井戸を覗く少女 4
「井戸を探る? 僕たちで?」
内輪若葉はただでさえ零れ落ちそうな瞳を更に大きく見開いた。
「何だってそんなことしなきゃいけないのさ? 少女の身元は興梠さんが調べてくれるって請け負ってくれたんだぞ?」
「良く聞けよ、チワワ」
志儀は友の肩に両手を置くと、厳かな口調で言った。
「今回の一連の君の話を聞いて僕はピピピと来た! ロマンチストの興梠さんは気づいてないようだけど、今回の案件はかなり危ない……そう、恐ろしい事件の匂いがする」
「え?」
「井戸なんか覗いてその女学生は一体何を気にしてるんだ? 推理してみろよ、チワワ!」
「……?」
「言い方を変えよう。なあ、チワワ、彼女の覗くその先――井戸の底にあるものは何だと思う?」
「えーと?」
「君が彼女に出会ってから、いや、ひょっとして出会う前からその娘はそんな風に熱心に井戸を覗いていたんじゃないかな。だとしたら、そのこと自体がヒントさ。つまり、井戸の底に何かがあるんだ!」
一旦言葉を切って志儀はまじまじと若葉の顔を見つめた。
「何だと思う?」
「彼女の、とても大切なもの……かな?」
「悪くない答えだ。だが、もっと具体的に言ってみろよ?」
「わ、わからないよ、女の子の大切なものなんて! リボンとか、レースのハンカチーフ、それともお人形とかかな?」
「違う」
人差し指を振って勝ち誇ったように志儀は叫んだ。
「屍骸だよ!」
暫く間があった。
漸く若葉が叫び返す。
「屍骸のどこが大切なんだ!」
呆れたように首を振る志儀。
「だから子供だっていうのさ、チワワは。屍骸が大切なんじゃなくて――大切な屍骸なんだ」
「……益々わかんないよ、僕」
唇を嘗めてから、現役の探偵社助手は低い声で囁いた。
「いいか? 僕の推理はこうさ。彼女は理由があって大切な人、つまり愛した人を殺めてしまったんだよ。場所が場所だ、きっとあそこは逢引の場だったんだ。そして、喧嘩かなんかして……」
眉間に皺を寄せて、訳知り顔で志儀は断定した。
「こういう場合は、まあ、恋人が浮気したとか、別れ話を持ち出されたとか、ソレだろうな」
真っ青になった若葉、震える声で志儀の言葉を繰り返すばかり。
「喧嘩をして……発作的に……殺しちゃった?」
「そうさ! それで、屍骸を井戸に投げ落として隠蔽した。もしくは、直接井戸に突き落としたのかも知れない。でも、愛しい人だから、こうも頻繁に、そして熱心に、覗き続けているんだ!」
クルリと身を翻して志儀は再び友の顔を覗き込んだ。
「どうだ、チワワ? K2中学校の公認探偵とその助手として、ここは本物の探偵より先に真実を暴いてやろうじゃないか!」
「う、うん……」
やたら乗り気の公認探偵に対して、こちら、助手はやや腰が引けている。
「まあ、志儀君がそういうなら、やってもいい……かな」
「そう来なくっちゃあ!」
パチンと指を鳴らす志儀。その傍らでボソボソと付け加える。
「だけどさ、今回ばかりは君の推理が外れてることを祈るよ。ほんとにそうだったら、いやだな、僕」
とはいえ、確かに友の推理には説得力がある。
普通、人が(しかも可愛らしい女の子が)ああも熱心に井戸なんか覗かないはず。
だとすれば、やはり――
屍骸を隠した?
(ううーん……)
それ以外に少女が井戸を覗く理由などあるだろうか?
サクサクサク……
草を分けて、またしても娘はやって来た。
人気のない林の奥深く。でも怖いとは思わない。
娘はどうしてもソレを見たいから。
何度でも確かめずにはいられない。心が休まる時がない。
ソレを見るまでは。
だから今日もこうやって……
あの井戸の底を覗くのだ。
(神様、お願い! どうか……)
と、その時、背後で音がした。
草を踏み分けて誰かが近づいて来る音――
しょっちゅう自分を盗み見してる中学生はこんな大きな足音は立てない。
第一あの子は近づいてなど来ないもの。
だとしたら、この足音は――
サクサクサク……




