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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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97 染まる二人と無色へ還る世界

 『屍の牙』が発足したのは、『壁』から門前払いされた人間が、ゾンビの多くいる都心部から逃げるために手を合わせた時だった。

 昼夜で過密過疎の場所が変わる日本の性質上、都心部は最もゾンビが多い場所で、かつ『壁』建設の騒音でそれ以外のゾンビすら集めているために多くの死者が出た。

 それでも『屍の牙』は生きることで精一杯だったから、誰も恨まず誰も憎まず全力を尽くした。

 ある日、篠崎響也がゾンビとなる。

 食料を探す途中でゾンビに噛まれてしまったのだ。彼は途端に襲われた空腹感から、たまらず目の前にあった肉を食らった。それは、ゾンビの肉だった。

 そうして、篠崎は自我を保ったままゾンビとなる。

 そこから復讐は始まった。

 力を手にして初めて、内側にあった憎しみを思い出したのだ。


 憎しみは篠崎を、『屍の牙』を瞬く間に黒く染めた。





※※※





 ――だから、篠崎響也は敗けられなかった。

 彼は力と引き換えに全てを背負っていたのだ。『屍の牙』の想いを、憎しみを一身に背負っていたのだ。

 『壁』を何としてでも破壊する。それはもはや、執念だった。

 今さら、篠崎響也一人の感情で止まれるわけがない。


「……正真正銘、こいつが俺の最後の切り札だァ」


 篠崎は疲れたような笑みを浮かべる。

 彼自身が何を考えているのか、風見にはわからない。けれど、もしかしたら。

 もしかしたら、少しは言葉が届いたのかもしれない。


「こいつが通用しねーよォなら、もう俺に手はねェ」


「わざわざそんなんバラしていいのかよ」


「いい」


 それだけしか篠崎は言わなかった。だから真意は掴めなかった。

 ともかく風見には身構える以外にできることはない。いざとなれば透明になれる準備をしつつ、篠崎の動きを待った。


「ゾンビってのは不思議なもんでよォ、共食いすると強くなってくんだよな」


 確認するように篠崎は言う。もちろんその性質は風見だって知っているし、この場の全員が理解しているはずだ。わかっていて、篠崎は言った。


「俺たちは、俺たちのサポーター的な人間からの提案で、その性質を利用した最強のゾンビを作ろうとした。もーちろん、壁をぶっ壊すためになァ」


 サポーターというか、ブレーンにあたる存在については最初から想定してあったとはいえ、ちゃんと知ったのは初めてだった。では、隣の病院の中にでもいるのだろうか。


「……テメーは『神』を信じるか?」


「いきなりなんだ」


「ちょーっとした質問だよ、特に意味はねェ」


 風見は訝りながらも、答えた。


「信じてない。そんなもの、妄想だ」


「そー、そのとーりだァ。だけど俺たちは、それに縋るしかなかった」


「そりゃ、……つまり」


「『神』はもうすぐ完成する。ピースは、揃ったからなァ」


「…………」


 それは、つまり。

 篠崎の後に、それ以上の存在が控えているということか。目の前の男にすら二度も敗北しているというのに、それ以上の存在が待っているというのか。


「おーいおい、絶望すんのは早ェぞ」


 風見の心境を読み、篠崎が薄く笑う。


「俺の能力を忘れたか?」


 風見はハッとなった。

 そう、そうだ。篠崎の能力は、コピー。他者の能力をコピーする力。


「共食いによって『神』に近づいたゾンビの能力をコピーすんのには失敗した。おそらくその本質が異なるからなんだろうなァ。けど、代わりにおもしれーもんが手に入った」


 本質が異なるとはどういうことなのだろう。そんな疑問に答えは与えられない。今はそれについて考えている時間すらない。

 篠崎が、『神の力』の代わりに手にした面白いものとは――。



「いくぜェ、『覚醒』の時間だ」



 篠崎の瞳が、全身が金色に輝いた。

 ――次の、瞬間、衝撃が。


「がっ……は!!」


「遅ェ、今の俺にそのスピードは通用しねェぞ!」


 背から風を噴射し、加速した篠崎は風見の頭を掴んで投げた。文章で表すとこうなるが、実際の現象はそれを認識できないほどの高速で行われていた。

 地面に叩きつけられ、なす術もなく回転しながら篠崎の姿を見るが身体は動いてくれない。


(く、そ――)


 その視界で、風見は目を見開く。

 見たのだ。

 篠崎が背から風を噴射しながら、その手に氷の剣を作り出しているのを。


(待て、能力切り替えのラグは!? それ以前に、能力の同時使用なんてできたのか!?)


