21 学校防衛戦
ズガァンッ!! と一階の四分の一ほどがハルトに貫かれた。
俺、永井雅樹はそれを眺め、背筋が凍った。
「あいつ、俺が校舎に入るってことわかってねえのか……?」
危うく味方に殺されるところだった。問題が解決したら文句言おう。
空いた穴に近づくのは危険だと判断し、穴とは反対側の入り口から校舎内へと入る。
一階には殆どゾンビがいなかった。ハルトが蹴散らしてくれたおかげだろう。二階からゾンビが降りてくるのも時間の問題だ。
俺は、慎重に足を進めた。
階段を上る。同時に右手に持った金属バットを強く握る。いつゾンビが現れてもいいように。
「まぁ、現れてくれないのが一番なんだがな……」
心臓は今までにないほどバクバクと音を立てている。
なんだかんだ、俺もまだビビっているようだ。原付を動かしてゾンビの大群から逃げたり、単独で犬の進化ゾンビと戦闘になったりしても、こういった本能的な恐怖はまだ健在らしい。
「さてと、二階についたな。まずは化学実験室でマッチでも……。いや、先に三階調理室をガスで充満させておこう」
戦略を一瞬で練り、三階へと足を進めた。
階段を踏みしめ、上を見上げる。
俺は、止まった。
視線の先に、ゾンビがいたから。
おそらくこいつは進化ゾンビ。
金属と思われる素材でできた竹刀のような形の武器を持つ、女の子の進化ゾンビが、上から俺を見下ろしていた。
その周りには、ところどころが欠損した、ゾンビの死体。
これで共食いによって進化が行われるという推測は裏付けられたことになる。
「ふう、やるしかないわけか。かかってこい、ゾンビ」
俺は、退かない。
全力で、相手をすることにした。
金属刀を持った進化ゾンビは、階段上の踊り場から俺のいる二階まで一気に跳躍してきた。
その勢いを殺さずに振り下ろされた一撃。それを、俺はかざすように構えた金属バットを少し左に傾けることで、自分の左側へと流そうとした。
しかし、ギャリィン! と一際大きな音がしたと思ったときには、真上に進化ゾンビがいた。
「な、にが……!?」
進化ゾンビは空中でひらりと回転しながら金属刀を振り、俺の後頭部にその斬撃を当てた。
「づあぁっ!!」
一瞬で意識を持っていかれそうになる。それを頭を振ってなんとか抑え、再びバットを構えた。
今、なにが起こった?
俺は、先ほど起きた不可解な現象について考察する。
「俺の見たものが間違いじゃなけりゃ、空中で飛んだように見えたぞオイ……」
普通ならあの攻撃は左側に流せたはずだ。しかし、進化ゾンビは物理法則を無視して再び空中へと飛び上がった。
これは、なんだ。
考えてる間にも、進化ゾンビは動く。
「クソッ、どうしたら!!」
与えられる攻撃を弾きつつ、俺は三階を目指すことにした。
全力で階段を上る。そして、三階の廊下に出た。
簡単に言おう。
俺は、失敗した。
「は、ああっ……。うそだろ……」
三階の廊下にいるゾンビの顔が、一斉に俺の方を向いた。
冗談だろ。こんなところで死ぬのかよ。ハルトやカイト、ジェットが頑張ってるってのに、こんなところで死ぬのかよ。
「……いや!」
死ねない。
こんなところじゃ、まだ死ねない。
俺にはやらなくちゃいけないことがある。まだ、死んじゃいけない。
こんなところで。
「諦めるわけにゃ、いかねぇよ!」
俺は、調理室へ駆け込んだ。
調理室には幸いまだゾンビがいなかったらしい。
ドアを閉じて、片っ端からガスを出させる。密室にガスが溜まるのにはそう時間がかからなかった。
