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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第四章『壁内紛争』
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112 分かれ道

「――キミの友達は、『神殺し』だね?」


 鼓動が加速していく。自分の心音が聞こえてくるような錯覚を覚えた。それほどまでに、自身の失態は大きなものだと感じていた。


「『神殺し』。篠崎響也と高月快斗の交戦現場に突如現れ、篠崎響也を倒した後、彼が出現させた『神』と呼称されるモノを倒したゾンビだ」


 狩野の語ることは、実際に起こったこととは多少齟齬がある。おそらくはまだ調査が進んでおらず、事実確認の取れていない情報は伏せているのだろう。


「そんな謎のゾンビ。素性を追えば、篠崎が壁の目前まで攻めてきたときにも彼を撃退しているのだそうだ」


「は、はぁ……」


 とにかく肯定とも否定ともとれない態度を繕う。どちらに転んでも良い展開は期待できないため、ギリギリまで出方を伺う必要があった。


「そして当人は休眠状態に入り、医療部隊の少女が医務室へと隔離した――」


「……」


 嫌な予感がした。

 それは、当たった。


「――秋瀬詩穂。キミは彼女と一緒にこの壁の中へ来たんだったな」


 掴まれている。尻尾はすでに掴まれていたのだ。永井は逃げられない。

 もはやこれは、決定的証拠を与えたに過ぎないのだ。点のように穿たれていた疑問が、今、線として繋がってしまったのだ。


「……俺は、情報を秘匿していたことを追求されるんでしょうか」


「私が誰かに口外しようものなら、そういうこともあり得るだろうな」


「そう、ですか……」


「だが、キミが気にすることはないとも」


「……え?」


 顔を上げると、狩野は楽しそうな笑みを浮かべていた。この男は本当に心底、性格の悪いからかい方をすると思う。


「心配しなくとも、口外はしないさ。もっとも、私がたどり着けるくらいだ。上はとうに把握しているだろうね」


「……ありがとうございます。でも、そうですよね」


「把握されていながら泳がされているんだろう。上はまだ『神殺し』については、そこまで興味を持っていないのかもな」


 安心させるかのようにそう付け加える。永井は胸を撫で下ろした。

 そして、ふと思ったことを聞いてみる。


「狩野さんは違うんですか?」


「私は、……そうだね」


 その質問に対しての回答は、珍しく少し間を置いた。

 狩野将門の、風見晴人への個人的興味。その有無はそんなに悩むことなのだろうか。

 しばらく悩んで、狩野はこう切り出した。


「キミは、エニグマの可能性についてどう考えているのかな?」


 エニグマの可能性。

 壁外調査をしていた時に益川が言っていたことを思い出した。

 エニグマとはすべての生き物にとって足りないものを埋めるものだと、益川は考えていた。永井も少しだけ、その考えに賛同する気持ちはあった。

 もしかしたらエニグマは、人類の希望になるのかもしれない。猿から始まって文明を作り上げた人類がまた一歩先へ進むための希望になるのかもしれない。

 だから永井の答えは。


「俺はエニグマに、人類の未来を感じます」


 その回答に狩野は少し驚いたような顔をしてから微笑んだ。


「なるほど、キミは私が思っていたより聡明だ」


 そうして彼はまた、自身の研究をひけらかすように話し出した。


「確かにエニグマは人類に災厄を齎した。それは間違いない。全人類は、今、未曾有の災厄に苦しみ、もがいている。だがね、だからといってただゾンビたちを駆逐するだけではヒトは前へ進めない」


 普通の人間だったらゾンビは自分の命を脅かすものとして捉える。思考能力を持たず、自身の飢餓を埋めるためにただ目の前のものを喰らい尽くす存在。

 だがそれはエニグマの量によって自我を手に入れ、能力を手に入れ、神へと近づいた。

 だからこそ永井はそこに、希望を抱くのだ。


「エニグマは災厄とともに、進歩を齎すのかもしれない。ヒトは短期間で文明を凄まじく高度化させてきたが、その種としては、生物としては長らく停滞している。その本質は石器を扱っていた時代から何ら変わっていないのだ」


