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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第四章『壁内紛争』
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116 戦友へ

 目の前にいるのはジェットだったもの。もうかつての戦友ではない。頭では納得できても、刃を向けるにはやはり抵抗があった。

 だが敵はそんな高月を待ってはくれない。

 ジェットは翼と足を利用し、その体躯に似合わぬスピードでこちらへ襲いかかってくる。


「は、や……っ!?」


 すんでのところで転がり、ジェットの右ストレートを避けた。直撃した壁はコンクリートが割れ、会議室全体を衝撃が揺らした。

 ここが地下故に、崩落の心配が生まれる。


「どうやって、倒せって言うんだ……!?」


 高月の扱う剣の能力は空中に足場を作るものと、能力を消去するもの。だから機動力では劣ってはいないものの、決定打に欠けた。

 その一方で、向こうの攻撃はコンクリートのダメージを見る限り一発一発が致命傷レベルだ。防護服を着ているとはいえ、あの拳を何度も耐えるほどの防御力はないだろう。


「耐えられて、三回ってところかな……?」


 それもうまく受け流す前提だ。

 この場において、高月は全力で戦うしかないと言えた。

 一度息を吐くと、スイッチを入れるように気持ちを切り替えた。自分はジェットを殺すのではない。これ以上彼が弄ばれないように、救うのだ。


「しっ!!」


 踏み込む。その速度は、ジェットに劣らぬ高速。さらに宙に作った足場を利用して、後ろに回り込みつつ斬り込む。

 だが折り畳まれた翼が背中への攻撃を邪魔した。実験の最中に混じり合ったエニグマがそうさせたのか、翼は硬質だった。

 刃が弾かれる。すなわち、それは隙が生まれたということだった。


「ぐ、うぅ!!」


 もはや自分への反動も顧みず無理やり作った足場を蹴る。一秒後には元いた場所がジェットの拳で貫かれていた。

 無我夢中の回避は運良くジェットの視界から消える形となる。攻撃するならば今しかないと、斬り込みに回転を加えて後ろの太腿を狙った。

 だがジェットは通常の人間よりも感覚器官が敏感なのだろう。攻撃を見てもいないのにそこを翼で再び防がれた。


「なん、なんだこいつは――」


 周りを飛び回るように移動する高月。その羽虫のような軌道を、ジェットは裏拳でなぎ払った。

 直撃。先程耐えられる回数を定めたばかりだったが、避けられなかった。

 ハエ叩きで落とされる羽虫のように、パシィンという小気味の良い音を伴って高月は地面に叩きつけられた。

 戦闘服の防御機能がなければ確実に骨は折れていた。なぜならダメージが軽減されたというのに、意識を保つことで精一杯だったから。

 すぐに立ち上がらなければ、と思う。

 こちらに近づいてくる音。このままではサッカーボールのように蹴られることが予想できた。


「ぐ、うああ!!」


 片足で地面を蹴りながら、腕の力と前転で無理やり蹴りを回避する。すでにほとんど満身創痍だった。

 再び地面を転がりながら、朦朧とした瞳でジェットを見る。

 ぐったりした顔は、どこか悲痛に見えた。

 それは自身がかつての戦友を傷つけていることを嘆くように見えた。


「――ジェット!!」


 ボロボロの身体に力を込める。高月は叫ぶことで自身を鼓舞した。一刻も早く、一秒でも早く、そのおぞましい姿から解放する。

 そして、こんなことを容認するような組織を許しはしない。


「せやああああああ!!」


 無我夢中に特攻した。もはや作戦なんてものはなかった。ただ速く。目の前の戦友よりも速く駆け、攻撃する。

 ジェットの拳どうにか受け流し、空いた剣で細かい攻撃を重ねた。

 集中しろ。そして集中を切らすな。

 一撃で倒せなくとも構わない。少しずつ削る。少しずつダメージを与え、ジェットを疲弊させる。

 高月の集中力はここに来て最高潮に達していた。攻撃の発生を見逃さず、二刀を器用に使って受け流す。そうしてできた隙を突くように斬りつけるのだ。

 少しずつジェットのスピードが落ちるのが分かった。そして、少しずつ自分の限界も見えてきた。

 ここまできたら後は競争だった。

 どちらが先に限界を迎えるか。

 高月の集中力が切れるのが先か、ジェットの体力がなくなるのが先か。


「いや、押し切る……」


 振り下ろされた拳を紙一重で避け、ガラ空きの脇に浅い斬り付けを入れる。関節付近への攻撃を重ねたことで、ジェットの動きは著しく鈍化していた。


「ここで僕が、君を救う!!」


 自分で言って、それを疑問に思った。

 救う? もうジェットは、元には戻らないというのに?

