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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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99 風見の言葉

 高月快斗はボロボロだった。

 腹部の傷はズキンズキンと痛むし、電撃だって受けている。とうに装備でカバーできる攻撃の許容は超えており、人間である高月にはすでに自身の死が迫っていることが実感できた。

 それでも。

 それでも――。


「頑張れ、ハルトォ――――!!」


 声を上げずにはいられなかった。

 その行為が自分の寿命を縮めかねないとしても、腹部の傷に響くとしても。

 目の前で戦う少年を、鼓舞せずにはいられなかった。


「頑張って、風見くん!!」


 高月の声を聞いて、近くで祈るようにしていた矢野が声を上げた。彼女だって無傷ではない。この場の全員がすでに、ボロボロにされているのだ。

 しかし風見を応援する声は、連鎖していった。


「……そうです! 貴方は、私に復讐はいけないと言ったはず!」


 意識を失っていたはずの笹野もいつの間にか、身体を抑えながら立ち上がっていた。


「一度山城くんと同じところまで堕ちた貴方が、今! どのような方法で復讐を止めるのか! 私に、見せてください!!」


 笹野もかなりの重症に思える。それでも、風見を鼓舞した。

 倒れていた女性が立ち上がったのを受けてプライドが刺激されたのか、熊田もどうにか立ち上がろうとする。ぐらついたのを宮里に支えられながらも、熊田は叫んだ。


「コラ、てめぇ!! ヒトのことをブタゴリラとかぬかしやがった癖に、負けるんじゃねぇぞ!!」


 彼は高月の到着以前に篠崎と戦い、倒された少年だ。倒れているうちに多少回復したというのもあるだろうが、立っていられるのはほとんどが根性だろう。


「風見さん……頑張れぇーー!!」


 熊田までもが風見を応援したのを見て、それまでオロオロとしていた佐藤も大声を出す。なよなよしい少年には似合わない大声だった。

 そして宮里も、熊田を支えながら大声で言う。


「風見さん、貴方は道を間違えたことのある人です……!」


 宮里は風見を善人だとは思わない。彼が一つの学校を滅ぼしたことは、今でも記憶に焼き付いている。

 だが今の風見はその罪や、復讐をしようとしていた過去と向き合い、贖罪をしながら前へ進もうとしている。

 それはある種の強さだと、宮里は思うのだ。


「そういう貴方だからこそ! 助けられる人もいるんだってことを、教えてください……!」


 自分の罪深さを背負い、それでも前に進もうともがく人は強い。自分が間違っていたことを認め、別の正しさを探すことのできる力は尊い。

 きっと、そういう人だってヒーローになれるのだ。

 百パーセント善人のヒーローには篠崎を倒すことはできても、救うことはできない。同じ痛みを知っていて、同じ罪を背負って前へ進もうとしている人間だからこそ、救う道を選ぶことができるのだ。

 高月は嘆息した。


「すごいな、君は」


 矢野も、笹野も、熊田も、佐藤も、宮里も、全員が敵だった。敵対していた組織のはずだった。

 しかし今や、風見はその敵対組織からも声援がかかるようになっている。


「君はきっと、出会うたくさんの人を……僕が君に思うような気持ちへ変えてしまうんだろうな」


 高月は風見を信頼していた。それは、山城の仲間たちも同じなのだろう。

 彼の正しくあろうとする姿は、人の心に刺さるものがあるのだ。彼の正しさを信じたくなる。彼ならきっと救う道を選択することができると、信じたくなるのだ。


「君は、――紛れもなくヒーローだよ」


 誰も風見のようにはなれない。道を踏み外し、その間違いを多くの人に糾弾されたあとで、それでも正しくあろうとすることなど誰にもできない。

 そんな人間の言うことなんて、本来なら説得力を持たないはずなのだ。

 しかし風見晴人ならば、自分の間違いすら糧として、誰かを救うことができてしまうのだろう。

 気づけば、高月の口角は上がっていた。




※※※※





 コピーした能力の同時併用、これが厄介だった。『鉄壁』の能力がかかっているせいでろくにダメージが与えられないというのに、『回帰』の能力でやっと与えたダメージもすぐに回復してしまう。