 ヒトは道具を持ち、道具を発明し、道具を高度化させてきた。故に自身を高度化させる術を持たず、種としては一切の進歩をしていない。

 だがエニグマが神へと近づくための物質であるなら、ヒトはその力を持ってついに前へ進むことができるかもしれないのだ。


「かといって、私は人類がゾンビになるべきとは思わない」


「……そうなんですか?」


「ああ。あれは医学的には死亡している。死の定義をすべて満たした状態での進歩は、生物としては好ましくない。それは単に、死にぞこなっているだけに等しい」


 狩野は嫌悪するように述べた。彼のゾンビの見方は永井のそれと違って独特だった。


「そうではない。生物としての定義から外れてはならない。ヒトはヒトとして、一歩先に進まなければならないのだよ」


「だからこそ、パワードスーツや道具に能力を移したものがここにはあるんすね」


「そういうことだ」


 ヒトのままで進歩する。永井はゾンビたちのことを死を超越した存在として認識し始めていたが、狩野はそういった存在には目もくれないらしい。


「ヒトがヒトのままで彼らの力を有した時、それはまさしく進化だ。そうは思わないかね?」


「そりゃあ、もちろんそうだと思いますよ」


「そうだろう。して、キミは疑問に思ったことはないか?」


「……え?」


「ゾンビの力を道具に移したもの、と言ったな。キミはそれを、どうやって作ると思う?」


 かつて高月快斗は『あらゆるものを切断するチェーンソー』を使っていた。また『身体能力の向上する靴』も履いていたはずだ。

 それらはすべてゾンビ由来のものだ。倒したゾンビがその身に宿していたものを身につけた結果、同じ力を得たに過ぎない。

 だから壁が用意した武装も同じ方法で作っているとばかり思っていた。しかし。


「ゾンビには各々が発現する能力の他に、もうひとつの力を有している」


「……はぁ」


「それは、何かに自身の力を譲渡する能力だ」


 つまり壁はそれを利用して超能力を我が物にしていたのだ。ヒトがヒトのまま進化する方法はそこにあったのだ。


「今はまだ彼らが力を発現させ、それを我々が譲渡されるしか方法がない。だが私は我々の力で能力を発現させ、それを遺伝させていく機構を構築したいのだよ」


「……はぁ、なるほど」


 随分と壮大な研究だ。だけどそれは確かに夢があると感じた。狩野の理想が実現すれば、自分たちがまた世界を取り戻すことができるはずだ。


「私はね」


「…………」


「この世界を、――救いたいんだよ」


「――――」


 それが狩野将門のすべてなのだと、永井は思った。世界を救う、などと簡単には言えない。自分にできることなんてたかが知れている。

 だから永井はそんなこと言えるはずもなかった。だけど狩野はそれを言ってのけるのだ。


「狩野さん、すごいっすね……」


「……少し、大袈裟に語り過ぎてしまったな」


「いや、でもすごいっすよ」


 誰かを救うことは、自分にだってできるだろう。ここまでにやってきたことで、何人かは救うことができていたはずだ。

 だけど世界という規模で誰かを救うなんてことは、永井には考えられなかった。


「俺も、何か手伝えることがあったら手貸しますよ!」


「本当かね、助かるよ。猫の手も借りたいんだ」


「もちろんです!」


 そう言って永井はその場を後にした。

 やはりここに来たことは間違いではなかった。自分は、自分たちは誰かを救うために行動できるのだ。

 そしてともすれば人類という種の進化に立ち会えるかも知れない。

 永井の足取りは軽かった。





 そんな永井を見送る狩野の視線は、どこか見下すような色味を帯びていた。


「……ああ、そうとも。私は世界を救う」


 まだ喋り足りないのか、狩野は一人口を開く。


「人類を進化させようと思っていることも本当だ。我々は現在、大きな分かれ道に立っているのだよ。だがね――」


 背を向けた。永井に、そして絶望が満ちた今の世界に。


「――キミの納得するやり方では、時間がかかり過ぎる」


 永井の瞳は爛々と輝いていた。あれは悪意を知らぬ目だ。他人を簡単に信用する、この世には悪人などいないと思い込んでいるような目だ。

 性善説など馬鹿らしい。昔の人間は、よくもまぁ無駄なことに頭を働かせたものだ。

 人間の本質がどちらであれど、目の前の人間が善人である保証などないのだから。


「ああ、そういえば『神殺し』に興味があるか、だったね」


 狩野は話題が途中だったことを思い出した。内容は逸れてしまい、聞き手はとうに自室へ戻ってしまった。


「興味? あるとも。その力があれば、世界を救うには近道ではないかね」


 ふっと笑った。狩野が『神殺し』に興味を持つのは、それがどういった存在であるかではない。その力を、どうやって我が物にするかだ。


「私は人類を救うよ」


 繰り返す。それは自分に言い聞かせるために。

 そして自分の研究室を横目に見た。その中で起こっていること。永井が見たならば、おそらくは幻滅するであろうもの。


「どんな手を使ってでも、ね」


 部屋の中では、一人の少年が終わらぬ拷問を受けていた――。

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