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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第一章『学校の脱出』
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01 始まらない夏休み

 穏やかな風が頬を撫で、蒸し暑い中に希望を見出させてくれる。

 空は雲ひとつない快晴、気温は水を手放したくなくなるほどの猛暑。

 七月二十五日。

 夏休みが始まる日だ。

 きっと今、全国の学校の生徒たちは体育館で校長の長い話を延々と聞かされているのだろう。

 しかし俺、高校二年生の風見晴人はそんなどうでもいい話など聞かない。聞く価値もない。

 俺は学校の屋上にいた。

 普通、鍵がかかっていて入れないはずだが、俺は少々特殊な方法で来た。特殊っつーか、単純に四階の空き教室の窓からよじ登っただけなんだけど。

 どうして俺が校長の話を聞いていないのか。それは、誰もが察しの通りめんどくさいからだ。長いじゃん、あれ。

 俺は学校でかなり影が薄い。

 自慢の一つとして挙げられるほど影が薄い。でもこれ別に自慢にならないわ。

 出席確認で名前を飛ばされたり、学校を休んでも誰も気づかず休みにならなかったり、修学旅行みたいにメンバーを作るときにメンバーに入れなかったり。

 挙句六年間クラスが一緒だったやつに「お前誰?」って言われたりな。あれ、もしかしてこれいじめなんじゃね?

