹野先生の能力がゾンビを操ることなら、ゾンビを使った方が効率的だ。にもかかわらず、わざわざナイフを使ったということは、私を攻撃してきたゾンビ以外にゾンビのストックはないのかもしれない。


「一旦逃げるよ?」


 小声でジェットに伝え、ジェットを抱くと、転がるように走った。


「あ、ぐぅ……! すまない、ご主人……。私が弱いばかりに」


「喋らないで、傷が……」


「大丈夫だ、ご主人。私はもう大丈夫。私の背に乗ってくれ」


「……わかった」


 私はジェットを下ろすと、その背にまたがった。

 その時後ろをチラと見る。

 後ろには、三体ほどのゾンビと笹野先生が見えた。おそらく走ってきている。


「……ジェット、どこに逃げる?」


「やつの能力がわからん。なぜ私を操らないのか、操っているゾンビの視界を共有したりなど発展したところまで能力は及ぶのか。わからんことが多すぎて何とも言えんな」


「確かに、視界の共有とかされてたら巻くのも大変だね」


「とりあえず、障害物の多い林を目指そう。確かこの近くには大量の木があるだけの公園があったはず」


 それなら私も知っている。

 マイクロバスの目的地とは間逆の位置にある公園だが。


「キノコ林だね。てかよく知ってるね」


「私は元々野良猫だったのだぞ。この辺に限って言えば人間より詳しい自信がある」


「それは安心だね」


 すでにキノコ林は目前だった。

 笹野先生に勝てるかどうかはわからない。けれど、ここで死ぬわけにはいかないのは確かだ。

 私は不安に表情を曇らせながらもキノコ林へと足を踏み入れた。

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