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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第四章『壁内紛争』
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114 正しくあろうとする狂気

 深夜になった。

 人間は夜になれば眠るようにできている。それは例えパンデミックによって終わってしまった世界だとしても変わらない。

 だから夜になればほとんどの人間は眠りにつく。その分だけ警備も手薄になるはずだった。

 高月は手入れすると断って自室に持ち込んでおいた二本の剣を腰に下げ、警備に気をつけながら地下への階段を目指す。今ならまだ、警備に見つかったとて武器を返しにいくだけだと言い訳ができた。

 だが居住区画を過ぎ、売店や休憩スペースを通り、武器庫を越え、階段を下りた先には関係者以外立ち入り禁止とされる扉が待ち構えていた。

 当然ながら高月は関係者では、ない。


「さて、これは入れるのかな……?」


 軽くノブをひねる。回る感触と同時に、鍵がかかっていることもわかった。それもそのはずで、ちょうど真上にパスコードを入力する場所があった。

 数字四桁。当てずっぽうで入力するが、当然ながら失敗に終わる。これはもう人の出入りを待つ他ない。

 衝動に任せてすぐに行動したのが迂闊だった。下調べを念入りにするべきだったと後悔するが遅い。

 だが幸いにもすぐに研究者らしき人物がこちらに向かってくるのが見えた。高月は相手に気付かれるより先に突き当たりの物陰に身を潜める。

 同時に目を凝らす。研究者が扉に向かって入力したボタン。数字は見えないが、手の動きで大まかに絞れる。

 絞った数字を片っ端から試していくと、四回目で扉が開いた。ここから先は高月の権限では入ることのできない場所。一歩踏み入れればもう、反逆者と言われてもおかしくはなかった。

 だけどこの先に行かなければわからないことがある。


「――僕は、決めたんだ」


 まぶたの裏に高月のよく知ってるヒーローの姿が浮かぶ。御影奈央を救うために単身神へ挑み、触媒となった敵を救うためにひとりでその場所に残った少年。

 彼のようになりたい。彼のような、眩しいほどの正しさを追いたい。

 だからこそ高月はまず、何が正しくて何が正しくないのかを知らなくてはならないのだ。


「僕も、――ヒーローになる」


 扉を開く。その先の照明は弱い。先は十メートルも見えない。証明の弱さは夜だからか、それとも元来ここではそういうものなのか。

 臆せず高月はその中へ進んでいく。後ろで自動的に閉まったドアのオートロックが作動する音がした。もしかすれば監視カメラや入退場を記録するシステムなどがあるかもしれない。探索に時間はかけられないだろう。

 高月はとりあえず地下への階段を探す。深くへ向かえば向かうほど、隠したい研究が見えてくるはずだった。

 入ってすぐは廊下が続いた。特に両脇に何があるわけでもない。ここでこちらに向かってくる科学者でもいようものなら高月は終わりだと思った。

 しばらく道に沿って進んだ。

 小部屋はあるものの、階段らしいものは一向に出てこない。わざわざ研究者のいる可能性のある小部屋に入るのは躊躇した。

 そして進んでいると、不意にボソボソと話し声のようなものが聞こえた。

 研究者の声かと思い耳を潜める。


「……天使が……この世界は神に遊ばれたんだ」


 話し声の内容は不明瞭だ。天使? 神? 意味がわからない。だが誰かと話しているようには見えなかった。声は明らかにひとりのものだ。

 高月は少しずつ声の方へ近づいていく。天使や神。単語は意味がわからないとはいえ、全て『ミカゲ』に通じるものだ。知る必要がある。


「神は僕らを見てる……見てる?」


 声は震えている。何かに怯えているのだろうか。照明の弱さが悔やまれる。ほとんど目前まで近づいても声の主は見えない。

 だが目視に頼る高月とは違い、声の主は小さな物音で高月に気付いた。

 気付くと同時に、声の主は高月の元へ迫った。それは一瞬だった。あまりの速さに、高月が剣を構えるのも追いつかなかった。

 だが高月と声の主とは鉄格子が隔てていた。声の主は鉄格子を掴み、大声を出す。


「神は!? 神はどうして僕らを試すようなことをするのだ!?」


「――ひっ」


「――怖い? 怖いよねぇ。こんな世界はどこにいても、何をしていても、怖い」


 声の主は驚いた高月の反応を見て楽しげだ。ここまで近づいたことでようやくその姿が照明に照らされる。

 声の主は禿頭の男だった。目は正気を失ったようにぎょろりと明後日の方角を向いており、口からはよだれが垂れている。頬はこけていて、常軌を逸した痩せ方をしている。

 男にはほとんど、肉がなかった。風船が空気を抜かれて萎んだように、骨や臓器の形が浮き出ている。それでどうして生きていられるのか、どうしてあんな速度で動けるのか甚だ疑問だった。


