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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第四章『壁内紛争』
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109 混乱

 路地裏の狭い空間から振り返った瞬間に変わった景色。大草原。見渡す限りの原っぱだった。

 心地の良い風が吹き、それまでの夏の暑さを忘れさせてくれる。


「何が、起こっているんだ……?」


 高月は自身の瞬間移動を疑問に思う。女の声がしたのは覚えているので、高月をこの場所へ転移させたのは間違いなくその女だ。

 しかし、何の目的で? 声は「合格だ」と言っていた。だがなにが合格なのかわからない。

 そして高月は目にした。

 正面、丘になっている草原の上に人影が見えるのを。


「――――」


 ゆっくりと近づく。

 この草原に隠れる場所はない。人影がもしも高月に敵意を持っていた場合、戦闘になる可能性もある。慎重に距離を詰めていった。

 近づいたことで人影の姿も徐々に見えてきた。

 花柄の白いワンピースを着て、つばの広い帽子を被っている。人影は帽子が風に飛ばされないように抑えているようだった。

 もう少し近づく。遠目にだが、女性にしては身長が高めであることがわかった。サンダルを履いているのに目測では高月とあまり変わらない。

 そして帽子の隙間から見える髪の毛はカールがかかっていた。肩よりも長い髪は風になびいている。

 その髪の色は、――茶髪。


「自らの恐怖に立ち向かう力、素晴らしかったですわ」


 気づかれている。それも、ここまで近づいてしまえば当然か。そもそも、高月をこの場所に追いやったのはおそらくはこの女だ。

 女がこちらを振り返る。瞬間、強い風が吹き抜けた。

 女の被っていた帽子は風に飛ばされてしまう。乱れた髪を整えながら、満面の笑みを湛えてこちらを見下ろした。


「――――」


 その顔付きには、見覚えがあった。

 いや、知り合いではない。高月はこんな女を知らない。しかし目の前の女には、彼女の――御影奈央の面影が、あった。


「――お前は」


「あら、言葉遣いの悪いこと。せっかくのお顔が台無しですわ」


「ふざけるな」


 仲良くする気は無い。たとえ御影奈央に何らかの関係があろうとも、信用には値しない。


「何が目的だ」


「貴方に、世界を救ってほしいのですわ」


 女は端的にそう告げた。

 意味がわからない。目の前の女は何をふざけたことを抜かしているのだ。


「……だったら、さっさとここから帰してくれないかな」


「ことを急ぐ姿勢は女性に好まれませんわ。まずはわたくしの話を聞いてくださいまし?」


 煽りに耳を傾けても無駄だ。情報は集まらないし、ここから脱出する術もない。

 高月は苛立ちを抑え、一度深呼吸してから話を聞くことにした。


「ふふ、賢明ですこと」


 女は笑いながら言うと、まずは名乗った。


「わたくしは御影西菜。ひと言でいえば、『天使』ですわ」


「…………」


 意味はわからないが、突っ込むこともしない。まずはとにかく情報を引き出すのだ。

 女は御影西菜と名乗った。御影奈央との関わりはまず間違いなくある。適当な区切りで探りを入れていこうと考えた。


「そしてわたくしたち『天使』たちの目的は、『大天使』であるお姉様を立派な神へと昇華させることにありましてよ」


「その、お姉様っていうのが――」


「察しの良いこと。貴方たちの守ってきた、御影奈央お姉様ですわ」


「――――」


 自分たちが守ってきた、という言い方が引っかかる。御影奈央は仲間だ。守ることもあったが、彼女に助けられることもあった。

 それがなぜ、高月たちがまるで御影奈央の従者であるような言い方をするのか。

 しかし突っ込まない。高月は話を先に進めるように促した。


「神、という存在についてまずはお話しますわ。神というのはあくまで、貴方がたの言葉でその存在を例えているだけに過ぎませんことよ。まずはその認識の違いを改めさせていただきますわ」


 つまり高月たちの想像する神と、彼らの目的である神とには何らかの齟齬があるということか。


「貴方がたは神というと、何を想像しまして?」


「……この世界を創った存在。あるいは、僕らを救う存在」


「とても宗教的ですわ。よくもまぁ、自分たちが見たこともない存在を盲信できますこと」


「僕は無宗教だけど、その言い方はどうかと思うな」


 高月に信じる神はいない。しかし、信徒たちのことを間違っているとも思わない。

 彼らが天使という立場から見て宗教を馬鹿にするのだとしても、高月は賛同できない。


「……さて、わたくしたちのいう神はと言うと――」


 宗教論について話し合うつもりはないのだろう。西菜は脱線した話を無理やり元に戻すと、神の正体を告げた。


「――世界を運営する、システムですわ」


「……システム?」


「ええ。神という存在がいることで世界は正常に機能するのですわ」


 まるで物語の設定だ。自分たちの住む世界がそんな風にできているなど、空想の中の話だと思っていた。

 解せない。西菜が真実を語っているとすれば、それは限りなく重要な情報だ。それをなぜ、一介の高校生でしかない高月快斗に話す?