 俺の存在が本当にそこにあるのか不安になるほどの無視されっぷりだ。

 最近は逆にそれを活かして、ダルい授業をサボっているが。


「あー、暇だなぁ」


 無視されることにはもうとっくに慣れている。

 しかし、暇になった瞬間の気分の落ちようには未だ慣れない。

 制服の内ポケットに入れてあるスマホ(連絡先を持ってなさすぎてもはや多機能暇潰し機)もやることがなくなり、ぼんやりと空を眺めていた。

 ふと、どこかでなにか音が聞こえることに気づいた。


「なんの音だ?」


 ガシャン、ガシャン、と鋼の檻を揺さぶるような音だ。

 ある意味でその表現は当たっていたらしい。

 音が鳴っているのは、校門。

 鳴らしているのは、おじいさんか。

 おじいさんが、まるで囚人が牢から出たがるように、ガシャンガシャンと門を揺らしているようだ。


「んだよ、くだらねぇ」


 どうでもいいことだったため、再び空を眺めることにする。

 しかしあまりにも音がうるさく、集中できなかった。いやのんびりすることに集中もクソもないんだけどね。ほら、イライラするじゃん。

 睨みつけるように再度おじいさんの方を向くと、さっきまではいなかった教師がいた。


「どうしました?」


 教師はおじいさんにそんなことを聞いているが、おじいさんは「あー」や「うー」といった赤子のような声しか出さない。

 これに、俺はなぜか既視感を覚えた。

 なんだろう、どこかで見たような気がする。

 こう、フィクションの世界で。

 思い出すより先に、事態は悪化した。

 教師が、おじいさんの話を聞こうと門を開けたのだ。

 そこまで来てやっと謎の既視感の正体に気づいた。

 これは、ゾンビもののアニメやマンガの始まり方に、酷似している。

 つまり、このままいくと。


「……あ」


 俺の最悪な想像は、完全に的中した。

 門を開けた教師が、おじいさんに噛まれたのだ。

 教師はしばらく悶えていたが、助けなどあるはずもなく、ただ死んだ。

 そして。

 むくり、と。

 教師は、何事もなかったかのように、おじいさんと起き上がった。

 いや、事は起こっている。

 何事もないなど、あり得ない。

 教師は、ゾンビ化していた。


「じ、冗談だろ……?」


 学校に、不審者が浸入したとの放送が入るのは、そう遅くなかった。





「まず、今何をすべきか」


 俺がゾンビを見て最初に考えたことはそれだ。

 世界は変わった。

 生き残らなければ、冗談抜きに死ぬ。

 生き残るためには、最初に何をすべきか。


「無難に武器だよなぁ」


 答えは一瞬で決まった。

 まずは技術室に行く。

 武器は、そこで作るしかない。

 技術室は、一階にある。

 今いる屋上からは最も遠い位置。

 大変だなぁと思いつつ、屋上から下へと降りる。

 その途中、通っておきたい場所があった。

 教室だ。教室に行って通学鞄を手に入れる。

 窓を蹴破り、ハリウッド映画よろしくかっこつけて教室に入る。やべ、窓割っちゃったけど一大事だから大丈夫だよね? 後悔。

 俺の通学鞄はリュックサックだ。これなら、運動にもそこまで支障をきたすことはない。戦うときは下ろすしな。

 リュックサックをひっくり返し、筆記用具、財布以外を取り出すと、掃除用具入れを見る。

 技術室までに一度も戦闘がないとは限らないので、念のために武器を用意しておくのだ。


「やっぱりここは、ほうきか」


 モップなどを使うのも悪くはないが、長い獲物を扱う場合、どうしても初心者だと動きが単調になる。

 それに、狭い場所での戦闘で長い獲物は圧倒的に不利だ。

 それほど知能が高くは見えないが、ゾンビがどれだけの知能を持っているかわからない故に、少しでも小回りの効く武器にする。

 俺はほうきを折った。

 真っ二つに折るのではなく、断面が薄くなるような、エストックという剣に近い形状を目指す。

 二本失敗したが、三本目でようやくそれらしく仕上がった。


「あとは、一階が生き残りかゾンビに占拠される前に武器を作んねえとな」


 どちらか一方の勢力が決定的に勝ってしまう前に技術室を隔離し、私物化しなくてはならない。とられちゃったら貸してとか言える自信ないし。

 今いるのは三階の教室。まだまだ技術室は遠い。

 俺は、階段を駆け下りた。





 駆け下りる、といっても音を立てて降りたわけではない。

 むしろ、最低限の音だけを鳴らして移動した。

 人が絶命する際、一番最後まで機能しているのは脳ではなく耳らしい。

 ゾンビ化が、絶命する直前の状態を維持したものだったりした場合、聴覚が優れている可能性は否定できないのだ。


「ゾンビものだと定番だしな」


 息を潜め、慎重に、しかし素早く技術室へと向かう。

 その進行は、一階に降りた瞬間止まった。

 一階の廊下に一体、ゾンビがいたからだ。

 それも。


「さっきの……クソジジイ!!」


 学校に災厄を持ち込んだ張本人。

 彼は、技術室の扉の前にいた。

 まるで俺を待っていたように。

 おじいさんは、焦点の合っていない両目を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。

 俺は持っていた武器、ほうきを構える。

 やらなくちゃならない。

 殺らなくちゃ、殺られる。

 これはそういう戦いだ。


「ウォォォァァァァ……」


 おじいさんが、ゾンビらしくらしく唸る。

 その顔が、余裕だと言っているように見えた。


「勝負だ!! クッソ野郎ッッ!!」


 俺の人生至上初の修羅場。

 正真正銘の殺し合いが、始まる。





 俺はむやみに突っ込んだりなどしない。そういった行動は自殺行為だと思っている。

 相手から来てくれるのだ、迎えようではないか。

 ほうきで。

 俺は、わざわざ歩いてきてくれたおじいさんの顔面に、ほうきを全力で突き刺した。

 やはり材質が木であるからか、貫通などといったマンガじみたことはなく、ただおじいさんが血しぶきをあげながら仰け反った。それだけでも十分だろう。

 しかし、同時に実感した。

 今、俺は生き物に刃を刺したのだ。

 本気で殺そうとしたのだ。

 手や足が震えて、今にも怖気付きそうになる心を、太ももを殴ることで立ち直らせる。


「何やってんだ俺は。殺らなきゃ殺られる。さっき、自分で言ってたじゃねぇか」


 実感は得た、状況を再確認し、再認識した。

 この場において、最適な行動はなんだろうか。

 血まみれで仰け反ったおじいさん。

 彼が立ち直る前に、追撃を与えなければ。


「らぁッッ!!」


 今度は、ほうきの柄頭に当たる部分で倒れかけているおじいさんの側頭部を殴る。

 『突き』の攻撃は、武器が刃物じゃない分威力や耐久性などに問題が生まれる。

 『突き』を使いたいときに機能しなければ意味がないのだ。

 だから、『突き』を狙うのはなるべく柔らかい部分に絞る。

 例えば、喉。


「倒れろぉぉぉ!!」


 柄頭による攻撃でよろけたおじいさんを、蹴り倒す。

 俺はそこに馬乗りになった。

 喉に向けて、自分の武器を構える。

 しかしそこで手が止まる。

 思ってしまったのだ。


 殺っていいのか、と。


「ウォァァァァァッ!」


 おじいさんは最後の力をふり絞ったのか、噛みつこうとしてくる。

 だがゾンビは、俺の予想通り目が見えないようだ。

 俺がほうきの刃を向けているにも関わらず、そこにめがけて突っ込んできたのだ。

 自分から口の中という柔らかい部分をさらけ出し。

 自分から刃に突き刺さった。


「あ……」


 おじいさんはそれっきり動かなくなった。

 ゾンビの弱点は頭だという情報を得る。

 しかし達成感はない。

 気づいたら、俺は人を殺していた。

 人を、殺していた。




 七月二十五日。

 夏休みが始まる日だ。

 きっと、全国の学校の生徒たちは体育館で校長の長い話を延々と聞かされているはずだっただろう。

 しかし、それは中断された。

 その日から、世界が地獄へと変わったからだ。

 その日のことを、後の人類はこう呼ぶ。


 『始まらない夏休み』と。



 七月二十五日。

 夏休みは、始まらない。

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