 かといって、それらを可能にする力『覚醒』に時間制限がないとは思えない。ずっとこのままでいられるならば、ここまで出し惜しみをした意味がないのだ。

 しかし時間制限があるのは風見も同じだった。風見の能力は風見の心がもつ間しか使うことができない。


「おーいおい、そんなもんかァテメーの切り札はァ!?」


「舐めんなよ、届かせてやる!!」


 戦いながら、風見は違和感を覚えていた。どこか、篠崎はおかしい気がした。

 そういえば、先ほどから篠崎は諦めたような笑みを見せる。それは果たして、風見が篠崎の切り札を次々に打ち破ったからなのだろうか。果たして『それだけ』なのだろうか。

 風見が復讐のことだけを考え、篠崎を殺すために闘っていた時は、こんな表情をしたことはない。こんな、何もかも投げ出したいような表情をしたことはなかったはずだ。

 ――いや。


(これは、高坂に向き合う時の俺の顔に似ている……?)


 高坂を喪い、復讐を決意し、矢野や高月に糾弾され、御影すら失った風見晴人の顔に似ていると思った。その先で高坂と再会し、全てを打ち明けなければならなかった風見の顔にきっと酷似していた。

 あの時、風見は何を思った。何を考えていた。それがきっと、今の篠崎の考えを推し量るヒントになるはずだ。

 御影の言葉を受けた風見は醜態を晒した。その結果、御影は自分の身を犠牲にして風見を助けた。

 自ら守ろうとした人に助けられ、その人を失い、黒の世界に辿り着いた。

 少年は、そこで願った。

 神よ。これ以上この世界で苦しめと言うのなら、どうか――。


 ――俺を、消してくれ。


「……お前、死にたいのか?」


 気付いた時には訊いていた。

 思い出したのだ。何もかもが嫌になった時、自分が何を思ったのか。そしてそうなった時、人が何を思うのか。

 篠崎は一度目を丸くした。そして少しだけ目を伏せた後、それを否定するように大声で叫んだ。


「――そんなわけ、ねェだろーが!!」


 しかしそれが風見には、図星にしか見えなかった。

 篠崎は風見が背負っていたよりも多くのものを背負っている。共に復讐を誓い、散っていった仲間たちのためにも、死にたいなどとは死んでも言えないのだ。

 だから図星を突かれたとしても否定した。それは自己暗示するようであり、自分に言い聞かせているようにしか見えなかった。

 だが、もしもそれが篠崎の願いなら。

 風見と全力で戦い、そして死ぬことが篠崎の願いだというなら。


「そんなこと、させるかよ」


 風見はそんな男を、許さない。

 篠崎は一度壁を落とすことに失敗し、そしてその原因である風見と再び相対し、多くの戦略を超えられた。

 その戦いで多くの仲間を喪った。

 それが理由で復讐を諦め、自死を望むというのなら、風見は絶対に許さない。

 そして同時に、風見は思った。


(――ああ。流花はこういう気持ちだったのか)


 篠崎が氷剣を振るう。それを空気を足場にする剣で打ち払い、同時に巻き起こった烈風と大地の隆起を能力消去の剣で対処した。風見はその対処を、さっきまでよりも落ち着いてできた。

