井戸を覗く少女 8
「つ……イテテテテ……」
井戸の底に落ちて、すぐ、志儀は現状を把握した。
情報どおり井戸は枯れ井戸で泥や落ち葉が降り積もって柔らかだった。それに落下した地点も〝底〟に近かったのだろう。命に別状はなかった。但し、ひどく右腕が痛む。
「ハッ!」
次に思い至ったのは友のこと。
「チワワ! 大丈夫かっ!?」
「――」
自分の体の上に乗っかかっている若葉に呼びかける。
「チワワ!」
だが、返事はなかった。
内輪若葉は完全に失神していた。
何処を打ったのだろう?
頭? 首が折れているとか……ソレはないよな?
「おい、チワワ! 目を開けてくれよ!」
前にもこういう場面があった気がする――
ああ、何だって、僕たちはこんな運命なんだろう?
前回、こんな状況だった時は、友は死んだフリをしていただけだった。だが、今は?
屍骸を探しに来て、自分たちがソレになったんじゃあ笑えない。
「聞こえるか? チワワ? また僕をカツイでいるんじゃないよな? おい、チワワ!」
だが友は動く気配がなかった。
背中の上から抱え下ろし、膝を曲げ、頭を平らにして寝かせる。
「良かった! 呼吸はしている……」
胸に耳を寄せて鼓動の音を確認し、少々安堵したものの……
さて、これからどうしよう?
取り敢えずリュックから蝋燭を出してマッチで火をつけた。
これでよし。挿し当たっては酸素が充分にあるかどうかのバロメーターにもなる。
揺れる細い炎を見つめながら志儀は呟いた。
「やっぱり、二人とも降りたのはまずかったな!」
何かあった時のために1人は地上に残るべきだった。そうしていたら危急の際、助けを求めて走れたはずだ。だが、これじゃあどうしようもない。
何度か綱を掴んで井戸を登ろうと試みた志儀。
しかし、やはり右腕をどうかしたみたいで――まさか折れてはいないだろうけど――力を入れると激痛が走り、とても登れたものではなかった。
若葉の家の人たちは気づいてくれるだろうか?
「ああ! あんなにシツコク『部屋へ入るな』なんてチワワに言わせなけりゃ良かった」
とはいえ、志儀は腹を括った。
自分はただの中学生ではない。栄えある興梠探偵社の助手である。このくらいの危険は日常茶飯じゃないか。
かの名探偵はきっと言うだろう。
―― 冷静になりたまえ、フシギ君!
だから、これ以上、徒に慌てふためくのは止めよう。
自らを激励するごとく声に出して志儀は言った。
「朝までの辛抱だ。明るくなったら、僕らがいないのに気づいて皆が助けに来てくれるさ」
そして、更に大きな声で、
「屍骸がなかったのは不幸中の幸いだったな!」
そうなのだ。
井戸の底にあるのは泥や枯葉だけ。
女学生が殺して隠した〝恋人〟などは、いなかった。
ソレを確かめることができたのが唯一の収穫である。
だが――
意識を失ったまま身動きしない友。
そして、悪いことに右腕がますます激しく疼き出した。
井戸の壁面に膝を抱えて座り込む。
ある意味、若葉は気を失って良かったかも知れない。こんな不安や恐怖を味あわずに済んだのだから。
朝がとてつもなく遥か遠くに感じられた。
足音を聞いたのはその時だった。
サクサクサク……




