井戸を覗く少女 1
☆冬枯れの林で中学生が目撃したものは……
「興梠探偵社へようこそ! ……と言いたいところだが」
ビューローから振り向きざま、探偵は言った。
「何をしに来たんだ? 即刻、帰りたまえ!」
1月も半ばを過ぎた午後のこと。
事務所内にはステンドグラスを通して赤、青、緑に黄色……残ったXmasキャンディのごとき陽射しがキラキラ零れている。
至って長閑な冬日和。その証拠に、イツモ探偵を悩ませる黒猫は外出中である。
せっかくの冬麗のひと時、最近手に入れたばかりの美術全集に耽溺しようと思った矢先、これだ。
「ソリャないだろ、興梠さん!」
探偵の言葉に憤慨してマントをソファに投げ出すや抗議する志儀だった。
「僕らがこうして2人揃ってやって来たってのに!」
「だから、それが困るといってるのさ」
探偵はぴしゃりと言い切った。
「中学生の相手をするほど僕は暇じゃない」
「暇なくせして!」
助手もきっちりと言い返した。
「そもそも働く気なんてないくせに」
訳知り顔でニヤリとする。
「一応探偵を気取っているけど、それは表向きであって、依頼人が来ないのをいいことに日がな一日美術書を眺めてブラブラしていたい」
「う」
未来の名探偵・現探偵助手は人差し指を蒼褪ざめた探偵に留めて、叫んだ。
「今こそ言おう! あの興梠探偵社の看板は世間の目を誤魔化す偽りのディスプレイなのだっ!」
パチパチパチ……!
ステンドグラスを震わせて事務所内に鳴り響く拍手。
「さすが! 我が中学校公認探偵・海府君!」
実際円らな瞳に涙までためて、友人、チワワ、元へ、内輪若葉は絶賛した。
「ズバッと真実を抉る、いつもながら見事な推理力だね!」
「君たち……」
(これだから、中学生は嫌いなんだ!)
推理は得意かも知れないが。
探偵の内面の憂鬱など微塵も推測することなく、可愛らしい助手は続けた。
「僕が今展開した推論が嘘だというなら――じゃ、ちゃんと働いて見せてよ、興梠さん! つまり、依頼人の話ぐらい聞いてほしいな」
「?」
〝依頼人〟という言葉に探偵は反応した。
「そうだよ! 今日は、僕らは遊びに来たんじゃない! そりゃ、確かに興梠さんをからかうのは最高に楽しい遊びだけど」
友人が助手の制服の袖を引っ張った。
「ちょっと、ちょっと、志儀君! 心の声がダダ漏れだよ」
「聞かなかったことにしよう」
探偵は大人の余裕を見せた。
「先を続けたまえ」
「えーと、つまり、今日はこのチワワ君が依頼人なんだ!」
バンクチェアを回転させて真向かう興梠響。
「わかった。依頼内容を聞こう。但し――引き受けるかどうかは話を聞いた後で判断させてもらうよ」
威厳を持って前置きした後で、探偵は促した。
「では、聞かせてくれたまえ、一体全体、どうしたって言うんだい?」
ここへ来て、さっきまで楽しげにはしゃいでいた内輪若葉の表情が翳った。
(カラヴァッジョの《洗礼者聖ヨハネ》だな……!)
探偵がこっそり嘆息しても仕方がない。
眼前の少年はK2中学校人気投票2位の美少年である。
「ほら、有りのままを全部話してみろよ、チワワ! こうして興梠さんも乗り気になってるんだからさ!」
俯いた美少年に寄り添って囁く探偵社の助手もまた、美少年である。
(やれやれ、こっちはラファエロの《若い男の肖像》?
いや、待て、《ヘルメス》かな? )
事実、同中学人気投票第1位は彼、フシギ君こと海府志儀なのだ。
まあ、ソレはさておき――
「でも、大丈夫かな? あんな話して、僕のこと『頭がヘンになった』なんて思われないかな?」
「馬鹿だな! 酷薄そうに見えるけど、興梠さんは、ホントはけっこう心が優しい人なんだよ。絶対、君の力になってくれるさ!」
「うん。君がそういうなら――」
志儀に促されて勇気を得た若葉は話し始めた。
「実は僕、最近、凄くフシギな体験をしたんです」
「ほう?」
「ソレというのが……つまり、その……変なモノを見ちゃったんだ!」




