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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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98 勇気を翼に

 総ての始まりのように白く。

 総ての終わりのように白い。

 無のように白く。

 全のように白い。

 そうして風見晴人は、零の色に染まり――。



 ――白く、白く。

 燃えたぎるように、白く。


「へー、前のやつたァ違ェみてーだな」


 意識がこちらに戻った時、篠崎は風見の変容に手を叩いていた。前のやつ、とは以前見せた黒い力のことだろう。風見も力を纏った感じからわかる。

 これは、黒い力とは異なるものだ。


「それで、そりゃァ前みてーな馬鹿げた一撃を出せるのかなァ?」


「どうだろうな」


 茶化すような物言いに、風見も微笑して返す。


「ただ少なくとも、これで俺も全力だ。俺にも、後がなくなったよ」


 正直なところ、自信はなかった。

 黒い力が復讐心、つまりは自分の鬱憤を晴らそうという考えをエネルギー源としているのに対し、白い力は他者を守ろうとする想いがエネルギー源となっている。

 自分のことだけを考えるのは簡単だ。他に向かう意識を全てシャットアウトして自分のためだけに動くのだから、黒い力の底は無限だった。

 風見には御影のように、本気で全ての人間を守りたいと思えるような強い心はない。風見の思いなど、視界に入る人を救いたいという程度だろう。

 だから、他人のことを考えて使う白い力で黒い力と同等の力を引き出せる自信はなかった。

 だけどこれで戦わなければならないのだから、これで勝つしかないだろう。


「そーか」


 篠崎は笑う。

 風見も笑い返す。

 笑って、そして、構えた。


「いくぜェ」


「来い」


 同時、白と金は馳せる。

 これより始まるは、復讐とは遠くかけ離れた戦い。

 あらゆる数字に零をかけると零となるように。

 あらゆる色を、心の色を、白へと染める戦いだ。





※※※





 何と言えば篠崎は止まるだろう。

 どんな言葉なら、篠崎を止められるのだろうか。

 自分と同じだと散々豪語してきたが、風見と篠崎のパターンはよく似ているようで異なる。そのことに風見は気づいた。

 風見は高坂の言葉を受けるまで、心の底から復讐を悪いことだとは思えなかった、そういう前提があった。だから悪いことだと教え、無意味だと理解させ、納得させれば止めることができた。

 だが篠崎のパターンは別だ。

 彼は復讐を悪いことだと分かった上で、自分のためにそれを成そうとしている。

 これでは、説得も何もない。

 悪い点を述べようが、無意味さを説明しようが、篠崎は止まらない。

 篠崎が止まるのは、復讐を成した時か彼自身が死亡した時の二つ。例外はない。

 だから篠崎響也を救う方法は、ない。

 ――本当にないのか?

 風見は考える。

 風見晴人は、彼を救うために彼を殺さなければならないのか?

 それで本当に、風見晴人は後悔しないのか?

 それで本当に、御影奈央や高坂流花の前に顔を出せるのか?