 考える間に氷の剣は風見を切り刻もうとする。そこに割り込む影があった。


「ハルト、しっかりしろ!」


 能力消去の剣で氷の剣を打ち消し、続けざまもう一本の剣を振るう。


「おおっと」


 しかし篠崎は器用に風を噴射して剣をかわすと、少し距離をとった。


「悪い、高月……驚いて動けなかった」


「…………」


「……高月?」


 風見は何とか立ち上がるが、守ってくれた高月からの応答がない。見れば、高月は腹部に傷を負っていた。


「お前……!」


「……地面から出てきた槍にやられた。ギリギリでかわせなかった」


 おそらく篠崎は氷の剣を消された瞬間、地面を操って槍を作り出したのだ。これで、高月までもがダウンする。

 ――絶望的だ。


「ハルト……」


 高月が震える手で、二本の剣を掲げる。風見は、無言でそれらを受け取った。


「……頼む」


 血を吐きながらも、高月は全てを託した。まだ諦めてはならないと言うように。

 だから、風見晴人は――敗けられなくなった。



「任せろ」



 そうして風見は一歩を踏み出す。

 まだ戦いは終わっていない。身体は動くし、頭も回る。諦めるような時間ではない。


「ハッ、なるほどなァ。そいつの剣を使うってなァ、良ィー判断だァ」


 篠崎は煽るように手を叩く。その立ち姿はやはり、金に輝いていた。


「だが、テメーの自慢の機動力も今の俺には及ばねェんじゃねーか?」


 その通り。風見は無言で肯定する。

 風見はスピードと一撃の重さにのみ重点を置いてきた。だからこれまで篠崎よりもスピードはあったはずだし、この場の誰よりも速い。

 しかし今、それは過去の話となる。

 今の篠崎は脚力の他に風の能力も上乗せして加速することができる。もはや風見のスピードでは、相手にならない。

 だから風見は、最後の希望に賭けることを選んだ。





※※※





 そしてそこに辿り着く。


「……何しにきたの」


 真っ白の世界。雪のような、雲のような、ノートの一ページ目のような世界。

 無か、或いは始まりのような世界。

 そこに似つかわしくない、異質なほどに黒い童女が佇んでいる。童女の目つきは、鋭い。睨むような、隙あらば切り裂こうとするような視線。


「そんなに睨むなよ、可愛い顔が台無しだぜ」


「……何しにきたの」


「つれねえな……」


 重い空気を和ませようと茶化すが、無駄に終わる。言いにくいことを相談にきたので、風見は一度頭を掻いた。

 自分で彼女の協力を拒んだ手前、何かを頼むには少々やりにくい。

 しかしそれを言わなければ何も始まらない。そもそもよく考えれば、風見は何度も童女に甘えてきた。こういうのも、今更であろう。そう思ったので、風見はさらっと言った。


「あー……やっぱ、力足りねえわ」


「だから言ったじゃん!!」


 案の定、童女は怒った。

 だん、と地団駄を踏んで泣きそうな顔をする。予想してたとはいえここまで酷い顔をされると何も言えず、風見は黙り込む。


「だからわたしはあれほど言ったのに、ハルくんが振り払ったんじゃない!」


 童女の剣幕はそれは凄まじく、マシンガンのように罵声が飛んできた。風見は目に見えぬ攻撃に耐えるべく、目を瞑って歯をくいしばる。


「わたしの言う通りにしてればハルくんは何もしなくてよかったのに、ハルくんが自分でかっこつける〜とかわけわかんないこと言って、わたしを払いのけたんじゃん! それで何? 今度はやっぱ力不足でした? なぁにがかっこつける、よ!! ああ、かっこ悪い!! ハルくんのバーカ、バーカ!!」


