14 防火扉の中へ
体育館を崩壊させた俺たち(俺のせいとは言わない)は、とりあえず防火扉の中でゾンビの様子を見ることにした。
一応学校中を隈なく探し、ゾンビと生徒がいないことを確認してから防火扉の中に入る。
すでに俺たちは、生き残った生徒がいないということにも心が動かないほどに冷たくなっていた。それに気づいたのは、どうやら俺だけのようだった。
防火扉の中に入ると、まずは中の人たちに挨拶することになった。俺は新参だからな。
「お、おい! そいつ、大丈夫なのか!?」
俺たちが入ると、真っ先に教師っぽいやつが俺を指差して怒鳴った。確か幕下みたいな名前のやつ。
俺のこと心配してくれるなんていいやつだな。
「血まみれって……ゾンビじゃないだろうな!」
違った。自分の身を心配してたのね。ならこういうことは早めに言っておかないと。
「いえ、ゾンビですけど」
「はぁ!?」
ざわめきが広がった。え、なんで? ここは正直者ですね納得、って場面じゃないの?
「ふざけんな! なんでゾンビと一緒に暮らさないといけないんだ!」
お前、俺昨日までこの学校の生徒やで。生徒にそんなこと言っていいんかおい。
「こんなゾンビのいるようなところにいられるか!」
「それ死亡フラグっすよ」
「うるさい!」
お前の方がうるせーよ。大体なんで羽生えた猫がいいのに俺がダメなんだよ。
そう思って御影さんに顔を向けるとなんか怒っていた。
「なんでそんな簡単にバラしちゃうんですか!?」
「いや、なんでって。こういうのは早いうちにやっといた方が……」
「みんなの精神状態とか考えて下さいよ! 風見先輩の馬鹿っ!」
「えぇー……。俺のせいなの?」
「当たり前ですっ!」
御影さんはプイッと顔を背け、歩き去ってしまった。見捨てないでよ、ねぇ。
続いて高月たちも呆れたように歩き去ってしまう。ちょ、その扱いはねーだろ……。
残されたのは俺と生き残りたち。なんか誰も俺の方寄ってこない。当たり前か。
そう思って俺も教室を後にしようとすると、一人女の子が走ってきた。
「えっと、風見……だよね?」
「おう。俺は確かに風見だけど、お前誰?」
なんかどっかで見たことある気がするけど、名前思い出せないわ。
するとなんだか悲しそうな顔をした。あれ、もしかして同じクラスなのかな。
「待て待て、よく考えたら見たことある気がする!!」
名前言わせるのが可哀想すぎて反射的にそんなことを言ってしまう。
それを聞いて、目の前の女の子は少しだけ目を輝かせた。やっべーどうしよ……全く心当たりねえ。
とりあえず同じクラスなのかもしれないし、訊いてみよ。
「……同じクラス?」
「そだよ。加えると、中二からずっと」
え、マジかよー。それで顔覚えてない俺ヤバくね。
うーん、うーん、と考えていると、なんだか最近顔を見たような気がしてきた。いや同じクラスなんだからむしろ当たり前なんだけど。
あ、あれだ。
俺は思い当たるものを見つけて、指をパチンと弾き、女の子を指差して言った。
「御影さんを助けたときに足挫いてた子だろ!」
「ウチの名前思い出せよ!」
殴られた。ひどいな、顔も思い出せないってことはその程度の関係ってことなんじゃないの? ねぇ?