「そして、神というシステムは消耗品ですこと。機能しなくなれば、交換しなくてはなりませんわ」


「それで、ナオが選ばれた……?」


「いいえ」


 西菜は首を振る。


「選ばれたのではなく、召喚されたのですわ」


「――――」


 召喚。御影奈央の存在自体が、彼らのような上位的存在による差し金というわけだ。

 だが、御影奈央はそんなことを言ってはいなかった。


「ナオは、そのことを知っているのか?」


「お姉様は知りませんわ、何も。ただ――」


 再び西菜は笑みを浮かべる。


「――順調に神へと進んでいるとは、述べさせていただきますわ」


「…………」


 それが良いことなのかどうか。結局それ自体はわからない。だが話の概要だけならば、悪いことをしようとしてるようには見られなかった。

 もっとも、そういうセールスで高月を釣ろうとしている可能性の方が高いが。


「世界を救えとか言ってたけど、僕に何をさせる気なんだ?」


「……簡単に言ってしまえば」


 高月が話を変えると、西菜は楽しそうにする。どうやら多少は気に入られたらしい。全く嬉しくはないけれど。


「貴方がたが暮らす壁を統治する少年を、殺してほしいのですわ」





※※※





 壁を統治する少年に謎な部分が多いことはわかっていた。それは先日の騒乱で第一部隊を出撃させるタイミングだったり、屍の牙の潜伏先を把握していたことだったり、その年齢で壁のすべてを握っていることだったり。

 パワードスーツや壁の建設。それらをすべてあの小さな少年が指揮したなど、ありえない。ありえないが、否定もできない。

 あの少年にはどこか、それを否定させないような雰囲気があるのだった。


「――あの子を、殺す?」


「ええ」


「それと、世界とに……何のつながりがある?」


 西菜は世界を救うために、少年を殺せと言った。だが高月にはその二つの関連性が全くわからない。

 それではまるで、少年の目的が世界を滅ぼすことにあるみたいではないか。


「お察しの通りだと思いますわ」


「……そんな、バカな」


「正確には、あの子の目的はお姉様を殺すことにありましてよ」


「ナオを、殺す……?」


 そんなの、いつだってできただろう。

 高月たちが壁に救助されてからの数日間、無防備な瞬間など数え切れないほどにあった。殺すつもりだったならば、いつだって殺せたはずだ。


「ふふ、お姉様はそう簡単に殺せませんこと。貴方がた普通の人間と同じ枠で考えるのは、ナンセンスですわよ?」


「……くっ」


 ブラフか、そうでないか。

 チラつかせられる情報の真偽が読めない。西菜は未だ、全く信用できない。

 だけど、――高月にとって壁への信用がないのもまた事実だった。

 どちらも高月にとっては信用に足らないのだ。


「わたくしたちの目的、貴方がたの上司の目的、様々な真実を知った貴方の答えは――」


「僕は……」


 判断するための材料が足りない。壁が世界を滅ぼすとまでは思えないし、西菜が単純にそれを阻止しようと動いているようにも思わない。

 高月がすべきなのはおそらく、どちらにも与さないこと。

 答えは一つ。どちらも、間違っているのだ。


「僕は、――僕の判断で戦う」


 どちらの味方もしない。先に脅威となる方と戦うのみ。それがおそらく、正しい答えだ。


「ふふ、良い答え」


 西菜は頬に手を添えて嬉しそうな顔をすると、次の瞬間には高月の眼前に移動してきた。

 瞬間移動。山城天音と同類の能力か。しかしあまりにも速すぎて反応が間に合わない。


「気に入りましたわ、貴方」


 西菜は高月の顎に軽く触れた。お互いに見つめ合う。近くで見ると、より御影奈央に似ていることがわかった。

 やがて高月はハッとなり、その手を振り払う。


「あら、つれませんの」


「僕は君を信用していない」


 言うと、西菜は少しだけ残念そうにしながらこちらに背を向けた。


「貴方のその強い瞳。いつまで輝いていられるのか、見ものですわね」


 彼女は言いながら指を弾いた。

 それだけで景色は元の路地裏に戻る。周りを見回すが、痕跡のようなものは一切残っていなかった。

 少しして、浜野と春馬が駆けつけてきた。蛙と戦う前に送った信号を受けてだろう。おそらくは彼らの方にも西菜の刺客は向かっており、それで合流に時間を要したのだ。


「大丈夫か!?」


「……ああ、このカエルゾンビに苦戦したけど」


「カエル?」


 心配してくれた浜野に足元の死体を見せてやる。そのすらりとした外観と、両断されているグロテスクさに、彼は驚いて飛び上がった。


「げぇー! 気持ち悪!!」


「怪我はないか?」


「ああ、春馬さん。大丈夫です、問題ありません」


 大丈夫ではある。大した怪我はしていない。蛙から受けたダメージなど微量だった。

 だが問題ないかと言われれば、それは嘘になる。

 問題はあった。それも、大問題だ。

 高月は大きすぎる情報を知ってしまった。これをどうするかは、まだ判断できない。

 世界を滅ぼそうとしている『新政府』。

 次代の神を創り上げようとしている『ミカゲ』。

 何が真実で何が間違いなのか。高月は見極める必要があった。

西菜さんの口調は適当なのであんまり突っ込まないでください。

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