 元はと言えば、ここへ彼を連れてきたのは高月たちだというのに。彼に託された御影奈央は、もう壁にはいないというのに。

 一体ジェットにとどめを刺したところで、それの何が救いになるというのだろうか。

 気付けば高月たちはどうしようもなく、ジェットを傷付けていた。愚弄していた。ならばここで殺されるべきなのはジェットではなく、自分たちなのではないだろうか。

 その迷いが。

 その一瞬の躊躇が。

 高月の集中を途切れさせた。


(ま、ず――)


 反応が遅れた。

 自身の劣勢を悟ったジェットの、渾身の右ストレートが迫っていた。もうすでに高月は理解している。この拳を避けることはできないのだと。

 これはきっと、罰なのだ。と思った。

 ジェットをこんな風にしたのは壁だ。だけど、こんな風にさせる場所へ連れてきたのは高月たちだった。

 だからこそ、罰なのだと。

 その一瞬は永遠に感じられた。走馬灯というやつか、ジェットと共闘した時の記憶が想起した。

 ――ごめん。

 心の中で、彼にそう謝った。

 その瞬間。


「――――」


 ジェットの拳が一瞬、止まった。

 ハッとなって高月は右肩に縫い付けられたジェットの顔を見た。

 そこに表情なんてない。見た目では何も変わらない。すでにその命も尽きているかもしれない。

 だけど彼が、この右ストレートを止めてくれたのだと、そう思った。

 その時、声が聞こえたのだ。


「――何をしている。こんなところで足踏みしていないで、早くご主人を探しに行け」


 それは間違いなく幻聴だ。けれどジェットなら、きっとそう言うだろうなと思った。


「――ッ!! わあああああああ!!」


 高月は身を翻して、斬り上げるようにジェットとゾンビの身体を分断した。そのまま回転し、本来の頭を金属刀で貫く。

 さらに貫いた金属刀の柄頭を蹴るようにして奥へ刺しこんだ。これでこのゾンビは絶命したはずだ。


「ジェット!!」


 切断されたジェットの頭部はまだ宙にあった。高月はそれが地面に落ちるよりも速く落下点へ向かい、間一髪でキャッチする。

 どうにか、彼の頭を地面に叩きつけることはなく済んだ。


「ジェット、ごめん……あと」


 その顔を見下ろし、高月は震える声でそうこぼす。


「ありがとう……」


 しばらく、息が整うまでそのままジェットの頭を抱きしめていた。気付けば涙が流れていて、落ちた滴が抱きしめる猫の毛を濡らしていた。



 ジェットの頭は腰のポーチにしまった。そのために救急パックなどを置いていくことにはなったが、構わなかった。

 こんなところに彼を置いていく選択肢はなかったのだ。

 高月は先に進まなければならない。この壁の闇を暴き、自分が本当に正しいと思う道を探さなくてはならない。

 そうでなくてはジェットが、そしてここまでに失われてきた命のすべてが報われない。

 今はただ、前へ。

 この闇の、さらに深奥へ。

 階段を見つけ、下へと降りる。降りていく。

 鉄格子の中から聞こえてくる狂気の声。怨嗟の声。羨望の声。絶望の声を振り払い、狂いそうになる頭を振って、高月は先へ進む道を探した。

 そうして噂の地下施設第三階層へと辿り着く。本来はここが『棺桶』であるのだと言われていた。

 危険なゾンビを閉じ込めておく棺桶ならここまでにいくつも見てきた。それでもこの階層が噂になるというのは、ここに何かがあるからに他ならないだろう。

 ともすれば高月の探すものも、二村が匂わせた何かも、ここにあるのかもしれない。

 高月は覚悟を決め、再び先を目指す。

 その時に決めた覚悟とは、待ち構えている絶望に対する覚悟だった。


 ――だが、高月はすぐに、決めた覚悟以上の絶望に立ちすくむことになる。

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