井戸を覗く少女 2
「あれ?」
チワワ君こと内輪若葉が最初にそれを目にしたのは1週間前、冬休み開けの学校からの帰り道だった。
帰り道と言っても――旧地主の家柄の内輪家は邸の周囲一帯が自分の土地である。
一説には駅まで他人の土地を踏まずに行けるとか。
ソレは誇張だとしても、中学生の若葉には何処から何処までが自分の家の敷地なのか正確に把握しきれていないのも事実だった。
そういうわけで、その日も近道と思っている雑木林を突っ切って家へ向かっていた。
その時、ソレを見たのだ。
両脇ともまばらに木々の生い茂る細い道。
そこからやや奥まった処に少女が一人佇んでいた。
女学生だった。
小柄で華奢な背格好。灰色のコートからセーラー服が覗いている。長い髪を薄桃色のリボンで一つに束ねて、首には真っ赤な襟巻き。遠目にも色白で可愛らしいのがわかる。
そんな女学生がこんな所に一人きりでいるのも妙なのだが、もっと奇妙なのは少女の仕草だった。
「?」
思わず足を止めて若葉は見入ってしまった。
少女は上半身を傾げて熱心に覗き込んでいた。
何を?
そう。
偶然通りかかった若葉の存在など全く気づかないほど一心不乱に少女はソレを覗き込んでいる。
「ハッ」
若葉の方が、盗み見している自分に気づいてそこから飛び退いた。
若葉は足を止めずズンズン歩き始める。
心臓が早鐘のように鳴り響いている。
もう大丈夫だと思えるくらい距離を置いてから、漸く足を止めた。
「ふう! それにしても……何なんだ、あれ?」
少女が覗いているものが何なのか、若葉は気づいていた。
それは――
「ありゃ、古井戸だ……!」
実は若葉自身この時まで忘れていたのだが、確かに雑木林のあの辺りに井戸があった。とうに枯れて封印されている井戸が。
勿論、この日見た奇妙な光景について若葉は家に帰っても家族の誰にも話さなかった。
口に出して情景を話すと、ますます奇妙さが増す気がしたし、白昼夢を見たのではないかと笑われたら嫌だ。
『若ちゃんが胸の奥に思い描いているオンナノコの幻なんじゃなくて?』
ママなら言いそうだ。
『そうよ! きっとそうよ! どんなお嬢さんなの? 若ちゃんが日夜夢見てる憧れのオンナノコって? ああ、ママも見たかったわ!』
きっと朝起きてから夕食、そして寝るまでママはその話題を持ち出すだろう。
とんでもない! そんなの恐ろし過ぎる。
絶対口に出せるものか!
そしてまた、実際目にしたそれがママの言うとおり〈非現実の存在〉だとしたら……
もっと恐ろしいではないか!
何故なら、自分はあんなにくっきりと鮮明にソレを見たのだから!
「なあ、チワワ、おまえって〝見る体質〟なの?」
ここまで黙って話を聞いていた興梠探偵社の探偵助手・志儀が口を挟んだ。寄り添って座っているソファを軋ませて小声で囁く。
「ユーレイとかオバケとかをさ?」
「まさか!」
ブンブンと首を振る若葉。
「霊とか人魂とか、その類のモノなんか、僕、1度も見たことがないよ!」
生唾を飲み込んで、
「今までは、ね」
探偵はネクタイを直しながら鼻で笑って言った。
「フン。 ――先をつづけたまえ」
☆井戸を覗く少女