 ――無理だ。

 それは、無理だ。

 篠崎を救えないまま彼女たちの前に顔を出すくらいなら、死んだ方がマシだ。いや、死ぬよりも恐ろしい目に遭ったっていい。

 だって風見は、御影のためのヒーローなると決めたのだから。

 彼女の救いたいものを全て救い、彼女の笑顔を守る。彼女の笑える世界にする。それが、風見晴人の目指すもの。



 今、もう一度高らかに宣言しよう。


 これは、風見晴人による救済だ。





※※※





 衝撃に大地が隆起した。

 それがどちらの攻撃の余波であるのかさえ、誰にもわからない。

 もはや白と金の戦いは、その次元に突入した。

 風見は白の力で底上げされた身体能力、世界から消失する能力、空気を足場にする能力、能力を消去する能力を武器に。

 篠崎は金の力で底上げされた身体能力と、ラグなく能力を切り替えることや能力を同時に発動することができるようになったコピー能力を武器に。

 両者は、一歩も譲らずに戦う。


「お、らァ!!」


 篠崎の氷剣が風見の首元を狙うと風見はそれを能力消去の剣で打ち払い、左の剣で篠崎の腹を横薙ぎに狙う。しかし剣は地面から突き出てきた槍に弾かれる。

 能力の攻撃では消去されるだけだと判断した篠崎は、右ストレートを叩き込んだ。風見はそれを見て右の剣を宙に放ち、拳を包むように受け止め、流す。

 流し切ったところで、落ちてきた剣を再び握り締めると、勢いのまま縦に振り下ろした。だがその縦斬りは身を捻った篠崎には当たらず、代わりに篠崎の反撃を許した。

 後ろ回し蹴りが風見にヒットし、鈍い音を立てる。身体は後方へ飛ばされ、踏ん張ることさえできやしなかった。


(……白い力を使ってもスピードは同等なのか!?)


 視界には、背から風を噴射しこちらへ迫る篠崎の姿が映る。

 まだ止まることは許されていない。

 だから急な体勢の変更に悲鳴をあげる身体を無視して、空間に足場を作り出す。足を下に降ろし、そこを地面にして、空中で滑る。ギャリギャリと音を立てながら減速し、真正面に篠崎を捉えた。

 真正面からぶつかるのは得策ではない。刹那で判断すると、風見はすぐに宙を駆け上がった。後を追うように篠崎は進路を上へ変更する。

 やがて風見が追いつかれると、白と金の螺旋が生まれた。二つの光は互いに攻撃と防御を繰り返しながら、共に空へと舞い上がっていく。

 螺旋の塔は、都会のビルより高い場所まで上がった。

 そしてどちらの攻撃か二人の間に距離が生まれると、一旦そこで静止した。荒い呼吸を整え、目の前の敵を視界から外さない。


「やっぱ、強ェーな。テメーは」


 そこで、今更のように篠崎は笑った。

 その表情は風見の知る篠崎には似合わなかったが、不思議と違和感はなかった。


「お前だって、人のことは言えねえさ」


 突然の言葉だったが、風見も笑い返した。そうして一瞬の後、戦闘は再開される。

 先に、篠崎の姿が消失した。見えないほどの速度か、と思われたが違う。風見はすぐに気づいた。これは風見の能力のコピーだ。

 しかし気づくのが少し遅かった。耳に意識を集中し、音の方へ半身捻ったが防御は間に合わなかった。

 氷剣に腹部を、大きく斬られる。


「が、あああっ!?」


 強烈な痛みに剣を振り回し、透明なままの篠崎を遠ざける。右の能力消去の剣を振り回しながら、左手で腹に触れた。

 ――最悪だ。

 風見には回復手段がない。流れる血を止めることもできない。篠崎と違って、傷を受けたらそのまま残るのだ。

 大きな傷だ。腰から胸にかけて腹部を中心に斜めの傷ができた。もう少し深ければ致命傷にもなっただろう。

 致命傷ではない。まだ動くことはできる。しかし傷が大きすぎた。

 あらゆる動きに、支障が出る。

 そしてそれはすぐに、風見を蝕んだ。

 透明化した篠崎が、風を噴射しながら風見に断続的な攻撃を重ねたのだ。大きな一撃を与えることが目的ではなく、小さな傷を無数につけることが目的の攻撃。それは風見の防御の隙間を縫って、徐々にダメージを積み上げた。

 戦いの流れが、篠崎に傾く。

 これ以上傷が増えるのは不味い。それはわかっているのに、痛みや疲れが風見を鈍らせる。

 やがて、血に塗れた風見は。


「――俺の、勝ちだァ」


 肉薄してきた篠崎になすすべもなく触れられる。今まで二度も戦いを重ねて来た風見には、ここから次に篠崎がどう攻撃するのかの推測は容易だった。あの攻撃が、来る。

 けれど身体は動かない。

 風見は、動けない。

 そうして一切の手加減がない電撃が、風見に致命的な一撃を与えた。

 それは身体だけでなく、心をも撃ち抜く必殺の一撃だった。



 落ちる。

 身体が落ちる。

 もはや、動くことさえできない。

 手足にはほとんど力が入らなくて、剣を手放さないのがやっとだった。

 白い力も徐々にその光を弱めていた。

 絶望的な状況下に、風見は無意識の領域で諦めかけているのだろう。

 勝たなくてはいけないのに。

 助けなくてはいけないのに。

 決意したのに。

 宣言したのに。

 止まることは、許されないというのに。

 ここで、終わりなのか。


(くっ、そ……)