そして近くにあったハサミでコンセントに刺さっていたコードの導線をむき出しにした。
あとはゾンビを部屋に入れて着火するだけだ。
終わらせる。
全てを。
ガァァンッ! と閉めていたドアが破られたのは同時だった。
溜まっているゾンビ軍団を飛び越えて、さっきの進化ゾンビが来たらしい。
破壊されたドアの向こうから、ゾンビがぞろぞろと調理室へ入ってきた。
時間稼ぎが必要らしい。
「ラァッ!」
俺は出来る限りゾンビが入るように、少しだけ時間を稼ぐことにした。
自分から、進化ゾンビに突っ込む。
金属バットを金属刀に当てると、反射的に進化ゾンビは飛んだ。
てめえばっか空中を飛んでんじゃねえよ。
俺も、跳んだ。
机に足を乗せ、全力で上へと。
ぐんぐんと進化ゾンビへの距離が詰まる。
この行動は進化ゾンビにとって予想外だったらしい、進化ゾンビはさらに上へと飛び上がる。
そして、天井に自らぶつかった。
やはり進化ゾンビは天井の存在を考慮していなかったようだ。
急激に加速した状態で後頭部をぶつけたのだ。軽い脳震盪くらいは起きてほしい。
その希望は叶い、進化ゾンビは両手をだらんと下げた状態で落下してくる。
もらった。
「お、らぁぁぁッ!!」
構えていたバットを強く握りしめ、降りてくる進化ゾンビの頭に向けてはたき落とすように振った。
バコォッ! という鈍い音とともに進化ゾンビは落下し、後頭部を机の角にぶつけて死亡した。
まずは、一体。
残りは全て、俺の命に代えても吹き飛ばす。
俺は着地すると、進化ゾンビが持っていた金属刀を掴んだ。
既に俺はゾンビに囲まれている。
だが、部屋がゾンビだらけなら好都合。こっちのもんだ。
俺は金属刀の力で、ゾンビを踏み台にして飛び上がった。
「すげえ!! 飛べるぞぉ!!」
金属刀の力で宙を飛んでいることから、これはあの進化ゾンビの能力だったのだろう。
ゾンビを踏み台にしながら窓まで行き、ゾンビたちを振り返る。
そして。
「そんじゃ、吹き飛べ!」
金属バットを導線をむき出しにしたコードに向けて投げ、窓を破って外へ出る。
爆発が起きたのは同時だった。
金属バットが導線に当たったことで短絡が起き、散った火花がガスに引火したのだ。
俺は手に入れた金属刀の宙を舞う効果をを器用に扱い、安全に着地した。
上を見上げる。
「……死んだか?」
どうやら、三階のゾンビはなんとかなったようだ。
窓を見ると既に二階のゾンビも終わっているようにみえる。
多分、ハルトは今カイトの元へ向かっているだろう。
なら、そっちは心配ない。
「俺は門を直してゾンビが入ってこれないようにしとこう」
そうと決まると、早速取り掛かった。
※※※
「ジェット! まだやれるかい!?」
「小僧、私を誰だと思っている。まだやれるぞ!!」
一階下の三階奥で大爆発が起こったころ、僕、高月快斗とジェットはボスキャラを相手にしていた。
「くっそ……。進化ゾンビはいないんじゃないのかよ……!!」
傷だらけの僕らの目の前には、一匹の蛇がいた。大きさと翼があるところから、さながらドラゴンといった感じだ。
そしてそのドラゴンの能力は翼で空を飛べるだけではない。
ドラゴンらしく、炎を吐くのだ。
そのせいで僕らは苦戦していた。
炎を吐かれては、近寄れない。
僕もジェットも、完全に手も足も出なかった。
「ハルト……ハルトはまだなのか……!!」
「小僧、考えろ! 他人に頼るなんて貴様らしくないぞ!」
僕は目を見開く。
そして、笑った。
確かに、僕らしくないな。
今日の僕は、どうかしてる。
一度、落ち着け。
落ち着いて、考えろ。