「うぐ……」


 何もそこまで言わなくても、という言葉は飲み込む。これ以上彼女の機嫌を悪くするわけにはいかない。どうにか媚を売って、協力してもらわねば。


「なあ、そこをさ……なんとかならない?」


「ならないっ!」


「頼むって、この通り!」


 手を合わせて頼み込むが聞いてもらえない。当然だとは思うものの、手段を選んでいる暇はないのだ。

 腕組みをしてぷいとそっぽを向く童女の手を借りるには、代案を自分で捻り出すしかない。

 風見はまず、両手を広げることで世界全体を指差した。


「……前は俺の復讐心で真っ黒に染まってたんだよな、この世界」


「……? うん、そうだけど……」


 今更何の説明だ、と首をかしげる童女に風見は笑顔を崩さずに広げた手を下ろす。


「じゃあ、今の世界は?」


「――絶対ダメ」


 童女はそれで何かを直感したのか、アイデアなどまだ発表もしていないのに切り捨てる。むしろ今の会話で風見に多少の考えがあったのがバレたことに驚いた。


「それだけは絶対ダメ。心には、色がないとダメなの」


「わかるように言ってくれよ。じゃないと、身を引けないぜ?」


 時間がない。そして童女には言っていないが、身を引くつもりもない。篠崎を倒すためには、どうしても力がいるのだ。童女にはとりあえずリスクを聞こうと思っているだけだった。

 説明がなければ引く気のない風見に彼女は嘆息すると、説明を始めた。


「人の心っていうのは、プラスの状態とマイナスの状態とがあるでしょ?」


 プラスの状態というのはポジティブに考えられる心理状態のことで、マイナスの状態はその逆、という認識で大丈夫かと風見は考える。


「本来、心っていうのはプラスの白があって、その上にマイナスの黒が半分くらいを覆ってるものなの。でも、今のハルくんは……」


「真っ白やんけ」


「そうなの! 今、ここには一縷の黒もないの!!」


 なるほど、つまり最近の風見の心理状態は真っ黒だったり真っ白だったりと不安定なのか。そんな状態で、それをエネルギー源とする力を発動したらどうなるか。危険であることは間違いない。


「前の、真っ黒の時はね……真っ白の心を塗りつぶすほどの無尽蔵な黒があったの。だから、いくらマイナスを持ってっても白が残るから大丈夫だった」


「でも今は、白しかない」


「それじゃあリスクが高すぎる、だから絶対ダメ!」


 だんだんとわかってきた。リスクも見えてきた。つまりは、力を使えば心が空っぽになり、以前の篠崎戦で風見を襲ったとてつもない虚無感が再び風見の胸を締め付けるのだろう。

 さらに、あの時は心に白の部分が残っていた。今度は、それがない。一体どれほどの虚無感に襲われるのか、想像もつかなかった。もしかしたら、風見の心が壊れるようなこともあるかもしれない。

 風見は、一度息を吐いた。正直なところ、少しだけ怖かった。あの虚無感をもう一度味わうのかと思うと、足がすくみそうになる。

 だけど、それでも童女に背を向けた。


「――ハルくん!? やめてっ、ねえ、お願いだから!!」


「ごめん」


 そうして、風見が歩く側から色が失せていく。正面の白すら、薄れていく。


「お願い、お願いだから! ハルくんはホントにわかってない! 心の死は、身体の死よりもずっと辛いのに!」


「辛いのは、みんな同じさ」


 風見は、笑いながら呟いた。


「俺だけじゃない。流花も、御影さんも、高月や篠崎でさえ、辛いんだ」


 それでも、辛くても、生きられる。

 寄り添ってくれる誰かがいるから、心が傷ついたとしても生きることができる。

 風見にも、いるだろうか。

 支えてくれる人が、いるだろうか。


「――――」


 それは、愚問か。

 かつて真っ黒に染まった世界は白く変わり、ついにその色すら失おうとしていた。代わりに、すべての白は風見自身の力となる。

 大切な人を守りたいと思う心は、風見自身の力となる。


「みーちゃん」


「ダメだよ、ハルくん……。わかってよ……」


 顔だけで振り返ると、童女はへたり込んでいた。もはや何もかもを諦めたように、大粒の涙を流しながら。


「この世界から色がなくなっても、君はここにいてくれよ」


「…………」


「まだまだ、全然話し足りないからさ」


 そうして、風見は篠崎に向かい合う。

 意識は現実へ。

 夢はうつつへ。

 白は無へ。



 還る――。

 ――――――。

 ――――――――――。

 ――――――――――――――――。

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