表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/209

会おうな 8

 


 

 背後に立った久我小夜子(くがさよこ)が問う。


「二人して何のお話?」


「いやだあ! 見つかっちゃった!」

 ミーシャはペロッと舌を出した。

「でも、安心して! 私、けっして貴女の新しい彼氏を奪おうなんて意図はないから! むしろ、応援してるのよ。この人ってばヤキモチ焼いて前の彼氏のことシツコク聞くんだから! つまり、それほど貴女にゾッコンってことよ」

 意味深にウインクして付け加えた。

「今度こそ逃がさないようにしっかり捕まえときなさいよ、小夜子! 籠にでも入れて閉じ込めるといいわ」

 興梠(こおろぎ)の背中をドンと叩くと空になったグラスを持って混血娘は去って行った。

「じゃあねーーお幸せにーー」

「――」

 

 万事休す。こんな失策をするとは……!

 いつから、そこにいたのだろう。どの辺りから会話を聞いていた?

 溝口朔耶(みぞぐちさくや)についての執拗な質問に違和感を抱いたろうか? それとも、同僚の娘が誤解したように、俺の、前の恋人に対する嫉妬と思っている?

 興梠は腹を(くく)った。自分を見つめる娘の視線を受け止める。

 白い手が伸びた。

 昨日同様、ダンスフロアーへ誘う柔らかな手。

 ホッとしてその手を掴む。

 スローワルツの輪の中へ。

 小夜子は頬を胸に付けて凭れ掛かった。

「良く考えたら……私も、真一さんのこと何も知らないわね?」

 息を一つ吐いた。

「台北にお勤めとおっしゃっていたけど、こちらにはいつまで?」

「今月いっぱいはいます」

 自分の胸の中で響くくぐもった声を興梠は聞いた。


「貴方は誰?」


「あ」

「正直におっしゃって。貴方が私に近づいたのは――何か他に目的があるのね?」


 (やはり、気づかれていた……)

 

 先刻のミーシャとの会話で久我小夜子は感づいてしまったのだ。


「答えて。貴方の正体は何なの?」

「探偵です」

 

 正直に興梠は明かした。これ以外何と言える?


「興梠探偵社を開業している、探偵です」


 最悪のシチュエーション。


「私のこと探るよう言われたの? 依頼主はどなたかしら?」

「守秘義務がありますので」

「朔耶さんのお母様でしょ?」

「――」

 

 パシン……

 

 乾いた音がダンスフロアーに木霊した。

 

 男の頬が朱色に染まる。

 小夜子が興梠をぶったのだ。


 フロアーで踊っていた人たち、テーブル席にいた人たち、一斉に二人を見やった。


「この人でなし!」

「小夜子さん――」

 身を翻して駆け出す久我小夜子。とっさにその腕を掴む。

「触らないで!」

「つっ?」

 何処に置いてあったものやら。

 探偵に飛んで来たのは、ハイピール。小夜子の脱ぎ捨てたそれ。

 まず片足。探偵の肩に当たって光る床に転がった。

「来ないでったら!」

 もう片一方も投げつける。

 それから扉を軋ませて駆け去った。(はだし)のままで。

「ま、待ちたまえ、小夜子さん!」

 飛び散った靴を拾っている暇はない。追って興梠も飛び出した。



「だめだ! 待ちたまえ、君! それ以上、走ったら、足が……」


 S宮――K市の繁華街を跣の女を追って走る。

 こんな醜態があって良いものだろうか?

 

 (クソッ……)


 興梠は懸命に追いかけた。

 ソワレ――今日の色はヴェール・マレ――の袖を羽衣のように靡かせる小さな後姿を追って、駆けに駆けた。

 街路に溢れる人々は一様に驚いて振り返る。

 道を開け、囁いた。

「おっと?」

「キャッ?」

「まあ?」

「何だ?」

「何事だ?」

「ああ、シネマの撮影か?」

「カメラは何処?」

 ――こういうところハイカラな港町で良かった。


 三宮神社を駆け抜け、そごう百貨店の前で漸く捕まえた。


「小夜子さん!」

「いやよ! 放して! ほっといて頂戴!」

「とにかく――」

 通り過ぎて行く群集が全員、跣の女とその腕を掴んだ男をじろじろ見つめている。

「タクシー!」

 

 タクシーを止めると興梠は小夜子を押し込んだ。

「言い訳はしない。全て僕が悪かった。でも、とにかく落ち着いて。自分を傷つける真似はやめてくれ。お願いだから」

「えーと、ど、ど、どちらへ参りましょう?」

 恐縮しながら訊ねる運転手。

「住所を言って、小夜子さん。貴女の家まで送るから」

「――」

 

 こんなのは最悪の状況ではない。

 タクシーのシートに背中を押し付けて目を瞑ると興梠は自分に言い聞かせた。

 最悪の状況とは、この場に助手と黒猫がいて一部始終を目撃されることだ。

 そうなったら?

 

 その場合、一生、何を言われるかわかったものじゃない。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