やつに近づく方法を。
「……まだ試してないことがあった。ジェット、協力してくれないか?」
「手があるのか?」
「実験みたいなもんだよ。まぁ見ててくれ」
僕は、ドラゴンの目の前に立った。
ちなみに、ゾンビはドラゴンが焼き尽くしたため、この階には一体もいない。
そのせいで、地面には焼死体が散乱しており、戦いづらい。
僕は焼死体を避けて足を下ろし、ドラゴンと向き合う。
ドラゴンが、口を開いた。
炎が出る合図だ。
「僕のチェーンソーは、なんであろうと『斬る』能力がある」
開かれたドラゴンの口の奥に、光が見えた。
熱も感じる。
そう思ったときには既に、炎が目の前に来ていた。
「つまりその理論でいくと、炎も『斬れる』ことになるんだ」
ズバァァァァァッッッ!! と。
僕を蹂躙しようとしていた炎が丸ごと、文字通り斬られた。
僕がやったのは、チェーンソーを縦に振り下ろすという単純な行動。
それによって炎はV字に裂けて左右に飛び、壁に当たって散った。
「ジェット!」
「任せろ!」
スキが生まれた。
相手は今、予想外の自体に固まっている。
ジェットは反応できないドラゴンの首元までいき、噛み付いた。
しかし。
「硬い……ッッ!?」
ジェットの牙はドラゴンの硬い鱗を通らなかった。
ドラゴンはその長い尾を動かし、噛み付いていたジェットを弾く。
「くっ!!」
ジェットは空中で体勢を整えると、着地した。やっぱ猫って頭から落ちないんだなぁ。そんなこと言ってる場合じゃない。
ジェットの牙が届かないなら、僕がやるしかない。
「僕がやる! ジェットは下がっててくれ!」
僕は再びくる炎に備えてチェーンソーを構えると、ドラゴンに向けて駆け出した。
ドラゴンによって炎が放射されるが、やはり僕のチェーンソーに斬られる。
僕は、そのままドラゴンに近づいた。
「うおおおおおおおッッ!!」
地を蹴り、高さをドラゴンに合わせ、チェーンソーを振りかぶる。
そして、横薙ぎに全力で振った。
しかし。
キィィィィンッ! という金属を弾いたような音が鳴っただけで、手応えはなかった。
それどころか、僕のチェーンソーは根元から折れていた。
「なっ!?」
何が起こったのかを一瞬にして考える。
チェーンソーはドラゴンの尾に刺さったコンクリートに当たったことによって折れたらしい。
つまり、ドラゴンは尾を転がっていたコンクリートに突き刺し、それを使ってチェーンソーを防いだのだ。
「んな、馬鹿な……!!」
ドラゴンが知能を持っていることを想定していなかった。
まさか、チェーンソーの弱点を暴かれるとは思わなかった。
僕のチェーンソーには弱点がある。
それは、『斬ろう』と思ったもの以外に対しては通常のチェーンソーとしてしか機能しない点だ。
そこを、突かれた。
「があああっ!」
ドラゴンの尾に、僕も吹き飛ばされた。
「大丈夫か、小僧!」
ジェットが受け身の取れない僕をその身を使ってキャッチする。
「やばい、チェーンソーが折られた。次の炎は防げない!」
「クソ、一旦退くぞ!」
ジェットが僕の襟を噛み、運ぼうとする。
「何言ってるんだ! ここで退いたらナオたちが危ないだろう!」
「ならどうやって戦う気だ!」
ジェットにそう言われ、僕は押し黙る。
僕たちには、もう手がない。
退くか死ぬかしか、選択肢がないのだ。
「下がりながら時間を稼ぐんだ。悔しいが、ゾンビの小僧を頼る他ない」
僕は「クソッ!」と拳を床に叩きつけた。
本当に僕は何もできないのか。
退くことしかできないのか。
しかしどうやって炎を防ぐ?