 その理由は、先ほど気付いた篠崎の願いにある。

 篠崎が自死を望む哀れな復讐者であるならば。

 祖母を想い、仲間想う憐れな復讐者であるならば、風見にできる救い方は――ひとつだ。


「篠崎」


「なんだァ、まーだふざけたこと抜かす気かァ!? 俺が自殺願望だと? そんなもん、あるわけねェんだよ!!」


「篠崎、お前の救い方がわかったよ」


「あァ!? 的外れなこと言ってばっかのテメーに、なァにができんだよ!!」


 風見は篠崎の救い方に気付いた。

 篠崎のタイプの復讐者は、論破するのではダメだった。

 無意味だと説いても無駄だった。

 それは彼が、自分が間違っていることに気づいているから。

 論ずることで、篠崎を黒の泥沼から引きずりあげることはできない。その方法ではきっと、最終的に篠崎を殺すことになる。

 では、どうやって篠崎を救うのか。


「俺は今から、お前を圧倒的な力で叩き潰す」


「はァ?」


 風見が言うと、篠崎はそれまで激昂していたのを忘れたように目を丸くした。


「それがどーして、俺の救いになる」


「わからねえのか」


 呆れたようにため息を吐いた篠崎に、風見は挑発するように指差し告げる。


「お前は復讐を達成できねえし、壁の連中を一人も殺すことができねえまま、トドメも刺されずにのうのうと生きることになる。そう言ってんだよ」


「――――!!」


 篠崎のような復讐者は言葉では救えない。では、どう救うか。

 その方法は、望みである復讐をさせず、自死もさせないことだった。

 そうやって『生かされて』得た考える時間が、いずれ篠崎を救う。

 これが、風見晴人の救済だ。


「ふざけてんじゃ――」


「来いよ、金髪」


 風見はそれまで篠崎を差していた人差し指を、真上に立てた。そして、前後に動かしてやる。安い挑発だった。

 この方法こそが救済であり、そして――。


「これが、俺の『復讐』だ」


 篠崎の生きる意味を奪う。復讐こそが生きる意味ならば、そんなものは必要ないはずだ。風見はそのことに、気付かされた。

 だから同じように、篠崎を救う。


「できるわけが、ねェだろーが!!」


 挑発に再び激昂した篠崎が、一瞬で距離を詰める。その手には氷剣。そして同時に大地が隆起し、その形を槍に変えて風見へ迫る。

 その上で篠崎は、時を止めてきた。

 ここまで重ねられば流石の風見も対処できないと思ったのだろう。確かに、風見はここまでの同時能力使用に対処したことはない。

 だが。


「できるさ」


 風見は透明化することで時間停止を超え、槍を打ち消すことで地形操作を超え、氷剣を砕くことで氷操作を超える。

 その力の源は。


「テメーの、白い力……そんなにデカかったかァ……?」


 白い力。誰かを守ろうとする心をエネルギー源にして、風見を強くする力。

 だから篠崎を救う算段がついたことで、よりその輝きを増したのだった。

 ただ漠然と救おうとするよりも、救う方法が決まっていた方がより気持ちは昂ぶる。ましてや、救う方法も戦闘で勝つことだ。

 だからその力は、黒い力にも劣らぬほどに風見を包み込む。


「こんなところじゃァ、終われねーんだよォ!!」


 篠崎は氷のつぶてを大量に出現させると、風見を牽制するように撃ち出した。その隙に持ち前の高速移動で風見から距離を取る。

 そして、『理解者』の能力を起動した。これで同時に併用する能力の数は、七。使う能力を増やすごとに、それを処理するための脳が悲鳴をあげるため、あまり使いたくはなかった。

 しかし篠崎は激痛に耐えながら、相手の心を読み取る能力も起動する。


(これでェ、あいつの行動を読む)


 さらに、まだ風見に見せていない能力も起動の準備を始めた。

 全力だ。目の前の男は、篠崎の持てる全ての力を使わなければきっと勝てない。

 そして篠崎は勝たなければならない。自分が仲間たちに言ったのではないか。

 後悔のないようにしろ、と。


(『理解者』や『鉄壁』みてェな自分にかけるタイプの能力はこれ以上同時に使えねーな……)


 自分にかけるタイプの能力はずっと使用していなければならないからだ。これ以上同時に使えば、頭痛でまともに戦えなくなってしまう。

 かといって攻撃タイプの能力も、残りはまともに使ったこともないため、応用は効かない。すべて初見殺し狙いだ。


(これが俺の正真正銘全力だァ。超えてみろよ、クソガキがァ!!)


