18 お化けなんていないさ! 多分!
ハルトの力を借りて原付を動かし、現在逃走中の俺、永井雅樹は早くもピンチだった。
「待て待て待て、多すぎだろっ!」
追いかけてくるゾンビはすでに目で見て数えられる限界を超え、しかも続々増えていく。
十字路を突っ切るつもりで前進していると、横からいきなりゾンビが出てきた。
「うおっ!?」
慌ててハンドルを切り、なんとかかわす。
逃走の際に最も注意すべきなのは後ろでなく前だ。
前の状況は常に把握し、突然のアクシデントにも対応できるようにしなければならない。
「くっそ……確かに俺の目的はゾンビを引きつけることではあったけど、こんなにいるとは想定してなかった!」
とはいえ引きつけられるだけ引きつけたいので、大声で怒鳴ることは欠かさない。
俺の知る限り、ゾンビは音に反応して行動する。こうしていればいずれ町中のゾンビが寄ってくるだろう。あ、やっぱもう少しボリューム落とそっかな。
外を逃げ回った限り、進化しているゾンビは見られない。おそらく、この近辺のゾンビは共食いをしなかったのだろう。
共食いは体育館や技術室などの密室にゾンビを集めた時に起こっている。外にいるゾンビたちはその状況になることがなかったから進化していないのだろう。
「推測でしかないけどなっ!」
ゾンビは足が遅い。だから振り切るのは容易だ。
道路は死体や車などの障害物が多いため、多少スピードは落としながら走っているのだが、それでも振り切ることができる。
ただ、くどいようだが数が尋常ではないのだ。
振り切ったと思ったら湧き、振り切ったと思ったら湧き、と一向にゾンビは減らない。
だがこれで一帯のゾンビのうちのほとんどは引きつけられただろう。
つまりこれで学校に残っているみんなは楽に脱出できるはずだ。カイトも、ナオも。
気がかりなのは詩穂だ。あいつはなんでかいつも俺のことを過剰なほどに心配する。
だからもしも俺が死んだりしたら、あいつはどうするだろうか。
自殺、するんじゃないだろうか。
「……それは、ダメだな。なんとか、逃げねえと!」
俺が向かっているのは、団地だ。理由は特にない。
あえて挙げるとするなら、そこには確実にカイトたちは逃げてこないと思ったからだ。
カイトが選びそうな場所のどこからも遠い団地を選んだ。
その団地は、前々から化け物が出るだとかでお化け団地とも呼ばれていた。世界が化け物で溢れかえった今、お化け程度に怖がるかもわからないが。
団地についた。
シンとしている。
追ってきていたゾンビが遥か後方で奇声をあげているが、それだけだ。
ここにはゾンビがいないのだろうか。否、そんなはずがない。
コンビニの時のような例がある。警戒を怠ってはならない。
「しかし生き物の気配がしねえな。気配とか別に感じ取れるわけじゃないが」
団地に住んでいるはずの住人すらいなくなってしまっているような気がした。
それは、もしかしたら当たっていたのかもしれない。
後方のゾンビがここに来る前に隠れる場所を探そうとして、団地前に少し開けた公園まで足を運んだときだ。
そこからは、団地一階の一部屋分をくり抜いて作られたトンネルのようなスペースがある。
「あん?」
そこに、いた。
二本の足で立つ、一体の犬が。
※※※
バキャッ! ゴキッ!
鈍い音とうめき声が静かな町に木霊する。
俺、風見晴人は今ゾンビを喰い殺していた。ゾンビ不味いんだけどこれ喰わないと強くなれないからな。
ゾンビの数はかなり多い。しかし一体一体の戦闘力は凡人にも及ばないほどで、俺が全力で相手すれば難なくあしらうことができた。ちょっと拍子抜け。
「しっかし、計画的にこれをやったってことは、こいつらを操れるゾンビがいるってことだよな」
俺は片手間にゾンビを喰い殺しつつ、考える。
チェーンソーの進化ゾンビは、確かに非現実的な能力を持っていた。とすれば、ゾンビを操れるゾンビなんてものがいても別におかしくはない。
「つーかそれ、俺も能力持てるってことじゃね? うわマジかはやく疼け俺の右腕!」
言いながら右腕を振り回し、ラリアットのようにゾンビの頭を吹き飛ばした。
ゾンビを操る能力。もし本当に存在するならそれは脅威だ。
それがあると仮定すると、計画的に攻撃を仕掛けることからその能力を持つゾンビは人間並みの知能があると考えられる。
これから戦闘向きの能力持ち進化ゾンビらたくさん出てくるだろうに、それを人間並みの知能で操られたらもはや終わりだ。
「なーんか弱点とかないのかねぇ」
チェーンソーのゾンビには一応弱点というか、スキというか、俺でも攻められるところがあった。それは、斬りたいもの以外に対しては能力が影響されない、という性質だ。
これを逆手にとり、俺は勝った。
今回のゾンビ操作能力も、何かしらの制限があっていいはずだ。
だとしたら、それはなんだ。
「うーん、例えば視界にいないと操れないとか?」
それだと密集しているゾンビ全体を操作することはできないだろう。
同じ地上にいるのであれば、確実にゾンビで隠れて操作できない、くらいはあってもいい。
そうだと仮定すると、必然的に高い建物に登る必要があるだろう。戦場のゾンビ全体を見るためだ。
「この辺で高い建物は……学校、か」
さすがに学校はないだろう。ちゃんとマサキたちがゾンビは残っていないか確認したらしいし。
というかそもそも俺は何をやってるんだ。そんな能力があるのかどうかもわからないのに想像だけで考えるのとかダメだろ。
「まぁ、いい暇潰しにはなったな」
地面を踏み砕き、未だ大量にいるゾンビを転ばせると、一体一体喰らうことにした。
「うーん、こんなもんかな」
途中で喰うのがめんどくさくなり、近くの住宅をぶっ壊しゾンビを埋めることで倒したことにする、という荒技を使って全滅させた。全滅してなかったら「てへっ」でいいや!