「アンタは……」


「僕? 僕はマイケル。ジョージかもしれない。ダニエルかな? 忘れちゃった、ひひひ」


 じゅるりとよだれを啜る。


「まぁ、ここにいればそんなものは必要なくなる。この世界にいれば、いずれそんなものは必要なくなるのだ」


「それは、どういう意味だ……?」


「わからないのか?」


 男はカカカッと気持ちの悪い引き笑いをした後、突然正気に戻ったように高月を一直線に見つめた。その眼光に気圧される。


「この世界は壊れ始めている。そのことは、君もわかるだろう?」


「ゾンビが……」


「それだけじゃない」


 男は瞬きもせずひたすらに高月を見つめた。それはいずれくる終末を覚悟するように。高月の無知を諭すように。


「神は、僕らで遊んでいる。世界は壊れ、僕らの生は無意味に淘汰されるのだ」


 瞬きをしないせいで男の瞳は徐々に充血していく。そして何の因果関係か、鼻からは鼻血が垂れていた。


「生き残るのは、神に選ばれし者のみ。僕は……僕らは選ばれない。選ばれない、選ばれない」


 そこで男は壊れたように白目を剥いた。ブツブツと呟きながら固まってしまった。

 高月は気付く。

 ここはすでに『棺桶』なのだ。

 地下三階層という情報のあったその場所はすでにここから始まっているのだ。

 それを証明するように、よく見れば両脇には数メートおきに鉄格子があった。

 白目を剥いた男は『棺桶』に閉じ込められたゾンビだったのだ。確かに、あそこまで気が狂ってしまっていては野放しにはできない。

 高月は男を放って先へ進むことにした。

 その道中で左右の鉄格子の奥を覗く。そこには先ほどの男と同じような、壊れてしまったゾンビが収容されていた。

 落ちていた石で地面を傷つけ続ける者。延々と逆立ちする者。壁と会話する者。ただじっと鉄格子の外を観察する者。鉄格子を舐めながらニヤニヤとこちらを見てくる者。気さくに話しかけてくる者。怒鳴ってくる者。怯える者。

 様々。様々な狂人がそこには収容されていた。高月は自分の足元がぐらつくような錯覚を覚える。

 ここにいると、自分まで狂ってしまいそうだった。彼らの狂気に呑まれるように、発狂してしまいそうだった。

 その度に自分の決意を思い出す。ヒーローとなること。正しさを探すこと。しかしその思考回路がすでに、狂った頭の導き出した答えなのだとしたら――。


「――お前には、歪みが見える」


 すぐ右手の鉄格子にいる男がぽつりと漏らした。こちらを指差している。それは後ろ指を差すように。

 高月は足を止め、その男を睨んだ。


「歪みだと?」


「そうだ。歪みだ。歪みとは、普通と違う様のことだ。お前は普通ではない」


「アンタに、何がわかる」


「理解とは困難なものだ。人は自分のことすら理解することができない。脳は、我々が行動すると決めるよりも半歩先に反応しているのだから」


「そんな話はしていない! アンタに、僕の何がわかるんだ!」


 高月は剣を抜く。

 そして抜いた剣を男に突きつけた。

 その大声が棺桶中に響き渡るとしても構わなかった。今の高月には、目の前の男を否定することこそが最も必要だったのだ。


「では聞こう。お前こそ、お前のことをわかっているのか?」


 ――僕自身の、こと。

 高月快斗という人間。横柄な父と優しい母の間に生まれ、妹と合わせて四人の家族と暮らしていた少年。

 高月は風見晴人という少年の眩しさに憧れ、その光を追いかけるように正しくあろうとした。

 だがその本質には、明らかな歪みがある。


「僕は……」


 ゾンビ騒動が起こった時、真っ先に多くを守ろうとしたのは高月だった。学校の三階を丸々防火扉で塞ぎ、生存者にとっての安全地帯を作った。

 だが高月の母がゾンビとなった時、高月は自分がリーダーであることも忘れ、彼らを危険に晒しかねない行動をとった。

 そして、もう手遅れになってしまった母を介錯してくれたというのに風見を殺そうとした。

 そんな風見が自我のあるゾンビとなった時、高月は再び彼を殺そうとする。

 ゾンビという危険を排除するためだと言った。だがそこに本当に母を殺された恨みがなかったのかと問われれば、高月は否定はできなかった。

 高月快斗は正しくあろうとする。何度も、何度も正しくあろうとする。だけど何かの歯車を掛け違え続けてきた。

 だからあの眩しさには永遠に辿り着けない。

 だから自分の父が敵となる状況を望み、殺すことのできる時を待っている本心を認められない。


「――違う!!」


 高月快斗の歪み。それは正しくあろうとすることだ。

 正しい人間は正しくあろうとはしない。その生き方が当たり前に正しい道を作る。

 高月はそうではない。自分で正しい道を選択し続けなければ、すぐに間違える。

 だから根底に眠る思いを、父への怒りと殺意を否定することでしか前へ進めない。

 だってその殺意が正しいはずなどないから。それを認めてしまっては、高月が正しくなくなってしまうから。


「違う、違う違う違う……」


 ここにいてはいけない。

 ここは高月の立ち位置を揺らす。自分が今どこに立っているのか、まだ本当に立てているのかを曖昧にする。

 ぶつぶつと自分の本心を否定して、否定して、それはまるで自己暗示のように自分を律しようとした。

 壁にもたれるように歩き、もはや自分の目的すら忘れてただ意味もなく進んでいった。

 そうして歩いて行った先に、ちょっとした広間が見えた。

 あそこにいって、少し休もう。ここは精神をおかしくする。ここにいては、心が壊れてしまう。

 そうして歩いて行き、広間の入り口に立った時、高月は目が覚めるような感覚とともに現実に引き戻された。

 それは広間にいた人物がこちらを睨んでいたからに他ならない。


「――貴方は、ここで何をしているのですか?」


 第一部隊隊長、二村純也。

 高月も何度か見たことがあるその男。

 壁、ひいては少年への忠心が高く、身勝手な行動をとった高月をよく思っていなかった者。

 その男が、広間の奥からこちらを見ていた。

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