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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第一章『学校の脱出』
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12 『ごめんなさい』と『ありがとう』

「よう、風見晴人だ。会いたかったぜ、御影さん」


 彼らしいセリフを彼らしくない『人間』が言った。

 ボサボサの黒髪にボロボロの夏服。返り血でところどころ赤く染まっており、死体を喰っていた口は真っ赤だ。


「風見……先輩……?」


「ああ、そうだよ。俺が風見晴人だ」


 信じたくなかった。

 ジェットのような例もあるが、それでも自分のよく知る人物が、自分の命を命懸けで救ってくれた人物が、こんな風になってしまっていることを。

 信じたくなかった。

 自分のことを命を捨ててまで好きだと言ってくれた人物が、一日を共に過ごした人物が、こんな風に変わってしまっていることを。

 信じられなかった。

 目の前の『人間』を。


「そんな……うそですよね……。風見先輩が、ゾンビだなんて……」


「ゾンビ……? 何言ってんだよ御影さん。俺は『人間』だよ?」


 風見先輩は笑顔を崩さずに、そう言う。だが、とても信じられない。


「うそですよね……私を助けてくれた風見先輩が、あなただなんて……」


「嫌だなぁ、俺はちゃんと命懸けで君を助けたじゃないか。俺は風見晴人だよ」


 信じられるわけがない。

 風見先輩が、ゾンビだなんて。

 だから。


「うそをつかないで下さいっ!! あなたが! あなたが風見先輩だなんて、私は……私は、信じたくない!!」


 涙まじりで怒鳴った。

 それからやってしまったと後悔した。

 『人間』は、ひどく傷ついたような顔をしていた。

 その顔だけは、私のよく知る風見先輩に見えた。


「……ははっ、ひどいな。はは、俺がゾンビ? そんなわけないだろ……なぁ……?」


「一ついいか、小僧」


 笑顔は笑顔でも、とても悲しそうな笑顔で動揺する『人間』に、ジェットは決定的な事実を述べる。


「貴様は、ゾンビだ」


 瞬間だった。


「ふざけんじゃねぇよ」


 死体の山が、四方八方へと吹き飛んだのは。

 私たちには当たらないようにしたようで、血しぶきくらいしか体に当たったようには思えなかった。

 相当な力で吹き飛ばされた多くの死体は、体育館の壁に叩きつけられ、壁を破壊した。


「ふざけんな!! 俺がゾンビ? 人間じゃない? なんだそれ!! なんだよそれは!!」


 ついにその顔から笑顔は消え失せ、怒りだけがその場を支配した。

 ジェットが私を庇う位置に移動する。


「俺が何をしたってんだ!! なんで、なんでこんな!! こんな風に言われたくて、ここのゾンビを殺したわけじゃない!! こんな風に言われたくて進化ゾンビを倒したわけでも高月を倒したわけでもない!!」


 『人間』だった者の慟哭は、ただ続いた。

 私たちは、それに対し、何もできなかった。


「こんな風に言われたくてっ、御影さんを助けたわけじゃないんだぁぁぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!」


 まるで地団駄を踏むように、体育館の床を踏みつけると、周辺の床は一気に吹き飛んだ。

 決定的だった。

 彼はもう、正しく人間ではない。

 彼はもう、化け物になってしまっている。


「ご主人、どうする?」


「ナオ……まずいぞ。あいつ、我を忘れちまってる」


「わかってます! でも……どうしたら……」


 何もしなければ目の前の化け物は、体育館を破壊していき、怒りの矛先は私たちへと向くだろう。

 しかし何ができる?

 何をすればいい?


「なんなんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおッッ!! 俺は、俺はただッ、君の笑顔が見たくてッ!! それだけで、それだけだったのに!!」


 それを聞いて、私は彼との出会いとそれに伴う私の心境の変化について振り返った。

 私はひどい人間だ。

 命を救ってくれた人間を、初対面にもかかわらず人殺しと呼んだ。

 だけど彼は私を安全な場所まで連れて行ってくれた。

 そして彼は状況に混乱している私を優しい言葉で元気づけてくれた。

 そんな彼の言葉を私は無視し、命を捨てようとした。

 しかし彼はそんな私をまた救ってくれた。

 さらに彼はこんな私のことを好きだと言ってくれた。

 確かに私はモテていた自覚はある。可愛い方だと思っていた自覚もある。

 だが同時に私は自分が最低な人間だと自覚していた。

 それでも彼はそんな私を、私の笑顔を、好きだと言ってくれた。

 それなのに、私はそんな彼にまたひどい言葉を浴びせた。

 彼が化け物になってしまったという、それだけで。

 そう、それだけだ。

 それだけのことじゃないか。

 それだけのことも許容しなかった私を、まだ彼は好きだと言ってくれている。

 なら、私のするべきことなんて決まっているではないか。

 彼が望むことを。

 私がしたいことを。


「ああああああああああああああああああああああッッ!! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ!! 俺は、俺はッ、ただ!!」