チェーンソーはないのだ。
あとは炎を消すくらいしか……。
「あ」
僕は何をやっていたんだ。
炎を消すくらいなら僕にだってできたじゃないか。
「どうした?」
急に立ち上がった僕を怪訝そうに見る。
僕は廊下の壁を伝って、一つの場所を目指していた。
ドラゴンもいきなり動き出した僕に戸惑い、様子見をしているようだ。
そうだ。
そうだよ。
あったじゃないか。
炎を消す道具くらい、身近に。
ドラゴンは僕が目的地にあったものを掴んだ瞬間、炎を吐き出した。
同時、僕は握った消火器のレバーを引いた。
放射された炎は僕にもジェットにも届かない。
その直前で、消えた。
「なるほど、消火器か!」
ジェットも僕のとった方法に納得する。なんで消火器を猫が知ってるんだよ。
ドラゴンはこのままでは埒があかないとでも思ったのか、僕らに突っ込んできた。
「任せろ!」
それをジェットが相手することで速度を止め、そのドラゴンの頭に向けて僕は消火器を振り下ろした。
しかしドラゴンは抵抗する。
またも尾によって僕の消火器は弾かれたのだ。
僕はなんとか体勢を整え、次の消火器を探そうとした。
しかし炎はそんな僕とジェットを、ついに包み込んだ。
「あ、づぁぁぁッッ!?」
「ガウッ! く、小僧……乗れ!!」
なんとか僕はジェットに乗って炎から出たことで、死は免れる。
しかしもう既に僕らは限界が近かった。
無我夢中で走るジェットに向けて、ドラゴンは横薙ぎに尾を振った。
もう、避ける気力もなかった。
僕らは右から迫る尾になす術もなく、左側の教室のドアを破るようにして突っ込んだ。
最悪だった。
その教室は、避難室だった。
避難室に避難していた避難者が一斉にこちらへ目を向ける。
そして一瞬の停滞の後、入ってきたドラゴンによって、集団はパニックに陥った。
幸いにもドラゴンは目の前の敵にしか興味がないようで、僕とジェットにしか目を向けていない。
また廊下に戻れば、少なくとも避難者たちは助けられる。
「ぐ……がふっ……。ああ、動けよ……」
僕は、傷だらけの身体に再び力を入れた。
しかし身体は僕の思い通りに動いてくれない。
「ああ、動け。動けよぉ……」
僕は地を這うように廊下へ向かった。足は動かない。僕はもう、体力が限界だった。
「動けよ、動いてくれよぉ!!」
拳を床に叩きつけた。
悔しかった。
僕は強くなったと思っていた。
ハルトに並んだと思っていた。
しかしそれは、過信だった。
その事実が、ナイフのように僕を突き刺す。
「クソ、クソ、クソォ!! なんでだよ! なんで、なんで僕はっ! こんなところでっ、クソォ! 動け! 動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けぇぇ!!」
必死で立ち上がろうとする。
しかし僕の身体は一向に動き出そうとはしない。
「なんで、動いてくれないんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」
必死で立ち上がろうとする僕をいい加減待つ気もなくなったようで、ドラゴンがため息混じりに尾を振った。
しかしそれは、僕を目前にして止まる。
僕の目の前に、誰かが立ったからだ。
「高月先輩にはこれ以上手出しさせません。私が、風見先輩が来るまで守ります」
僕の目の前に立ったのは、ナオだった。
本当に、何をやってるんだ。僕は。
守れと言われた人に守られてるなんて、本当に救いようがない。
ナオは両手を広げて僕の前に立っている。
確か、食堂の人たちを助けたときもこんなことがあったんじゃなかったか。
僕は直接見たわけじゃないが、ナオが食堂で怪我人を庇ったというのは有名な話だ。
年下の女の子に何をさせてるんだ、僕は。
僕は、ため息を吐いた。
そして、この場にいない人間に向けて。
この場にいるべき人間に向けて。
この場に来て欲しい人間に向けて。
叫んだ。
「ハルトぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一つしかない窓ガラスが割れたのは、同時だった。
窓ガラスを割って入ってきた一人の少年は、戦場を一瞥し、状況を把握すると、ドラゴンに向けて足を踏み出した。
「悪いな、遅くなって」
少年は、ドラゴンの元へ踏み込むと、ドラゴンの頭を掴んで前方へ投げ飛ばした。
「でも安心しろ、もう大丈夫だ」
遅れてきたヒーロー、風見晴人はこちらを向いてそう言った。