「さてと、マサキを助けに行くか」
マサキには特別な力があるわけではない。
しかし俺にはあいつは生き残っているという確信があった。
あいつは俺以上に頭が良く、行動の効率がいい。言ってしまえばゾンビ化前の俺の上位互換だ。
なら、多少のゾンビくらいは逃げ切れているはずだ。
しかしそれでも個人の力には限界がある。
はやく行かなければ、手遅れという場合も。
ゾンビはマサキの方へ向かう傾向がある。あいつがかなり騒いでいたお陰だ。
つまり、ゾンビについていけばマサキのところに着けるというわけだ。
その辺を歩いてるゾンビを喰い殺しながら、ゾンビが歩いていた方向に歩き、またゾンビを見つける。その繰り返しで、大体の場所を推測することができた。
「あいつ、お化け団地に行ったのか」
お化け団地というのは、俺の小学校時代から呼ばれ続けている団地の呼び名だ。
夜になると街灯もそんなになく、雰囲気が怖いというだけで、お化けなんてでない。てかいない。ゾンビなんて化け物がいる今、いないなんて確定できないか。
「なんにせよ、団地だったらジジババのゾンビしかいないだろうから別に大丈夫だろ」
こりゃ俺が来る必要もなかったかなー。なんて考えていたが、さすがに甘すぎたらしい。
「はぁ?」
目の前で、犬と人が戦っていた。
おそらくゾンビなのだろう犬は二足歩行をしていて、さながらファンタジーゲームに登場するコボルトといった感じだ。
人の方はよく見たらマサキだった。
犬は右手に金属製と思われる鈍器を握っており、それで人を、マサキを殺そうとする。マサキはそれをバットでなんとか受け流すことで防いでいた。
「クソッ、助けねえと!」
そうして戦闘に割り込もうとした瞬間、携帯が鳴った。電話だ。クソ、タイミング悪いな。
俺は乱暴にスマホを取り出し、かけてきた人の名前を見ることなく電話に出た。
「はいもしもし風見ですけど今忙しいんで切りま」
「あ、繋がった! 風見先輩、大変なんです!」
「なんだ御影さんか! どうしたのこんなときにラブコールかな!?」
用意していた台詞に被さる形でかけられた声から一瞬で相手を察し、一瞬で手のひらを返す。
御影さんはなんだか焦っているらしい。その様子から察するに、学校にもゾンビは来ているようだ。
「えっと、風見先輩……学校にもゾンビが来ました。今すぐ戻ってこれませんか?」
御影さんはそう言う。
戻りたい。
だって御影さんがピンチなのだから。
今すぐにだって戻りたいよ。
けどさ。
目の前で必死に戦ってるマサキを見捨ててまで戻るなんて、やりたくないよ。
「なぁ御影さん、そっちに高月いるよね?」
「あ、いますけど……」
「代わってくれない?」
「あ、はい」
だから、少なくとも信用のできる相手に御影さんを任すことにした。
「もしもし……」
高月が電話に出る。声色的に焦っているように感じた。
よく音を聞くと、ガンガンと叩くような音も聞こえる。もしかしたらすぐそばまでゾンビは迫っているのかもしれない。
高月は多分作戦を考えているはずだ。
だが、よく考えろよ高月。
こんな状況で、作戦なんて立てたって無理だ。
状況は『詰み』なんだから。
だから俺は、作戦を立てないということを提案した。
「おい高月、作戦なんか立てなくていいから今から十五分死ぬ気で御影さんを守れ」
作戦なんて必要ない。
『詰み』の状況で立てた作戦に意味はない。
であれば、あえて作戦を立てずその場のゾンビを殺すことだけを考えて行動した方が効率がいい。
「君はその間何をするんだ?」
「マサキを助ける」
「……わかった。ナオは任せてくれ」
「ナオって呼ぶな」
そうして俺は電話を切った。
あいつは、少なくともこの状況なら信用できる。
だから俺の方も安心して戦える。
「さあて、手っ取り早くこの状況を片付けますか」
言って、関節を鳴らし。
犬と人の戦いに、割り込んだ。