「ごめんなさい、風見先輩」


 化け物の慟哭と破壊に包まれた体育館に、私の声はよく響いた。

 ジェットも、生徒会長も、そして化け物も、驚いたように私を見る。


「……は? なんだよ、それ」


「ごめんなさい、風見先輩」


「ふざけんな、なんなんだそれ」


「ごめんなさい、風見先輩」


 私は化け物へと歩み寄る。

 化け物は戸惑って後ずさる。


「初対面のなのに人殺しだなんて言ってごめんなさい」


「おい、やめろ。さっきまで俺のことゾンビだって……」


 構わず私は足を進める。

 それに合わせるようにして、化け物は後ずさる。

 きっと今、彼の心はぐちゃぐちゃになってしまっているのだ。

 私たちを攻撃したくない、だけど私たちが憎いといった風に。

 そしてもう自分が何をしたいのか分からなくなっているのだろう。

 だから、謝る。

 全部を、謝るのだ。


「私のために何度も辛い思いさせてごめんなさい」


「なんだよ、ほんと。やめろって」


「それなのに、恩を仇で返すようにひどいことを言ってごめんなさい」


「やめろ、もうやめろって」


「本当に、ごめんなさい。風見先輩」


「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


 聞きたくないと言うように耳を塞ぎ、座り込んだ化け物の前に座って。

 優しくその手を外して。

 彼の一番見たいだろう笑顔で。

 抱きしめて。

 そして。





「それでも、私なんかのことを好きだなんて言ってくれて、本当にありがとうございます。風見先輩」





 初めは驚いていた風見先輩も、私を抱きしめ返してくれた。

 風見先輩は、最初からここにいた。

 私たちはそれを勝手に化け物だと勘違いしただけだった。

 風見先輩は人間だ。

 化け物の体になってしまっていても、それでも、人間だ。

 だって、心があるから。

 私のことを好きだと言ってくれる、心があるから。



 だから私は、風見先輩を信じられる。



 そう思った、その時。


「ナオから離れろよ、化け物」


 声が聞こえてきた。

 これもまた、よく知る声だった。


「カイト……お前……」


「生徒会長だって気づいているでしょう? 彼はもう、化け物だ」


 声の主、高月先輩は歩いてくる。

 両手にチェーンソーを持ち、汚れひとつない真っ白なスニーカーを履いて、歩いてくる。

 チェーンソーは、赤い血で濡れていた。


「……そのスニーカーはここで『進化』したゾンビが履いてたやつだな。悪いな、逃したやつを狩ってもらったみたいで」


 そして風見先輩は抱きしめていた私を優しく離し、立ち上がった。

 そんな風見先輩を、高月先輩は睨みつけた。


「化け物に感謝される筋合いはないよ」


「なんだよ、まだ怒ってんのかお前。チェーンソー使ってるから割り切ったもんかと思ったが」


 風見先輩は先ほどまで取り乱していたとは思えない冷静さで、高月先輩と会話する。話は読めないけど。


「ああ、割り切ったよ。化け物は全て、僕が殺すってね。ただそこの猫は別だ。彼にはナオに対する忠誠心がある。おそらく心配はないだろう」


「俺も御影さんに対する好意があるんだが」


「さっき取り乱していたのを見て信用できると思うか」


「あ、論破された。とりあえず恥ずかしいからそれ忘れて」


 風見先輩は多分、私たちを安心させる気なんだろう。不思議と状況は最悪なのに、私もすでに落ち着いていた。


「ふぅ……まぁとりあえず俺を殺す気みたいだし、お前らちょっと下がってて」


「お前、戦う気なのかよ!?」


「心配すんな、俺は殺すつもりはねえよ」


「化け物の配慮なんかいらないね」


「そうかよ」


 風見先輩の態度は変わらなかった。

 高月先輩の気持ちも変わらなかった。

 二人はきっと、これから戦う。

 私たちはそれを見ていることしかできない。

 戦ってほしくはないのに、それを見ていることしかできないのが、歯がゆかった。


「さてと、高月。ゾンビとはいえお前の母親を目の前で殺したのは悪かった」


「だからそれはもう割り切った。今は関係ないよ」


「ああそうかい。なら俺がゾンビになった経緯まで聞いて、それで殺すか判断してくれねえか?」


「結果は変わらないだろうけどね」


 ジリジリと、二人が戦う時は迫っているように思えた。


「……体育館にゾンビが集まってるのを思い出して駆けつけたはいいが、ミスって体育館にいた進化ゾンビが飛び出してきちまったんだよ」


 風見先輩の説明は、いきなりとんでもなかった。


「体育館にいた進化ゾンビはみんな身体能力が桁違いで、俺は普通に捕まって喰われた。そんときだ。何かを喰えばゾンビ化も治るんじゃないかと思ったのは」


 きっと激痛の中だったのだろう。判断を迷っている暇がなく、仕方なくそうするしかなかったのだ。


「それで俺は俺を喰ってきたゾンビを喰い返したら、傷が回復して強くなった気がして、これならやれるって思ったわけよ。それで、ここのゾンビを喰い殺した」


「それが君のゾンビ化の経緯か」


「ああ、そうだ。これでも殺すしかないか?」


「殺すしかないな。『喰い』殺したんだろう? 普通に殺すのでなく。それが人間からゾンビへ変化したことによる心の変化だ。だとするとこれは集団の中に置く上でかなり危険だと判断できる。何かが起こる前に、殺すべきだ」


「あ、そ。じゃあ仕方ねえ、やるか」


 そんな風見先輩の表情は、余裕がないようにも見えた。

 それだけ高月先輩の装備は完璧なのだろう。

 さっき風見先輩は高月先輩のスニーカーを逃したゾンビのものだと言った。それはつまり身体能力の高いゾンビの装備を身につけたということで、平たく言うと、高月先輩の身体能力は今格段に高いのだろう。

 二人は睨み合っていた。

 そして体育館の天井が少し崩れ、パラっと落ちてきた天井の欠片が床に当たった瞬間。



 二人は、体育館の床を蹴った。

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