そんな目で女の子を睨むと、女の子は一度溜息をついてから自己紹介を始めた。
「ウチは高坂流花。アンタと同じクラスよ」
「おう、そうか。それはもっと早く言おうな」
「アンタが必死で思い出そうとしてたんでしょうが!」
この子ツッコミうまいな。以後この子の前じゃボケることにしよ。誰の前でもボケてるわ、俺。
「あ、あと……」
「あん?」
なんだよ、まだなんかあんの? という目で高坂を見ると、なんか頬を染めてモジモジしてることに気づいた。便所くらい一人で行けよ。違うか。
「あ……あの時は、助けてくれてありがと」
「は?」
高坂が口ごもり、何を言ってるのかわからなかった。腹から声出せ。
「だっ、だから! 助けてくれてありがとって言ってんの!」
おう、そうか。いつのことかなぁ。
とりあえず、やればできるじゃねーかって言ってあげたら殴られた。
予想はしていたが、俺は端っこの教室に隔離されるらしい。ぼっちは慣れてるから別に何とも思わないけど。
ただ隔離と言っても形だけで、鍵は開けておくらしい。意味ねーじゃん。襲っちゃうよ? 御影さんとか。意味が違え。
ご飯は御影さんたちが持ってきてくれるようだ。手づくりなのか聞いてみると、午後部活予定の人のお母さんが作った弁当なので一応手づくりですってジト目で言われた。
どうやらここの食事は、部活予定者が学校に持ってきていた弁当を使っているようだ。ただ、運悪く終業式の日だったために数は少ない。
そこで近日、校外の様子見も兼ねて近くのコンビニに万引きに行くらしい。俺は猫と一緒にゾンビの撃退担当だ。俺たちは生物兵器かよ。
何はともあれ、ご飯の時間まで教室で待つことになる。
「やっべ、暇すぎじゃね?」
なんかないかなーと思い、ボロボロになってしまった制服のポケットを漁って暇潰しになるものを探した。
そして見つけた。
多機能暇潰し機を。
いわゆるスマホである。
「そうだ、いい機会だし。色々調べてみるか」
もしかしたら、ゾンビの情報が集まるかもしれない。
ネットを開き、情報を集める。
それによって、色々なことがわかった。
まず、現在動くのはネットと電気に水道。テレビやラジオはもうすでにゾンビにやられたらしい。
電車やバス、飛行機のような移動手段も絶たれ、日本から出られなくなったようだ。
車を使おうにも、高速道路には進化によって車に追いつけるレベルのゾンビがわんさかいて地元から出るに出られない。
この状態は世界中で起きており、言ってしまえば絶体絶命だ。
そんな中日本政府は、自衛隊などと協力しながら東京の区周辺地域を囲う壁を作り、ゾンビが餓死するのを待つといった計画があるようだ。ゾンビって餓死すんのか。
その計画のために自衛隊は区周辺地域におり、助けは期待できない。なにそれひどい。
警察はもはや壊滅的で、こちらも助けは期待しがたいようだ。
「終わりじゃねえか。政府、どー考えても見捨てる気満々だしよ」
そう言って多機能暇潰し機をその辺に放る。
教室に寝そべり、そういやボロッボロの制服だなぁと思い、着替えることにした。
三階には自分の教室もあるので、体育着を取ってきた。
「さてさて、着替えますかっと」
「風見先輩、ご飯持ってきましたよー」
下を脱ぎ、体育着に履き替えようとした瞬間のことである。
御影さんは持ってきた弁当箱を地面に落とし、俺は体育着を履こうとした手が止まる。
両者は、完全に固まった。
静寂、そして停滞。
それは、どれだけ続いただろうか。
確実に言えるのは、停滞していたのは俺たちだけである、ということだ。
つまりなにを言いたいのかというと、
「早く履いてくださいっ!!」
時間はちゃんと動いているということだ。
体育着を急いで履きました。
「はぁ、それで風見先輩は体育着に着替えたわけですね。わかりました」
「おう、そゆことよ」
俺は教室で正座させられていた。理由に関しては言うまでもない。
「そういえば、先輩着替えるまで何してたんですか?」
「ああ、ちょいと調べもの」
正座を崩し、放ってあった多機能暇潰し機を取る。
「こいつを使って、外の状況について調べてた」
「あ、なるほどネットですか!」
「おう。色々わかったぞ」
まだ見ぬ情報に御影さんが目を輝かす。あーこれ自衛隊やら警察やらの助けを期待してる目だ。移動手段がほぼ絶たれたとか言えないよこれ。
いや、言わないといけないわな。
「うーん、厳しいな。助けは期待できそうにないし、逃げ場所も当分確保できないかな」
「そう、ですよね……」
御影さんはわかりやすく落胆した。マンガみたいに表情変わるねこの子。そんなとこが可愛い!
「まぁ俺とか猫とか高月とかいるんだからとりま大丈夫だろ。政府もなんか東京の区のあたりに壁作ってるらしいし、完成まで生き残れば入れてくれるだろ」
もっとも、完成するのかどうかはわからない。
ゾンビが重火器との戦いにおいて、重火器の扱いに長けた形へと進化する可能性も否定できないからだ。
戦争のような状態になってしまったら、勝負は厳しくなるだろう。
しかしやはりそれは黙っておく。
「あ、そうなんですか! じゃあ、頑張んないとですね!」
御影さんはパアッと顔を明るくした。黙ってる俺って残酷だな。
「そうだ! これから学校脱出についての第一回会議があるので、先輩も来てもらえませんか?」
「ん? おう、わかった」
第一回て……。何回もやんのかよ、めんどくせー。
俺は弁当を食べてから向かうと伝え、弁当を食べはじめた。