 風見は唇を噛んだ。

 自分の顔面を殴りつけたかった。

 自分の弱さを認めたくなかった。

 ここまでなのか。風見の宣言はこの程度だったのか。

 所詮、御影を助けたいという想いは。

 御影のためのヒーローになりたいという想いは、この程度だったのか。

 ずっと憧れていた、幼い頃から夢見たその想いは、誰一人助けられないまま終わってしまうのか。

 何も考えられなくなりそうだった。

 思考回路が停止しかかっており、意識も落ちようとしていた。まぶたは瞳に蓋をしており、視界は黒く染まっている。

 風見晴人が終わる準備は、完了していた。

 だけど何かを考えていたくて、必死に頭を回した。浮かんだのは、なぜ自分がヒーローを目指したのかという疑問だった。

 風見は小さい頃からヒーローに憧れていた。それは、なぜだったか。

 御影に恋をしたからだったか。

 違う。

 高坂を助けたいと思ったからか。

 違う。

 ヒーローごっこでその役を演じたからか。

 違う。

 その以前から、憧れはあった。憧れていたから、そうしただけなのだ。根底にその想いがあったから、それを演じ、それを真似て、それを目指した。

 風見は思い出した。

 風見が見ていたのは、父の背だ。

 父が、そういう人だった。

 車イスで坂道を登る人を手伝い、道に迷った人を案内し、暴力を伴った喧嘩を仲裁し、視界に僅かでも困った顔をする人間がいることを許さなかった。

 風見晴人は、そんな父に憧れたのだ。

 アンパンマンやウルトラマン、仮面ライダーやスーパーマンと、たくさんのヒーローがいる。その中で、風見にとってのヒーローは父だった。

 父を目指して、ここまで歩いて来た。

 今、父はどこにいるだろう。

 ゾンビ騒動で命を落としただろうか。いや、きっと今も困っている人を助けているに違いない。

 だって父はヒーローだから。

 風見が追ったヒーローだから。

 ――では。

 風見晴人は、今でもその道を歩めているか?





「頑張れ、ハルトォ――――!!」





 その声が、風見の目を覚ました。

 全身に力を込めた。少しずつ、少しずつ、感覚を確かめるように動かしてみる。

 剣は握れる。足は走れる。身体は動ける。心は、折れていない!

 風見は、風見晴人がまだ戦えることを再確認し、目を大きく開いた。

 一度息を吸い込んで、吐く。一緒に、終わりだの負けだのとネガティブに考えていた感情も吐き出した。

 これで黒い感情はない。思う存分、白で戦える。

 ――いける。

 風見は再び、勇気と言う名の翼を広げる。翼を背負って、両の足に力を込め――。



「まだ、負けちゃいない!!」



 ――空を、駆けた。

二年前、僕はこの話で筆を止めました。

ここまで書いて、自分がダラダラと最終決戦を続けていることに気づいたからです。

篠崎を格好良く論破できず、打ち砕くことができず、その算段すら思い浮かばない自分の技量が歯痒く、ここまで書いたところでその先が書けなくなってしまいました。

このまま続きを書いたところでそれもまたダラダラと戦闘が継続されるだけであり、僕自身が納得できるものは永遠に作り出せない。そう思いました。


しかし今、僕は再び筆を握りました。

二年前に書くことのできなかった『先』を、今こそ書こうと思います。

ここから先は、今書いている途中です。なので、少しだけ待っていてください。

僕自身が納得できるように書き上げて、必ず戻ってきます。


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