 だが金の力に対する白の力は、救いの力。誰かを救うためならばそのぶんだけ引き出される力。


 両者はこれで、本当の全力だ。

 それと同時に、能力の限界が近いという意味で風前の灯火でもあった。

 どちらが先に倒れてもおかしくはない。

 つまり次のぶつかり合いが、両者の勝敗を決することになる。





 不思議な気分だった。

 高坂を喪った時はあんなにも篠崎を憎んでいたというのに、今は救おうとしている。

 本気で殺す気でいた。今だってきっと心の奥底には憎しみがある。どんな時でも高坂のことを想えば黒の力に染まることができた。

 だが、風見はもうその力を使わないと決めていた。

 その理由は。


「俺はテメーみてェに、自分一人で復讐してんじゃァねーんだよ」


 高坂たちの立場になって初めて、篠崎に別の感情を覚えたからだった。

 憎しみではない全く別の感情。それは同情――ではない。


「だからテメーみたいに簡単には止まれねェ」


 その激情の名前は、怒りだった。

 だが根底にあるものは憎しみではない。それはきっと、親近感だったのだ。

 風見は篠崎に、親近感を覚えてしまった。篠崎の境遇に同情するよりも、親しみを覚えてしまったのだ。

 だからこそ、その場所で燻っている篠崎が腹立たしい。黒い殻に閉じこもる男を引きずり出したくてたまらない。


「テメーは、クズだ。復讐をやめろっつー周りの声に流され、何が正しいのかを見失ってやがるクズ野郎だ」


「クズ、か」


「そーだ。だから目ェ、覚ましてやるよ」


 風見はその言葉を真剣に考えてみた。クズ、確かにそうかもしれない。その言葉を笑うには、周りに流されすぎた。

 今更風見が何を言ったところで、その言葉には大した説得力がない。

 だけど。


「悪りぃけど」


 それでも、ひとつだけ。

 ひとつだけ言えることがある。


「目は、覚めてる」


 金色の男はその言葉を聞かずに動いた。ものの数秒でそのスピードは最高速度に達する。常人には追えぬ速さだ。

 篠崎はその速さとともに、風見のまだ見たことがない能力を起動する。

 起動した能力は、『炎神』。自身のスピードをそのまま火力に変える炎の能力。普段のスピードでは実戦レベルの攻撃はできないが、今の状況ならばこの攻撃が通用するはずだった。

 『理解者』の能力も起動してある。風見が対処を考えていないことはわかっていた。

 能力消去の剣にさえ触れなければ炎は消えない。それにだけ注意すれば篠崎は勝てる。


「テメーもあの時、言ってたじゃねェか! 失う辛さを、重さを知った今!! 復讐をやめろだなんて言えねェと!!」


「言ったよ。俺には確かに、復讐をやめろとは……言えないのかもしれない」


 それでも、と風見は言うのだ。

 篠崎の炎の能力を、風見はわざと外した拳の風圧でもって吹き飛ばす。その手に剣はない。能力消去の剣は腰にあった。

 篠崎は丸腰で炎を対処されたことに驚く。

 ――なぜ、『理解者』を使っていたのにその対処が読めなかった?

 篠崎は気づかない。

 風見はどんな攻撃がこようと殴る、それしか考えていなかった。篠崎の多彩さに対処することを考えていなかった。

 だからこそ、超えられたのだと。


「それでも。復讐をやめろと、言えなくても」


「――――」


「大切な人を失ったことを、いつかは受け入れて、前に進まなくちゃいけない」


 風見はそのまま外した拳を篠崎の胸元に持って行くと、胸ぐらを掴み上げた。


「失う辛さと重さを受け入れて、前へ進まなくちゃいけないんだ!!」


「どうして!? なんでだよォ!?」


 胸ぐらを掴む手を、篠崎は掴む。

 そして悲痛に顔を歪めながら、激情を叫んだ。


「なんで前を向いて生きなくちゃならねェ。こんな世界で!! 俺たちには、もう、どこにも居場所がねェっつーのに!!」


「居場所なんか、てめえが両足で立ったそこが、てめえの居場所だろうが!!」


 風見はそこで一呼吸置いた。高坂が、風見の居場所になってくれたことを思い出したのだ。

 誰だって、一人では生きていけない。誰かが寄り添ってくれなければ、自分の居場所になってくれなければ寂しいのだ。

 こんな世界には、終わってしまった世界には、誰しも自分の居場所が必要なのだ。


「もしもそれでもてめえがその居場所に満足できねえなら。失ったことを受け入れて、前へ進めないって言うなら!」


 風見は、その時どうしてもらった?

 自分の居場所を見失った時、誰がどうしてくれた?

 一人で前を向けないなら。時間が解決してくれないなら。誰かが寄り添ってやらなきゃならない。

 それが、――篠崎を救う答えだ。

 ならば。



「俺が、てめえの、居場所になってやる!!」



 きっとかつての風見のように、篠崎もこの言葉が必要だったのだ。自分の居場所が不安定だから、大切なものの喪失を満足に受け入れることもできなかったのだ。

 だったらそこに風見が寄り添う。一緒に喪失を悲しんでやる。

 だからせめて、前を向いてくれ。

 前を向いて、歩き出してくれ。

 これが、――風見晴人の言葉だった。


「――――」


 篠崎はその言葉を受けて、風見の腕を掴んでいた手を離した。がっくりとうなだれると、ひと言。


「……俺の、負けだ」


 良い答えが聞けたという風に、満足げに告げた。

インフルエンザに罹ってしまい、少しだけ投稿が遅くなってしまいました。

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